5人の弟たちが全員家を出ていってから、数日後。パチンコや競馬どころか外に出る気にもあまりなれなくて引きこもっていた所に、母さんからおつかいを頼まれてほぼ無理矢理家を追い出されてしまった、その帰り道。

「うわああああ!そこの赤い人、どいてどいてええええ!」
「は?……ぎゃあっ!」

空から突然ハングライダーで現れた探偵に、俺は背後から激突されていた。




おそまつあつめ




「ったたた……やっぱカラス嫌いだわぁ……。あー、いきなりぶつかっちゃってごめんねお兄さん、大丈夫?」

地面にうつ伏せで倒れる俺の上から呑気な声が聞こえる。空からほぼ落ちてきたようなもんなのに何だこいつの余裕。人にぶつかったんだからもっと慌てるとかするだろ普通。つーかどけよ!

「だ、大丈夫じゃない……どけ……!」
「え?ああごめんごめん!お兄さんの背中柔らかくて居心地良かったからつい長居しちゃったぁ」

何それ、肉付き良いって遠まわしにバカにされてんの?!引きこもり気味のましゅまろボディ系ニートで悪かったな!歯ぎしりする俺の上からようやくどいてくれた失礼な男は、俺の前に立って手を差し伸べてくる。ムカついてはいたけど、有難く引っ張り上げてもらった。それにしてもこいつの声、どこかで聞いた事があるような気がするんだよな。どこでだっけ?知り合い?さっきぶつかる直前に振り返った時一瞬見えたその姿は、コスプレかよって突っ込みたくなるぐらいコッテコテの探偵みたいな姿してた気がするけど。え、コスプレ好きな知り合いって誰?
そう思って立ち上がって目の前の顔を見つめた俺は、そのまま絶句していた。向こうも俺を見て目を丸くしている。ほとんど同じ身長で、鏡合わせのように見合わせた俺たちの顔は、そっくりそのまま同じだった。ああそうだ、どこかで聞いたと思ったらこいつの声、俺の声じゃん。俺達、顔も声もそっくりなんじゃん。
いや、俺六つ子だからさ、同じ顔を突き合わせるのなんて死ぬほど慣れてるよ?でもさ、いくら同じ顔って言っても別個体の兄弟だから、よく見れば違う部分ってあるじゃん?それがこいつには無いの。鏡でよく見る俺そのまんまの顔。それに六つ子でも声は普通に違うのに、こいつは俺と同じ。多分他人が聞いたら親兄弟でも聞き分けられないと思う。それぐらいそっくり。何なのこいつ。え、とうとう本物のドッペルゲンガーと出会っちゃった?
驚きのあまり何も言葉を発せない俺の前で、同じように驚いていた探偵姿の俺が、掴んだままだった右手をぎゅっと握りしめてきた。その表情は見る見るうちに、喜びに染まっていった。

「うわあ、すごいな!俺達そっくりじゃん!ここまでそっくりな人に会ったの俺初めてだよぉ!お兄さん、名前は?」
「え、お、おそ松、だけど」
「え、ほんと?俺もおそ松って言うんだー、すげー偶然だね!こんな事あるんだぁ」

にこにこと笑う探偵姿の俺。ぽかんと呆けていた俺は、思わずその顔にツッコんでいた。

「……え、それだけ?!偶然で片づけちゃうの?!普通こんなに顔や声や名前がそっくり同じな赤の他人、いなくない?!もっと驚かない?!」
「でも、俺顔が似てる知り合いは結構いるからなあ。チョロさんとか、けーぶほさんとか、鑑識さんとか、死体さんとか」
「ん、ん゛んーっ今ちょっとツッコミきれない単語出てきたけど横に置いとくわ。え、だって、名前まで同じなんだぞ?有り得ないだろ普通!世の中にこんなお粗末な文字通りの名前が二人とかいてたまるかっ!マジでお前何者なんだよ!」

混乱の極みに俺が怒鳴りつければ、探偵姿の俺はどこからともなくパイプを取り出し、シャキン、とポーズを決めてみせた。

「俺は人呼んで、なごみ探偵のおそ松!事件の現場に行ってけーじさんたちをなごませるのがお仕事、らしいよ?」

あ、本当に探偵だったんだ。……いやいや、そこじゃない。ツッコまなきゃいけないのはそこじゃない。

「な、なご……?や、ていうか、らしいって何?」
「えーとね、俺は普通に犯人探しするタイプの探偵のつもりだったんだけど、チョロさんが俺の事そうやって呼ぶからそうなんだーって思って。今日もそのお仕事の帰りだったんだぁ」
「へ、へえ、そうなんだ……」

鼻の下を擦ってへへって笑うこいつは、俺でさえ大丈夫かなって心配になるぐらい能天気に見えた。こいつが事件の現場に入る探偵ってマジか?こんなんでやってけるの?いや、なごませるのが仕事とか意味不明な事言ってるしなあ……もしかしなくても、係わっちゃいけないタイプなんじゃないの、こいつ。
俺ととことんそっくりさんなのが気になるけど、ここは何も見なかったことにして立ち去った方がいいんじゃないか。そうやって俺が考えていると、探偵の俺はいきなりシュンと肩を落として落ち込み始めた。

