同位体3人で仲良く暮らす音譜帯上の生活、のある日の事。
突然ローレライが長い赤髪の子どもを連れてきた。
アッシュは殴った。
「言え!吐け!そいつはどこでこさえてきた!誰との子だ!」
「お、落ち着けってアッシュ、ローレライの子どもじゃないだろ多分!」
「まあ確かにお前達と同じように私の子どもと言える存在だが、お前の言っている「子ども」では無い」
アッシュに殴られた頬を撫でながらローレライが言う。その言葉にアッシュを必死に宥めていたルークもぎょっとした。自分達と同じように、という事は……またしても同位体が増えたという事なのか。
それにルークはローレライの傍らに不機嫌そうに立っている赤毛の子どもにものすごく見覚えがあった。アッシュのいつものしかめっ面とは少し違う、不貞腐れたような生意気な表情。ルークがその子どもを見たのは、もっとずっとルークが幼い頃、鏡の中の事だった。
赤毛の子どもは髪の長い頃の幼いルークそっくりだった。
「ローレライ……その小さい頃の俺に似てなくも無い子は一体どうしたんだ……?」
震える声でルークが尋ねれば、ローレライはまるで自慢するように胸を張って答えた。
「今の素直なルークも可愛いが、昔の我侭なルークも可愛かったなあと考えて……作っちゃった☆」
語尾に星とかつけながらローレライは真顔であった。
ルークも殴った。
「えーとどうしよう。大体なんでローレライは俺がいるのに俺を作る事が出来たんだ?」
「奴について深く考えねえほうがいいだろう……付き合っていたら過労で死ぬ」
ローレライを華麗に床に沈めた後、ルークとアッシュはこちらをじっと睨みつける子どもルーク(仮)の前に立って途方にくれていた。大体ルーク17歳じゃなく実年齢(おそらく10歳頃)で作り上げる所とかローレライの趣味を感じる。顔を見合わせてため息をついていると、今まで押し黙っていた子どもルーク(仮)が2人を見上げてきた。
「何だよ、ジロジロ見んなよおっさん」
「おっ……?!」
あまりの衝撃にアッシュのただでさえ低めの怒りの沸点は簡単に越えてしまった。立ち直れずに言葉も出てこないぐらいだ。それをハラハラしながら見ていたルークは(何せ一応自分だ)アッシュが正気に戻る前に慌てて自分が子どもルーク(仮)に声をかけた。アッシュだったら何も言わずにエクスプロードあたりを食らわせてしまうに違いないからだ。
「なっなあお前ここがどこだか分かるか?自分が誰かも?」
「この場所も俺の名前もしらぬぇーけど、あのおっさんがおれを作ったんだろ?」
子どもルーク(仮)は面倒くさそうにローレライを指差した。子ども視点だとアッシュもルークもローレライも同じおっさんなのだろうか。ルークは「作られた」と簡単に言葉にする子どもルーク(仮)が少し気になった。別に負い目を感じているわけでもなさそうな本当にさらりと出された言葉だった。最初から、自分は「真人間」ではないと自覚しているからだろうか。
「あーそっか、名前が無いのか……じゃあつけてやらなくちゃな」
いくら自分の子どもの頃の姿だといっても同じ「ルーク」だと混乱してしまうだろう。幸い、その事実をこの子どもルーク(仮)は知らないみたいだしちょうどいい、とルークは楽天的に考えた。考えなければやってられない。
「なあアッシュ、こいつの名前何がいいと思う?」
「……はっ!ああ?名前だと?」
「はい!」
話しかけられてようやくこっちに戻ってきたアッシュの背後から聞かれてもいないのにローレライが真っ直ぐ手を伸ばしてきた。その目はいい歳してキラキラと輝いている。ルークは仕方なく聞いてやる事にした。
「はいローレライ君」
「私はユリアがいいと思うユリアとてもいい名前だろうユリアユリアユリア!」
「黙れこのユリア狂がっ!こいつはどう見ても男だろうが!」
アッシュが一喝すれば、ローレライはしゅんとしょげてしまった。曰く、「自分の子どもには絶対ユリアと名づけようと固く誓っていたのに」とブツブツブツ。ウザい。意識集合体には(多分)性別が無いから、そういう名前の概念が無いのかもしれない。
ローレライの体たらくを見て、これは自分が頑張らなければならないと踏ん切りをつけたのかアッシュが真剣に考え込み始めた。見定めるように子どもルーク(仮)を上から下まで眺め回す。しかし子どもルーク(仮)にとっては睨みつけられているも同じなので、少し怯えながら安全地帯のルークの傍へとじりじり寄っていった。おっさん@は凹んでいるしおっさんAは睨みつけてくるしで、ルークしかいなかったのだ。
「おい逃げるな。今俺が名前を考えてやっているだろうが」
「うっうるせえ!こえーんだよお前!このデコ鬼!」
「ぶっ」
自分に隠れながらそれでも気丈に叫び返す子どもルーク(仮)の言葉に思わずルークが吹き出した。瞬間アッシュの般若のような怒りの目と合ってサッと逸らす。あれは不可抗力だ。
「よーし分かった。お前は今日からチビ屑だ。分かったなチビ屑」
「何だよそれ全然かっこよくねーじゃんデコ!ねーみんぐせんすゼロじゃねーかデーコ!」
「っっ言わせておけば人のことをデコデコと……!」
びしびしとアッシュの頭の中の色んな糸が切れる音が実際に聞こえるような気がして、ルークは心の中で悲鳴をあげた。何で子どもというのはこんなの怖いもの知らずなのか。しかもそれをルークに隠れながら言うのだから要領もいい。こちらを物騒な目で睨みつけるアッシュを慌ててルークは抑えようとした。
