痛いほど寒い日が続く冬のある日、毎年この時期はファブレの屋敷が赤と緑に染まる。クリスマスだった。メイドたちがあまり外に出られない奥方様とその一人息子のためにせめて気分だけでもと飾り立ててくれるのだ。昔はそんな心遣いに気づくことなんてなかったが、今ならよく分かる。屋敷の者たちは俺を愛してくれていたのだ。昔は言えなかった感謝の言葉を、心の中で呟いておく。

そして俺は、この世界で初めて出会ったクリスマスで、衝撃の事実を知ることになる。


「今年のルーク様のサンタクロース係、一体誰になるんでしょうね」
「……何っ?!」


ルークのサンタクロース係だと……俺以外に存在する訳ねえだろうが!




どうもこの屋敷唯一の子どもであるルークのために誰かがサンタクロースを演じるのが毎年の恒例行事らしい。なるほど、俺もこの中で育ったというわけか。いくら子どもと言えど俺が屋敷を出る最後まで騙し通しやがったのは誰だ、と思っていたら、何と白光騎士やラムダス、ガイを含む使用人たちがやっていたと言いやがる。俺は少し、この屋敷の者たちを見くびっていた様だ。


「それなら俺も、気合を入れねばならないな……」


俺は一人、中庭の片隅で決意を固めていた。もちろん今のルークはサンタクロースの存在を完璧に信じきっている。今思えば、「あいつ」ももしかしたらずっと信じていたのかもしれない。
あの様子だとガイの野郎が何とかして信じ込ませていたに違いない。そこまでする必要は無いだろうが、今のルークが真実を知るのは早すぎる。まだあと3年、いや5年……6、7年は早い、絶対に。いいやあいつはまだ精神年齢だけを見れば赤ん坊も同然だ、10年ぐらいは早いかもしれないな。
とにかくルークにしばらくはサンタクロースの夢を見せ続けるために俺も頑張らねばなるまい。そうやって意気込んでいたところに、邪魔な声をかけられた。


「アッシュ、まさかお前、ルークのサンタ役を狙っている訳ないよな?」
「!……ガイか」


俺は決して隙を見せぬよう、ゆっくりと振り返った。そしてそこに浮かぶ表情を見て、確信する。ガイは不敵な笑みを浮かべて俺を見ていた……いや、睨みつけていた。そう、こいつも狙っているのだ。ルークのサンタクロースの座を。


「俺は初めてじゃないんでね、ルークのサンタ役なんて何度もやった事がある。経験があるんだよ」
「は、それで牽制したつもりか。無駄な経験地貯めてりゃサンタクロースになれるとでも言うのか」


ガイと俺は真っ向からにらみ合った。どちらも譲るつもりは無かった。その時、頭の中にゴングが鳴り響いたのを感じる。始まったのは、戦いだった。即ち、ルークのサンタクロースの座をかけた戦いだ。腰の剣に手をかけたのはおそらくほぼ同時だっただろう。


「言っておくが、手加減はしないからな」
「こっちの台詞だ」
「それじゃあ遠慮なく……アッシュ覚悟!今日こそルークの使用人の座を俺の手にーっ!」
「エクスプロード!」
「ぎゃあーっ!!」


間抜けにも真正面から突っ込んできたガイをひそかに唱えておいた譜術でぶっ飛ばす。ヒートアップしすぎて俺が詠唱していた事にも気づかなかったか、馬鹿め。
どさくさにまぎれて俺から使用人の座まで奪い取ろうとしていたらしいガイは、そのまま中庭の片隅に落ちていった。毎日ひそかに譜術の特訓をしていたかいがあったな、昔は譜術の威力が弱いと散々馬鹿にされたからな……ふん、嫌な過去を思い出してしまった。

しかしこれでルークのサンタクロースの座は俺のものだ。安心した俺は、ガイのものではない別な者の視線を感じた。まさか、まだライバルがいるとでも言うのだろうか。
辺りを見回した俺が見たものは、物陰からそっとこちらを伺う強烈な眉毛だった。……ヴァンか。


「今年のルークのサンタクロースは貴殿がやるのか」
「ええまあ」
「そのサンタクロースの役……私に譲ってはくれぬか」


ヴァンはとんでもない事を言い出した。今しがた、俺がこの手で掴み取ったこのサンタ役をわざわざ譲り渡せと?俺が思わず剣に手をかければ、ヴァンは慌てて物陰から飛び出してきた。