「でも、困ったなぁ。ハングライダーが壊れちゃった……これじゃ帰れないよ」

俺達の横には、無残にもグチャグチャに折れ曲がったハングライダー、だった物体が転がっている。一体どこから飛んできたんだか。そういやこいつ何故か黒いランドセル背負ってるけど、もしかしてその中にハングライダー収納してたんじゃないだろうな。おそらく成人男性の癖に何でランドセル?ハングライダーで移動する探偵って何?普通そういう事すんの怪盗とかなんじゃないの?俺だって漫画やアニメの知識だけどさ!もう訳分かんないこいつ!
本当はほっといてさっさと帰りたい所だけど、あまりにもこいつが悲しそうに落ち込んでいるもんだから、つい声をかけていた。仕方ないじゃん、だって俺お兄ちゃんだし。物心つく前からお兄ちゃんやってりゃそりゃ、誰だって放っておけない性格になっちゃうもんでしょ。

「……お前の家、ここから遠いの?」
「分かんない。今日は風が強くて、風の向くまま散歩してたから家がどっちか分かんなくなっちゃったんだ」
「は?」
「それに俺借金が500万円あって、昨日とうとうマンションから追い出されちゃったし」
「……え?それ、お前帰る家無くない?」

俺が指摘してやると、探偵の俺はハッと今気付いたかのように驚愕してみせた。

「ほ、本当だぁー!俺家ないじゃん!帰れないじゃん!!」
「今気付いたのかよ?!バカじゃねーの!」
「うわあどうしよう……お腹すいたよぉ……」

自覚したら急にひもじくなったのか、ぐすんぐすんとお腹を押さえてうずくまる探偵の俺。いや、確かに夕飯時だけどさあ。だから俺お遣いに出されたんだけどさあ。
つーか借金500万って何?やっぱり危ないやつじゃん。仕事も素性も存在も良く分からないこいつに、これ以上関わるのはやめた方が良いと俺の中の常識的な何かが囁いている。だよなあ、良く考えなくてもそうだよなあ。このまま、そうか可哀想に頑張れよそれじゃ、ってさっさと立ち去るのがどう考えても正解だよなあ。
でも、さ。
うちさ、ちょうど数日前、5人の大の大人が出ていったばっかで、めちゃくちゃ場所余ってんだよね。

「……なあ」
「ぐすぐす……なに?」
「お前さ、行くとこないんだったら……俺んち来る?」

気付いたらそうやって声をかけて、さっきこいつが俺にしてくれたのと同じように、手を差し伸べていた。

自分でも分かってた。俺はただ、寂しかっただけだ。弟たちが立て続けにいなくなってしまって寂しさに凍えてしまっていた俺の心を、この得体のしれない俺のそっくりさんで埋めようとしただけ。後の事はまったく考えもせずに、今が寂しいから突然傍にやって来たこの存在に、縋り付いただけだ。そんな、弟たちの門出を祝う事の出来なかった、どうしようもない長男失格の俺。
でも、こんな俺でも。

「あーよかったぁあの時ハングライダーが落ちて!じゃないとおそさんに会えなかったしさ!俺ちょっとカラスの事好きになっちゃったよ」
「何そのおそさんって」
「おそさんはおそさんの事だよ、だって俺と同じ名前だからややこしいじゃん。おそさんも俺の事好きに呼んでくれていいよぉ」
「えー、じゃあ……バカ、天然、ドジっ子、なごみ、これのどれかで」
「それほとんど悪口じゃーん!なごみに、せめてなごみにしてぇ!」

隣をぱたぱた駆けるこの、俺であって俺じゃない存在を安心させて笑顔に出来るのなら、まあ。一人残っててよかったな、って、思わないでもない。




「ねえ父さん母さん、こいつしばらくうちに置いてもいい?」「あらまあどこで拾ってきたの、仕方ないわねえ」「ちゃんとお前が責任もって世話してやるんだぞ」なんていう会話であっさりと探偵の俺ことなごみは、俺の家にしばらく居候する事となった。俺が言えたことじゃないけど、俺の両親マジで緩すぎるだろ。ペットよりも軽く迎えあげられて、なごみはあっという間に俺の家に馴染んでいった。まあ、探偵の恰好をしていて俺より呑気って部分を除けば、ほぼ俺みたいなもんだから当たり前か。……当たり前、か?

