「しばらく見ない間に随分と焼けたね」


学校の登校日、夏休みになってからしばらく会っていなかったクラスメイトのシンクがそんな事を言うので、アッシュは思わず自分の腕を見下ろしていた。確かに、夏休み初日よりは焼けているような気がする。


「そんなに焼けているか」
「ていうか、今までそんなに焼いてなかったじゃん」


机に頬杖をつきながらのシンクの言葉に、今までの夏休みを思い出す。言われてみれば、こんなに太陽の光に焼かれながら外を駆け回っている夏休みは初めてかもしれない。休みでもちょくちょく遊ぶぐらいシンクとは仲が良かったりするが、連日虫取りやサッカーや探検や鬼ごっこをするために外へ飛び出したりはしなかった。もちろん、他の友達も同様だ。


「そういえば、新しい友達が出来たんだって?」
「……誰から聞いた」
「アニスから。アリエッタも見たって言ってたし」


うちわを押し付けてきた二人の顔が思い浮かぶ。思わず心の中で舌打ちした。別にルークの事を知られてどうなるという訳ではないが、何故かムシャクシャしたのだ。アッシュ自身にもよく分からない気持ちだった。


「でもさ、アッシュが珍しいよね。そいつと遊んでて焼けたんでしょ、それ」
「ふん」
「そんなに日に焼けるほど遊んでたなんて、よほど気に入ったんだ」
「うるせえ、余計なお世話だ」


からかうようにニヤニヤ笑いながらじっと見てくるシンクに、嫌そうに眉間に皺を寄せてからアッシュは顔を逸らした。そんな顔してると皺が取れなくなるよというシンクの笑いを含んだ声も無視だ。


「あーあ、でもアッシュがそこまで気に入る人間なら、一度見てみたいな」


からかいの色が混じったままだったが、そう言うシンクの声はどこか本気のようだった。アッシュの性格を多少は把握しているからこそ、余計に気になるのだろう。しかしアッシュはそれを聞いて、すかさず口を開いていた。


「駄目だ」


その声に少し驚いたように目を見開いたシンクと同じく、アッシュも驚いていた。とっさに口にしていた自分の言葉に、自分で驚いたのだ。どうして駄目なのか。シンクはただルークを一度見てみたいと言っただけだ。あまり人を寄せ付けないアッシュが毎日遊んでいる相手だと聞けば興味が出るのは仕方がないだろう。しかしそれを全部分かっていながら、それでもアッシュは駄目だと思った。何故かは、やっぱり分からない。
一瞬呆けたシンクは、みるみるうちに楽しそうな表情になった。それに比例してアッシュは苦々しい表情になる。どこか皮肉屋の彼は、人をからかうのがそれなりに好きだったりする。しかもアッシュ相手だと楽しいのだと、以前ムカつく事も言っていた。どうやら余計な事を言ってしまったようだ。


「ふーん、そう。見るのも駄目なんだ。へーえ」
「………」
「そんなに独り占めしたいぐらい気に入ってるの?」
「殴るぞ」
「はいはい、ごめんごめん」


全然謝ってないような態度で手をひらひらさせるシンクにアッシュの眉間の皺がまた一本増える。子どもの頃からそんな気難しい顔はするもんじゃないぞと前にガイにつっこまれた事があったが、そう簡単にやめられるものではなかった。


「僕の予想だけど、そいつ、人懐っこい方なんじゃない?」


シンクの指摘に思わず振り向いていた。目が合った瞬間、にやりと笑われる。


「アッシュってさ、複雑そうに見えて、結構単純だよね」
「……黙れ」


心底楽しそうなシンクに、アッシュはもう口を閉ざすしかなかった。これ以上何か喋っても反応を示しても、全てが墓穴を掘る結果になりそうだったからだ。顔ごとクスクス笑う緑色の友人から視線を逸らして、己の腕を見る。
去年までとは違う、焼けた自分の腕。脳裏に、同じぐらい焼けた顔で笑う夕焼け色が瞬時に浮かぶ。昨日、明日は登校日だから一緒に遊べないと言った時の、残念そうな表情。アッシュがいない今日、ルークは一体何をしているのだろうか。


「一応友達として、妬いておいた方が良いの?これ」


シンクのどこか呆れたような言葉も耳に入らないまま、アッシュは自分の腕を見つめていた。きっと今年の夏休みが終わる頃には、この腕はさらに黒く焼けることになるのだろう。同じぐらいに焼けて、お揃いだなと笑いかける翡翠の瞳が、今からアッシュを見てくれているような気がした。




   日に焼けた

08/07/31