一方その頃





「どうして……ここに?」


今はいない2人の英雄の成人の儀となるこの日。湧き上がる表舞台からそっと抜け出したかつての仲間たちが集まるタタル渓谷に現れた一人の青年。震えるティアの言葉に答えるのは、セレニアの花の中に立ちこちらに微笑む長い赤髪の青年の、記憶の中のものより若干低めの声だった。


「ここからならホドを見渡せる。それに……約束、したからな」


その言葉に、皆の表情が歓喜に染まる。約束、それは約束した本人でなければ内容は知らないはずだ。つまり、目の前に立つ彼は、自分達の待っていた「彼」なのだ!「彼」が帰ってきたのだ!
しかし当の本人は近づいてくる仲間たちからすっと目を逸らし、空を見上げた。まるで遠く彼方にいる誰かを見るように目を細めて、ぼそりと呟く。


「あの子達の代わりに来たのだから、約束は果たさねば、な」
「……え?今何て……」
「ああ、いや、なんでもない。気にしないでくれ」


ちょっと様子の可笑しい彼に皆は顔を見合わせたが、すぐに笑顔になって彼に駆け寄った。とにかく嬉しくて仕方が無い。その気持ちを精一杯込めて、彼へと声をかける。


「お帰り、ルーク!」
「……ただいま」


ちょっと間をおいて、それでも微笑んで答えた彼、「ルーク」。しかしそんな彼をただ一人だけ駆け寄らず、眼鏡の奥からじっと睨むように見つめていた。まるで真実を暴き出そうとするかのように。



「……あなたは何者ですか?」


ジェイドがそうやって「ルーク」に声をかけたのは、とりあえずタタル渓谷を抜け出そうと皆でぞろぞろと移動し始めた時だった。周りはジェイドの雰囲気に何か重要な話があるのだろうとあえて離れて前を歩いていたので、「ルーク」と並んで歩いているのはジェイドだけであった。完全に疑った声色のジェイドを見返した「ルーク」は、どこか不敵にニッと笑ってみせた。


「我は今「ルーク」だ。それ以外に無いだろう」
「私の知っているルークはそんな喋り方をしません。……どちらも、ね」
「ふむ、一発で見抜くか。少し自信はあったのだが」


ちょっと残念そうに肩をすくめてみせた「ルーク」は、目が笑ってないジェイドにビシッと指をつきつけ、どこか偉そうに胸を張ってみせた。その姿がどこかむかつくのは何故だろう。


「いかにも、我はお前達の知っている「ルーク」でも「アッシュ」でもない。本当はあの子たちを帰そうかと思っていたのだが、拒否されたのでこうして我がやってきた訳だ」
「はあ……それで?あなたは何者なんですか?」


色々つっこみたい事がズバズバと出てきたが、とりあえず相手の正体を知っておこうとジェイドは質問を繰り返した。と言っても、大体の予想はしている。あまり当たって欲しくない予想ではあったが。
しかし当たって欲しくない予想や予感ほど綺麗に当たってしまうもので、「ルーク」は親指で自分を指し、得意げにウインクしながらのたまった。


「我は第七音素の意識集合体。いわゆるローレライだ。見事我の正体を暴いた褒美に、特別に我を気安くローちゃんと呼ぶ資格を与えよう」
「謹んで辞退させて頂きます」
「そうか……ルークにもアッシュにも断られてしまったのだが、何がいけないのか……」


真剣にアホな事で悩み始めた「ルーク」ことローレライに、ジェイドは頭が痛むのを感じた。今目の前に存在さえ危ぶまれていたローレライが立っているというのにまったく感動がなかった。さすがあの2人の同位体。ひとまずこのどこかふざけた意識集合体から肝心な所を聞きださなければならない。


「そのルークとアッシュはどうしたのですか?代わりに来たとか何とか先ほど呟いていましたが」
「そうだ、代わりに我が来たのだ。せっかくこうして体を作ってやったというのに2人して帰らないと駄々をこねてな。今頃音譜帯で留守番をしてくれている事だろう」
「……そうですか」