「ママさんおはよぉ、今日の朝ご飯なにー?」
「はよ、母さん……」
「おはようおそ松たち。今日はハムエッグといつものお味噌汁よ。さっさと顔洗ってらっしゃい」

今までずっと六人で囲んでいて、ここしばらく一人で席についていたちゃぶ台に、二人分の皿が並ぶ。あいつらは家を出ていく時食器なんかは持っていかなかったから、食器棚には腐るほど皿が余っている。そのうちの一つを拝借して、なごみは今日も美味そうに白ご飯を掻き込んでいた。ちなみに寝る時はさすがに俺のパジャマを貸しているから、今の俺となごみはマジで見分けがつかないと思う。何で寝癖の付き方まで同じなんだろうな。

「おそさんおそさん、今日は何する予定なの?」
「えー、どうしよっかな……俺ニートだから、毎日何も予定ないんだよね」
「あはは、おそさんクズだよねぇ!」
「殺人現場で余計に死体を増やす系クズ探偵に言われたくねえよ!」

なごみと出会ってから数日経っていた。その間に俺となごみは互いに自分の事をぽつぽつと話していて、こいつが嘘を言っているんじゃなければ俺の言った言葉は事実、らしい。何、この間は死体が山積みになるほど死んじゃったんだーって。怖すぎでしょ。こいつ探偵じゃなくて死神なんじゃねえの。そんな99%作り話にしか思えない、というか作り話と思いたいような境遇を話して聞かせてきたこいつに、「六つ子とか絶対ありえないでしょー」って俺の事を話したら笑われたんだけど、いまだに納得できていない。お前の方が十分あり得ねえから!

「それじゃ、今日は家でゴロゴロする?」
「んや、今日はお馬さんな気分かな」
「いいねー競馬!ねーねーおそさん、俺にもちょぴっとだけお小遣いちょーだい」
「えーどうしよっかなあ」

一文無しのなごみが手を合わせて俺を上目遣いに見つめてくる。驚くべきことにこのトド松も真っ青なあざとい顔を、こいつは無意識にやっているらしい。恐るべし、なごみ探偵。つまり同じ顔の俺もこんなあざとい顔してる時あんの?うわー、自覚した事無かったけどやだな、それ。あざといのはトッティだけで十分だっての。
そしてこういう人畜無害そうな顔をしていながら、なごみも俺と同じ顔らしくギャンブルは嗜んでいるらしい。まさか借金って、ギャンブルでこしらえたんじゃねーだろうな。俺だってニートだから親からの小遣いでやりくりしてて余裕ないんだからな。あ、言ってて何か泣けてきた。俺と違って自立するために出ていった弟たちの背中まで思い出しちゃう。辛い。

「もー、おそさーん暗い顔してちゃやだよー!二人で競馬当ててさあ、ぱーっと宴会しようよ宴会ー」

するとすかさず、なごみが俺に抱き着いてぐりぐり頭を撫でてきた。こんなにスキンシップ激しいやつは兄弟の中じゃ俺ぐらいのものだったから、なんだかむずむずして慣れない。でも、落ち着く。人の体温を感じると、どうしてこんなに安心するんだろう。さすがなごみだ、その名の通りあっという間に俺をなごませてしまった。

「……お前はただぱーっと宴会したいだけだろ」
「ありゃ、バレちゃった?」
「仕方ねえなあ……あんまり高額は貸せねえからな?当たったらちゃんと返せよ?」
「やったぁ!もちのろん!」

ばんざーいと両手を挙げて大袈裟に喜んでみせるなごみには、弟たちが皆出ていって寂しい事も伝えてある。だからかな、俺が少しでも落ち込むと、こうやってくっついて慰めてくれるのは。正直、すごく助かってる。一人で引きこもっている時より断然、やる気と言うか元気と言うか、生きる気力みたいなものが自分の中にある事が良く分かる。そうしてようやく俺は、一人の時は生気というものが無かった事を自覚できたのだった。どんだけだよ、俺。別に今生の別れじゃないのに、弱りすぎだろ。
……あーもう、やめやめ。こんなこと考えてるとまた暗い気分になっちまう。んで、なごみに余計な気を使わせちまう。せっかくなごませてもらったんだから、この和やかな空気を壊したくはない。

「よっしゃ、飯食い終わったらさっそく行くぜなごみ!今日こそ絶対勝つぞ!」
「任せておそさん、俺のカリスマ探偵力で大穴一発狙っちゃうかんね!」


ま、結論を言うと、二人してボロ負けしたんだけどね。
実はロボットだったなんて知らねえよー、とレースの結果にぶちぶち文句を言いながら、なごみと二人で歩く家への帰り道。ふと路地裏に目をやった俺は、そこに段ボールが一つ置かれているのに気付いた。側面に書いてある文字を見て、ドキリとする。

『拾って下さい』

普段なら見て見ぬふりをして通り過ぎていたかもしれない。だって俺んち今まで動物飼えるような余裕なかったし。だからあんなに猫好きだった一松も野良猫を連れ込んではまた野に放っていたんだし。でも今の俺にはその、捨てられてしまった何かへの同情心で一杯になってしまった。だって、俺もまあ、捨てられたようなもんだしさ。残ったのは俺の方だけど、心情的には間違ってないだろ?だから俺は、打ち捨てられた段ボールへと近づいて、中にうずくまっていた生き物へと腕を伸ばしていた。
さて、ここに俺と同じように一匹捨てられたこいつは、一体何だろう。猫かな、犬かな。
身体を掴んでぐいっと持ち上げた温かいそいつと顔を合わせて、俺は固まっていた。

