りんご飴を食べ終わった後軽く見て回ってみれば、色んな種類の屋台が並んでいた。そのどれもにルークは目を輝かせて、力いっぱいアッシュを引っ張る。
まず立ち止まったのは、様々なキャラクターの顔が並ぶ賑やかな屋台だった。お面屋だ。


「アッシュアッシュ!見ろよ、アビスマンのお面だ!」
「まさか、買うのか?」
「俺はレッドが良い!アッシュはシルバーな!」
「おっ俺はまだ買うとは言ってねえ!」


ルークが指差したのは日曜朝7時30分からやっている戦隊ヒーローのお面だった。同年代の男の子なら九割が見ているであろう人気番組だ。ルークもファンの一人なのかリーダーのお面をしきりに欲しがった。しかもアッシュとお揃いで。


「何故俺がシルバーなんだ」
「だって、何かアッシュに似合っているような気がしてさ」
「いくらレッドの兄で操られていると言ってもシルバーは一応敵役だろうが、んなもの勧めるな」
「えーでもかっこいいじゃ……ってアッシュ詳しいな!アッシュも見てるの?」
「……っ!」


言葉に詰まったアッシュは、成り行きでお面を買う事になってしまった。もちろんルーク一押しのアビスシルバーのお面だ。顔の横にアビスレッドのお面をつけたルークはご機嫌な様子でちょっと気落ちしたアビスシルバーの手を引っ張っていく。


「ほらアッシュ、次行こうぜ次!」
「俺は……俺はこんなお面をつけてアビスマンごっこをする歳では……」
「何ブツブツ言ってるんだよ、アビスシルバー」
「シルバー呼ぶな!」
「あっ!輪投げだ!アッシュ輪投げしようぜ輪投げ!」


ルークがさっそく次の屋台に目をつけた。輪投げ屋のようだ。小さなぬいぐるみやお菓子の箱、インチキくさい調理器具や何だか良く分からない形の置物などが並べられている。大体こういう祭りの屋台ではボッタクリである事がほとんどだが、見るとやりたくなってくるのは何故なのだろうか。


「どっちが賞品をゲット出来るか、勝負だ!」
「はっ、俺が負けるかっ」
「坊主たち、一回輪っかが3つで500円だぜ」
「高っ……!くそ、止むを得ん」


仁義無き輪投げ対決は、それほどしないうちに決着がついた。何より値段が高かったので、二人とも一回しか勝負が出来なかったのだ。三つの輪っかで勝負となったのだったが、もちろん入るわけがなかった。


「くっ、この俺とした事が……!」
「ぜってーこれインチキだ!輪っかが入らないようになってるんだ!」
「インチキじゃないって。ほら、金の無い坊主たちには残念賞だ」


意地悪そうに笑いながら輪投げ屋のおっさんは飴玉を一個ずつくれた。二人はふて腐れながら飴を受け取るしかなかった。お金が無ければおっさんを見返すために輪投げに挑む事すら出来ないのだ。とても世知辛かった。


「あーあ。大人だったらケーヒとかで仕事場から金が貰えるのに」
「どこで覚えたそんな事。大体経費を遊びに使うなんてそんな馬鹿な事考えんな。ほら行くぞ」


ブツブツ文句を言うルークを今度はアッシュが引っ張って歩き出す。場所を移動すれば、気を取り直したルークはすぐに笑顔になって他の屋台を見回し始めた。その様子をこっそり見守っていたアッシュがホッと息をつく。せっかくの縁日なのだ、楽しまなければ損だ。


「アッシュ!次はあれ買おうぜ!」
「こら待てルーク、金はちゃんと大事に計画的に使え!」



それから、いくつかの屋台でたこ焼きやわたあめを買って二人で仲良く食べた。お祭りという喧騒の中で分け合って食べるそれらの味はいつもと違ってものすごく美味しく感じた。ルークがアッシュの口元にたこ焼きを持ってきて「はい、あーん」をしたがためにあらゆる衝撃を受けたアッシュが倒れかけるという事件が起こったりもしたが、始終楽しく過ごせた。
そうして貰ってきたお小遣いも尽きかけ、そろそろ引き上げるかとアッシュが考えていると、ルークが何かに気を取られた様子で立ち止まった。


「今度は何だ?」
「アッシュ!あれ!金魚だ、金魚!」
「……ああ、金魚すくいか」


ルークが眺めていたのは大小色とりどりの金魚たちが泳ぐ、金魚すくいの屋台だった。ルークの目が再び輝き出す。アッシュはそんなルークの表情に、深いため息をついた。これは、止めても絶対に聞かないだろう。


「お前、もう金が少ないんだろう。金魚すくいをすればもう無くなるんじゃないのか?」
「うん……」


頷きながらルークは水槽の中を覗き込む。赤色や黒色、斑模様の金魚たちが少し浅い水槽の中を泳ぎ回っている。ルークはその中の、一際赤い金魚に目をつけて、力強くもう一度頷いた。


「うん、俺、これで最後にする!あのアッシュを捕まえて最後にするんだ!」
「あっ!?」


いきなり飛び出してきた己の名前にアッシュはびっくりした。しかしルークの視線はアッシュではなく、水槽へと注がれたままだ。最初のりんご飴の事が自然と頭をよぎる。どうやらルークは捕まえてもいない金魚に、すでにアッシュという名前をつけてしまっているらしい。


