「……待てよ、アッシュ」


「……?」


呼び止められて、アッシュが振り返る。まさかここで止められるとは思っていなかったのだろう、少し不思議そうなその顔に、ルークはつかつかと歩み寄った。その手はいつの間にか、背中に伸びている。ある一定の距離まで近づき、アッシュがルークの背中に何があるのか気付いたのと、ルークが地面を蹴ったのは、ほぼ同時であった。


「っくらえー!」
「何っ?!っく……!」


アッシュの反応の方が若干早かった。辛うじて飛び退いた空間を、一瞬後に刃が切り裂く。ルークが振り抜いたのは剣だった。目覚めた時二人の間に転がっていたローレライの剣である。移動を開始する前にこの剣をどちらが持つか少しだけ揉めたが、俺の方が騎士団時代野戦に慣れているんだから慣れていないお前が持っておけとアッシュがルークに持たせていたものだ。あの時はまさかアッシュも、その譲った剣で切りつけられる未来が待っているとは思いもしていなかっただろう。


「い、いきなり何しやがる!」


距離を取ったアッシュがもっともな問いを投げかけてくる。剣を構え俯いていたルークは、ぼそりと呟いた。


「……違う」
「は?」
「こんなの……こんなの、アッシュじゃない」


自然と震えていた手をぎゅっと握りしめ、再びルークは剣を振り被る。


「こんなに素直で、可愛いとか美味そうとか結婚とか真顔で言うようなアッシュ、俺の知ってるアッシュじゃないっ!!」
「なっ?!」


ルークが振る刃をアッシュはさすがの身のこなしで避ける。しかしアッシュには受け止められる武器も無く、ルークとて経験の差はあれど世界を周り師匠を打ち負かした実力がある。やがて追い詰められ、背中から地面に倒れ込んだアッシュの上にルークが馬乗りになった。


「なあアッシュ、本当はアッシュじゃないんじゃないか?ローレライが作った偽物とか……もしくは、俺の幻覚か?アッシュに会いたくて会いたくてたまらなかった俺が生んだ、質量のある幻覚なのか?」
「ん、なわけねえだろうが……!俺は本物だ!そこをどけ!」
「……ああ!分かった!」


ぽんと、ルークは手を打った。その顔にはいつの間にか笑顔が浮かんでいた。しかしその笑顔を見てアッシュは逆にぎくりと顔を引きつらせている。見てはいけないものを見てしまったような顔だった。そんなアッシュの鼻先に、ルークがぐいっと顔を近づける。


「アッシュ、記憶がないんだろ?」
「……はあ?」
「記憶が無くて、以前の自分が思い出せないのに、俺に心配かけないために無理矢理合わせてくれていたんだろ?それなら俺、納得できるよ!アッシュは前から口は悪いけど優しかったもんな、もう。それなら最初からそうと言ってくれりゃよかったのに!」


無駄に心配しちゃったよーと笑うルークにアッシュが何か言いかけるが、言葉にせずに息を飲んだ。首筋のすぐ横の地面に、ダンと勢いよく剣が突き立てられたためだ。至近距離にある顔が、さっきまで笑っていたはずなのに今は悲痛に歪められていた。


「なあ……そうなんだろ?そうだって、言ってくれよ……じゃないと俺、不安なんだ……ここにいるのが本物のアッシュだって、ハッキリわからなきゃ……俺がここで生きている意味なんてないんだ。アッシュと生きることが、俺の願いであり、希望なんだよ……」
「ル、ルーク……」
「……だからさ、俺がアッシュの事教えてやるよ!」


ぱっとルークが顔を上げる。その顔は再び笑みに彩られていた。だが正面からそれを見ていたアッシュには分かっただろう。その眼は、笑っていない事に。


「大丈夫だよアッシュ、俺がちゃんとアッシュの事教えてあげるから、すぐに元に戻れるさ!これから付きっ切りで毎日毎日24時間、ずーっと一緒にいて、教えてあげる!俺が知っているアッシュを、俺のアッシュを教えてあげる!なあ、それならいいだろ?それなら元のアッシュに戻ってくれるよな?戻るまで……いや、戻ってからもずっと、俺が一緒にいるからさ……」


きりきりと、握りしめられた剣の柄から音がする。すぐそこで輝く刃と、闇夜に輝く狂気の笑顔に、絶望するアッシュの目前で。
何よりも愛しい存在を見つめながら、ルークはうっそりと笑った。


「……逃がさないよ、アッシュ」





   二人の選択   バッドED1

14/04/01







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