「きゅー……」

情けない鳴き声をあげて俺を見つめるそれは、茶色の身体ととがった黒い耳、そして縞々模様のぽってりとした尻尾を持った……タヌキ?によく似た俺だった。何言ってんだって思うかもしれないけど俺だって思ってる。訳分かんないだろ?でも俺なんだよ。タヌキみたいな姿できゅーきゅー言ってる小さなこいつは、何か俺なんだよ。お願い察して。

「何してんのおそさーん……って、どうしたのそのレッサーパンダ!」
「え、タヌキじゃねえのこいつ?」
「きゅーっ!!」

後ろから近付いてきたなごみを振り返れば、タヌキみたいな俺は抗議するように高く鳴きながら掴んだままの俺の手をバシバシ叩いてきた。タヌキじゃないらしい。レッサーパンダ、って、動物園にたまにいるあのアレ?それが何でこんな所に捨てられてんだ?つーか、何で俺?

「え、こいつここに捨てられてたの?かわいそー、おそさんこいつ連れて帰ろうよ」
「おま、カンタンに言うなよ」
「だっておそさん、俺のことだって簡単に連れて帰ったじゃん?」

なごみが首を傾げながらあっけらかんと言う。くそっ正論だ。人一人会ったその場で連れ帰ったんだから、そりゃこんな小さなタヌキ、じゃなかった、レッサーパンダぐらいなら簡単に連れ帰れるだろうとか思うわな。俺だって思う。そりゃ、半分その気で近づいたけれども。
まだまだ謎は残りに残りまくっている。本当にレッサーパンダなのかとか、どこの誰が捨てたんだとか、何で俺なんだとか、そりゃもう色々。それでも俺は難しく考える事を放棄して、俺の手の中でおとなしくこちらを見つめてくるレッサーパンダの俺を、じっと見つめ返していた。

「きゅ?」
「……なあ、お前もうち、来る?」
「!きゅー!」

俺の言葉を理解したように、小さな手が万歳をする。レッサーパンダの俺は満面の笑みで、俺についてくる事を選んだ。……ま、いいか。まだまだ俺んち場所余ってるし。拾って下さいって書いてあった訳だし。
俺が肩に乗せると、レッサーパンダの俺はきゅーきゅー嬉しそうに鳴きながら尻尾をぱたぱた揺らしている。なごむ。これがアニマルセラピーって奴だろうか。隣にやってきたなごみがにこにこと頭を撫でれば、より楽しそうに鳴いた。なごみが一人と一匹で、なごみ成分も二倍だな!

「よかったねぇレッサー、お前もおそさんに拾ってもらえたねぇ」
「きゅきゅー!」
「はは、何だこの空間」

小さな俺を俺が撫でて、その光景に俺が笑う。なんだこのカオス空間、怖すぎ。それでも俺の顔からは、おかしすぎるこの現状に笑いを絶つことが出来なかった。ほんと、何なんだろうねコレ。馬鹿馬鹿しくて、笑っちまうわ。




レッサーパンダの俺、もといレッサー(なごみ命名)は、例に漏れずほとんど反対される事無く我が家に受け入れられた。唯一母さんが「あら、タヌキって何を食べさせればいいのかしら」って困った顔をしたぐらいだ。いや、母さんこいつタヌキじゃなくてレッサーパンダだから。何回か説明したけど母さんのタヌキという思い込みが治る事は無かった。レッサーはきゅーきゅー不服そうに鳴いていたけど、面倒だったから放置している。その食料問題も、リンゴを美味そうにむしゃむしゃ食べたのを見て解決された。
そうして、一人になった俺の元で一人の探偵と一匹のレッサーパンダが一緒に暮らし始めて数日が経った。俺の毎日に特に変化はない。どこか出かける時はなごみが当然のようについてきて、散歩に出る時は必ず頭の上にレッサーが乗るようになり、隙間だらけだった六人用布団が俺を囲んで少し埋まったってぐらいだ。ニートである事も変わらない。レッサーのリンゴ代ぐらいは何かかるーく働いてもいいかもしれないなあってぼんやり思うぐらいかな。具体的に動こうとはまだ思わないクズっぷりだけど。

「きゅぅ!」

ちょっと肌寒い日だった。いつものようにレッサーと一緒に近所をぶらぶら散歩していると、頭の上からぺしぺしと軽い感触が届いてきた。ちなみになごみは「ちょっとチョロさんとこ行ってくるー」って久しぶりにどこかへ出かけている。まあ、あいつも一応探偵だし、やらなきゃいけない事とかあるんだろう、じゃないと借金を返せない。どうかなごみが死体を増やして帰ってきませんように。

「どうしたレッサー?腹でも減った?」
「きゅー!きゅっきゅー!」
「なになに?公園?」

レッサーが必死に鳴いて俺を誘導しようとしている。目に映ったのはすぐそばにあった何の変哲もない公園だった。休みの日なんかは子供が賑やかに遊んでいるその空間も、平日の昼間となればまだ遊ぶ者はいない。そんな人気のない公園の隅に、俺は何かを見つけた。おそらくレッサーが示しているのもアレだろう。何せそれは、見晴らしの良い公園の中で嫌でも目立っていた。

