「……出来た」


この日、ルークに新しい友達が出来た。雪ウサギだった。大荒れの雪の夜が過ぎ去った次の日の朝に、白い息を吐き出しながらルークが一人で作った雪ウサギだ。
ルークはもうじき十歳になる子どもで、大きなお屋敷に父上と母上と、護衛の騎士団とメイドと使用人に囲まれて暮らしている一人っ子だった。ルークの住んでいるお屋敷は天高くそびえ立つバチカルという都市の一番上にある。この近辺で同じ年ぐらいの子どもは、一つ年上の幼馴染の王女様ナタリアと、四つ年上の使用人ガイぐらいしかいない。ガイは使用人の仕事があるし、ナタリアは王女様なので頻繁に遊べるものではなかった。だからルークは、色とりどりの花が咲き乱れる春も、自然が瑞々しく輝く夏も、虫の鳴き声が美しい秋も、世界が白銀に染まる冬も、大抵一人で遊んでいた。


「………」


ルークは無言で出来上がった雪ウサギを眺めた。静かに雪の上へ蹲る小さなウサギに、すごいと褒めてくれる声も小さすぎないかと笑ってくれる声もなかった。
元々ルークは勉強熱心な子どもで、部屋でおもちゃを使って遊ぶよりも読書を、外で遊び駆け回るよりも剣の指導をしてもらう事を好む子だった。だけどたまには彼にだって、中庭が真っ白な雪の絨毯に覆われて光り輝いているのを見た時なんかは、子どもらしく遊びたくなる時がある。しかしそんな時にルークと一緒に遊べる友達は、いないのだった。
その事をきちんと理解しているルークは、だから自分しか存在しない白い空間にしばし立ちつくした後、雪ウサギを作った。姿だけは本で見た事がある白い雪の精。小さな雪の山を作り、自分が身に着けていた赤い手袋を耳代わりに二つ、その上に乗せた。目には少し大きめの綺麗な緑色のビー玉を入れた。そうすればあっという間に、赤い耳と緑の目を持つルークと同じ色の雪ウサギが出来上がった。


「………」


ルークは無言のまま、中庭の隅っこに生まれた雪ウサギをじっと眺めた。そうしてしばらくした後、静かに部屋の中に戻った。雪ウサギを作ってみても、自分の遊び相手にはならない事を思い知ったからだ。友達なんて自分の手で生み出す事なんて出来ないと、理解したからだ。
しかしその日ルークは、大好きな本を読んでいる時も、大好物の美味しいご飯を食べている時も、温かな毛布に包まれている時も、頭の中にあの雪ウサギが思い浮かんで仕方が無かった。眠りの闇に捕らわれながら、ベッドの中でうとうとしつつルークは雪ウサギの事を考える。
冷たい雪の朝、寂しくなってつい作ってしまったルーク手作りの雪ウサギ。もしもルークに命を吹き込む神様のような力があれば、雪ウサギも動き出して、ルークと一緒に遊んでくれただろうか。ルークの友達に、なってくれただろうか。
そんな事を考えながら、ルークは眠った。



凍えるような隙間風に身体を震わせて、ルークは目を覚ました。時刻はおそらく真夜中だった。はて、寝る前に窓はきっちりと閉じたはずだというのに、何故こんな冷たい風が部屋の中に舞い込んでくるのだろう。
重たい瞼を無理矢理こじ開けて、大きな窓の方へと顔を向けたルークは、そこにニコニコ顔でこちらを見つめる自分と同じ顔を見つけた。


「おはようルーク!」


ルークが目を覚ましたのを見て嬉しそうに目を細めた窓の外の子どもは、元気な声でルークに挨拶する。眠気も寒気も全て吹き飛んだルークはギョッとして窓辺に立つ同じ背丈の顔を凝視した。
ルークの鮮やかな赤い髪に雪の純白の色を混ぜたような優しい朱色の頭を覗かせ、子ども用の真っ赤な手袋に包まれた手で窓枠にしがみ付き、ビー玉のように大きくてきらきらと輝く綺麗な緑の目でこちらを見つめるルークそっくりの子ども。しかしそこの子は、明らかにルークでは無かった。
子どもとルークには決定的に違った部分があった。それは頭の上だ。ルークの頭の上には無くて、子どもの頭の上にあるものがあった。空から降ってくる綿のような柔らかい粉雪だけを集めて作ったようなふわふわの真っ白いウサギの耳が、子どもの頭にひょこりと生えていたのだ。


「なあルーク、おはよう!お・は・よ・う!」


子どもは呆然とベッドに座り込んだままのルークに身を乗り出してきた。今までニコニコと笑っていたのに、今はどこか不満そうに唇を尖らせている。どうやらルークが挨拶を返してこない事が不服なようだ。その顔を見てようやく我に返る事が出来たルークは、ちょっとだけ後ろに下がりつつ口を開く。


