クリスマスイブの日。屋敷はメイドたちによってクリスマス一色の飾りつけをされていた。バチカルにはあまり雪が降らないのでホワイトクリスマスにはならなかったのだが、それでも嫌というほど雰囲気は出ている。明日が本当のクリスマスだというのに気が早くないかとクロは思ったのだが、サンタを心待ちにしている子どもにとっては今日がクリスマスイブだろうがクリスマスだろうがそんなもの関係は無いらしい。朝からテンション高くはしゃぎ回っているルークやシロを見ているとつくづくそう感じる。見た目は青年2人なのでどこか滑稽に見えない事も無いがそれは気にしない。そんな2人に引き摺られているアッシュもまんざらでも無さそうな顔だったが、さすがにクロは浮かれていられる気分ではなかった。今夜が本番だからだ。
聖夜がやってきた。
屋敷はしんと静まり返っていた。時折白光騎士団の鎧が歩を進めるたびにぶつかってほのかな音を立てるぐらいで、まるで誰もが息を潜めてじっとしているような本当に静かな夜だ。その中を、見事な赤く長い髪を空中に躍らせながら足音立てず気配も消しながら颯爽と廊下を進む1つの影があった。あの可愛らしい赤い服も赤い帽子も着ても被ってもいなかったが、見る者が見れば彼をこう呼んだであろう。
あれは、サンタだと。
ファブレ家だけに出没する、鮮血のサンタクロースなのだと。
「サンタクロースに鮮血は不味いだろう……いくらイメージに合っているからといっても」
何かにつっこみながら、鮮血のサンタもといクロは肩に担いだ白い袋を揺らしながら静かに目的地へと進んでいた。サンタの服装をする事だけは色んなプライドが邪魔して出来なかったが、プレゼントを入れた白い袋だけはきちんと用意をするところが妙に律儀だ。今年は例年に比べて、袋が膨らんでいた。プレゼントする対象が増えた事もあるのだが、それ以上のものを片っ端から詰め込んでいるからだ。結局、ルークとシロとアッシュが何を欲しがっているのか知る事ができなかったクロはぶっつけ本番で挑む事にした。袋に入れたものが手紙に書いてあればラッキー。もし無かった場合は……その時はその時だ。
クロは今1つの部屋の前に立っていた。中庭を突っ切り1つだけ孤立するように建てられているのはルークの部屋だった。増築されて以前より広くなっているこの部屋の中には、今ルークとアッシュが寝ているはずだ(ベッドは2つなので安心して欲しい)。クロはより一層気合を入れなおすと、気配を完全に絶った状態でドアノブに手を触れた。その見事な気配の絶ち具合は現役時代にも匹敵するほどだ。ドアは音も無く開いた。僅かな隙間から体を中へと潜り込ませたクロは、最初から開きなどしなかったかのようにぴっちりとドアを閉めた。ひとまず侵入成功である。
目の前には2つのベッドがある。それぞれ明るく長い朱色の髪と、濃く短い紅色の髪が覗いている。2人が完全に眠っているのを遠目に確認してから、クロはまずルークのベッドへ近づいた。熟睡しているからといって油断してはならない。クロの気配に慣れまくっているルークはまず起きないだろうが、ああ見えて繊細な部分を持つアッシュなどは少しでも油断すればたちまち気配を感じて起きてしまうだろう。これは一種の自分との戦いである。文字通り。
手紙は枕元に置かれていた。音を立てないように慎重に拾い上げ、折りたたまれていたその紙をそっと開いてみる。月明かりを頼りに覗き込んでみれば、そこにはお世辞にも綺麗とはいえないが元気一杯の文字でこう書かれていた。
『サンタさんへ
こんばんは いつもプレゼントありがとな!
いつももらっといてなんだけど きょうはもうひとりプレゼントあげてほしいやつがいるんだ
おくのへやにねてるから よろしくな!』
ここまで読んで、クロは感動をこらえるために震える手を押さえつけねばならなかった。ちゃんとシロの所へ寄ってくれと書いてあるでは無いか。拙い字ではあるが間違いも無く書かれている。ルークもよくぞここまで成長してくれた、とクロは柔らかな頭を撫でたくなる衝動と必死に戦った。何だかんだ言って親馬鹿なのだ。
問題はこの先である。ルークは一体今年は何を頼んでいるのか。心を落ち着けたクロは、さっきの続きから手紙を読み始めた。
『ことしのプレゼントだけど おれのぶんはいいからシロとアッシュにあげてくれよ
あいつらずっとプレゼントもらってなかったんだってさ ダアトはとおいもんな
おれはずっともらってたから おれのぶんまでふたりにプレゼントやってくれ
それがおれのことしのおねがい!
