シロ雪姫 前編






昔々あるところに、魔法の鏡を持った髭の男がいました。名前をヴァンと言いました。ヴァンの持つ魔法の鏡は質問した事に何でも正直に答えてくれるとても不思議で魅力的な鏡なのでした。
ある日の事、ヴァンは魔法の鏡にこう尋ねました。


「この世で一番美しく可憐でキュートな人間は、一体誰だ?」


ヴァンは毎日セットに何時間も費やしている自慢の髭と眉毛を持つ自分に違いないと確信しておりました。しかししばらく悩んだ魔法の鏡は、予想とはまったく違う答えを出したのです。


『それは、シロ雪姫です』
「な、何だと!私の髭と眉毛よりも美しく可憐でキュートな人間がいるのか!」


ショックを受けたヴァンは思い出しました。甥っ子に、焔色の髪と翡翠色の瞳を持つ確かに美しい青年が存在していた事を。シロ雪姫が赤ん坊の時、白銀に光り輝く滑らかな白い肌を見てこう名づけられたのですが、ヴァンは歯軋りをしました。シロ雪姫は確かに美しく可憐でキュートかもしれませんが、それよりも自分の髭と眉毛の方が美しく可憐でキュートだと思ったからです。


「おのれ、許さんぞシロ雪姫……!」


怒りに燃えたヴァンは、シロ雪姫を殺してしまおうと考えました。この世からシロ雪姫が消えれば、きっと自慢の髭と眉毛を持つ自分こそが世界一美しく可憐でキュートな人間になるのだと、信じているのです。
そこでヴァンは城に仕える狩人を呼びつけました。ヴァンの前に華麗に参上したその狩人の名をガイと言いました。ガイはシロ雪姫のお傍に使えていた使用人でもあるのですが、今まで甥っ子の存在を気にも留めていなかったヴァンがそんな事を知るはずがありません。


「お前に任務を授けよう。シロ雪姫を殺しその赤い髪を奪ってくるのだ」
「なっ何ですって!シロ雪姫を?!」
「あの綺麗な髪を食らえば、この髭と眉毛にも磨きが掛かろう。逆らえばお髭ジョリジョリの刑だ、分かったらさっさと行ってこい!」


あの悪魔のようなお髭ジョリジョリの刑の前にはさすがのガイも太刀打ちできませんでした。逆らう事も出来ずにすごすごとシロ雪姫の元へ向かうガイですが、もちろん自分のご主人様であるシロ雪姫を殺すなんて事は出来ません。歩くうちに何らかの決心をしたガイは、自分の部屋で呑気に昼寝をしていたシロ雪姫をたたき起こしました。


「シロ雪姫!逃げるぞ!」
「はっ?いきなり何で?どこに?というか俺男なのになんで姫なんだ?!」
「詳しい事は後で話すからほら、早く!」


ガイはシロ雪姫をヴァンの魔の手が届かぬように逃がす事にしたのです。気づかれないうちにと急ぎ足で付近の深い深い森の中へ入り込む間に、真相を聞いたシロ雪姫は驚きました。まさか自分が殺されようとしているなんて、信じられなかったのです。


「いやちょっと待てよ、何で俺が鏡に選ばれるんだよ!」
「お前が世界一美しく可憐でキュートな人間だと選ばれたんだろう、魔法の鏡の個人的趣味で」
「そのせいで殺されそうになるなんて……」


一度がっくりと地面に膝を突いたシロ雪姫は、すぐに立ち直りました。と思ったら、怒り狂って立ち上がっただけでした。


「誰かっ誰か鏡ここに持って来い!俺が叩き壊してやる!」
「おっ落ち着けシロ雪姫!気持ちは分からんでもないが……まあ俺は鏡と同意権だが」
「ガイ?!」
「いや、待てよ。ルークも美しく可憐でキュートだ。くそっ俺には世界一なんて決められない……!どちらかを選ぶなんてそんな事!」
「ガイー!戻ってこーい!」


いきなり空に向かって叫び始めた情緒不安定な狩人をシロ雪姫がボカスカ殴れば、頭をコブだらけにしながらもやっと正気を取り戻しました。まったく世話が焼ける使用人です。こんな事をしている場合ではないと、ガイは慌ててシロ雪姫を森の中へと押し出しました。