「いや待て、争うつもりは無い、ただ今ここでサンタクロース役が出来ればとそう思っただけなのだ」
「一体何故」
「そうすれば……ルークも少しは私に慣れてくれるだろうと思ってな」


なるほど、ヴァンはどうしてもルークを手懐けておきたいらしい。まあ奴が考えているであろうこれからの計画を考えれば当然か。今ルークはヴァンのことをただの髭と眉毛とちょんまげとしか認識していないし、友好的とは程遠い。サンタクロースの役でもして少しでも近づきたいという魂胆か。


「ヴァン謡将、あなたの望みはよく分かりました」
「そ、それじゃあ……!」
「誰がよこすか絞牙鳴衝斬っ!」
「ぐはあっ!」


俺の言葉に少しだけ期待したその顔を秘奥義でぶち倒す。魂胆見え見えの状態で誰がサンタクロースの座を渡すか。
それに何より許せないのは、サンタクロース役でルークと仲良くなろうとしているという事は、ルークの目の前にサンタクロースとして出て行こうとしている訳ではないか。そんな暴挙許せるわけが無い。万が一正体がばれたらどうするつもりなのか。サンタクロースとはあくまでも子どもが眠っている間に人知れずプレゼントを置いていくという、姿は見せないキャラでいたほうが良いはずだ。
屋敷のどこかに落ちていったヴァンの行方を最早俺は見向きもしなかった。あんな奴の末路を知る事さえ無駄な事だ。とにかくこれでルークのサンタクロースの座を邪魔するものはこれでいなくなった。そう思っていた。

俺は再び視線を感じた。ガイのものでもヴァンのものでもない。まだ、ルークのサンタクロースをやりたがる輩がいるとでも言うのか。まさか奥方様が?いやしかしあの人は先ほど俺にルークのサンタクロースをやってちょうだいと自ら言ってきたのだ、おそらく無いだろう。俺専用のサンタクロースの衣装を用意せねばと言い出したほどなのだ(それだけは丁重にお断りしておいた)。それでは、一体誰だ。

気配はするがどこにいるか俺はなかなか探し出すことが出来なかった。こんなにも巧妙に気配を消すことが出来るとは、一体何者だ。
そして俺はやっと発見する。中庭から見える窓のひとつに、こちらを覗き見ているひとつの影がある事を。あれだ。正体を知るために目を凝らした俺は、一瞬我が目を疑った。相手が気配を消すのが上手かったのかもしれないが、おそらく俺が思いも寄らぬ相手だったからこそ発見するのが遅れたのだ。

こちらをじっと、まるで羨ましがるように見つめていたのは……この屋敷の主、公爵だった。
父上あなたもか!


「そこで何をしているんですか旦那様アイシクルレイン!」
「がふっ!こっこの寒い時期にアイシクルレインとはなかなか鬼畜じゃないか……」


つい勢いで譜術を飛ばしてしまったが、上手くかすめただけで直撃はしていない、はずだ。
よろよろと窓から身を乗り出してきた公爵は、窓から身を乗り出してきた。


「今まで我が息子に父親らしい事は何一つしてこなかった、しかし最近ようやく、自分の考えが行いがいかに愚かだったのか分かり出してきたのだ。アッシュよ、頼む、私にルークのサンタクロース役を譲ってはくれないか!」
「旦那様……」


公爵の目には真剣な光が見えた。何があったのかは知らないが、どうやら公爵も何かが変わり始めているらしい。俺の中にあるファブレ公爵というイメージを変えなければならないのかもしれない。俺としては少々複雑な思いがするが、公爵が良い方向に変わるのはルークにとっても良い事であるのは間違いないのだから、ここは喜ぶべき所なのだろう。
俺は公爵を見て、ゆっくりとうなずいた。


「良いでしょう旦那様、奥方様より預かったルークのサンタクロース役を……」
「おおアッシュ……!」
「来年までには考えておきますサンダーブレード!」
「今年は絶対に譲らないつもりかあああっ!」


