俺の目の前では今面白い光景が繰り広げられている。1人のどう見たって無害そうな少女に1人の子どもが心底怯えきってブルブル震えているのだ。俺の後ろで。言うまでも無く森の中で拾った妙な子どもルークだ。俺はいつの間にこんなに懐かれたんだ。


「見たことない子だなー、この子誰か?」


対する俺の目の前に立ってしきりに背後を覗き込もうとしているのはメルディだ。いかにも興味津々といったキラキラした目をしてる。もしかしたらルークはこの目が怖いのかもしれない。


「拾ったんだよ。森の中で」
「バイバ!森には人間も落ちてるかー!」


すごいなーとメルディが少し大げさなぐらい驚いているが訂正する気も起きない。実際落ちてたんだから仕方がねえだろ。メルディはルークが震えるのも何のそので俺の背後を覗きこんでくる。ちょっ、いてえ、ルークめそんなに服を掴むなって。


「メルディはメルディ言うよー、あなたなんてお名前か?」
「……る、るーく」
「ワイール!ルーク、よろしくな!」


名前を聞き出したメルディはとうとうルークを捕まえる事に成功した。俺の服を必死に掴む腕を奪ってぶんぶん振ってみせる。握手のつもりらしい。どうでもいいがルーク振り回されてるぞ、いいのかそういう握手で。ルークは目を回しながらも涙目で俺に助けを求めてきた。


「うわーんりっどー!」
「!ルーク泣いてるか?!ど、どうしよーリッドー!」


ついでにメルディもこっちを見てくる。どうしようはこっちだよ、ったく……。俺は保護者じゃないぞ。


「いいからメルディ離してやれ、そんなに力いっぱい振り回されちゃチビッ子はたまらないだろ」
「そうかー……」
「りっどー!」
「あーはいはい」


メルディから逃げてきたルークがすぐに泣きついてきたので仕方が無いから頭を撫でてやる。こいつこうやって撫でられるのが安心するのかすぐに大人しくなるからな。メルディはおろおろしながらルークの背中を見つめている。


「ルーク、ごめんなー。やりすぎちゃったな……」
「メルディもそんなに落ち込むなって。こいつ人見知り激しいだけだから」


落ち込む様子のメルディに半べそかきながらも罰の悪そうな顔でルークが振り返る。何だかんだ言って気になってるんじゃないか。メルディはしばらく困った顔でルークを見ていたが、何かを思いついたのか、どこからともなく青い物体を取り出した。


「じゃーん!クイッキーだよー!」
「クイッキー!」


何かと思えばクイッキーだった。動物で釣る作戦らしい。というかどっからだしたクイッキー。ルークはたちまち目を丸く見開いてクイッキーを見つめた。お、動物作戦成功か?


「ぶたざる!」


かと思えばクイッキーを指差して変な言葉を叫び出す。「ぶたざる」とは何だ。どう聞いても好意的な名前には思えない。メルディがいくら「クイッキーはクイッキーだよー!」と叫んでも、ルークは相変わらずクイッキーにぶたざるぶたざると謎の言葉で呼びかける。ルークはとうとう俺から離れて、多少強引にクイッキーをその手に受け取った。


「ぶたざるー!」
「クククク、クイッキー?!」


ルークに力いっぱい抱き締められて、クイッキーは戸惑っているようだった。だからぶたざるじゃなくてクイッキーだって。クイッキーを取り返したほうがいいのかそれともそのまま遊ばせた方がいいのか迷っているメルディをよそにしばらく好き勝手にクイッキーを弄りまくっていたルークは、やがて怪訝な顔になった。頭を軽く叩いたり、頭上に掲げてみたり、長い尻尾を掴んで首を捻ってみたり。しまいには何故か投げ飛ばそうとするのでそれは慌てて止めておいた。


「……ぶたざる、じゃない」


やがてルークはクイッキーを降ろしてしゅんと項垂れてしまった。ようやくこいつがぶたざるではなくクイッキーだという事に気がついたようだ。結局ぶたざるって何だったんだ。
散々弄ばれた後だというのに、クイッキーはしょげるルークを心配するように地面から見上げた。それに気がついたルークが暗い顔でクイッキーを見つめると、そこにそっとメルディが近づいた。


「ルークとクイッキーは友達になりたいよ」
「……え?」
「メルディとクイッキーは友達。ルークもクイッキーとメルディと友達!駄目か?」


クイッキーを抱き上げて、ルークに柔らかく笑いかけるメルディ。つまり友達になろう、とメルディは言ってる訳だな。どうでもいいが何でメルディだけはオージェのピアスをいくらつけてもこんな喋り方なんだ?素なのか?キールの奴が毎日言葉を叩き込んでいるはずなんだけどなあ。
ルークは無事にメルディの言葉を正確に汲み取ったようで、クイッキーを見たときよりもっと驚いた顔をした。まさに信じられないといった表情だ。何をそんなに驚く必要がある。ルークはしばらく瞬きもせずにメルディを凝視すると、恐る恐る首をかしげてみせた。


「と、もだち?」
「はいな!友達!メルディとクイッキーとルーク、友達な!」
「クイッキー!」


もうメルディの中では友達決定らしい。クイッキーと一緒に満面の笑みでそうやって返した。対するルークはまたしばらく黙ったまま、徐々に口元を笑いの形に変える。その表情の移り変わりが妙に悟ったような子どもらしくないものに見えたが、すぐに嬉しくて嬉しくて仕方の無い子どもの笑みとなった。……俺の目の錯覚か?
ルークはぱっと俺を見ると、笑顔のまま駆け寄ってきた。


「りっど!ともだち!できた!」
「あーそうだな友達出来たな、よかったな。ところでなんで俺に報告に来るんだ?」


嬉しそうに弾む頭をなでてやりながらもつっこむ。もしかして俺、こいつに保護者認定されてる?さっきの様子は親に報告に来る子どもそのものだった。おいおい、俺この歳でこんな大きな子どもの親になるつもりは無いぞ。
せっかくそうやって思ってた所に、俺とルークの様子を見ていたメルディから笑顔でトドメをさされることとなる。


「ルークとリッド、何だか親子みたいだなー!」


髪、同じ色!
頭を指差されてとっさにルークを見下ろせば、一瞬あっけにとられたルークはしかし次にはどこか照れたように俺を見上げて、でへでへと笑ってみせる。
そんな嬉しそうな顔するなよ。否定できなくなっちまったじゃん。





   永遠と深淵の狭間で 2





07/04/23