「お前はこのまま森の中に逃げるんだ。ヴァンは俺が何とか誤魔化しておくから」
「ガイ、でも」
「なあに、後の事はこのガイ様に任せておけ!ほら、早く!」
「……ああ。ありがとうガイ!」


振り返りながらも森の中へと駆けていくシロ雪姫の背中を見送ったガイは、シロ雪姫の代わりとなるものを探しました。ヴァンは赤い髪を持って来いと言っていました、シロ雪姫と同じように美しい赤い髪さえ持って帰れば、きっとヴァンもシロ雪姫は死んだものと思い込むはずです。
しかしシロ雪姫の髪並の美しさを誇る赤い髪など、そうそうあるものではありません。悩むガイがふと森の中に目をやると、ある赤いものを発見しました。


「ああ、そうだ。あれでいいか……」



こうして色々あって赤い髪を手に入れることが出来たガイは、さも悩み苦しみながらも命令を遂行するためにシロ雪姫を殺し赤い髪を刈り取ってきたのだと言わんばかりの表情で、ヴァンの前に舞い戻りました。若干死闘を繰り広げたかのようにボロボロの姿だったのがまたリアルです。ガイの迫真の演技にすっかり騙されたヴァンは、喜んで赤い髪を受け取ります。


「おお、これは。少し濃いような気がしないでもないが、確かに美しい赤髪だ。よくやった」
「いえ……」
「ふふ、これで私の髭と眉毛こそが、世界一美しく可憐でキュートなシンボルとなるのだな」


ヴァンはあまりの嬉しさに、してやったりの顔をするガイに気づかずに良い気分で高笑いをあげました。真相に気がつくのは、まだまだ先になりそうです。


さて、一方のシロ雪姫はというと、森の中を必死で駆けてきたせいで疲れきっている所でした。シロ雪姫はお姫様なので当然ドレスを着ていたりするのですが、枝やらに引っ掛けてもうボロボロとなってしまいました。しかしドレスに価値を感じないシロ雪姫は気にもしません。走りにくいからと自ら端の方を引きちぎってしまった程です。そんな驚きの格好でヨロヨロと森の中を移動するシロ雪姫は、やがて一軒の家を見つけ出しました。


「うわ、森の中にポツンと一軒だけ怪しい家だな」


普段は危機管理能力に乏しいシロ雪姫もさすがに怪しみましたが、走り続けたことによりお腹もペコペコで、足も棒のようにフラフラと疲れ切っていました。まるで誘われるように窓から中を覗けば、どうやら誰もいないようです。魔が差したシロ雪姫がドアノブを回せば、まるで図ったように鍵は掛かっていませんでした。これはチャンスです。
滑り込むように家内へと侵入したシロ雪姫はその嗅覚を持ってすぐに温かなスープを見つけ出しました。留守なのに温かなスープが用意されている事に不思議に思ったりもしましたが、お腹の空いた状態の人間はまともな思考回路を持ち合わせていませんので、シロ雪姫も気にしないことにしました。


「ラッキー!誰もいない今のうちに、いただきまーす!」


何故か七人分用意されていたスープを、シロ雪姫はあっという間に平らげてしまいました。それだけお腹が空いていたのもありますが、そのスープはまるで小人が小人のために準備をしたかのようにお皿が小さかったのでした。全てを空にしたシロ雪姫はお腹が満たされたと同時に眠くなってしまったので、近くに並んでいた小人サイズのベッドにごろんと寝転がりました。


「うう……ちょっとだけ、あと五分だけ……」


まだ起きたくない時に呟くお約束の言葉を吐きながらシロ雪姫はあっという間に眠りの世界へと落ちていってしまいました。
しばらくシロ雪姫が無断で侵入した家の中でぐーすか眠っていると、外から複数の人影が近づいてきました。七人の小人、のうちの二人でした。シロ雪姫と同じような夕焼け色の髪を長く伸ばした小人と、それよりも鮮やかに濃い真紅の短い髪の小人です。それぞれ髪の長い方をルーク、髪の短い方をアッシュと言いました。二人は木こりらしく斧を持って、我が家へと帰る所でした。


