「大層な余裕っぷりだな、そのまま魔物にでも襲われるかできそこない」


アッシュの言葉にルークが息を飲んだのが、後ろから見ているだけで分かった。強張った肩が震えて見えるのはおそらく気のせいではない。しばらく無言だったルークは、どこか重く決意したような深刻な表情で振り返ってくる。


「ごめん、俺今すごく油断してたよな……注意してくれてありがとうアッシュ。もっと気を付けるよ」


とりあえず、伝えたいことは伝わったらしい。顔を進行方向に戻したルークの背中は今までの態度が嘘のように緊張に満ちていた。この調子ならばちょっとやそっとの魔物が出てきても十分対処できるだろう。自身も油断なくあたりを窺いながら、アッシュはルークの後に続いた。

それからどれぐらい歩いただろうか。渓谷内をあっちにいったりこっちにいったりしているうちに、日はすっかり暮れ始めていた。元々二人そろって土地勘は無い。このまま野宿は決定的だろうと、アッシュは覚悟した。


「おいレプリカ、ひとまず落ち着けそうな場所を探すぞ」
「そうだな。荷物も何も持ってないけど野宿するしかないか……」


憂鬱そうにルークが空を仰ぐ。アッシュもルークも草むらに埋もれるように倒れていた所から一文無しで、服だって以前のものではなく同じ白を基調とした見慣れないものを揃って纏っていたのだ。何の説明も無いまま唐突に放り出された理不尽ともいえるこの状態、一体何者の仕業なのか。心当たりは一人、いや一意識集合体しかいない。


「くそ、あの屑ローレライ、覚えていやがれ……!」
「アッシュ、ローレライへ文句言いたいのは分かるけど早く野宿する場所探そう」


幸い魔物の類の気配は未だに感じなかった。もしかしたら向こうがこちらを察知して避けてくれているのかもしれない。この場所とのレベル差を考えたら十分あり得る。おかげで二人はちょっと崖の麓のややくぼんだ部分に腰を下ろして、ほぼ警戒することなく落ち着く事が出来た。足を無造作に投げ出して、ルークがどっと息を吐いた。


「あー疲れた……思えば俺たち、ここまで飲まず食わずで歩いてきたんだもんな、そりゃ疲れるよな」
「ふん、そうだな……」


ルークの言うとおり、目を覚ましてから今まで約半日、何も口にしていない。無我夢中で歩いてきたお蔭で空腹を感じる事無くここまで来たが、体を休めた今はそうもいかない。案の定、隣からぐうと情けない音が聞こえる。


「はあ……腹減った……」


さっきまで元気な姿を見せていたルークが腹を押さえて項垂れる。アッシュも腹は減っているがここまで露骨に態度に出すほどではない。溜息をついたアッシュは、立ち上がりながらルークに言った。



「のたれ死なれても困るからな……仕方ねえ、適当に何か見つけてくるからお前はここで大人しく待っていろ」

「俺は俺の食料を探してくる。お前はお前で勝手にしろ」

「可哀想に、俺が何か食べ物を探してくるからルーク、お前はここで待っていてくれ」