縁日とは、元々ある神仏に特定の由緒ある日の事を言う。この日に参詣すれば、普通の日に参詣するよりも御利益があるという日だった。しかし最近では、神社で縁日に行われる祭りを指す事も多い。つまり祭りは、この町で一番多い神社で行われるのだ。神社自体に初めて来たらしいルークは、場の珍しさと祭りの賑やかさにあちこちを見回していた。


「うわーっすげえ!祭りだ祭りだ!」
「当たり前だろ、祭りに来たんだから」


さっそく駆け出そうとしたルークの浴衣の裾を慌ててアッシュは掴む。先走っていきなり人混みに紛れ込み迷子になる可能性も、慣れない下駄のせいで躓いて転んでしまう可能性も十分すぎるほどあったからだ。前へ前へと進もうとするルークを引っ張りながらアッシュも人々の喧騒の中へと入っていった。

大きな鳥居をくぐれば、左右に様々な屋台が立ち並んでいた。この真っ直ぐ続く石畳の道を進んでいけばおやしろへと辿り着く。


「まずは神社へ行くぞ」
「えっ何でだ?あんなに屋台並んでるのに……」
「本当は神様にお祈りする良い日なんだよ、楽しむのはその後だ」
「そっか、神様に挨拶してから祭りをやるんだな!」


分かった!と元気に返事をしたルークに満足そうに頷いてから、アッシュは真っ直ぐ歩き出した。すぐ横に並んだルークが人ごみに紛れないように、すぐにその手をアッシュが繋ぐ。するとルークは何故か驚いた表情で立ち止まりこちらを見てきたので、内心首をかしげた。手ならここへ来る前から散々繋いでいたのに、何を今更驚くような事があるのだろう。


「どうした?行くぞ」
「あ、う、うん!」


少し握り締めた手を引っ張れば、すぐにルークは気を取り直したようについてきた。その表情が、次第に嬉しそうに緩むんでいったので、アッシュは不思議に思う。そんな様子に気付いたのだろう、慌ててルークが口を開いた。


「あ、ち、違うんだ!これはその、えっと!あっアッシュが!」
「何だよ」
「アッシュが自分から手繋いでくれたの、初めてだったからさ」
「……!!」


言われて、気付いた。そういえばいつも手を繋いでくるのは決まってルークからだった。アッシュから手を繋いだ事は、ルークの言うとおりおそらくこれが初めてだろう。カッと頬を赤らめたアッシュだったが、その手は外せないままだった。


「何だか、びっくりしたけど無性に嬉しくてさ。へへ、へへへへ」
「そ、そんな間抜けな顔で笑うな!いっ行くぞ!」
「うわっ待てよアッシュー引っ張るなよー」


照れ隠しにぐいぐい引っ張るアッシュに慌ててルークはついていった。しかしその顔は笑顔のままだったので、アッシュはさらに早く歩いていく。人と人の間を体の小ささを活かして器用にすり抜けていくと、すぐにおやしろの前まで着いた。
手洗い所に群がる人の隙間から両手を出して、柄杓で水を掬い手を洗う。そして懐に入れてきた財布から小銭を取り出して、賽銭箱へと放り込む。そして紐を振り回す前に、ルークが声をかけてきた。


「アッシュ!何を祈ろう!」
「はあ?」
「今日は願いが叶いやすい日なんだろ?何をお祈りしようかなあ」


どうやら微妙に勘違いしているらしい。訂正するのも面倒だったので、そのままにしておいた。


「どうでもいいが、願った事を他人に言ったら叶わなくなるんだぞ」
「えっそうなのか?!やっべえ危ねえ!じゃあこっそりお祈りする!」


ガランガランと大きな鈴を鳴らしたルークはすぐに真剣な表情で目を瞑り手を合わせた。アッシュもそれに習う。少しだけルークに便乗してみるか、と、誰にも教えられない自分だけの願いを祈る。隣のルークもきっと大切な何かを祈っているのだろう。片目を開けて覗き見てみれば、同じようにこちらを見ているルークと目が合って、笑い合った。


「……それじゃあ、屋台に行くか」
「おう!屋台屋台ー!」


飛び上がって喜ぶルークを人の邪魔にならないように引っ張ってその場を立ち去る。一番最初は、何を買おうか。屋台の立ち並ぶ通りに戻ってきた途端、ルークがある屋台を指差した。


「アッシュ!俺、あれが食べたい!」
「何?……いきなりりんご飴か?」


ルークの指の先には、りんご飴が売られた屋台があった。大小さまざまな真っ赤なりんご飴が並んでいて、傍から見ていても綺麗である。しかしアッシュはてっきりルークがもっとガッツリしたもの、例えば焼きそばとかたこ焼きとか、その辺を欲しがるのではないかと思っていたので、少々意外だった。


「お前が良いなら、買えばいいだろ。金はちゃんと持ってきてんだろうな」
「大丈夫、ちゃーんとお小遣い貰ってきたんだ!アッシュは買うか?」
「いや、俺は良い」
「ふーん?じゃあ、買ってくる!」


屋台に駆け寄ったルークは、一番大きなりんご飴を持って戻ってきた。にこにこと上機嫌に微笑みながらさっそく舐め始めている。この調子じゃ口の周りをベタベタにしやがるんだろうなあと思いながらさっそくティッシュの準備をこっそりしておくアッシュに、ルークが笑いかけてくる。


「甘くて美味い!アッシュも食う?」
「……それじゃあ、一口」


アッシュとてりんご飴が嫌いなわけではない。差し出されたりんご飴を、少し躊躇いながらも受け取って、ちょっとだけ舐めさせてもらう事にした。アッシュがりんご飴を頬張る姿を見ていたルークが、やっぱり!と声を上げた。


「やっぱりりんご飴!アッシュそっくりだな!」
「ぶっ!な、何言い出しやがるんだ!」
「だってほら、真っ赤なところがそっくりだ」


アッシュの髪とりんご飴を交互に指差すルーク。確かにアッシュの髪も真っ赤だし、りんご飴も真っ赤だ。お揃いだ、とルークは笑った。色んな事をつっこみたかったアッシュだったが、上手く言葉にならなかった。とりあえず手に持ったりんご飴を落とさないように握り締めるのが精一杯だった。それほど、衝撃を受けたのだ。


「やっぱり、ってまさか、俺とりんご飴が似てると思ったから、これを買ったのか?」
「ん?ああ、そうだよ」


ルークはあっさり頷く。とても満足そうなその様子に、アッシュはつっこむ事を諦めた。ルークはこういう奴なのだ、分かりきっていた事ではないか。心臓がいくつ合っても足りない奴だと内心ブツブツ呟きながら、りんご飴をつき返す。


「しかしそれを言うならお前だって俺と同じぐらい、いや俺より明るい赤髪を持っているだろう」
「へ?あ、そういやそうだな。じゃあ俺とアッシュとりんご飴でお揃いだなっ!」
「………」


心底嬉しそうにそんな事を言いながらりんご飴を持った方とは別な手でぎゅうとこちらの手を握り締めてくるルークに、アッシュは諦めながらもやっぱり心臓が跳ね上がってしまうのだった。
祭りは、まだまだ始まったばかりだ。





   りんご飴


08/08/15