……もしプレゼントがあまってたら そのときはあたらしいにっきちょうがほしいな』
「っ!」
クロはもう耐えられなかった。気配を絶ったまま、ベッドの中で幸せそうに眠るルークの頭を優しくそして激しく撫でまくる。良い子、良い子!ルークは何て良い子なんだ!あんなにクリスマスプレゼントを楽しみにしていたのにそれを2人に譲るとは!その後やっぱり欲しかったのか控えめにプレゼント頼んでいるのがこれまた愛しい。クロは袋の中からリボンで綺麗に飾り付けられた箱をルークの枕元へそっと置いた。中身はもちろん質素でしかし高級そうな日記帳である。実はクロ、毎年のプレゼント状況を把握してルークのプレゼントだけは見繕っていたのだ。予想はドンピシャである。完璧だ。
ルークは完了だ。後はアッシュである。クロは気を引き締めなおしてアッシュのベッドに近づいた。いくら考えても、アッシュが欲しがりそうなものは見当がつかなかった。昔の自分はサンタに夢なんて持ってなかったしプレゼントなんて期待もしていなかったので、参考にもならなかった。何を願っているのか少し恐怖も感じながらクロは細心の注意を払って枕元の手紙を手に取った。焦らず、ゆっくりと紙を広げる。ルークと対照的な、几帳面で綺麗な文字が目に飛び込んできた。
『親愛なるサンタクロースへ
毎年お仕事ご苦労様です。わざわざプレゼントを届けて貰ってありがとうございます。
一時期行方をくらましていた自分の元へもやってきて頂いて感謝しています。
お手数かけますが、この屋敷の奥にも体は大人でも心は子どもな奴がいますので、そいつにもプレゼントを届けてやってはくれないでしょうか。
複雑な存在ではありますが、お願いします。』
こいつは何でこんなに畏まっているのだろうとクロは首を捻った。サンタを変に慕っているらしい。苦労を労う文章は確かに立派だが子どもの心配する事ではない。悪く言えば、可愛くない。クロは口から出てきそうになる重苦しいため息を必死にこらえながら手紙に目を戻した。そして再び首を捻った。
そこから急に紙が汚くなって、まるで何度も書き直したかのようにぐしゃぐしゃになっていたのだ。クリスマスプレゼント1つに何をこんなに真剣に悩んでいるのだろう。クロは過去の自分にちょっぴり呆れた。随分長い事悩んだようだったが、書かれていたのは実に短い文であった。
『俺の欲しいものは袋から簡単に出せるようなものではないので、いりません』
結局いらないのか。クロはアッシュを見下ろした。そしてある事に気がついた。毛布から、右手が少しだけぶら下がっていたのだ。寒いだろうに何かを求めるように、しかし力尽きたかのように垂れ下がっている。その手の向こうには僅かなベッド間の隙間を経てルークがいた。それに気がついたクロは、そっと目頭を押さえた。以前から確かに気がついてはいたのだ。この部屋の2つのベッドが、日に日に少しずつ、本当に少しずつ近づいていっている事に。
手、繋いで寝てみたいんだな。
アッシュのあまりの奥手具合にクロは涙が出そうになった。ルークなら、一言頼んだりすれば嬉々として繋いでくれるだろうに。そこは思春期特有の妙なプライドが働いたりするのだろう(クロが言えたものではないが)。ほとんどルークの父親代わりみたいなクロにとってこれは結構複雑なものであったが、アッシュの可哀想さ具合にすっかり絆されてしまった。何せ言ってしまえば自分なのだ。ここはサンタクロースの名に掛けて協力をしてやらなければ。
少しだけ考え込んだクロは、思いつきをそっと実行した後速やかに部屋から立ち去った。2人の赤毛の子ども達はとうとう起きる事無く、鮮血のサンタは無事任務を終える事が出来たのだった。
さあ、あともう一仕事だ。ルークとアッシュの部屋から出たクロは抜き足差し足でさらに屋敷の奥へと向かった。そこにはひっそりと1つの部屋が存在する。そこでクロは毎日寝起きして、そして相方も今この部屋で眠っているはずなのだ。ここはクロとシロの部屋なのだから。
ある意味アッシュよりも注意を払わなければならない相手だった。何せ、予想もつかないような突拍子も無い事をしでかしてくる事があるのだ。例えば、このドアを開けたら目の前に眠ったまま立っているかもしれない。例えば、サンタクロース捕獲用の罠が張ってあるかもしれない。クロは覚悟を決めて、慎重に音も無くドアを開けた。
ドアはすんなり開いて、そこには拍子抜けするほど普通の光景があった。目の前に誰も立ってないし、罠も一見見当たらない。クロのベッドではない方にはごく普通のふくらみが横たわっている。クロは内心ほっとしてドアを閉めた。もちろん音を立てる事無く。