もうすでにサンタ役を掴み取った俺の前に誰が立ちはだかろうとも敵ではない、たとえそれが雇い主だったとしてもだ。大人しく痺れていてもらうとする。これのせいで解雇されたりしたら……まあ、その時はその時だ。今の俺は誰にも止められない。


「あっしゅー!」


前言撤回する、今の俺を止められるものが少なくともここに一人存在していた。さすがに中庭の騒がしさに部屋から出てきたらしい、俺の姿を見つけて駆け寄ってきたのは、まさに俺がここまでしてサンタ役を譲らなかった原因である唯一の子ども、ルークだった。


「なにしてたの?すっごくうるさかったぞ」
「ああすまない、年末の大掃除をしていたら思ったより音を立てていたようだな」
「そーじしてたのか?あっしゅはえらいなー!」
「お前も自分の部屋は自分で掃除をしないとな」
「うっ……ううー」


片付けが苦手なルークは途端に嫌そうな顔をする。その頭を頑張れと言う代わりに軽くたたいてやれば、手伝えと言わんばかりに俺の服を引っ張ってきた。まあ言われなくとも手伝うつもりだったがな、一人でやらせれば飽きてすぐにどこかへ逃げてしまう。
ルークを部屋へ連れ戻しながら、俺は聞かねばならない事を聞いていない事に気づいた。


「ルーク、お前は今日何がほしいんだ」
「へ?」
「今日はクリスマスイブだ、欲しいものがあれば俺がサンタクロースへ伝えておいてやろう」


さりげなく、かつ大胆に聞いてみる。もう少し早くこのサンタクロース役の事を知っていればもっと入念に準備が出来たのだが、当日だから仕方が無い。こういう習慣をつけておけばこれから先も聞き出すのが容易になるからな。
俺の言葉にぽかんと見上げてきたルークは、こてんと顔を傾げてきた。


「それって、言わなきゃいけないのか?」
「……ほしいものが分からなきゃ、サンタクロースもプレゼントを届けることが出来ないだろう」


怪しまれているのかと一瞬冷や汗をかいたが、どうやら違うようだ。ルークはそっかーと言いながらも何か悩んでいるようだ。俺が先を促すように見つめれば、困った表情で再び見上げてくる。


「ない」
「……何?」
「今ほしいものは、ないんだ」


欲しいものが無い時はサンタに何を言えばいいのかな?と尋ねてくるルーク。俺は思わず言葉を失っていた。まさか無いと言われるとは思っていなかった。誰にだって、何かしら欲しいものが存在するはずだ。それがルークは無いというのか。


「ルーク、別にサンタクロースに遠慮する必要は無いんだ。あれはクリスマスにプレゼントを届ける事が仕事というか、使命だからな」
「えー、だっておれのほしいもの、今もうあるんだもん」


ルークの口ぶりからして本当に遠慮している訳ではないようだ。俺が何と言えば良いかわからず戸惑っていれば、ルークはにっこりと笑いながら動いた。


「ほら!」


ガシッと俺にしがみつくルーク。ルークが言いたいことをなんとなく理解するまで、不覚にも少しだけ掛かってしまった。
その、何だ。ルークは今自分が一番欲しいものを、俺だと言っているのだろうか。


「ルーク……」
「べつにぷれぜんと、いらない!あっしゅがいい!」


そう言ってさらにぎゅっと腕で締め付けてくるルーク。その愛しい子どもを、俺は持ち上げて肩に担ぎ上げた。嬉しそうに笑い声を上げるルークに、もしかしたら俺の顔も緩んでいたのかもしれない。
これでは、どちらがクリスマスのプレゼントを貰ったのか、分からないな。


「それじゃあサンタクロースには適当に何か持ってくるように頼んでおこう」
「うん!ねーあっしゅまたねるまえに本よんで!」
「そうだな、本でも頼んでおくか」


以前からルークに読ませようと思っていた本を頭の中で見繕いながら部屋へと戻る。この笑顔がある限り、たとえ赤い服を着ていなくとも俺はルークのサンタクロースであり続けるだろう。たとえその結果、どこかのレプリカみたいにサンタをいつまでも信じ続けるようになってしまったとしても。今では本望とすら思ってしまうかもしれない。
何はともあれ。

メリークリスマス、ルーク。





   最愛なる サンタクロース

09/12/26