「……、鶴?」

公園に入って、それに近づいて、俺は思わず呟いていた。それは確かに鶴だった。どう見たって鶴、の被り物をした、俺だった。……仕方ないじゃん、本当に俺なんだから、そう言うしかないじゃん。鶴の羽を両腕につけて、鶴の被り物をした俺が、何故か足を罠に嵌められてじたばたもがいていた。え、えー、何コレ……最早俺の顔と出会う事には慣れてしまっているけど、さすがにこの光景は受け入れがたいものがある。何してんの、鶴の俺。

「……えーと……ちょ、ちょっと待て、暴れんな、足が傷つくだろ」

とりあえずもがく鶴の俺に制止をかけて、俺はしゃがみ込んで罠からその足を解き放ってやった。ちょっと苦戦はしたけど、そこはほれ、このカリスマレジェンドに任せたまえ。一分もしないうちに罠は解除できた。ていうかこの罠なに?公園にこんな危険物放置したの誰よ。今回は俺だったから良いものの、子供とかが引っ掛かったら最悪だかんね。いや、俺だって掛かりたくなかったけどさ。いや掛かったのは俺じゃない俺なんだけども。えーいややこしい!
罠は足に深く食い込んでいた訳でもなく、痕は残っているかもしれないけど血は出ていない。鶴の俺はきちんと二本の足で地面に立って、俺に向き直った。俺も立ちあがって、レッサーと一緒に笑いかけてやる。

「おー、見た所怪我もしてなさそうだな、よかったな!」
「きゅーっ!」
「もうこんな罠なんかに引っかかるんじゃねえぞ?」

鶴の俺はぱっと笑顔になると、ぺこぺこと俺達に何度も頭を下げてから、慌てて走り去ってしまった。……あ、そのまま去るのね。てっきり今までの展開からして、またこいつの事を俺が拾ってやらなきゃいけないのかと思ってた。帰る家があるならそれでいいんだ。わざわざ鶴の姿しといて飛ぶ事無く普通に足で走り去った事にはもうツッコまない。

「はあ、それにしても変なやつだったな。罠にかかった鶴……うん、一応鶴、だなんて。どっかで聞いたような話だ」
「きゅ、きゅー」

レッサーに話しかけながらのんびりと散歩の続きに戻る。理解してんのかは分かんないけど律義にきゅーきゅー返事してくれる鳴き声を聞きながら、俺はふと、思い出していた。自分で言った、どこかで聞いたような話の事だ。
多分ね、大体の日本人なら思い当たると思うんだけどね。罠にかかった鶴を助けてーってくだり。俺が知っているその超有名な話なら、この後、とある事が起こるんだけど……。
……まさかな?

と、なるべく考えないようにしていた俺の耳に、ダンダンダンと玄関の戸を叩く音が聞こえてきたのはその日の夕飯前の事だった。考えないようにはしていたけど、心はしっかりと嫌な予感を感じ取っていた俺は驚かなかった。浮かんできたのは、やっぱりなという達観した思いだけだ。母さんは台所で忙しく、父さんはまだ帰ってきていない。きょとんと首を傾げるなごみとプースカ腹を見せて寝ているレッサーという、頼りがいのない一人と一匹を除けばもう出迎えるのは俺しかいない。そうでなくても行ったけどさ。
かくして玄関を開けた俺の目の前には、白い布を被って何故か水色のスーツを着た、どこからどう見ても俺がどこか儚げに佇んでいたのだった。
何だその内股は。

「夜分遅くにすみません……雪のせいで道に迷ってしまいました。どうか一晩だけ泊めていただけな」
「いや雪なんて降ってねえよ。用意してた台詞をそのまま言わずにちゃんとアドリブ効かせやがれ。そんじゃ」
「ちょちょちょ!待って待って!」

俺が容赦なく戸を閉めようとすると、ナヨナヨ喋ってた白い布被った俺はわりと機敏に追い縋ってきた。何だ、普通に喋れるし動けるんじゃん。昼間は喋んなかったからてっきり喋れないのかと思った。
ていうか、そう、こいつ昼間の鶴の俺でしょ?