「なあアッシュ、何でいつの間にか髪がさらに短くなってるんだ?」
「さっき森の中でいきなり金髪の男に襲われてな……髪を引き換えに何とか追い返したんだ」
「へーっ最近は森の中でも物騒なんだなあ」
「……待て、ルーク」


世間話をしながら家の中へと入ろうとしたルークを、アッシュが静かに引き止めました。


「どうしたんだ?」
「中に誰かいる。知らない奴だ」
「えっマジで?!こんな山の中の一軒家に、泥棒か?」
「分からんが、気をつけろ。さっきの金髪男のようにいきなり襲いかかってくるかもしれない……」


顔を見合わせたアッシュとルークは頷き合い、慎重に慎重にドアを開けました。手にはいつでも戦えるように斧を構えたままです。音も無くゆっくり開かれたドアからは、とりあえず何者も襲い掛かってきません。足音を立てぬように家の中へ入ったアッシュとルークは、ベッドの上で大の字で寝こけているシロ雪姫を発見しました。


「……誰これ?」
「……さあな」


油断無く辺りを見回し、他に誰も侵入していないことを確かめると、二人は改めてベッドへと向き直りました。七人分のベッドを占領し幸せそうに眠っているシロ雪姫に、困った顔を付き合わせます。


「どうする?起こすか?」
「起こすしかないだろう。せっかく作り置きしておいたスープもおそらくこいつに全部食われたんだろうし」


頑張って仕事して帰ってきたら美味しいスープでも飲もうと思っていたのです、それが無くなっているのはとても悔しいものでした。ためしにルークが揺さぶってみてもシロ雪姫は起きる気配さえありません。まったくの知らない人の家でここまで熟睡できる事はある意味才能だと、人の事をいえないルークは思いました。


「えーい起きろ!起きろってばこいつ!くそー!起ーきーろー!」
「やめろよガイ……あと五分だってば……」
「ちくしょう寝ぼけてる!アッシューどうにかしてくれよ」
「ふん、任せろ。毎朝お前を叩き起こしている実力、見せてやる」


腕まくりをしたアッシュは、おもむろに並ぶベッドのひとつを掴むと、力任せにひっくり返しました。その上に眠っていたシロ雪姫ももちろんひっくり返ります。


「っ起きろこの不法侵入屑がーっ!」
「ぎゃああああ!」
「アッシュすげー!」


ルークが感心する中、シロ雪姫は豪快に床へと転がりました。さすがに目を覚ましたようです。アッシュとルークが並んで見守る中、強く打ってしまった頭を抑えながら、シロ雪姫が涙目で起き上がりました。


「ってー!何するんだてめえ!」
「不法侵入無断飲食していやがるくせに態度はでかいな」
「へ?ふほうしんにゅ……ああっそうだった!俺勝手に家の中に入ったんだった!」


今の自分の立場を思い出したシロ雪姫は慌てて立ち上がって、二人の小人を前にしました。いくらニブチンのシロ雪姫でも、今自分が眠っていたこの家が目の前の小人たちのものだったのだとすぐに気がつきました。


「あー……ごめんな、勝手に家の中に入ってスープ平らげてベッド占領しちまって。悪気は無かったんだ」
「悪気があってされても困るがな」
「でもどうしてこんな森の中にいるんだ?それドレスだろ?ドレスっていえばお城の偉い人が着るような上等な服じゃんか」
「おまけにそのドレスのボロボロ具合、何か訳がありそうだな」


二人とも、シロ雪姫の性別にはつっこんできません。何故か釈然としない気持ちを抱えながら、シロ雪姫は二人に今までの経緯を話しました。親戚の髭と眉毛のヴァンという男に殺されそうになった事。金髪狩人ガイに逃がしてもらってこの森の中を彷徨っていた事。金髪狩人の時点でアッシュが何かを思い出したのか頭を抱え込んだりもしましたが、全てを話した後には二人ともシロ雪姫に同情してくれました。


「何か大変だな……。なあアッシュ、この人うちに置いてやろうぜ」
「え、いいのか?」
「俺たちだけで決められねえだろうが。ま、まあ俺は別に、特に反対する理由も無い訳だが」
「良いって言うに決まってんだろ!じゃあ決まりっ!これからよろしくなシロ雪姫!」
「お、おう!」


こうしてシロ雪姫は小人の家に置いてもらう事になりました。


つづく。




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08/05/06