ああ、もうすぐクリスマスだな、とクロは考えていた。この日はクロにとってとても大事で忙しい日なのだ。前日から入念なチェックを入れ準備を怠らず気配を絶ち速やかに任務を全うし誰にも気付かれないように行わなければならない仕事があるからだ。
クリスマスに行う仕事といったらこれしかない。そう、サンタだ。
ルークは未だにサンタを信じ続けている。それはクロの影ながらの努力のお陰であった。見た目は10歳以上でもルークは今もまだ実年齢は7歳だ、子どものうちぐらいはサンタの存在を信じてくれていた方がいい。そうやってクロは毎年毎年ルークにも屋敷の誰にも知られないようにサンタとなっていた(唯一同じくサンタになろうとしてくるガイとは毎年激戦を繰り広げてきたが)。せめて10歳までは続けようとクロは考えている。クロ自身が10歳に屋敷を出るまで健気にサンタを信じていたからなのだが、それは本人だけの秘密だ。
そういう訳で、クロは気配を殺しながらルークの元へと歩いていた。本番のクリスマスイブはまだ先のことだが、その前にルークが一体どんなプレゼントを欲しがっているのか調べなければならない。そっと屋敷内を歩いていたクロは、やがてとても聞き覚えのある声を耳にした。それも複数だ。
「そういえばもうすぐクリスマスだなー」
「おっ、もうそんな季節か!早いなー」
一見同じに聞こえる声。当たり前だ、2人は同一人物と言っても差し支えはないのだから。しかしクロにはどっちがどっちか迷う事無く分かる。話題を振ったのが今しがた探していたルークで、それに答えたのがクロの真の半身シロだ。
「今年はサンタに何をお願いしようかな」
さっそくルークの弾むような声が聞こえてきた。しかしクロは内心慌てた。微妙に空気の読めないところのあるシロが「ばっかサンタなんている訳ぬぇーだろ!」と言ってしまえばそれで終わりだ。クロの今までの努力が全部無駄になる。頼むから余計な事は言ってくれるなと影で祈っていたクロは、次に耳に入ってきたシロの言葉に別の意味で驚かされた。
「そっか、ルークはまだ未成年だからサンタが来てくれるんだな、いいなー」
「ああ……シロはもう大人だもんな、サンタは子どもの所にしかプレゼント届けてくれないもんな」
「そうなんだよ」
至極残念そうな神妙な2人の声にクロはずっこけたくなる心を必死で押さえつけた。お前未だにサンタを信じているのかこの屑!混乱すれば今は止めている昔の口癖も出てくる。
「でも俺屋敷出た後貰ってないんだよなープレゼント。多分旅の途中の時は俺がどこにいるかわからなかったからで、この世界に飛ばされた時はこの世界のサンタが俺を知らなかったからだろうけど。そうこうしているうちに形式上成人しちまうしもったいなかったなー」
シロがぶちぶち文句を言う。おそらく軟禁時代にはガイあたりがサンタ役をやっていたのだろう。プレゼントが来なくてもサンタを信じ続けていたらしいその姿を見ると、ルークにも今のうちに真実を教えてやった方がいいのだろうかと思ってしまう。しかしクロは首を振った。まだ早い、きっと早い。
どうやら今年はプレゼントを2つ用意しなければならないようだった。クロは内心ため息をつきながらもシロにプレゼントを用意する気満々だった。シロだって中身的にはまだ成人していないのだから、いいだろう。しかしそこへ3人目の人物がやってきてしまった。
「お前ら一体何を話していたんだ」
「あ、アッシュ。もうすぐクリスマスだなって話してたんだ」
クロは思わず舌打ちしていた。何てタイミングで現れるんだ俺(みたいなもの)。ここで成り行きを聞けば、「何馬鹿な事を言ってやがるんだサンタなんて実在しないんだよ屑!」とか何とか言うに決まっているからだ。腐っても自分の事だ、クロにはよく分かった。自分が「アッシュ」の時にそこに居合わせていてもそうやって罵る自信がある。頼むから余計な事は言ってくれるな言う前に消してやろうかと再び祈りつつ腰の剣に手を伸ばしながらクロが物陰から見ていると、ルークとシロから成り行きを聞いたアッシュは胸を張ってこう言った。
「ふん、それならこの世界の者である俺たちがシロの分のプレゼントもお願いすればいいだろうが」
ズゴシャッ
今度こそクロはずっこけた。ただし誰にも気付かれないよう物影で1人必死に。
「おおっアッシュ名案!さすがだなー!」
「そ、それほどでもねえよ」
「でも俺もう成人してるぞ?」
「サンタがそんな心狭い奴な訳がないだろ。事情を知ればプレゼントなんざいくらでも用意してくれるに決まっている」
アッシュは不安そうなシロに自信満々に答えてみせる。一体そのサンタへの絶対的な信頼はどこから来るのだ。クロは予想外な出来事が重なってしばらく立ち直る事が出来そうになかった。どうしてそうなった、俺。
「じゃあシロ、サンタに何頼むか教えてくれよ。俺お願いしてやるから」
「馬鹿野郎、願いを口にしたらプレゼントは来ないんだぞ」
「え、そうなのか?!俺いつもクロに言ってたけどプレゼント来てたぞ」
「サンタの奴はお人よしだからな」
誰かあの濃い赤い頭を殴ってきてください。クロは結構本気で願った。もちろん叶う訳が無い。自慢げに語るアッシュにルークもシロも感心したように頷いている。これで事前にプレゼントの調査が出来なくなってしまった。クロは物陰に隠れたまま絶望に頭を抱えた。あまりにも途方にくれていたのでメイドが怪訝な顔で通り過ぎていくのにも気付かない。
「じゃあサンタにどうやってお願いすればいいんだよ」
「枕元にサンタへの手紙を置いておけばいい」
「そうか!サンタの袋は魔法の袋だからプレゼントが何でも出てくるんだな!」
すごいなーとルークが感心している。子どもの脳みそもすごいなーとクロも感心した。よく思いつくものだ。
「サンタへの手紙にシロの部屋にも寄って下さいって書けばいいわけだな」
「そういう事だ」
「なるほどなー。お前達頼むよ」
「任せとけ」
「楽しみだな、クリスマスイブ!」
わいわい楽しそうに去っていく3人の後姿を、クロは呆然と見送った。しばらく立ち尽くした後、決意を込めてぎゅっと握り拳を作る。これは戦いだ、とクロは思った。子どもの夢を守るための大人の戦いなのだ。そして絶対に勝たなければならない戦なのだ。負けるものか。負けてたまるものか。
やってやる!と大空に高らかに宣言したクロの後姿を、偶然その場に居合わせた白光騎士団の1人があっけに取られながらも眩しそうに見守っていた。
そして戦いの始まりを告げるゴングが、聖夜に鳴り響く。
鮮血のサンタと聖夜の戦い
前編
06/12/25
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