「いや、あの……あーもういきなりぶっちゃけて言っちゃいますけど私……」
「知ってる。お前鶴でしょ。昼間助けた」
「へっ!?あ、そ、そう、そうなんです!あの時の恩返しに来たんです!」

俺が親切に指摘してやると、鶴の俺は嬉々として肯定してきた。ああ、やっぱり恩返し、鶴の恩返しだったか。どこの日本昔話だ。そして何でその鶴が俺なんだよ。意味分かんねえよ。あーもう、意味わかんなすぎてやっぱりこれ以上考えたくねえ。俺はガラッと思いきり玄関の戸を開け放っていた。

「どうぞ」
「えっ」
「恩返しに来たんだろ。とりあえず入れよ。今からちょうど夕飯だから、ひとまず食べながら話聞くから。母さーん、今から一人分夕飯増やせるー?」
「えっ……えっ?」

戸惑う鶴の俺を家の中に引き入れれば、後ろから様子をうかがっていたなごみがすかさずトテトテ駆け寄ってきた。足元には目を覚ましたらしいレッサーもいる。

「なになに、新入りさん?俺ね、なごみ探偵のおそ松!こっちはレッサーパンダのレッサー、んで、あっちが六つ子の長男のおそさん!よろしくぅ!」
「きゅー!」
「あ、え?え、っと、俺は、じゃなくて私はその、恩返しに来た鶴なんですけど」
「鶴?じゃあ鶴兄さんでいい?恩返しって何するの?」
「つるに……?あ、私はたとか織れますけど……」
「いや、俺んち機織り機とか無いよ?」
「えっ」

腕を引っ張られてちゃぶ台の前に座らされる鶴の俺。ちょうど作りすぎちゃってたから助かるわあとあっさり母さんから夕飯の許しを得た俺は、また一人増えて賑やかになった居間を眺めて、思わず笑みをこぼしていた。
やっぱりさあ、皆が揃う居間は、こうやってうるさいぐらい賑やかじゃなきゃ、落ち着かないじゃん?




結局恩返し方法が機織りしか頭に入っていた鶴の俺こと鶴は、しばらくは俺の家に留まって恩返し方法を模索する事となった。恩返しですから、とか何とか言って家のことをいろいろ手伝ってくれるのは俺も母さんも助かってる。やろうと思っても天性のドジっ子を発揮して何でもかんでもどんがらがっしゃんひっくり返すなごみと、元々何もできないレッサーとは大違いだ。いや、こいつらは癒し枠だからいーんだけどさ。

「おそ様、お茶を入れました」
「お、あんがとな、鶴」

俺が漫画を読んでると、ちょうどいいタイミングでお茶とか持って来てくれる鶴。マジで気が利くんだけど、こいつ本当に俺なのかな。いや、俺そっくりであって俺でないのは分かってるんだけどさ。相変わらず白い布被ったまま、物腰は常にお前は女かってツッコみたくなるぐらいナヨナヨしてるし、顔や声が俺と同じってだけでまるきり別人みたいだ。こうやって普通にしている分には。

「鶴兄さーん、その布まだ被ってんの?ちょっと取ってみせてよぉ」
「触んじゃねえよ!これは俺のアイデンティティなんだよ!」

……ただし、本性を現すときには「あっ俺だ」って安心できる。鶴はあの布を無理矢理剥ぎ取られるのがお嫌いらしい。なごみが何度も挑戦してはああやって威嚇されている。レッサーにご飯のリンゴを渡して撫でている時なんかはあんなに穏やかに笑ってんのにな。キレた時の俺の顔めっちゃ怖い。まさか鏡以外でそうやって自覚する日がこようとは。

「おそ松ー、あんたちょっとお遣い行ってきてくれないかしら」
「へーい」
「あ、母上様、お買い物なら私が……」
「鶴のおそ松には昨日行ってもらったから良いのよ、たまにはうちのおそ松も働かせなきゃ」

もしかしたら俺よりもずっと今の現状に適応しているかもしれない母さんから声が掛かる。何でちゃんと全員おそ松って認識してるんだろうなあの人。なごみも探偵のおそ松だし、レッサーもタヌキのおそ松だし。レッサーはその度にきゅーきゅー鳴いて足を踏み鳴らして抗議してるけど、未だに聞き入れられてない。多分母さんの中では、レッサーは一生タヌキのおそ松なんだろうな。
とにかく俺たちを養ってくれている母さんの命令を聞けないはずがない。俺は他の皆に留守番させてお遣いに出かけた。少し前とは違って、最近は毎日ちゃんと外に出てお日様の光浴びてるんだけどなあ、レッサーの散歩で。あいつ自分の足じゃ歩かずにいつも俺の頭の上だけど。後はなごみが外に出たがる時付き合うし、人数が増えたから最近また銭湯に行き始めたし。ああ、ちゃんと動物一緒に入れていいか番台さんに確認してるから安心してくれよ。普通に許してくれるとは思わなかった。

「……ん?」

さっさとお遣いを済ませて家へと戻る途中、俺はふと足を止めていた。何だこの既視感。最近頻繁に覚えているこの感覚は……そうだ、俺の気配!俺の気配がする!頭狂ってんのかって自分でも思うけど俺とは違う俺の気配がこの近くにあるんだってば!もうすでに家にはそういう存在が二人と一匹いるんだから疑いようもない。辺りを見回したら、家と家の間、狭い路地の片隅にうずくまる人影を発見した。ああ、多分こいつだ。俺の視線に気付いたのか、そいつもそっと顔を上げて俺を見上げてきた。俺は驚きで少し後ずさった。
いやだってさ、俺の気配がして探し当てたそいつが、俺とは似ても似つかない美青年だったらそりゃ驚くでしょ。え、俺、だよね?あれ?

