道に、迷った。元々あまり慣れていない町だったけど、下町(とユーリが言ってた)なら少しは慣れていたし、周りにいる人たちが親切に道案内とかしてくれていたから、油断していた。ここは多分下町じゃない。下町の上は市民街になっているってユーリは言っていた。じゃあここはその市民街ってところだ、多分。
どうしよう、早く下町に戻らなくては。ああもう、強がって一人でお使いなんか買って出なければよかった。せめてラピードについてきてもらえばなあ。

でっかい町の隅っこのほうで途方にくれる俺の名前はルーク。訳あって今は7歳の姿で見知らぬ世界に飛ばされちまったんだけど、本当は……いや、本当が7歳の姿だったんだっけ。とにかく昔は17歳だったのに今は7歳の姿のせいで未だに上手く口が回らないけど、頭の方はまだ何とか回復してきたばかりだ。
それもこれも、俺の世話を焼いてくれるユーリ(とラピード)のおかげだ。だからこそ少しでも恩返しがしたくて手伝いをしようと思ったのに、これじゃあ逆効果だ。


「ユーリ、しんぱいしてるだろうな……」


いつもはすかした顔をしていてもあれこれ面倒見てくれるだけあって、きっと俺が長い事帰ってこなければ心配してくれるだろう。俺がこのお使いを手に入れる際にも結構な説得を要したぐらいだ。でも早く帰らなきゃと焦るほど迷う事を俺は知っているから、とりあえず広場の片隅にしゃがみこんでいる。ああ、俺は一体どうすればいいんだ……。

迷うのは困るけどこのままじっとしていてもどうにもならない。思い切った俺は再び歩き出す事にした。歩いていれば、俺を知っている誰かが見つけてくれるかもしれない。他力本願すぎるか、これは。
そんな事を考えていた俺は、ろくに前を見ていなかった。だから目の前に誰かが立っていた事に気がついたのは、真正面からその人にぶつかって、尻餅をついてしまった後だった。だ、だっせえ!


「いってえ!」
「……ん」


思わず声を上げた俺の頭上から反応に乏しい声色が聞こえてきた。どうやら弾き飛ばされたのは俺だけだったみたいだ、やっぱり背が小さいからかな、ちくしょう。思わず俺のほうが悪いのにぶつかった相手を睨みつけるために顔を上げたが、俺はそこでびっくりして固まってしまった。てっきりその辺をうろついているがたいの良いゴロツキだと思っていたのに、そこにいたのは女かと思うぐらいの美人な男だった。
いや、多分男だ、うん。巻き毛気味の銀色に輝く長髪も宝石のような真紅の瞳も女に見えるような出で立ちだけど男なんだこいつは。子どもの姿と言えども女に弾き飛ばされてしまったのなら情けなさ過ぎるし。


「………」
「あ、えっと……ご、ごめんなさい」


とっさに謝ってしまったけど、男は眉一つ動かさずに俺を見ているだけだった。い、居心地が悪い。すっげえ綺麗な顔でそんなに見るなよ。
固まったままの俺は、男が緋色の瞳(睫毛がすっごい長い)を瞬きさせたのを見てようやく自分がまだ尻餅をついた状態だった事に気がついた。道の真ん中で恥ずかしいな、俺。急いで立ち上がろうとした、が、その前に強い力で上に引っ張り上げられてしまった。


「うわっ!」
「………」
「あっああありがとう」


俺を引っ張ったのは目の前の男だった。地面に足がついて、ようやく立たせてもらった事に気付く。ちょっと恥ずかしかったけど、立たせてくれた事は事実なのでお礼を言えば、男の顔が少し綻んだ気がした。気がしただけかもしれない。
なおも見つめてくる男の視線から逃げるように俺は顔を逸らした。周りをいくら見渡してもちっとも知っている景色なんか見当たらないけど、どちらかへ歩き出さなければならない。


「お、おれ、はやく家にかえらないといけないから、これでっ?!」


踵を返しかけた俺はしかし後ろにぐんと引っ張られてしまった。くっ首絞まる!締まってる!原因はとっさに俺の襟首を掴みやがった男の腕だった。いつまでもすかした顔のまま意味不明な事をしやがる男の顔を、ちょっぴり涙が滲んだ目で思いっきり睨んでやる。


「なにすんだよ!」
「お前は、普通の子どもではないな」
「……へっ?!」


驚きで体が硬直する。少なくとも俺の見た目はこの目立つ色の頭以外は普通の子ども、のはずだ。だって今までこの世界で色んな人に会って来たけど、そんな事を言われるのはこれが初めてだったんだから。この男は、俺の何を知ったんだろう。


「お前の空気は、この世界と少し違う……いや、あるいはお前自身も」
「……!」
「何者だ、話せ」


男の視線が鋭いものに変わる。こいつこそ、普通の人間じゃないな……いや見た目からして普通の人間じゃないけど。逃げなければ、と思うけど足がすくんで動かない。どうしよう、どうすればいい。今の俺じゃ何も出来ない。けど、こんな美人なだけの怪しい奴に俺が何者なのかなんて話すことは、出来ない!