「あ、アッシュ落ち着けって!ほら子どもの言う事だろ?!」
「るっせえ!デカ屑は黙ってろ!」
「で?!」
屑と言われてムカつくがデカと言われて悪い気はしない(だって言われた事がない)。心の中の矛盾にルークが戸惑っている間に、アッシュはルークの後ろに隠れる子どもルーク(仮)の首根っこを掴む事に成功していた。宙に吊り上げられて、途端に暴れまくる子どもルーク(仮)。
「ぎゃーっはなせー降ろせー!ひきょーだぞデコ星人!」
「誰が星人だ!こんなチビ屑、音譜帯から放り出してやる!」
「ばっそそれはさすがにやりすぎだろアッシュ!ほら、お前も謝れよ、気にしてんだからデコデコ言うなって!」
「気にしてなどいない!」
慌ててルークは子どもルーク(仮)を促すが、不貞腐れた子どもルーク(仮)は、ルークに向かってべっと舌を出して見せた。おまけに宙に浮かんだ足でガスガスと蹴ってきやがる。
「だーれが謝るかーチビー」
普段は先にアッシュが切れるので目立たないがルークの沸点もそれはもう低めに設定されてある。まして相手は可愛さ余って憎さ百万倍の自分の過去(仮)だ。ルークはなおもアッシュに吊り上げられたままの子どもルーク(仮)の頭を引っつかんでぐらぐらと揺らした。
「だっ誰がチビだー!自分の方が小さいくせにアッシュと背変わらないのになんで俺だけチビだーっ!!」
「チビはチビだろチービ!」
「きーっ!落とす!こんないけすかねえガキンチョは亜空間に落とすっ!」
「お、おいレプリカ少し落ち着け」
同位体はどっちかが切れればどっちかが大人しくなるという性質になっているのか、今度はアッシュがルークを宥め始めた。必然的に放り出された子どもルーク(仮)は床に落とされる事となった。途端にどこかへ逃げ出す……かと思いきや、子どもルーク(仮)が床にはいつくばったまま動こうとしないので、もめていたルークとアッシュも心配になってそっと様子を伺った。そしてギョッとした。さっきまであんなに憎たらしい表情をしていた子どもは、今ぼろぼろと涙を零していたのだ。
「うえ……っく、ど、どーせおれなんか、居場所がねーんだよ……!」
「え……?」
「どこいっても、みんな変な目でおれを見てくるんだ、みんな、おれが邪魔なんだよ……ううっ」
そのまま嗚咽を漏らしながら泣き出してしまった子どもルーク(仮)にルークもアッシュも呆然としていると、子どもに近づく1つの影があった。ローレライだった。ローレライは優しく子どもルーク(仮)の頭を撫でてやると、その小さな体を抱えて立ち上がった。
「言っただろう。昔のルークを作った、と。この子はお前の過去の姿なのだよ、ルーク」
「あ……!」
ルークははっと気がついた。子どもルーク(仮)の涙に、言葉に、ひどく覚えがあったのだ。ファブレ邸へと帰ってからの自分の姿だった。皆、記憶を失う前の「ルーク」をルークの向こう側へ見て、望んでいた事を、幼いながらも感じ取っていた頃だった。沢山の人間に囲まれて暮らしていたのに、まるで自分ひとりだけがポツンと取り残されているような、そんな感じがしてすごく嫌だった……。
「大丈夫だ、ここにはお前を仲間はずれにするような者はいない」
ローレライは優しく子どもルーク(仮)へ語りかけながら、震える背中をさすってやった。涙に濡れた大きな子どもの瞳が、柔らかく細められたローレライの瞳を見つめる。
「……ほんと、か?」
「ああもちろん。ここにはお前と同じ存在の者しかいない。仲間はずれにする方が無理がある」
なあ、と語りかけられたので、2人は慌てて大きく頷いた。それを見た子どもルーク(仮)の体から力が抜けるのが見ているだけで分かった。ひとまずは安心してくれたのだろう。それを見たローレライが、子どもルーク(仮)をゆっくりと降ろしてやった。
床に足をつけた子どもルーク(仮)の元へ、突然アッシュが動いた。さっきの事があるので思いっきり警戒した子どもルーク(仮)の頭に、少々乱暴に手が置かれる。子どもルーク(仮)がポカンとしている間に複雑な表情をしているアッシュの手はわしわしと小さな頭をかき混ぜた。
「……悪かった。俺が大人気なかった」
「!」
「俺も、ごめんな。お前の名前、皆で考えよう。お前の気に入る名前が出てくればいいけど」
そろりと近づいたルークがにっこりと微笑む。ローレライも微笑ましそうに笑っている。顔を逸らしたアッシュも、その耳が赤く染まっていた。今まで感じたことも無い温かな空気に、子どもルーク(仮)は答えるように満面の笑みを浮かべた。
「……うん!」
こうしてこの日、同位体同士で仲良く暮らす音譜帯の生活に、また1つ小さな赤毛が増えたのだった。
「ユリアが駄目ならもじってユーリなんてどうだ。これなら男の子の名前だろうユーリどうだユーリユーリ」
「いい加減諦めやがれうっとおしいんだよ!昔の女を引き摺りやがって!」
「昔なものか、ユリアは私の永遠の女神だ!」
「いっそ消滅しろ!」
「なあおれかっこいい名前がいいー!アビスマンとか!」
「それだけはやめてくれ俺が泣くから」
とりあえず前途多難っぽい。
ひとつ分の陽だまりに もうひとり増えた日
07/03/18
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キリ番「287000」響夜さんから、「同位体三人+親善大使」のリクエスト…だったのにいつの間にか「同位体三人+子ルーク」になっていた土下座もの。
(偶然にもまさかユーリの名前を出しているとは私…)