気がつけば俺は、自分の部屋に立っていた。


……うん、多分自分の部屋だ。記憶の中の俺の部屋より綺麗に片付いていて、物の配置とか若干違って、全体的に少し真新しい感じがするけど、きっと自分の部屋だ。7年間も暮らしてきた部屋なのだから分かる。ここは俺の部屋だ。

あれ、じゃあ何で俺はここに立ってるんだ?

だっておかしいだろ?俺は確かにさっきまで、音素の海の中に立っていたんだ。立っていたというより、漂っていたのかもしれないけど。
とにかく俺の体はこの部屋ではない遠い所にあって、乖離していたはずだ。少しずつ、少しずつ、音素が俺の体から零れ落ちていったのだ。それは気のせいなんかじゃない。夢なんかじゃない。いや、夢だって思いたいのが本音だけど、こればっかりは仕方が無い。世界中の瘴気を消すために、師匠を倒すために、俺の体を解く事になる超振動を使わなければならなくて、その結果がこれなのだから。俺は俺の意思でここまで来て、そして乖離したのだから。
だけど俺の体はどこをどう見たって五体満足で、乖離を起こしていたとは思えないほどはっきりとここに存在している。

そういえば、ついさっきまでここに、この腕に抱えていたはずの己の半身もいない。これは一大事だ。俺の乖離よりもしかしたら大変な事態だ。
おかしいな、絶対に離さないように、大事に大事に抱えていたのにな。乖離していく時に落としてしまったのかな。でも俺は何故か乖離していないし、腕だってここにある。
俺の腕の馬鹿。俺に戻ってくる暇があったら、あいつをしっかり握っておけよ。
自分を軽く殴り飛ばしたい衝動に駆られながら手を開いたり閉じたりしてみても、そこに炎のような赤い髪が現れることはとうとう無かった。


そうしていると、外から足音が聞こえてきた。確実にこちらに近づいてくる。それは、屋敷の中を巡回する兵士の重々しい足音ではなく、極力音を立てないよう注意しながら静々と歩くメイドの足音でもなかった。もっと軽い、そう、まるで子どもが小走りでこちらに駆けてきているような足音だ。
足音は一度少し手前で止まると、用心深く部屋の扉の前に来て、何のためらいも無くドアを開けた。その遠慮の無さはまるでここが己の部屋だと言わんばかりであった。まあ、それは真に当たっていたんだけれど。

かくして俺を見上げてきたその翡翠の瞳、真紅の髪の正体は。例え子どもと言う小さな姿を形作っていても、俺にはすぐに分かってしまった。

ああどうしよう、俺はこの子どもを知っている。
誰よりも、何よりも、俺に近い存在。

どこか見覚えのある、しかしやっぱり記憶の中のものよりは控えめな眉間の皺を作ったその8,9歳ぐらいの子どもは、俺を真っ直ぐ見つめて口を開いた。


「お前が、新しい使用人か?」


そうです、ともいや違います、とも俺には答えられなかった。

ああ親愛なる俺のオリジナル様、俺はしがないあなたのレプリカです。かっこしかもどうやら未来からやってきてしまったかっことじ。
俺にこう言えというのか?言える訳が無い!




   親愛なる 1




06/07/04