ルークは俺の時ほどでは無いけれど、それなりに屋敷で軟禁状態だ。(国にとって)大事な大事な「聖なる焔の光」なんだから当たり前の事かもしれないけど、それでも時々何かを求めるように空を見上げるルークを見かけると胸が締め付けられる思いがする。俺にはルークの気持ちが痛いほどよく分かってしまうから。中途半端に外を見ることが出来るルークは余計に辛いだろう。いっそ何も知らない方が求める事もなく苦しくない事を、俺は身をもって思い知っている。だからこそ、ルークはきっと辛い思いをしている。

そんな事を見過ごせる訳が無いので、俺は毎日父う……公爵にかけ合った。我ながらうんざりするほどしつこく説得した。ルークを少しでも外に出してもらえるように。俺がルークに出来る事といったら、これぐらいしかないしな。

そして俺の努力のかいあって、今ルークは1週間に何度かバチカルの下層へ降りる事を許されていた。ま、護衛付きというのが条件だけど。白光騎士団の誰かやガイがついたりしているが、大体俺がついていってる(ルークの申し出で)。ちょうど今も、俺はルークについてって街の中を歩いている真っ最中だ。


「久しぶりに街に下りるのもいいもんだよなー」


独り言を呟きながら伸びをする。若干傾いた太陽がそれでもサンサンと照らしている広場で俺は今1人ベンチに座っていた。ルークは近所の子どもたちと一緒に何か話している。やっぱ子ども同士の会話も大事だろう、俺が入っていっちゃ駄目になるだろうからここでお留守番だ。俺だって中身はまだ子どもなんだろうけどさ。
俺がぼーっと眺めていると、子ども達の元へ迎えがやってきた。傾いていた太陽はいつの間にかその色を赤く染め上げていた。日が暮れるのって早えーな。子ども達の無邪気な「バイバイ」と「またね」が聞こえる。1人1人、お母さんやお父さん、お兄ちゃんやお姉ちゃんに連れられて家へと帰っていく。それをしばらく眺めてから、ルークがこちらに戻ってきた。
俺の目の前に立ってからもルークが妙に無言なので、心配になった俺はルークの顔を覗き込んだ。


「ルーク?どうした?友達がみんな帰って寂しいのか?」
「ちっ違う!」


力いっぱい否定して(そんなに否定しなくてもいいのに)顔を背けたルークは立ち上がった俺をちらりと見上げてきた。その顔が夕日の力だけでなく何故か赤く見えたので、俺は首をかしげた。何でルークはどことなく照れてるんだ?


「っ……あ……」
「あ?」
「……な、何でもない、帰るぞ!」


何かを言いかけたルークは、やっぱりやめてより一層顔を赤くして歩き出してしまった。何だ何だ?




屋敷に帰ってからもルークはどこか様子がおかしかった。俺をじっと見ているかと思いきや、目を合わせようとするとものすごい勢いで顔を逸らされてしまう。不思議に思って近づくと逃げられる。あれ、俺何かしたっけ?


「うーっ心当たりが全然無い……一体何なんだよルークの奴」
「よっ、どうしたんだシロ?そんなに力入れると皺になるぞ」
「え?うわっ」


考え込みながら洗濯物を絞っていると後ろからガイに声をかけられた。やばいやばい、力の加減が出来てなかった。ちょうどルークの服だったからさらに危なかった。これで皺をつけようものならルークに頭ごなしに怒鳴られてしまう。慌てて手の中の服を広げる俺を見てガイは笑ったようだった。ちくしょー。


「それがな、街に降りてからルークの様子が変なんだ。俺避けられてるし」
「へえ、珍しいな」


ガイは少し目を丸くしてみせた。曰く、何かというと俺を連れまわすルークが逆に俺を避けるなんて珍しすぎる、という事だった。俺そんなにルークに連れまわされてたか?一緒にいる事が当たり前になってたから、意識した事なんてなかったけど。


「どうしよう俺何かしたかな……ガイは何だと思う?全然心当たりが無いんだ」
「そうだなあ、確かにいつものルーク様とは違うようだが……怒ってる感じではないな」
「え、そうか?」


俺はてっきりルークは何かに怒っているのかと思った。俺、あいつを怒らせる事にだけは変に長けてるみたいだし、さ。でもガイは絶対無い無いと笑いながら首を振った。それならいいんだけど。じゃあ、何で俺は避けられてるんだよ。


「ませたルーク坊ちゃまもあれで年頃だからなあ」
「はあ?」
「ま、その内元に戻るさ。それまで待っててやったらどうだい?」


ガイは最初から最後まで笑いながら去っていった。おかしいなあ、(精神年齢はともかく)俺はガイより年上のはずなのに、何だかガイの方が数倍大人っぽいぞ。背ももうほとんど同じぐらい。明日明後日には抜かれるかもしれない……ど、どうしよう。何で俺の背は伸びてくれないんだ。レプリカなのがいけないのかっ!
絞り終わった洗濯物の山を抱えて歩き出しながら理不尽な世界に俺が心の中で文句を垂れていると、前方に小さな赤い頭が見えた。ルークだ。中庭の隅のほうで稽古に使う木刀の手入れをしているみたいだ。偉いなあ、俺は愛用の木刀を手入れした事なんて一度もなかったぞ。さすがに旅をしていた頃は教わりながらやってたけど。幼いくせに真面目に手入れするルークはやっぱり偉い。


