それは、ローレライを解放するため、そしてヴァンを倒すためにエルドラントへの攻撃を明日に控えた日だった。何かを決意したような、覚悟したようなそんな 表情で夕陽を見つめ佇むナタリアの傍に、静かに近づく影があった。影は少し後ろのほうで立ち止まると、無言でその背中を見つめる。しばらくそうした後、ふ いにナタリアが振り返らずに口を開いた。


「ふふ……こうしていると、まるであの時のようですわね。落ち込むわたくしをあなたが、アッシュがシェリダンまで励ましにきて下さった、あの時……」
「ナタリア……」


そこで初めてナタリアは、後ろのアッシュを振り返った。アッシュは何とも言えぬ表情でナタリアを見ている。


「こんな時間に、こんな時に呼び出してごめんなさい。けど、どうしてもあなたに伝えたい事があったのです」


聞いてくれるかは分からない。それでも伝えたい事があった。静かにナタリアの言葉を待つアッシュに、ナタリアは祈るような気持ちで口を開いた。


「アッシュ……どうしても、ルークと戦うのですか」
「………」
「どうかそんな事は止めて下さい、わたくしは、わたくしはあなたも、ルークも大切なのです。そんな2人が争うなんて、嫌ですわ」
「ナタリア……俺は……」


必死に訴えかけるナタリアに、アッシュは何かを言いかけて、しかし上手く言葉が出てこないようで眉をしかめさせながら再び閉じた。己の中のこの気持ちを、どうやって伝えればいいのか分からなかったのだ。そんなアッシュに、ナタリアはゆっくりと語りかける。


「アッシュ、まだルークを認める事が出来ないのですね。それは仕方がありませんわね。きっとわたくしには計り知れない、大きな葛藤があるはず……」
「………」
「でもこれだけは分かってください。ルークは、ルークにしかない優しさを持った、1人の人間だという事を」


ナ タリアの言葉を、アッシュはどこか苦しそうに聞いていた。おそらくアッシュも頭では分かっているのだろう。しかし、心がどうしてもついてこないのだ。だか らこそ、決闘という手段を使って折り合いをつけようとしている。そんなアッシュの心を後押しするべく、ナタリアはより勢い良くアッシュに詰め寄った。


「本当はあなたも分かっているはずです!真実を知ったルークがどんな思いで変わろうとしたか、そして変わっていったのか。いえ、変わる前でもルークは優しいルークという人でしたわね……それをわたくしたちが捻じ曲げてしまった……」
「ナタリア……」
「わたくしはアッシュ、あなたにずっと助けられてきました。そしてそれはルークも同じ。あなたたちはわたくしをずっと支えてくれた、かけがえの無い大切な者なのです。それはどちらが上だなんて決められない、どちらも同じように大切なのですわ」


だから、とナタリアは言った。その瞳に決意を宿して。自らの理想の世界を作り上げてみせようと言わんばかりの輝かしい光を纏いながら。


「アッシュ、これはわたくしのワガママになりますが、どうかわたくしの思い描く未来のためにも、ルークと共に生きてください。わたくしの願いは……将来、アッシュを夫に、ルークを妻へと娶る事なのですから!」


ナタリアー?!それは何か色々と間違ってるよ!アニスでもその場にいればそうやってつっこんでくれたに違いないが、あいにくこの場にはナタリアとアッシュしか存在しなかった。
そしてナタリアに唯一つっこめる人間だったアッシュは、ナタリアの言葉を真摯に受け止めて静かに口を開く。


「ナタリア……ひとつだけ間違っている」
「え……?」
「お前にレプリカを妻に娶る事は出来ない」
「な、何故なのですか!お父様はすでに賛成して下さっているのに!」


国の将来が心配になる発言をさらりと無視し、ナタリアの肩に手を置き、その瞳を真剣に見つめながら、アッシュは宣言した。


「何故ならレプリカは、俺の嫁になるからだ」


アッ シュー!つっこみどころが違うっていうか俺の断りなしにルークを渡すかこんちくしょー!と、この場にガイがいれば抜刀しながらもつっこんでくれたに違いな いが、本当に残念ながらこの場にはアッシュとナタリアしか存在しない。ヒートアップしているナタリアは、すでに「お前はそのレプリカとこれから決闘するん じゃなかったのか」というごく普通の簡単なつっこみでさえ出来なくなっている。
アッシュの言葉を聞いたナタリアは、腕を振り上げて抗議した。


「ずるいですわアッシュ!自分のレプリカだからってルークを独り占めするつもりですわね!」
「俺のレプリカなんだから、当然だ」
「いいえ、そうはいきませんわよアッシュ、わたくしとの結婚の約束を忘れたとは言わせませんわ」


胸を張るアッシュに負けじとこちらも胸を張るナタリア。2人の天然が暴走した会話は留まる所を知らない。


「わたくしと約束してくださったのはあなたですが、公にはルークという事になってますわ。つまり!あなた方2人をわたくしは娶る事が出来ますのよ!」
「な、何だと……!」
「さあアッシュ、選んで下さいまし!あなたとルーク、どちらがわたくしの妻となるか!」


微妙に話が変わってきているがもちろん2人はそこまで気が回っていない。しばらく無言でナタリアを悔しそうに見つめていたアッシュだったが、やがて頭の中で決着がついたのか、余裕の表情を取り戻してにやりと笑ってみせた。


「忘れたのかナタリア。俺とレプリカは完全同位体……例え切ろうとしても、絶対に切れない何かで結ばれている事を」
「くっ……!」


変えようのない事実に、ナタリアが言葉に詰まる。どちらも譲れぬ場面だった。そこでふと、ナタリアが静かに微笑んだ。何かを、悟ったように。


「分かりましたわアッシュ、この戦いを、互いに納得して終わらせる事が出来る方法を」
「何……?」
「言いましたでしょう?私には、アッシュとルーク、2人とも大切な存在なのだと」


ゆっくりと歩み寄ってきたナタリアは、アッシュの手を取って、朗らかに言った。


「だから、こうしましょう。ルークは、わたくしとアッシュ、2人の妻にするのですわ!」
「!!ナタリア……それは」


自分の手を取るナタリアの手を包み込んで、アッシュは言った。


「名案だ」
「でしょう!」
「ああ。……ナタリア、幼い頃に交わした約束、3人で叶えてみせよう。必ず……」
「アッシュ……!」


熱く誓い合う2人を、赤き夕焼けはいつまでも照らしていた。まるでこれからのキムラスカ王国の行く末を案じているかのように。
果たして、ルークの運命やいかに。





   王女と王子の聖戦




「へっくし!んー?どこかで誰か俺の噂でもしてんのかなー」
「ルーク……何となくだけど、あなた今すぐどこかへ逃げた方が良いと思うわ……」

09/07/15