「そういえばこの間ティアに会ったんだ」


アッシュの部屋で宿題をしていると、ふいにルークがそんな事を言い出した。今窓の所でチリンチリンと音を立てている金魚の柄の風鈴をくれたあの女の人を思い出す。何だかその視線に訳も分からぬ寒気を感じる事もあったが、良い人だった。


「そうか」
「ああ、サイスンさせてくれって、メジャー持ってきたんだ」
「……採寸?」
「アッシュと俺、ほとんど背の高さが同じだから、一石二鳥だって言ってた」


アッシュはいぶかしげに眉を寄せた。何故ルークの採寸を測る必要がティアにあるのだろうか。しかも一石二鳥と言う事はルークと同時にアッシュの採寸も行ったという訳だ。一体、どういう理由でこんな事を行ったのか。
思わず宿題の手を止めて考え込み始めたアッシュに、さらにルークは言った。


「後、アッシュの家も教えた」
「は?!何でだ!」
「だって、連絡取れる場所教えてくれって言うんだもん。俺よくアッシュんちにいるし、いっかなーって」


あははと能天気に笑うルークに怒鳴り散らしたくなる衝動をアッシュは必死で抑えた。危機管理能力が無いのも程がある。もし相手が何か犯罪めいた事をやらかそうと企んでいたらどうする気なのだろうか。そう言った内容を怒りを抑えつつ丁寧に説教してやるのに、ルークは不満そうに唇を尖らせるのだ。


「俺だって誰にだって教えねーよ!アッシュの家だし!」
「現にほいほい教えてんじゃねーか!あの女が誘拐でも企んでたらどうするんだ!」
「ティアはそんな事しねーよ、多分!」
「いや、自分で言っておいてなんだが、少し可能性はあるぞ、マジで」


アッシュが真剣な瞳で言う。何か感じるものがあるらしい。その勢いに思わずルークも頷きながらごめんと呟いた。


「今度から気をつける……」
「ったく。しかし採寸するわ人の住所聞き出すわ、何がしたいんだ」


いよいよ謎めいてきた所で、部屋のドアが優しくノックされた。少し開いたドアから顔を覗かせたのは、アッシュの母だ。


「お勉強中にごめんなさい。アッシュと、ルーク君にお客様ですよ」
「お客様?」
「ええ。あなたたちったら、いつの間にあんな美人な方とお知り合いになったの?」


母が、まだ小さくても隅に置けないわねえ的な微笑みで引っ込んでいった。何だか、あまり良くない予感がする。少し固まりかけながら顔を突き合わせていると、再び部屋のドアが開かれた。そこには、荷物を抱えながら綺麗な笑顔で佇む予想していた人物がいた。もちろん今しがた噂していた、ティアだ。


「ティアだ!こんちは!」
「こんにちは、ルークとアッシュ。突然お邪魔してごめんなさい」
「まったくだ」


不機嫌そうなアッシュにくすりと笑うと、ティアはさっそく抱えていた荷物を床に下ろした。この荷物が、おそらく今までのティアの行動の鍵となるものなのだろう。


「今日はこれを二人にプレゼントしたくて、持ってきたの」
「プレゼント!?この間フーリン貰ったのに!」
「あら、風鈴ちゃんと吊るしてくれているのね、ありがとう。今日は風鈴じゃないのよ」


袋を開けるティアの瞳は若干輝いて見えた。最早アッシュは嫌な予感しかしない。しかしルークは待ちきれない様子でティアの様子を見守っている。少しだけもったいぶって、ティアは袋から何かを取り出した。一見、布製のもののようだが。


「今ちょうどお祭りの季節でしょう?だから、浴衣を作ってみたの」
「浴衣だー!すげー!」
「作ったって……まさか手作りか?」
「もちろんよ。採寸測らせてもらったの、ルークから聞かなかった?」


小首をかしげるティアにアッシュは絶句した。ティアが持つそれは、確かに浴衣のようだった。それをさらっと作ってくるその気力はどこから沸いてくるのか。しかもこの様子では、無償で二人にくれるつもりらしい。


「ほら、ちゃんとお揃いにしておいたから、大丈夫よ」
「何が大丈夫なんだ?!とにかく、俺たちは金も持ってねえしタダでそれを貰う訳にもいかない、せっかく作ってくれた所申し訳ないが……」
「そ、そうだよな……アッシュとお揃いで嬉しいけど、ティアに悪いもんな」
「ブッ」


ルークの発言にアッシュが思わぬ衝撃を食らって吹き出している間に、グワシっと力強く両手を握り締められた。ハッと顔を上げれば、そこには思いつめたような表情のティアがいた。


「いいの、お願い、この浴衣を貰ってちょうだい。そして二人で仲良く着て欲しいの。私の望みは、それだけ……」
「ど、どうしてそこまで必死に……」


あまりにも真剣なその表情にたじろぎながら呟くアッシュ。ルークは隣であっけに取られた顔をしている。しばらくじっと見つめてきたティアは、ふいに表情を柔らかくした。


「そうね、お礼なら二人で浴衣を着た写真を取らせて貰えれば、それで良いわ」
「しゃ、写真だと?」
「ええと、完成した浴衣を写真に収める事で充足感も得られるし記録にも残せるわ。私はただ浴衣作りというか子ども服を作るのが趣味なの、そういう事にしておいて」


何だか引っかかる言い訳だったが、とりあえずアッシュは頷いておいた。するとようやく握り締められたままの拳が解放される。最後におずおずと、ルークがティアに尋ねた。


「本当にいいのか?浴衣貰っちゃうのに、写真だけで」
「いいのよ。どうせ持っていてもこのサイズじゃ私は着れないわ」


ね?とティアが微笑めば、ようやくルークもにっこり笑う。


「ありがとな、ティア!アッシュと二人で大事に着る!な、アッシュ」
「あ、ああ」


受け取った浴衣は、ルークは白、アッシュは黒の色違いのようだった。白と黒の中で可愛らしい金魚がひらひらと泳いでいる柄だ。この金魚は風鈴の時の事を考えてくれたのだろうが、無駄に手が凝っている。見れば見るほどタダで貰って良いものか悩んでしまうが、作った本人が二人が貰う事を切望しているのだから、ここは大人しく貰っておこう。
それに、浴衣を手にした途端、普段はこういうものに着替える事をあまり好まないアッシュだったが、ルークと揃って着る事が何だか楽しみになってきた。お揃いなのが、やっぱり心の底では嬉しいのだろうか。少し恥ずかしい。
アッシュが赤らんできた頬を何とかごまかしている間に、嬉しそうに自分の浴衣を眺めていたルークがコテンと首をかしげた。


「でも、いつ着よう?せっかく貰ったんだから、早く着たいな、これ」
「それなら今度ちょうど大きなお祭りがあるから、その時に是非着てちょうだい」
「おお!そうなのか!」
「ああ、そういえばあったな」


今度行われる祭りは、この町でも一番大きな祭りだ。もしかしたらティアはそれを見計らって浴衣を作っていたのかもしれない。元々ルークを誘って一緒に行く計画をこっそり立てていたアッシュにとっても、良い話だった。
楽しみだなと今からはしゃぎ始めるルークと、落ち着けと諌めながらも同じように祭りが楽しみな様子を隠しきれないアッシュを交互に見つめながら、ティアは幸せそうに言った。


「浴衣を着る時はすぐに呼んでちょうだいね。マイカメラ持参して、私も駆けつけるから!」


ぐっ、と親指を立てたティアの表情は、実に良い笑顔だった。




   揃いの浴衣

08/08/12