ジェイドはそっと息を吐いた。ローレライは「2人」と言った。つまり(音譜帯だからかもしれないが)ルークとアッシュは2人がひとつになってしまう「大爆発」から逃れた状態にある訳だ。決して良いといえる状態ではなかったが、それを知る事が出来ただけでもよかった。
しかし、何故2人は帰りたがらないのだろう。


「しかしそれではこの体がもったいないだろう。だから我がこうしてここに来た」
「だからあなたがここに来る必要は無いように思うのですが」


意識集合体にも「もったいない」という概念があるのか、と内心変な所に感心してしまったジェイドの言葉に、ローレライはくそ真面目な表情で腕を組み、やはり偉そうに胸を張った。


「2人……というかルークの約束を果たすべく我が来た。約束は守らねばならないものだ。……というのは建前で、実は明確な目的がある」
「その目的は?」
「社会見学だ」
「………」


人間の世界とは一体どんな所だろうと胸弾ませるローレライに、もはやジェイドは言葉を失う事しか出来なかった。対人間相手ならば例外除きほとんど負け知らずのジェイドでも、さすがに意識集合体を相手取る事は難しいようであった。



この地に降り立った目的を社会見学と言ったローレライは、まずアルビオールに大層感激した。「一度でいいから乗ってみたかったのだ」と「ルーク」としては不可解な言葉を発するローレライをジェイドはたった一言「戻ってきたばかりで色々混乱しているようです」とだけフォローした。さすがに彼が「ルーク」の皮を被った第七音素意識集合体だといきなり打ち明ける気はしなかった。

アルビオール内でひたすら興奮した後、バチカルに降り立ったローレライはそこで待っていたファブレ家の公爵とその妻と、「息子」らしく感動の対面を果たしてみせた。「父!母!ただいま帰った!」と2人を抱き締め、公爵はそのスキンシップに過剰に驚き、シュザンヌは「あらあらおかえりなさい」と余裕で受け止めていた。シュザンヌの余裕っぷりに、この人は目の前の「息子」の正体をすでに見抜いているのではないかと少し震撼したのはジェイドだけの秘密だった。

部屋に通されたローレライがまずしたことは、ベッド下のチェックだった。「生みの親として健全な青少年だったのかをチェックする義務がある」とか何とか言いながら床にはいつくばって、何も無いことを知るとちょっとがっかりしたようだった。その後部屋に置かれていたルークの日記を読んでどんなベストセラーの感動小説よりも泣けると号泣していた。
一部始終をジェイドは呆れた目で眺めていた。正体を知ってしまった後でこの問題ありまくりの人物を放置する事が出来なかったのだ。真実を知れば、ジェイドも丸くなったものだと誰もが驚いた事だろう。だが残念ながら、他の者が真実を知るのはもう少し先の事になりそうだった。

葬式と同じような成人の儀は瞬く間に帰って来た英雄を奉り立てる祭りとなったので、すぐにローレライは外へと引っ張り出された。集まる大観衆の前で、笑顔で手を振ってみせるサービスまでこなしてみせた。「人がゴミのようだ」と、地核に閉じこもっている間に覚えた地上の(間違った)有名な言葉を楽しげに呟いているのは幸い誰も聞いてはいなかった。

その後屋敷に帰ったローレライは「美味いものを食べるとは幸せな事だな」と実に感慨深げに夕食を完食し、1時間ぐらい長々と風呂に入り、その日はぐっすり寝むった。意識集合体も寝るものなのか、とせっかくなので観察日記みたいなものをつけ始めたジェイドがメモしていた。


翌朝、爽やかな朝の日差しで目を覚ましたローレライは、窓を開け放ち、音譜帯を見上げた。今頃彼の代わりに2人で留守番をしている事だろう同位体に思いを馳せ、両手を口の周りに当てて声を張り上げた。


「人間の世界は素晴らしいぞー!我はしばらく満喫するから後はよろしく頼んだ!」


聞こえているのかいないのか分からないがローレライは満足した表情で部屋の中に戻った。しばらく帰る気はなさそうだった。
一体いつ時間という概念が基本的に無いお騒がせ意識集合体が帰るのか、知るものは今の所誰もいない。




07/09/10