「覚えてろよ」とか「次はこうはいかないからな」みたいな台詞を吐いて逃げ去った相手は、結構な確立で言った通り戻ってくるものだ。少し前にサッカーで負けて似たような事を言いながら逃げていったガキ大将も例外ではなかった。しかもどこで聞いてきたのか、二人が虫取りがあまり得意ではないと言う情報を手に入れてきたのだ。もちろん、前回のリベンジとしてどちらが一日でたくさん虫を取ってくるのかという勝負を挑んできたのだ。
こういう輩は無視して好きにさせておくのがアッシュのやり方だった。しかし、ルークは違った。


「上等だ!俺とアッシュは、絶対に負けないんだからな!」


と、素直に喧嘩を買ってしまったのだ。おかげで自由研究が一から振り出しになったおかげでやらなくてよくなった虫取りを、再び行う羽目になったしまった。喧嘩を買ったのはルークなのだから嫌なら断ればいいのに、一緒にやろうと懇願するルークにやっぱり負けてしまうのがアッシュなのだった。


「虫と言っても、そこら辺にいる虫じゃあ駄目だぜ。勝負は……クワガタ集めだ!」
「く、クワガタ?!」


ガキ大将の出してきた条件にルークは驚きに目を丸くした。アッシュも眉を寄せる。今まで野山を散々駆け巡ってきたが、クワガタにお目にかかったことは一度も無かったのだ。この辺にはクワガタは生息していないのだろうと自己完結したぐらいだ。それなのに目の前のガキ大将は自信満々な態度だ。
何か根拠があるのだろう、と思っていれば、太い指でビシッとどこかを指差してみせる。


「実はあの裏山ではクワガタがたくさん取れるんだよ、俺はそこでクワガタハンターとして修行を積んできたのだ!」
「クワガタハンター?!お前すっげえ!」
「………」
「ふふん、恐れ入ったか。だが勝負は勝負、手加減なんてしてやらないからな!」


先に行ってるぜ!といつも連れている取り巻きと共に、目を輝かせるルークと呆れ返るアッシュを残してガキ大将はさっさと先へと行ってしまった。すると途端にルークが心配そうな目でアッシュを振り返ってくる。


「アッシュ!どうしよう、あいつクワガタハンターだって!俺たちに勝ち目は無いかもしれない!」
「……そうだな。とりあえず追うぞ。出遅れては勝てる勝負も勝てなくなる」
「そ、そうか!諦めちゃいけないもんな!よーし、頑張るぞ!」


つっこみを入れる気も起きないアッシュと微妙に勘違いしているルークは、急いで虫取り網を手にガキ大将の後を追った。果たして、裏山には本当にクワガタが沢山いるのだろうか。



と言うわけで、裏山についた。ガキ大将たちはもうすでにどこかでクワガタ取りにせいを出しているのだろう、姿が見えない。ルークが周りの木々を見上げながら、クワガタを探し出した。


「どの木にクワガタがいるんだろうなー」
「あれだけ自信満々に沢山居るとか豪語していたんだ、適当に木を蹴ってみれば落ちてくるんじゃないか」


言いながら軽く木を蹴ってみるアッシュ。すると揺れた木の上から、何かがポトリと落ちてきた。びっくりして思わず固まった二人は、そろそろと近づいてみる。草の中に落ちたそれをそっと拾い上げてみれば。


「く、クワガタだ!アッシュ、本物のクワガタだぞ!」
「マジか……本当に落ちてきやがった」


二人の視線の先には、掴まれてジタバタもがくクワガタがいた。なかなかの大きさの立派なクワガタだった。冗談のつもりでちょっと言ってみただけなのに本当にクワガタが落ちてきてアッシュがびっくりしているうちに、クワガタを初めて手にして感動したルークが勢い良く立ち上がった。その瞳は夏の太陽に負けないぐらい輝いている。


「すげえ!さすがクワガタハンター、本当にここにはクワガタがたくさんいるんだな!」
「あいつ、勝負の相手にこんな場所教えやがるなんて……馬鹿だな」


アッシュが呆れ果てるのも無理は無かった。ここをルークとアッシュに教えていなければ、おそらく勝ったのはあちらだっただろう。何せ今まで一切出会った事が無かったぐらい二人はクワガタに縁がなかったのだ。


「この調子で木を蹴っていけば、沢山落ちてくるかな!」
「網を我武者羅に振り回すよりは、効率が良いかもな」


顔を見合わせた二人は、にやりと笑い合った。そうして虫取り網も虫かごも放り出して、辺りの木を蹴り始める。クワガタは、面白いほど落ちてきた。それを拾い上げてただ歓声を上げる。


「すっげえ!このクワガタこんなにでっかいぞ!」
「それよりも、こっちの奴の方が倍近くでかいぞ」
「ええっ!それじゃ俺はもっとでっかいクワガタを見つけてやるっ」


いつの間にか虫取り合戦はルーク対アッシュのクワガタ大きさ比べに変わっていた。ただクワガタを拾い上げるだけで虫かごにも入れなかったが、次々と勝負しあう。そうして大きなクワガタを見つける度に比べ合っていた事も忘れて喜び合った。

もちろん二人は、ガキ大将と虫取り合戦していた事をすっかり忘れていた。一生懸命にクワガタを取る彼は、勝負相手がすでに試合放棄している事を、まだ知らない。




   虫取り合戦

08/08/11