「……君は、誰?」

うわ、見た目のせいかめちゃくちゃイケメンボイスに聞こえるけど、その声は確かに俺!ええっ嘘だろ、マジでこいつ俺?多分頭身とか丸っきり違うよ?それでも俺なの?俺が絶句していると、美青年は小首を傾げてみせた。うーん、なごみがやってみせるのとは別のあざとさを感じる。目が覚めるような赤髪の美青年に、俺は何とか名乗る事に成功した。

「お、俺は松野家長男松野おそ松、普通のニート!あんたは?」
「へえ、お兄さん奇遇だね、僕もおそ松っていうんだ。F6っていうアイドルをやっているんだけど」
「あーごめん、俺アイドルとかにはあんまり興味なくって」
「ふふ、いいんだ。最近ちょっとアイドル活動に疲れちゃって、今はこうして逃げてる最中だから」

マジかよ、イケメンだとは思ったけどまさかアイドルをやっているとは。チョロ松なら何か知ってるかな、いやでもあいつは地下アイドル専門?だからなー。それにしても逃げてるなんて、やっぱりアイドルってのも楽じゃないのね。美青年の俺は、似ても似つかないくせにそれでも俺と同じように何かを感じ取ったのか、にこりと微笑んでくる。こ、これがアイドルの生笑顔、男の俺でも何かグッとくるもんがあるな……!

「何だかお兄さん、他人のように思えないな」
「……そう?アイドルと俺なんかを比べて他人みたいに思えないって、それあんたに失礼じゃね?」
「そんな事無いよ。僕らもいくら顔が良くたって、中身は普通の人間なんだから……」

あ、顔が良いってのは認めるのね。いや、実際に良いんだから文句も言えねえんだけどさ。しかしこりゃ、そうとう参ってる感じだね。芸能界ってのはそんなに疲れるもんなの?おーコワイコワイ。
溜息をついた俺は、美青年の俺に向かって手を差し伸べていた。美青年の俺は驚いたように俺を見つめている。ちょっと照れくさくなって、俺は鼻を擦った。

「逃げてる最中ならさ、俺んちに隠れてみる?ちょっと今賑やかすぎるかもしれないけど、俺みたいなやつらが集まってるからさ。布団とか食器とかまだ余ってるし、あんたが良かったら、だけど」
「……いいの?」
「いいよ」

にっと笑ってやると、美青年の俺も安心したように微笑んで、俺の手を取った。そのまま引っ張り上げてやると……ああ、やっぱ頭身が違う。こいつ別のアニメの世界から迷い込んできたんじゃね?深い事気にしたら負けかな。どこかぽやぽや頼りなさげな美青年の俺を、俺は手を引いて家へと連れて帰ってやった。本物のアイドルが来たーっとなごみが大騒ぎしたのは言うまでもない。




「ヒッヒッヒ、ずいぶんと個性的な奴らが集まってるなぁ?」

一時期は俺一人で眠っていた寂しい六人用布団も随分と埋まっている。ああ、美青年の俺ことFおそ(なごみ命名)だけはちょっと窮屈そうだけど、レッサー抱き込んですやすや眠っている。俺のパジャマじゃさすがに申し訳ないから、明日にでも新しいサイズの合ったパジャマ買ってやんなきゃなあ。なごみは涎たらして平和そうに眠っているし、この時ばかりは白い布を外す鶴は頭から布団被って苦しくないんだろうか。穏やかな寝息しか聞こえてこないから苦しんではいないんだろうな。ならいいや。
そんな眠りの中にある部屋の中を、何だか眠れなかった俺がベランダに出て月を眺めながら見渡していた時だった。どこか意地悪そうな、しかし確かに俺の声で呟かれたその言葉を耳が拾っていた。空を仰ぎ見れば、人影がそこにあった。……いや、人影って呼んでもいいものだろうか。確かに人間の形はとっているが、その頭には人間にはあるまじき二本の角が生えているし、尻からはひょろんと細くて長い尻尾が生えているんだから。しかも宙に浮いている。今までで一番人間離れしていたその光景に、しかし俺はあまり驚かなかった。
だってまあ、それでも俺なんだろうなって思ったし。

「お前だれ?」
「お前はもう知っているだろ?おそ松。俺は、おそ松だよ」
「ああ、やっぱりね……」

宙をふわりと移動して俺の目の前に立った俺は、どこからどう見ても悪魔だった。悪魔にも俺がいんのかよ、俺の影響力やべえな。悪魔の俺はにやにやと悪魔らしい笑みを浮かべながら、まあるい月の下で俺を見つめてくる。あ、こいつの目赤いな。それも悪魔っぽい。

「それで?悪魔のおそ松さんは一体何しに来たわけ?」
「別に、暇だっただけー。なんか面白い気配がすんなーって思って来てみたら、ホントに面白い事になってたってだけだよ」

ニシシと笑った悪魔の俺は、ずい、と俺の真ん前まで顔を近づけてきた。近い近い。

「ねえおそ松、お前、こんなにおそ松を集めて一体なにすんの?」
「なにすんのって……それ、俺が聞きたいんだけど?なんで俺の所にこんなに俺が集まってきたんだよ」
「そんなの、お前が集めたからに決まってるじゃん!」