「まさか、飼う気か、俺の名前をつけた金魚を」
「もちろん!」


元気良く返事をしたルークは、すでにおっさんにお金を渡してお椀とポイを受け取った所であった。アッシュが呆れる中、ルークが真剣な面持ちで腕をまくり、構えを取る。狙いはもちろん、鮮血の金魚アッシュ(仮)である。
しばらくルークと金魚の静かな睨み合いが続いた。その真剣な空気が周りにも感じ取られたらしく、隣で同じく金魚すくいに勤しんでいた子も店のおっちゃんも固唾を飲んでルークの勝負を見守った。アッシュとなるべく金魚はすいすいと優雅に泳いでいる。じっと見つめていたルークの瞳が、一瞬光ったかと思うと、


「そこだあっ!」


勢い良くポイを振りかぶり、水槽へとつっこんだ。水しぶきを上げて引き上げられるポイ。その上に、真っ赤な金魚は……いなかった。


「あああーっ!破れたー!」


ルークが悲鳴を上げる。ポイの真ん中には大きな穴が開いていた。おそらく金魚は一度捕らえたのだろうが、すぐに柔らかな紙を破かれてしまったのだろう。それを見たルークは、がっくりと落胆した。思わず見知らぬ人でも慰めたくなるような落ち込みぶりだった。


「アッシュ……せっかく連れて帰ろうと思ったのに……」
「連れて帰る?」


慰めの言葉をかけようとしていたアッシュが、ルークの言葉に上げかけた腕を止めた。ルークは情けない表情でアッシュを見上げ、こっくりと頷く。


「夏休み終わったら、俺家に帰らなきゃならないから……金魚のアッシュを一緒に連れて帰ろうと思ったんだ」
「あ……」


アッシュは今更思い出した。ルークは、親の里帰りのためにこちらに来ているのだ。帰るべき本当の家は別な町にあって、夏休みが終わればもちろんそちらに帰らなければならない。そしてそれは、この町に住んでいるアッシュとの、別れとなるのだ。毎日が目まぐるしく、ルークと一緒にいる事が当たり前になっていたので、アッシュは今の今までその事を忘れていたのだ。


「くそーっアッシュー……!すごく悔しいけど、俺もうお金が無いし……」


本当に悔しそうにルークが自分のがま口財布の中を覗いている隣に、アッシュがしゃがみこんできた。同じように財布の中を覗けば、やはり金魚すくい一回分のお金しか残っていない。それを躊躇い無く取り出したアッシュは、おっさんに差し出していた。


「おっさん、一回分だ」
「あいよっ」
「アッシュ?」


アッシュも金魚すくいをするのか、と見つめてくるルークに、アッシュは笑いかけた。手渡してきたお椀とポイを、慣れた手つきで受け取る。


「見てろよ。俺はこう見えても、輪投げと違って金魚すくいは得意なんだ」
「えっ?」
「ふっ、ちょうどアッシュの野郎、他の一匹と並んで泳いでやがる」


視線の先、金魚のアッシュは己と同じぐらい鮮やかな赤色の金魚と一緒に泳いでいた。アッシュが静かにポイを構える。その様子を、ルークと他のお客とおっさんは息を殺して見つめていた。しんとした空気の中、目にも留まらぬ速さでアッシュはポイを振りかぶる。


「はっ!」


そして見事な手さばきでポイを振ってみせた。滑るように水面を移動したポイは一瞬のうちに二匹の金魚を上に乗せ、流れるようにお椀へと放り込んだ。勝負はあっという間に終わった。アッシュの、勝利に。


「どんなもんだ」
「「おおおおーっ!!」」
「アッシュすげえー!」


人々がバラバラに行きかう縁日の一角、金魚すくいの屋台に集まった人間がこの時だけ一つになった。歓声をあげ、成功した金魚すくいへと拍手を送る。何故か大事になっていて頬を赤らめたアッシュが、おっさんに金魚が二匹入ったお椀を突きつけた。


「お、おっさん、こいつらをそれぞれ一匹ずつ、別の袋に入れてくれ」
「はいはい了解!ほうら、持っていきな!」


おっさんから受け取った二つの袋の一つを、アッシュはルークへと差し出した。条件反射で受け取ったルークがキョトンとする。ルークの手の上にある袋の中には、あのアッシュが入っていた。


「あ、アッシュ?これ……」
「そいつはアッシュだ。そしてこいつが、ルークだ」
「へっ?」


アッシュが最初に指差したのがルークの袋、次に指差したのが自分の袋だった。


「金魚に自分の名前だぞ?一体何の罰ゲームだ。だからお前がそいつにアッシュとつけるなら、俺はこいつにルークとつけて、飼ってやる」
「アッシュ……!」
「……せっかく俺の名前をつけるんだ、大事にしろよ」


そこまで言うとアッシュは顔を背けてしまった。正面に見える耳が真っ赤だ。ルークはとっさに口を開けたが、何も言葉にならずにぎゅうと拳を握り締める。手元を見下ろせば、可愛らしい金魚が二つ見えた。ひとつはアッシュとお揃いの浴衣の金魚、ひとつはアッシュから名前を貰った本物の金魚。
そしてアッシュも同じように金魚をふたつ持っている。ひとつはルークとお揃いの浴衣の金魚、ひとつはルークから名前を貰った本物の金魚だ。それを見るだけで胸が一杯になって、今にも飛び上がりたい心地になる。この気持ちをどうやってアッシュに伝えたらいいだろう。ルークはたまらなくなって、そっぽを向くアッシュに飛びついていた。


「アッシューっ!ありがとう!本当にありがとうーっ!」
「っいいいきなり飛びつくなと何度言えば分かるんだ!離れろー!」


抱き締めた拍子にぶつかり合った袋同士。それぞれに入っていた金魚たちはまるで寄り添うように、赤色の体をくっつけていた。





   金魚すくい


08/08/16