「この色、お前に似ているな……まあそんな事はどうでもいい。全部寄越せ」


「っ……。うん、はい」


ルークは一瞬だけ言葉を詰まらせた。しかしすぐに手に持っていた木の実全てをアッシュに差し出す。受け取ったアッシュはさっそく一つ齧ってみた。予想していた味よりやや酸味が強かったが十分食べられるし、なかなか美味い。そのままの勢いで一つ平らげた。
アッシュの様子を窺っていたルークが、おそるおそる尋ねてくる。


「ど、どうだ?」
「……なかなかいけるな」
「そっか。……うん、よかった」


二個目をさっそく食べ始めたアッシュを見て安心するように笑ったルーク。踵を返して、再び赤い実の成る木へと向かっていった。


「その実ちょっと小さくて物足りないだろ?俺もっと取ってくる!待ってて!」


アッシュがもぐもぐ木の実を食べる間、ルークはせっせと木の実を取ってアッシュの元へと運んだ。確かに一個や二個で簡単に空腹が満たされるような実の大きさでは無かったので、遠慮なく食べる。やがてその中の一個を手に持ち、アッシュはルークの後頭部へ放り投げた。


「いてっ!え?これっ?」


混乱してきょろきょろとあたりを見回したルークが、自分の頭に当たった実を手にアッシュを見てくる。何個目か分からない木の実を頬張りながら、その顔をじろりと睨み付けた。


「アホみたいに俺だけに渡してくるんじゃねえよ。言っておくが、お前が空腹なんかで倒れても世話なんてしねえからな。てめえの管理ぐらいてめえでしろ」
「あ……」


ルークはハッと気が付いたように目を瞬かせ、手元の実とアッシュを交互に見た。そして、こくこくと頷く。


「そうだよな、ごめん、俺がむしゃらになって……アッシュに迷惑かけられないっていうのに」


がりっと木の実を齧り、まるで空腹だったことを今思い出したかのように夢中で一つ食べ終わったルーク。再び木の実取りに戻る前に、アッシュへとほほ笑んだ。


「ありがとう、アッシュ」


……今のは一体、何へのありがとうだったのか。背伸びをして高い所にある赤い実を懸命にとろうとしているルークの背中を眺めながら、アッシュは漠然と考えた。答えを持っているルークに直接尋ねる事は、結局最後までしなかった。

その後、一通り空腹を満たした二人は、先ほど見つけた場所に再び腰を下ろして身を落ち着けていた。先ほどまで暮れかけていた空はいつの間にかすでに夜空へと移り変わっていて、辺りは月の光が届く範囲しか見渡せないほどの暗闇に包まれている。草むらからは絶えず虫の声が鳴り響き、その澄んだ音に耳を傾けながら、アッシュもルークもしばらく無言で空を見上げていた。
頭上では眩しいほどの月が出ているにもかかわらず、無数の星々が真っ暗な空で一つ一つ輝いている。死んだら人は星になる、と昔童話か何かで耳にしたことがある。その事をぼんやりとアッシュは思い出していた。本来ならば自分も、あの空に散らばった小さな星の一つになっていたのだろうかとも考えながら。
似たような事を考えていたのだろう。折りたたんだ膝に顎を乗せて座り込んでいたルークが、ぽつりと独り言のように話しかけてきた。


「不思議だよな……俺とアッシュが二人で生きて、ここでこうしている事。アッシュと一緒に生きたいとは思っていたけど……そんな未来、絶対に来ないと思っていたのにな」


その横顔はどこか切実で、ルークが本当に今のような未来が来ることは無いだろうと思っていた事が伝わってくる。それはそうだろうな、とアッシュは思った。今日目が覚めて初めて顔を突き合わせたとき、互いの今までの大体の事情はすでに伝え合っている。そこで生じていたアッシュの誤解も、大爆発の真実も、すでに解消済みだ。もしも正しく二人の間で大爆発が起きていれば……ルークがアッシュと「共に」こうして生きている事を想像できなかったのも仕方ないだろう。
ルークは空に向けていた瞳を戻して、アッシュを見つめてきた。目が合うと、心から嬉しそうに微笑む。


「なあアッシュ、今っていつなんだろうな。もし俺たちが死んでから、100年とか200年とか経ってたらどうする?」
「何だと?」
「ありえない話じゃないだろ?もうすでにありえない事ばっかり起こってるんだからさ」


ルークの言う通り、ありえない話ではない。時間の感覚はまったく無く、今まで誰にも会っていないのだから正確な時間を確かめようのない今、あれから数日後なのか1年後なのか、はたまた100年や1000年以上経ってたりするのか、二人には判別のつかない事なのだ。ルークが何を言いたいのか分からず無言で先を促せば、くすくすと微かな笑いが二人だけの空間に響く。


「そうなったら俺たち帰る場所無いよな。知り合いもみんないなくなっちゃってるだろうし……なあ、そうなってたらさ、」
「……何だ」
「アッシュ、俺と一緒に暮らさない?」


予想もしていなかった言葉にアッシュが軽く目を見張ると、ルークは笑みを深めた。


「いいだろ?だって誰も俺たちの事知らないんだからさ。ここで二人のんびり暮らしてもいいし、どこか町に出てもいいな。俺、アッシュとだったらどこでもいい。アッシュと生きてみたいんだ」


希望を語るルークの瞳は、星と月が照らす夜空よりもキラキラと輝いて見えた。思わずアッシュはその光に魅入る。もしも、の話だ。もしもこの世界が、ルークの言うとおり他の誰も知り合いのいない世界であれば。アッシュとルークは互いを知っている唯一の人物となる。その時は……ルークと、二人きりで。
アッシュはしばし目を閉じて、静かに口を開いた。



「ならば新居は早目に買わねばな。結婚式はケテルブルグか、グランコクマも美しいだろう。子供は二人、男の子と女の子が理想だが、どちらでもお前に似て可愛い子になるd」

「……。そうだな、考えておこう」

「冗談じゃねえ、そんなの死んでもごめんだ」