シロは頭まで毛布を被っているようだった。寝苦しくないのだろうかと考えながらクロは枕元へと近づく。そこにはやはり折りたたまれた紙が置かれていた。そっと紙を持ち上げ、中を見てみると、そこには大きな文字でこれだけ書かれていた。
『サンタへ
サンタクロースを下さい』
「っ?!」
一瞬後、クロはその場から後ろへ跳んだ。しかし瞬く間も無いほど瞬時に移動したはずの体はその腕をつかまれることによって動きを封じられる。クロがあっけに取られると同時に視界が宙を舞った。しまった、と思った時には、クロはベッドの上に叩きつけられていた。
「ぐっ!」
息を詰め跳ね起きようとしたその上に何かがのしかかってきた。クロが目を見開くと、視界一杯にきらきらと輝く翡翠色が広がった。いくら美しい宝石でもこんなに綺麗なイキイキとした光を放つ事は出来ないであろう。思わず目を泳がせると、次に真っ赤な服が飛び込んできた。どこかで見たことのあるような赤い服だ。それもそのはずだ、この時期見ないことなど無いほど重要な服。
サンタクロースの服を着た人物が、目の前で翡翠色の瞳を細めて笑っている。
「へへ、鮮血のサンタクロースゲットー」
実に嬉しそうに目の前のサンタクロースがそうやって言うので、クロは呆れながらも見下ろしてくるその額を弾いた。
「てめえ、最初からこのつもりだったな」
「だってクロってば絶対ルークのサンタやってただろうなーと思ってさ」
にこにことご機嫌に笑うサンタクロース姿のシロに、クロはため息をつくしかなかった。見透かされていたらしい、元六神将の名が泣いているだろう。
「お前サンタクロースを信じていたんじゃなかったのか」
「信じてたよ。信じてたけどさすがに無理あるだろ。俺もう大人だしー?」
「中身はまだ子どもの癖に何言ってやがる」
「うるせー中身とか言うな!」
さりげなくクロが肩を押してもシロは上から退こうとはしなかった。楽しげにクロを見下ろすだけだ。それにちょっとムッとしながらクロはさらにシロの肩を押す。
「おい退け」
「やーだね。俺が欲しいのはサンタクロースだって書いてあったろ」
「なら何故サンタクロースの格好をしているんだ」
「俺も今夜はサンタクロースだ!」
元気よく胸を張ってみせたひよこのサンタクロースは呆れるクロの頭を慈しむように撫でてきた。何となく恥ずかしかったが、嫌ではなかった。
「お前だって、誘拐されてからサンタクロースなんて来なかっただろ?だから俺が10何年分溜まったプレゼントをくれてやる!」
「そういう事か……」
頭を撫でてくるシロの目はひどく優しかった。かつてはこの存在に全てを奪われたと憎しみを宿らせていたが、今はどうだ。奪われたものが何であったのか思い出せないぐらいどうでも良くなっている。それ以上に、半身から与えられる柔らかくて温かくて心地よいものでこの身が溢れかえりそうだった。クロは気持ち良さそうに目を閉じた。
昔の自分に教えてやりたかった。満ち足りるという事は、何よりも幸せなのだと。
「……じゃあ俺にプレゼントをくれるのか、サンタクロース」
「おう、何が欲しいんだ?」
シロが目を輝かせて尋ねてくる。それにふっと笑うと、油断していた肩を掴み反動をつけてぐるりと回転した。シロが目を回している間に、体勢はさっきとすっかり逆転している。あれ、と目を点にするサンタクロースに、クロは精一杯笑いかけてやった。目の前の顔が青くなったのを見ると、その笑顔はよほど心臓に悪いものだったのだろう。
「お前が欲しい」
「は?」
「約10年分のプレゼントなんだ、とびきりサービスしてくれるんだよな?」
「や、あの、ちょっと、俺が言いたかったのはそういう事じゃなくて!」
今更慌て出すシロを黙らせるようにクロはぐいっと顔を近づけた。
「もう遅い。大体これがいつものパターンだろうが、いい加減覚えやがれ」
「かっ勝手にパターン化すんじゃねーよっ!や、まっ、本気でちょっタンマっ……ぎゃーっ!」
聖夜に響く叫び声。鮮血のサンタは無事に完全勝利を果たしたようだった。
来年も頑張れ、鮮血のサンタクロース!
鮮血のサンタと聖夜の戦い
後編
クリスマス当日の朝。
目を覚ましたアッシュが何故か離れていたはずの2つのベッドがぴたりとくっつきすやすやと幸せそうに眠っているルークと己の手がしっかりきっかりと握られているのに気付いて叫び声をあげるまで、あともう少し。
06/12/26
←
□