「……今は、夜だろ」


お前は誰だ、とか、何故俺の名前を知っている、とか、窓には鍵をかけてあったはずなのにどうして、とか、他にも色々聞きたい事や言いたい事があったのだが、まだ上手く動かない頭と口はどうでもいい言葉ばかり吐き出す。ルークの言葉に一瞬キョトンとした子どもは、再び笑った。


「でもルークは今起きただろ?だから、おはよう!」
「……おはよう」


このまま何も言わないでいるとしつこく食い下がってくるというのは目に見えていたので、ルークは小声で挨拶を返した。それでも子どもはとても嬉しそうに何度も頷いて、とても満足そうだった。ただの挨拶なのに何がそんなに嬉しいのだろうと考えている間に、窓からさらに身を乗り出してきた子どもは赤い手袋でルークの手首を掴んできた。


「さっ、遊ぼう!」
「は?!なっ何するんだ!」
「だから、遊ぶんだよ」


ものすごい勢いでぐいぐい引っ張ってくる子どもの顔は、ひたすら真面目であった。この子どもは本気でこの真夜中に雪の中でルークと遊ぼうとしているらしい。温かなベッドの中から引きずり出されながらも、ルークはびっくりして抵抗した。


「離せ!何で俺がお前と遊ばなきゃならないんだ!」
「だって、ルークが一緒に遊びたいって言ったんじゃないか」
「そんな事言った覚えは無い!大体お前は誰だ!不法侵入者か!」


とうとう一番聞きたかった問いを口にすれば、引っ張られていた手をいきなりパッと離されてルークは後ろに転げ落ちそうになった。離せとは言ったがいきなり話したら危ないだろう、と抗議しようとしたルークはしかし、そのまま言葉を失った。
さっきまであんなに愉快そうに笑っていた子どもが、寂しそうな悲しそうな目でこちらを見ていたからだ。


「ひどいな、ルーク。ルークが俺を作ってくれたんじゃないか」
「何?」
「ルークが俺を作ってくれながら、寂しいな、一緒に遊んでほしいなって願ったから。友達が欲しいなって願ったから、俺が生まれたのに」


子どもはそっとルークから視線をずらし、一点をじっと見つめた。子どもの視線の延長線上に何があるのか、首を巡らせて考えたルークは、唐突に思い出していた。部屋の壁を突き抜けた先、中庭の片隅を子どもは見ている。そこにまだいるはずの、ルーク手作りの雪ウサギを。あれを作っていた時は、確かに誰にも聞かせられない寂しい思いを心の中でぶちまけていたような気がする。
けれど、そうなると、つまり、目の前の子どもは、まさか。
驚きに目を丸くするルークに、子どもはそっと左手を差し出した。いつの間にか手袋を脱いでいた手が、ゆっくりとルークの右手に触れる。一瞬痛みを感じるほどの冷たさが、身体を駆け抜けていった。


「冷た……!」
「あはは、当たり前だろ。だって俺、雪ウサギだもん」


ぱっと手を払うルークに子ども……「雪ウサギ」は笑った。ルークは信じられない目で「雪ウサギ」を見る。ただ、確かに「雪ウサギ」がつけている手袋は、ルークが耳の代わりにと置いたものだった。でも目の前の「雪ウサギ」は雪のように冷たいが、その肌は決して雪のそれでは無かったし、色だって白くない。何よりウサギでは無く、何故かルークと同じ姿だ。ウサギの要素はその頭に生えてふるふると揺れている大きな真っ白いウサギの耳ぐらいだ。その辺りどうなっているんだと抗議したい気持ちだったが、「雪ウサギ」はそんな細かい事気にすんなよーと笑うばかりだった。


「なあルーク、遊ぼうよ。俺、ルークと遊ぶためにここにいるんだぞ」


窓辺に立った「雪ウサギ」が手招きする。真っ赤な手袋に包まれた左の手の平が、ルークに差し出されていた。とっさに右手を出しかけて、ハッとなったルークは鏡を思い出していた。
今でこそルークの利き手は右手だが、昔は左手だった。今では矯正されて右手を使う事が当たり前になっているが、「雪ウサギ」を見ていると少しだけ、左手で全てを行っていた頃を思い出したのだ。先ほどから様子を見ていれば、「雪ウサギ」の利き手は左手なのだろう。差し出された相手の利き手に己の利き手を重ねれば、きっと傍から見れば鏡に手をついているように見えるのだ。
ルークは出しかけた右手を留めて、左手を出した。ルークの左手が「雪ウサギ」の左手を掴む。「雪ウサギ」は嬉しそうににっこりと笑って、ルークを温かくて一人っきりの部屋から引っ張り出した。





   雪ウサギの願い   前編

11/01/11


 →後編