左手にぶら提げた透明な袋の中で、真っ赤な金魚がくるくると泳いでいる。その様子を、ルークがにまにま笑いながら眺めていた。薄暗い所を歩きながらでよくそんなに眺めていられるな、と隣を歩くアッシュが半ば呆れながら思う。その右手にはルークと同じように袋に入った真っ赤な金魚がいた。互いの名前を付け合った大事な友達だ。


「へへへ、帰ったらアッシュのための水槽用意しないとなあ」
「俺は家で昔別の魚を飼っていた事があったから、それを使うつもりだ」
「おおっ再利用か、いいなあ。俺は買って貰わなきゃ」


しばらくお小遣いは無しかな、とルークは笑いながら言う。本当はお小遣いが減って悲しむ所のはずだが、よほど金魚のアッシュを飼う事が出来て嬉しいらしい。アッシュの方もさきほどから頭の中で金魚のルークを飼う段取りを決めている所だった。屋台の金魚すくいで手に入れた金魚はすぐに死にやすいと聞いた事があるので、出来るだけ長生きさせてやろうと思っているのだ。


「おい、いつまでも眺めていないで前を見ろ。躓くぞ」


いつまでも金魚を眺めているルークにアッシュは声をかけた。今は祭りから帰る所で、太陽の落ちた空は当たり前のように暗い。今日は月も出ていない、静かな夜だった。


「あんまり暗い中出歩く事ないから、何だかわくわくするな!」


ようやく顔を上げたルークがどこか瞳を輝かせながらそんな事を言う。相変わらず危機管理能力の無い奴だとアッシュはため息をついた。こうなったら、自分が注意していなければならないだろう。


「……あっ」


ルークの上げた声に、アッシュは足を止めた。その声が後ろから聞こえた事で、ルークが立ち止まっていたという事に気付いたからだ。振り返れば、ルークはぽかんとした表情で頭上を見上げている。


「どうした?」
「アッシュ……!すげえ!すげえな、これ!」
「何がだ」


ルークは興奮した様子で真上を指差した。つられて首を上に向けても、そこにはいつも通りの夜空が広がっているだけだ。月が出ていない分、満点に広がる星空が見えやすくなっているぐらいか。


「星!星がすっげえ一杯に見えるぞ!」
「まあ、確かにいつもより沢山見えているな」
「俺、こんなにたくさんの星見たの、初めてだ」


非常に感激した様子のルークにアッシュは首を傾げる。その喜びっぷりが大げさなぐらい激しかったからだ。ふと、ルークの本当の家は確かここよりも都会じみた町だったな、と思い出す。


「お前が住んでいる町では、こんなに見えないのか」
「うん。星はもっと少ないし、空はこんなに黒くない」


ルークの言葉通りの、星がもっと少なく空がこんなに黒くない夜空を想像してみた。途端に、それはあまり好ましくないとアッシュは思った。ルークが感動するのも頷ける。さすがに空を見上げながら歩くのは自殺行為だと感じたのか、ルークは立ち止まったままじっと星を眺めていた。


「あの星とあの星は、他の星よりいっぱい光ってるんだな。あっあの星も!」
「ああ。三つを線で繋げば、夏の大三角になるな」
「夏のダイサンカク?」


ルークがキョトンとする。アッシュは己の指で三つの明るい星を夜空で繋げてみせた。


「繋げば、三角形になるだろ」
「本当だ!だからかっ」
「授業で習わなかったのか?」
「うっ」


そう言えば習ったかもしれないし、習わなかったかもしれない、とゴニョゴニョ曖昧に濁すのでデコピンをお見舞いしてやる。いてえとおでこを抑えながらも、ルークの視線は夜空に釘付けだった。どうやら美しい星空が大変お気に召したようだ。それならば、と授業で習った星や星座を思い出しながら、アッシュが南の空を指差す。


「あそこに赤い星が見えるだろう」
「えっ、赤い星?どこどこ?」
「もっと低い所だ。アンタレスという星なんだが」
「あ!見えた!本当だ赤い星だ!」


ルークが飛び上がって報告する。一際美しく輝く赤い星が、夜空を美しく彩っていた。その赤い星を周りの星と、アッシュが指で次々と繋いでいく。その軌道をルークが拳を握り締めながら追った。


「あの星と赤い星をこうやって繋げば、これがさそり座だ。こっちが頭で、こっちが尾」
「おお……!さそり座!さそりの形なんだな!」


尾に付いた毒針を掲げるように曲げた形のさそり座を教えてやれば、ルークは真似るように指で星と星を繋いでみせた。赤きアンタレスの星が真ん中で輝く、夏を代表する星座だ。アッシュの説明に、ルークは素直な生徒のように聞き入っている。他に何か星座があっただろうかと記憶の中の教科書を一生懸命アッシュがめくる。興味津々のルークに、まだ色んな星座を教えてやりたいと思ったのだ。
丸い瞳に星空を写し取りながら空を眺め続けるルークが、そんな考え込むアッシュを振り返ってきた。


「アッシュ!これにしよう!」
「……は?何がだ」


唐突に出された主語の無い言葉に首を傾げる。ルークは金魚の入った袋をぶんぶん振り回しながら(危ないからやめろ、と慌ててアッシュが瞬時に止める)満点の星空を指し示す。


「自由研究!俺、夏の星座をもっともっと知りたい!アッシュ教えてくれよ!」
「ああ……なるほど、一応これも、研究に入るか」


納得して空を見上げる。何にせよ興味を持って、それを学びたいと思う事は良い事だ。特に勉学に励むという事をあまりしないルークが知りたいと言っているのだから、歓迎すべき事だ。しかしアッシュとてそんなに詳しく星座の事を知っているわけではない。授業で習った範囲しか、知らないのだ。


「それはいいが、俺だって分からない事は沢山ある。調べる覚悟は出来てんだろうな?」
「おう!大丈夫、アッシュと一緒に星座を探すのは、こんなに楽しいんだ」


あの星とあの星を繋げば、また別の星座になるのだろうか。あの星とこの星を繋げば、こんな形にもなるぞ。ルークが楽しそうに、自由気ままに星を繋げ始めた。それはいかにもでたらめで、実際には有り得ない星座たちばかりだ。それでもルークによって次々と生み出される星座たちによって、空という名のキャンバスがどんどん賑やかになる。それを紙にまとめて、自由研究とするのも面白いとアッシュは思った。


「それなら、明日から星座についてちゃんと調べるぞ。自由研究は遅れてるんだからな」
「了解っ!また夜に集まらなきゃな」


ルークがイタズラ小僧のように笑う。アッシュ自身も今、同じような顔で笑っているはずだ。
夏の星座の自由研究。これで昼だけでなく、夜にもこうやって顔を付き合わせるる事が出来る理由を、手に入れたのだ。





   夏の星座


08/08/18