ある程度予想をしていた事だったから、思い切って聞いてみた。


「ルーク。算数は得意か」
「嫌い!」


即答された。今日の宿題の時間に何をやるか決まった瞬間だった。



「何だこれは、ひとつも手をつけてないじゃねえか」


ルークの算数ドリルを覗くアッシュは眉をしかめてみせた。アッシュの学校から出ている算数ドリルの宿題とはちょっと違うようだ。中身は見事な白紙状態だ。睨むようにルークを見れば、あさっての方向を見ながら口を尖らせている。口笛を吹いている仕草のようだが残念ながら音は出ていなかった。


「ごまかすな」
「だ、だって、苦手なんだよお」
「苦手だからと言ってまったくやらずに後に回しても何の解決にもならないだろうが」


アッシュの言うことはとても正論なのでルークは何も言い返す事が出来ない。実際、普段から算数の宿題をやらなかったりごまかしたりして怒られているのだ。肩を落とすルークの耳に、アッシュのため息声が響く。間違いなく、呆れている。


「今日は少しでもこの算数ドリルを進めるぞ」
「ええー」
「文句を言うな!俺が見てやるから、早く鉛筆を持て」


目の前に広げられた算数ドリルの1ページ目を、ルークは憂鬱な気持ちで見つめた。目の前には見ているだけで頭が痛くなりそうな数字がこれでもかというほど羅列されている。助けを求めるようにアッシュを見ても睨み返されるだけであった。
うう、とさらに肩を落とそうとしたルークは、そこで気付いた。ルークが宿題を持ち込んだときは大抵、アッシュも夏休みの宿題を一緒に行う。だけど今アッシュの目の前には、宿題らしきものは見当たらなかった。


「アッシュの宿題は?」


尋ねながらルークはどうしようと考えていた。宿題を広げていないのは、もしやアッシュはもう終わらせてしまったからではないだろうか、と。夏休みの宿題は大体前半で片付けると豪語していたアッシュの事だから有り得る話だった。夏休み後半に勝負するルークはアッシュに引きずられて何とかこなしているぐらいだ。
もしアッシュがすでに宿題を終わらせていたとすれば、自分は一体どうすればいいのだろうか。自分の家じゃ絶対にしないだろうと確信を持って言える。また、夏休みも終わりになった頃に半泣きで取り組まなければならないのだろうか。
心配そうな心細そうな目で見つめていれば、アッシュはルークの考えを汲み取ってくれた。


「別に、まだ全部終わらせた訳じゃねえよ」
「じゃあ何で今日は広げてないんだよ」
「お前の宿題があるだろう」


そう言われて思わずルークは目を見開いた。アッシュは仕方がないなあという顔をしながら、決して面倒くさそうな態度を取ってはいなかった。こつこつと、指先でルークの算数ドリルを叩いてみせる。


「教えて貰いたいんだろ?仕方がねえから、今日はとことん付き合ってやる」


こういうのは後に伸ばせば伸ばすほど面倒くさくなって来るものだからな、とアッシュは言った。今のうちに少しでも終わらせておけという事だ。そのためにアッシュは自分の宿題をとりあえず置いておいて、ルークを見てくれると言っているのだ。
最初に言った「俺が見てやるから」とは伊達ではなかった。本当に全部見てくれるつもりなのだ。


「アッシュ……!」
「こら、感動してないで早く取り掛かれ」
「はい!アッシュ先生!」


瞳を輝かせていれば丸めた教科書でパコンと頭を叩かれた。気分はすでに先生と生徒だ。無駄口は一切許さぬと言わんばかりに目を光らせながら見つめてくるアッシュの前、ようやく鉛筆を握り算数ドリルに向かうルークの顔は、憎き宿題を目の前にしているというのにやたらと嬉しそうだった。




   算数ドリル

08/07/26