事も無げに悪魔の俺は言う。そんな事言ったって、俺は集めようと思った覚えすらないんですけど!俺が不満そうな顔をしても、悪魔の俺はただにたにたと笑うだけだ。何だよ、本当に心当たりなんて無いのに。
悪魔はにたりと、牙の生えた口を開いた。

「ふーん、ま、俺は面白ければ別にいーけど?かわいそーだね、お前も」
「……なにが」
「よっぽどさみしかったんだろーなって思って。そんなにさみしかったのに、だぁれにも縋れなかったんだ。助けてって、言えなかったんだねぇ」
「、っ」

息を飲む俺に、悪魔の俺は腕を伸ばしてきた。俺の頭の後ろと背中に手の平を当てて、ぎゅっと抱きしめてくる。悪魔からの抱擁なんて、胡散臭いことこの上ない。それでも俺は、振りほどけなかった。

「俺は良いと思うよぉ?そのさみしさを、自分でしか埋められなかったとしても。楽しければそれでいーじゃん。ね、おそ松、お前今楽しい?」
「……俺は……」

部屋の中を見る。かつては兄弟六人で眠っていた布団の上、今並んでいるのは俺と同じ顔だけ。俺と全く同じの、弟たちとはまるで違う俺でしかない存在たち。こんなの、おかしいって分かってる。でも、それでもさ。なごみがなごやかに笑って、レッサーがくっついてきて、鶴が世話してくれて、Fおそが手繋いで微笑んでくれる、今が。悪魔が優しく抱き締めてくれる今が、置いて行かれた俺がひとりぼっちでいる時よりもずっとずっと、寂しくないんだから。
俺は俺に囲まれた今のままで、いいんだ。

「楽しいよ」

だからそうやって答えた。すると悪魔の俺は、にこーっと満足そうに笑って、力を込めてぎゅうぎゅう抱きしめてきた。ちょ、苦しい!

「よく言った!だよねぇ、やっぱり楽しいのが一番だよね!ねえねえおそ松、俺もそのおそ松だけの世界に混ーぜーてー!」
「は、はあ?結局お前、混ざりたかっただけなんじゃねえの!」
「ありゃ、バレた?」

ぺろりと舌を出してみせる悪魔の俺は、まさしく楽しい事が大好きな俺そのもの。何かこいつが今までの俺達の中で一番俺っぽくね?っかー、悪魔と一番近いなんてそんな……自覚はあったよちくしょう!

「あーもー分かった分かった。好きにしろよ、もう」
「イエーイ。そうと決まれば俺にもパジャマ貸して!俺一回こうやって布団で寝てみたかったんだぁ!」
「お前、悪魔の癖にそんなささやかな野望持ってたんだ……」

細長い尻尾を振りながら無邪気に部屋の中へ入っていく悪魔の俺に続いて、俺もベランダから離れる事にした。最後に空を見上げれば、月は相変わらず空の上でぽかりと光り輝いている。これだけ大きな月なんだ、きっと、この町のどこからでも同じようにこの丸い姿を見上げる事が出来るだろう。
……今頃あいつらも、同じ月を見てたりしてな。
そうやって考えた俺の心には、もう、冷たい気持ちはどこからもやってはこなかった。




「ふわぁ、おそさんおはよぉ……って誰?!いつの間にかもう一人増えてるよ!?」
「あー俺悪魔、よろしくぅ」
「へえすごいな、おそ兄さんは悪魔にもお友達がいるんだ。あ、悪魔コスチュームって良いかも、戻ったら皆にも提案してみようっと」
「きゅきゅー?」
「あ、悪魔様ですね、よろしくお願いしま……ってその布に触んな悪魔ぁ!そいつは俺のだよ返せ!」

う゛うー……こいつら朝からうるせえ。ニートな俺はまだ余裕で二度寝出来る時間帯なんだよ、寝かせろ。そうやって思ったけど、枕元でどたばた暴れはじめるもんだからたまらず起き上がる。あーあ、鶴のやつ悪魔に遊ばれてやがる。誰か止めてやれよ。コラFおそ、おもむろにコスチュームの案を紙に描き出すな、お前アイドル休業するためにここまで来たんだろうが。レッサーは寝ぼけて俺の服を噛むなっての。
って、口で注意したってこいつら止まる訳がないんだよなあ。分かるんだよ、だって俺だもん。

「あれぇ?おそさん、朝からなんかご機嫌じゃない?良い事でもあった?」

起きたばっかりのぽやぽや顔でくっついてきたなごみに、俺は今まで浮かべていた顔のまま、笑顔で、答えていた。

「ああ。……やっぱ、朝からうるっせえぐらいが俺にはちょうどいいなって、思ってたとこ!」


弟たちよ、安心してくれ。
お兄ちゃんは、お兄ちゃんだけで何とかやっていけそうです。






16/04/19



|  |