『きょうは、アッシュといっしょにお祭りに行ってきた。神さまにおいのりしてからりんごあめとかいっぱい買った。うまかった。あと金魚のアッシュをアッシュからもらった。アッシュは金魚のルークをもらった、ちょっとはずかしかった。
 帰り道に見た星空がとてもきれいだった。じゆうけんきゅうは夏の星座にしようとアッシュと決めた。楽しみだなあ』


そんなちょっと読みにくい文字が並んだノートの下半分。上半分には、人間の形を辛うじてかたどった絵が描かれていた。赤い髪の人間が二人、黒い服と白い服を着て並んでいる。おそらくこの黒い服、ではなく浴衣を着ているのがアッシュで、白い浴衣を着ているのがルークだ。浴衣の中に金魚を示す赤い点がポチポチと見えているので間違いないだろう。それぞれの手にはりんご飴らしき赤い丸に突き刺さった棒と金魚と思わしき赤い丸が入った袋っぽいものをぶら提げられている。二人の頭の上は黒く塗りつぶされていて、その中に黄色い星が、ちゃんと星型でいくつか描かれていた。

先日あった出来事を書いた文章と、絵。そう、これは絵日記だった。
ルークの。


「……この絵はもうちょっと何とかならなかったのか?」


思わずアッシュはポツリと呟く。無理矢理良い風に言うとすれば、とても前衛的な絵だ。それ以上は言葉が出てこない。ただ本人はおそらく全力で楽しみながら描いたのだろう。そんな元気良さが伝わってきて、悪くは無いかもしれない。


「って俺は何じっと眺めているんだ……!人の絵日記を!」


我に返ったアッシュがハッと飛びずさった。夏休みの宿題に絵日記があったらしく(アッシュの学校では無かった)書き忘れていたんだとアッシュの部屋で書きながら、そのまま忘れて帰ってしまったらしい。しかも思いっきりページを開いたまま。思わずアッシュが覗いてしまったのも仕方の無い事だろう。興味があった事は否定出来ないが。


「くそ、仕方ない、明日返すか……」


今日はもう返しに行くには遅い時間だ。明日どうせ会うのだからその時に返そう、と絵日記帳を閉じかけたアッシュだったが、その手がぴたりと止まった。アッシュの中に、むくむくと抑えきれない好奇心が膨れ上がってくる。いけないとは分かっているのに、ノートを閉じようとする手が動かないどころか、再び開いてしまう。
この間の縁日の時だけが書かれたこのページだけでも、アッシュの名がこれでもかと出されているのだ、もしかして別のページにも自分の名前が書かれているのかもしれない。いや、きっと書かれているだろう、夏休みはほとんど一緒にいたのだから。
そう思うと我慢できなかった。心の中でルークに謝りながら、同時に忘れて帰った方が悪いんだと言い訳しながら、アッシュは絵日記帳の別なページもこっそりと開いてみた。
次々と、とても前衛的な絵と元気の有り余った文字が飛び込んでくる。


『きょうは、クワガタをたくさんつかまえた。アッシュが木をけると、すっげえいっぱい落ちてきたからおもしろかった。アッシュとどっちがたくさんクワガタを拾うかきょうそうしたけど、いっぱいいすぎてどのぐらい拾ったか覚えてなかったから別にいいや』


『きょうは、ティアからふーりんをもらった。金魚がかいてあるふーりんで、きれいな音を鳴らすからおれは好きだ。アッシュと交代でつるすことに決めた。ふーりんをタダでくれたティアはとてもやさしい。でもアッシュは気をつけろって言うんだ。何でだ?とりあえず次あったらもう一度お礼を言おう』


『きょうは、ガイがソーメンを作ってくれた。アッシュとガイとおれと3人で食べた。ちょっと固まってて取りにくかったけど、冷たくてつるつるでうまかった。ソーメンの汁がいつもの味とちがってびっくりしたけどうまかった。とちゅうでアッシュと口げんかしたけど、それでもうまかった。おれはかわいくねえもん!』


最近のページを開いてみれば、どのページにもアッシュの名前があった。当たり前ではあるのだが、実際に見ると少し恥ずかしい気がする。今年の夏は本当にルークとずっと一緒だったのだ。ページを遡ってみても、アッシュの名前が消えることは無い。


『きょうも、アッシュと虫を取りにいった。せみがいつも通りとてもうるさかった。でも夕方鳴きはじめたヒグラシの声はうるさくなかった。なんだかすずしくなった、何でだろう?何となくヒグラシをつかまえられなくて、アッシュに言ったら許してくれた。アッシュ大好きだ!』


『きょうは、花火大会だった。アッシュにとっておきの場所につれていってもらった。アッシュのとっておきの場所だから、どこで花火を見たかはおしえられないけど、すごくきれいだった!おれはあんなにきれいな花火を見たのは生まれてはじめてだった。とてもうれしかった。おれがありがとうって言うとアッシュが笑ったからもっとうれしかった。またアッシュとここで花火を見たいなあ』


『きょうは、じゆうけんきゅうを何しようかアッシュといっしょに考えた。2人でじゆうけんきゅうするのははじめてだ。アッシュといっしょにじゆうけんきゅうをやれてよかった。おれ1人だとまたざせつしちゃうからな。まだなにをするか決めてないけど、アッシュと2人ならきっとすごいじゆうけんきゅうになるにちがいないぞ』


「こいつ……マジで俺の他に書く事はなかったのか?」


絵日記を読んでいくほど、頬が熱くなっていくような気がする。これでは先生もびっくりするのではないだろうか。照れ隠しのためにさっさとページをめくっていけば、一番最初のページになった。夏休みが始まった日の日記だ。つまり、ルークと初めて出会った日となる。

ドキドキしながら1ページ目を読んだアッシュは、やっぱり読まなければよかったと思った。顔が、火が吹き出るかと思うほど熱い。明日、一体どんな顔をしてこの絵日記帳を渡せばいいのだろう。見られた事がバレればルークは怒るに違いないが、平常心を保ったまま絵日記帳を手渡す自信が、アッシュには無かった。

一番最初のページ。赤い髪の子どもが2人、仲良く手を繋いだ元気たっぷりの絵の下に、嬉しさが滲み出て見える文字でこう書かれていた。


『きょうからヨミガエリサトガエリでおじいちゃんのうちだ。夏休みはずっとこっちだから、ともだちといっしょに遊べなくてさいしょはさびしかった。けど、今は大丈夫だ!アッシュっていうやつと友達になったんだから!アッシュは何かおっかない顔してるけど、とても良いやつだ。1人のおれに話しかけてくれたし、町もあんないしてくれた!スイカをいっしょに食べてうまかったし、宿題をおしえてくれる約束もした!夏休みが一気に楽しみになった。アッシュにはたくさんお礼を言わなきゃ。ありがとう、アッシュ!』




   絵日記帳

08/08/19