「ルーク、木刀の手入れか?」
「っ?!……シロ」


声をかければびくっと跳ねた肩越しに振り返ったルークが俺の名を呼ぶ。その新緑の瞳がちゃんと俺を見てくれたので、内心ほっとした。ああ、俺もう、この瞳無しに生きる事は出来ないかもしれない。


「ちゃんと毎日やってるんだな、偉いなー」
「べ、別に当たり前の事をやってるだけだ」
「それでも偉いよ。だって俺なら面倒くさがってサボってる所だ」


偉い偉い、と思わず俺はその紅色の頭をごく普通に撫でていた。お、何て手触りのいい髪。ちゃんと髪も手入れしてるんだな、さらに偉いぞ。とそこで俺は我に帰った。ルークが微動だにしない。やっべ怒らせた?!背伸びしてる子どもを思いっきり子ども扱いしちゃ怒るよなそりゃ!どうしようタダでさえ今まで避けられてたのに!


「る、ルーク、ごめん俺思わず……」
「っ!」


ルークは頭の上の俺の手を跳ね除けた。だけどその反応が、まるで今まで撫でられる感触を堪能していた所ハッと我に返ったような慌てたものだったし、口ほどにものを言う耳は真っ赤に染め上がっていた。
おや?


「当たり前の事をやって安易に褒められてもまったく全然嬉しくないが一応褒められたものは褒められたものとして礼ぐらいは言ってやる!」


一気に捲くし立てて俺を睨み上げたルークは、覚悟を決めたように言った。


「あ、ありがとう……兄上」

「!」


俺が固まったのは言うまでも無い。


「あ、あああにうごはっ!」


俺がやっと口を開こうとしたらルークが突然飛びついてきたのでとっさに腹筋に力を入れねばならなくなった。危ねえ危ねえ!忘れてたけど俺洗濯物沢山持ってるんだった、今落としたらルークの上に落ちるじゃないか危ねえ!俺が体制を整えている間にも俺の腰のあたりにしがみついてきたルークはぎゅうぎゅうと締め付けてくる。ちょっぴり苦しい。


「ルーク?」
「ま……街の連中にお前の事を話したらまるで本当の兄弟みたいだと馬鹿な事を言うものだから少しだけほんの少しだけ試しに呼んでみただけだっ!」


ルークは恥ずかしさのあまり俺にしがみついて離れられないらしい。顔も上げられないぐらい真っ赤に違いない。俺はというと、己の手にある洗濯物が憎くて仕方が無かった。ああこいつさえなければ、俺のことを兄上なんて呼んでくれる可愛い可愛い弟分をこいつに負けないぐらいぎゅうぎゅうに抱きしめて俺のこの喜びを少しでも伝える事が出来るのに!


「……お前たち何してるんだ?」
「あっガイちょうどいい所に!」


そこへ笑顔を若干引きつらせながらガイがやってきたので、俺は来い来いと手招きをした。おそるおそる近づいてくるガイに、お邪魔な洗濯物を押し付けてやる。


「ちょっと預かってて!」
「は?え、おい?」
「ルークッ!何ならずーっと兄上って呼んでもいいんだぞ!」
「ちょっちょちょ調子に乗るんじゃねえっ試しに呼んでみただけだって言っただろうが!」


自由になった腕をようやくルークへ伸ばすと、今まで苦しいぐらいしがみついてたルークがすぐさま離れようと逃げに入った。何だよ恥ずかしがるなって。俺が嬉しくてにやにや笑っているとルークに足を蹴られたが、それでも笑いはおさまらない。


「気色悪い顔をするなっ」
「だって俺本当に嬉しかったんだ。兄上なんて初めて呼ばれたんだ。ありがとなルーク」
「だだだから試しに呼んでみただけだと……!っもういい、部屋に戻る!」
「あっ待てよー弟ー」
「気安く弟なんて呼ぶんじゃぬぇーっ!」


ずかずかと足音を盛大に立てながら部屋へと戻るルークの後を俺も慌ててついていく。俺の笑顔はおさまる気配を見せない。俺もしかしたら、死ぬまでこの笑顔でいられるかも。俺がそれぐらい嬉しかった事、ルークは分かってくれただろうか。

だってずっと思ってたんだ。俺とあいつが、本当の兄弟だったらって。そんなおこがましい事をずっと思ってたんだ。そうしたらきっと俺たちは俺たちの存在のために剣を向け合うことなんて、無かっただろう?最初から、生まれた時からそれぞれに持つ陽だまりの中で、並んで立っていられただろう?そうだったらよかったのにって、ずっとこっそり思っていたんだ。

そんな俺の考えをルークが肯定してくれたようで、俺はすごく嬉しいんだ。嬉しいんだよ、ルーク。とても、とても。





   親愛なる 俺の兄上






(その後存在を忘れ去られたガイは洗濯物を俺に代わって干してくれたらしい。ごめんガイ、すっかり忘れてた!)


07/02/07


 


キリ番「247000」季榎さんから、親愛なるでルークにベタベタな子アッシュのリクエストでした。