ウトウトと気持ちの良いまどろみから、アッシュはふと浮上した。覚醒する意識を感じながら、しばらくはそのまま目を閉じる。とても気持ちが良かった。起きなければいけない時間に無理矢理起きるような、そんな不快感はまったくなかった。ごく自然の覚醒とはこうも気持ちの良いものなのだな、とあまり子どもらしくない事をアッシュはしみじみと思った。
しかし気持ちよさを感じると同時に暑さも感じた。夏なのだから当たり前の事なのだが、そういえば何故暑い中眠っていたのだろう。この暑さは、外の暑さだ。
不思議に思ったアッシュは、寝る前のことを思い出しながらゆっくりと目を開けた。そこに飛び込んできたのは。

顔がくっつくほど間近に迫った、ルークの寝顔だった。


「……っ!!」


アッシュは大声を上げる寸前で何とか押さえ込む事に成功した。しかし大きな驚愕が過ぎ去る気配は無い。目を見開いて固まるアッシュの目の前には、変わらずにくうくう眠るルークが居続ける。つまりアッシュは今までルークと一緒に寝てたことになる。何故だ、と考えた所で、アッシュはようやく思い出すことが出来た。


数刻前までこの場所は、とても涼しい場所だった。適度に風が送り込まれるこの木陰を、暑い中駆け抜けていた所に発見した時は思わず歓声を上げたほどだ。


『アッシュ!ちょっとここで一休みしようぜ!』


そうやってルークが言うので、そうだなと同意して木陰に二人で身を寄せた。しばらく他愛も無い話をしていた記憶はあるが、その後の事をさっぱり思い出せない。どうやら、話している間に二人して寝こけてしまったようだ。


「俺としたことが……外でこんな熟睡してしまうなんて……」


後悔のため息を吐くが、間近に居るルークに息がかかるので慌てて口を閉じた。大体、二人で眠ってしまったのは良いとして、どうしてこんなに至近距離なのだろうか。おそらく眠っているうちに寝相か何かで動いて、こうなってしまったのだろう。アッシュは寝ている間はあまり動かないので、十中八九ルークだ。
とにかくこのままでは自分の心臓も持たないし、何より太陽の位置がずれたのか木陰が陰で無くなって太陽の光が暑い。暑いのはおそらく、こんな真夏にくっつき合っているのもあるだろう。
仕方がないな、とその場から動こうとしたアッシュは、ぐいと引っ張られる感覚に再び地面に沈んだ。驚いて胸元を見てみれば、アッシュの服をぎゅうっと掴む一本の手。視線をたどれば、もちろん目の前のルークに。


「……こいつ……」


アッシュは思わず呟いた。ルークはまるでアッシュを逃がさないと言わんばかりに力いっぱい服を握り締めていた。そのくせ本人はぐっすりと熟睡しているのだからいっそ感心する。
アッシュはルークを起こさぬよう静かにその手を離させようとするが、がっちり掴んでいてなかなか取れそうに無い。しかし力を入れればいくら眠っていようとルークは起きるだろう。アッシュは途方にくれた。

別に本気でこの手を外したければ、ルークを起こせばいいだけの話だった。しかしアッシュにはそれが出来なかった。ルークはアッシュの事を知る由も無く呑気に寝こけている。その幸せそうな表情を、覚醒によって崩したくなかったのだ。


「……ちっ」


舌打ちしたアッシュは、そのままごろりと寝転がった。胸元の手を離す事を諦めて仰向けに転がる。向き合って過ごす事だけはさすがに出来なかった。力を抜いたアッシュを寝ながらでも感じたのか、むにゃむにゃ何事かを呟きながらルークがさらにくっついてくる。逃げられない事が分かっていたアッシュはそのままでいた。


「あちい……」


顔をしかめながらポツリと呟く。頭上の木々がいくら枝を伸ばしても、傾いてきた太陽を最早遮る事は出来なかった。夏独特の強くたくましい光に眩しいわ暑いわで散々だったが、体を移動させる事も出来ない。さらには隣にくっつくルークが熱でもあるんじゃないかと思うほど熱い。思わず大丈夫かと心配になったほどだ。
ちらりと横目で眺めれば、アッシュにしがみつくようにして眠るルークの寝顔がまるで笑っているように見えた。まるで暑がるアッシュを面白がっているようだ。


「お前、それで起きてるんだったら大したイタズラ小僧だな、ルーク」


アッシュが決して逃げられないような体勢でじわじわと熱でいたぶって楽しむなんて、とんでもない策士だ。しかしいつもなら一つ話しかければ二つ三つ言葉が返ってくるルークは、未だに寝息を立てるだけだ。少し汗をかいてきた頭をそっと撫でながら、眠るその顔を覗き込む。


「目が覚めたら、覚えておけよ」


家に帰ったら氷を背中に放り込む刑だ。だがそれまでは、今日一日とても暑い日になりそうだった。




   暑い一日

08/08/09