ある日いつも狩りをする森の中で子どもを拾った。
俺よりもオレンジの掛かった赤い髪の子どもだった。



「落ちてたから思わず拾っちゃったけど……これどうすんだ俺」


とりあえず揺すっても目が覚めないので家に持って帰ってきてしまった。
その後しばらくして目を覚ましたそいつは恐ろしい勢いで俺から遠ざかる。いきなり知らない場所で知らない奴と一緒にいたから驚いてるんだろうが、すこし傷つく。おいお前、せっかく助けてやったんだからもうちょっと遠慮しろよそこは。
あーあ……やっぱファラの奴に最初から預けとけばよかったなあ。

うだうだ考えても仕方がない。ひとまず腹も減ったし、飯にするか。


さっき狩った獲物を焼いていると、隅の方でじっと俺を睨んでいたあいつの目が若干代わってきたような気がする。警戒心たっぷりの視線から、乞うような視線に。
何だよ、腹減ってるならそう言えよな。


「おい、こらお前」
「……？！」
「お前だよお前、そこのチビッ子。腹減ってるならこっち来いよ」


わざわざ呼びかけてやっても、そいつは目を見張ってビビるばかりだ。言葉通じてねえのか？もしかしてセレスティア人？でもこいつには額にエラーラついてないし……肌も黒くない。でも言葉がわからない赤ん坊でも無いに違いないし（どう見たって7歳ぐらいのチビッ子だ）何なんだ。
仕方ないから手招きしてやると、じりじりとこちらに近づきたそうな顔してまだ物陰から出てこない。何て面倒くさい奴なんだこいつ。
こうなったら最終手段だ。俺は焼きたての肉を手に取った。


「ほーれほれほれ、肉だぞー涎が出るぐらい美味そうな肉だぞー」
「っ！」
「早くこっち来ねえと俺が食っちまうぞ。冗談じゃないからな俺だって腹減ってるんだから」


あーんと口開けて今にも肉を食べますというアピールをしてみせると、そいつは慌てて転がるようにこちらに駆けてきた。空腹時の俺に勝るような勢いだ。そんなに腹減ってたのかよ。
俺が肉を差し出してやると、奪うように受け取ったそいつは肉にかぶりついてようやく食べ始めた。
……やれやれ。これで俺も心置きなく飯が食える。

さっさと食べ終わってまだかぶりついてるそいつを眺めていると、俺はふとこのチビッ子の名前を知らない事に今更気がついた。話が通じるのか分からないが、不便だし聞き出してみるか。こういうのはメルディで慣れてるしな。


「おいお前、名前何ていうんだ？」
「？」
「俺はリッド。リ・ッ・ド。分かるか？」


そいつはきょとんとした顔をしていたが、やがて真剣な表情で俺の言葉に耳を傾けてきた。何とか聞き取ろうとしてるのか？その後口をパクパクと開け閉めして、声を絞り出そうとしている感じ。何だ？声が出ないとか耳が聞こえないとかっていうオチ？


「り、りっど！」


と思ったら声が出た。しかもちゃんと俺の名前だ。声も出るし耳も聞こえるみたいだな、ほっ。俺のこと指差しながらりっどりっど言ってるし、これが俺の名前だって事も分かっているみたいだ。……じゃあ何で舌足らずで、しかも馬鹿の一つ覚えみたいにりっどを連呼してるんだ。肝心のこいつの名前がいくら待っても出てこない。
おいおい、こいつも「りっど」って名前じゃないだろうな。


「だからお前の名前だって。俺の名前はもういいから」
「りっど？」
「それは俺の名前！俺が聞きたいのはお前の！お・前・の・名・前！」


デコに指を突きつけて押し込んでやると、ようやく分かったのかバランスを崩しながらも頷いてきた。何か1人でうんうん悩んで、勝手に試行錯誤して、ようやく結論が出たのかしぶしぶといった様子で口を開く。何で自分の名前出すのにこんな躊躇う必要があるんだよ。


「……ーく」
「は？何だって？聞こえねえよ」
「っ！るーく！」


出た、ようやく出た。これ聞き出すのに何十分かかったんだよ……。まあいいや、聞き出せたんだから。しかし「ルーク」か、やっぱり聞いた事の無い名前だな。この近くの奴じゃないことは確かだ。あーあ、俺もまた面倒なもの拾っちゃったねまったく。
面倒だけど、このまま放り出すわけにはいかないだろう。


「ふーん、ルーク、な。ま、よろしくな」


そう言って頭を撫でてやれば、ものすごく驚いた緑色の目とぶつかった。何だ、まるで初めて撫でられましたみたいなその表情は。撫で方が痛かったのか？確かに俺は撫で慣れてないからな……それなら気の毒な事をした。
ごめん、とか何とか謝ろうとした俺の言葉は出てくる事はなかった。俺の首にしがみついてきた小さな腕の存在によって。お、おいおいいきなりどうした？俺何かした？


「ど、どうした？そんなにさっきのが痛かったのか？」
「……っう……」


肩越しに漏れ聞こえたその声に俺の戸惑いは消えていった。困った自分の頭をかくために上げられた手は、そのまま震える背中に触れた。こらえきれずに零れ落ちた嗚咽は止まらない。背中をなるべく強くならないように叩いていたら、俺は何かもうどうしようもない気分にさせられた。
何でこいつ、こんな苦しそうな泣き方するんだよ。


「……泣くなら、もっと思い切って大きな声あげて泣けよ」
「っ！」
「お前みたいなチビッ子は、皆そうやって泣くもんだろ？」
「うっ……ううううっ……！」


人の肩にしがみついてボロボロ泣いてるくせに、ルークは首を振った。チビッ子じゃないと言いたいのか？誰がどこをどう見たってチビッ子のくせに。
今まで溜まっていた不安みたいなものが枷が外れて溢れてきたんだろう。こいつがどこのどいつでどうしてここにいるのか、全然まったく分からないけど、俺はしがみついてくる小さな体を引き剥がす事もできずに、しばらくそのままだった。
そっと撫でた俺と同じで俺と違う赤い髪は、太陽のように温かかった。





　　　永遠と深淵の狭間で