「ならば新居は早目に買わねばな。結婚式はケテルブルグか、グランコクマも美しいだろう。子供は二人、男の子と女の子が理想だが、どちらでもお前に似て可愛い子になるd」


「ちょちょ、ちょっと待てアッシュ?!ストップストップ!」


語りを途中でルークに止められて、アッシュは不服そうな目を向ける。どうして止められなければならないのかが分からなかった。ルークが輝かしい未来の希望を語ってきたから、それに乗ってこちらの未来計画を話して聞かせただけだ。そんなに必死で止められる謂れはない。
アッシュからの視線を受けてルークは、額に手を置いてしばし悩んだ。


「うぐぐ、つっこみたい所がありすぎて何からつっこんでいいか分からねえ……」
「何だと?今の俺の話のどこにつっこむ要素があった」
「全部だよ!まず俺もアッシュも男でどうして結婚式なんつー単語がでたんだよ!結婚しようなんて言ってねーし一緒に生きようっつっただけだし!んで、だからこそ子供も産める訳ないだろ!いくら俺たちがローレライの完全同位体でも出来る事と出来ない事があんの!人類最強のあのジェイドでさえ出来な……いや、ジェイドなら変な薬作って「出来ちゃいました☆」とか言いそう……いやいや、今はそうじゃなくて!……とにかくっ!」


どうやら大混乱しているらしいルークは一気に喋り倒してから、自分を落ち着けるように一回だけ自らの頭を叩き、アッシュの肩を掴んで言い聞かせるように詰め寄った。


「今のはもしもの話だからな?今すぐそうしようって話じゃないんだからな!早まるなよアッシュ!」


何かを恐れるようなルークの物言いに、アッシュは何を当たり前のことを、という顔で頷いた。


「最初からそういう話だったろうが。まだあれからどれだけ経ったのかも分からねえ所だろう」
「そうだけど……今のアッシュの様子だと突拍子もない事しそうで怖いんだよ……」


がっくりと項垂れ、どこか疲れた様子のルーク。その頭に何か声を掛けようとしたアッシュだったが、開きかけた口はそのまま何も言葉を出すことなく閉じた。突然その耳に、音が聞こえてきたからだ。ただの音ではない、この静まり返った渓谷に、人間の発する音が響いている。

歌が、聞こえる。


「あ……」


驚いたルークが立ち上がる。遅れてアッシュも腰を上げ、聞こえてきた歌に耳を傾けた。その歌は渓谷のどこかで歌われているのか細く小さく、しかし確実に二人の元まで届いてきた。他に何の雑音もない渓谷内だからなのか、それとも歌自体に何か力があるのか、それは定かでは無かったが。アッシュはその歌を知っていた。ルークの方がもっと良く、知っていた。


「譜歌だ……」


ルークがどこか呆然と零す。アッシュも何度か耳にしたことがあるその歌は、ルークの仲間の一人の少女がよく歌っていたものだ。古の時代から受け継がれてきた特別な譜歌だ、歌える人間は限られている。何よりこの声に、間違いはないだろう。


「……どうやら少なくとも、あれからそんなに時は経ってなかったようだな」
「うん……」


懐かしい声は記憶のものとほぼ変わりがない。まるで誰かを呼ぶように響く譜歌に聞き入っていたルークの表情が、喜びの色に染まっていく。ルークが喜ぶのも、この譜歌が誰かを呼んでいるように聞こえるのも、アッシュはその理由を何も言わずとも分かっていた。これはまさしく、ルークを呼ぶ歌だからだ。帰って来い、ここに帰って来いと、ただひたすらルークを呼んでいるのだ。その歌に答えるように、ふらりとルークが数歩前へ進む。アッシュはその背中を、その場から一歩も動かずに見つめた。
歌に運ばれてきたように、白い花びらが数枚ふわりと、ルークを取り囲む。月の光に照らされたその光景は、夜だというのにまるで……陽だまりの下にいるように輝いていた。アッシュは自分が満足している事を悟った。その気持ちのまま、ルークへ語りかける。



「……行ってこい、ルーク」