「おっおっお前にはかんけーないだろ!ぜーったい話さないんだからな!」
「………」
「ななななんだよ!こっち見るなよ!こわくなんか、ないんだぞ!」


気が動転して上手く口が回らないけど俺は必死だった。必死のあまり(怖かったからじゃないからな!)体が震えてしまったりもしたけど、頑張って男を睨みつける。負けるものか、俺は強い子なんだ!あっいや強い男なんだ!
男はしばらく俺を黙って見つめていたけど、不意にこちらへ手を伸ばしてきた。やられる、と思った俺はギュッと目を瞑ってしまう。色々心の中で覚悟して体を縮こまらせたが、痛かったり苦しかったりする衝撃は襲っては来なかった。代わりに、頭の上に軽い感触でぽんぽんと叩かれる。


「?!」


あっけに取られる俺の目の前で、男は俺の頭をまるで慰めるように軽く叩いていた。そういえばさっきの威圧的だった視線は綺麗さっぱり消えている。一体、どうして。俺の疑問が伝わったのか、男は言った。


「弱いものいじめをするつもりはない」
「………」


それってつまり、俺が弱いものだって事か。震える俺を哀れに思ったと、そういう事か!ムカついたので思いっきり頭を振ってやれば、男はあっさり手を引っ込めやがった。もちろん表情はまったく変わらず、俺の気のせいかもしれないけどこちらを見下すような余裕すら感じられた。むっムカつく!いくらおっかない美形でもムカつくもんはムカつく!


「おれはよわくねえ!ほんきを出したらおれだってめちゃくちゃつよいんだからな!」
「そうか」
「よゆーぶっこいてんのも今のうちだぞ、おぼえとけよ!」
「そうか」


俺が指を突きつけて見せても男は軽く頷くだけだった。絶対馬鹿にされてる!これ以上何を言っても無駄だと悟った俺は、さっさとこの場から去る事にした。これ以上一緒にいたら無理矢理でも超振動放ちたい気分になっちまう。


「おれ、かえる!お前とはちょっとちがう美形のくろかみの兄ちゃんとこにかえる!」
「む。それはお前の保護者か」
「ほ、ほご?!あ、いやでも、そうなのかも、しれない」


実質美形の黒髪の兄ちゃんことユーリは俺の保護者みたいなもんだもんな、今は。たまに金髪のガイ、じゃなかったフレンとか、桃色の姉ちゃんエステルとかが相手してくれるけど、基本ユーリだし。飯美味いし。
すると男は、ようやく俺から視線を外して、俺の背後を見た。


「その保護者というのは、あれの事か」
「あれ?」
「ルーク!」


振り返ったと同時に名前を呼ばれた。若干息を切らせてこちらに駆けて来るのは、ちょうど話題に上がっていたユーリだった。っていうかあの様子だと、やっぱり俺を探しに来てくれたんだな。悪い事しちゃったな。


「ユーリ!」
「お前どこ行ってたんだ、ったく。ラピードに下町探させても見つからないと思ったら、市民街の端にまで行ってたなんてな」
「こ、ここ、そんなにはしっこだったのか……ごめん」
「どこも怪我、してないな?それならいいんだ」


ユーリは俺をざっと眺め回した後、ホッとした様子で頭を撫でてくれた。本当に心配してくれていたんだ。申し訳なくって仕方がなかった。お使いは満足に出来ないわ余計な心配をさせてしまうわ、俺って駄目な奴だな。


「おいおい、そんなに落ち込むなって。お前まだこの町に慣れてないんだから、迷うのは仕方ないだろ」
「でもおれ、手伝いできなかったし……変なやつにはからまれるし……」
「変な奴?喧嘩でも売られたのか」
「ああ、そこにいるびじんの……あれ?」


振り返ったそこには、もうあの男はいなかった。まるで空気に溶けてしまったかのようだ。いつの間にいなくなったんだろう。


「さっきまでいっしょだったのに」
「そういや、誰かと話してたな。どんな奴だ?」
「まっしろなかみと、まっかな目をした、いけすかねえびけいの男!」
「何?」


俺の説明にユーリは怪訝な顔をした。もしかしたら心当たりがあるのかもしれない。


「……デューク、か?いや、まさかな……」
「でゅーく?」
「あいつがこんな所に出張してくるのはめったに無いしな。多分、違うだろ」


ユーリは笑ってそう言うが、何故だか俺はあの男がそのデュークという奴だったのではないかと思った。ただの直感だから、違うかもしれないし、そうかもしれない。


「こんど会ったら、でゅーくかどうかきいてみる」
「おお、そうしろ。本当にデュークだったらびっくりだけどな」


自然と「今度」と言ってた自分に後で少しびっくりしたけど、ああいう不思議な男は神出鬼没でどこにでも現れるから(ジェイドと似たようなものだ)、本当に今度また会えるかもしれない。その時にちゃんと名前を聞こう。そして一応お礼を言っておこう。
あいつが傍にいたから、俺は迷った不安を忘れる事が出来たのだから。


「ほら、帰るぞルーク。ラピードも心配してるぞ」
「うん!」


ユーリの差し出してきた手を、少し恥ずかしいと思いながらも握り締める。今まで胸に溜めてきた不安や孤独感が全部その暖かさに溶けていってしまうような気がした。この手があれば、俺は迷う事を怖い事だと思わないだろう。変な男に会えたりするサプライズも、あったりするしな!





   深淵に光る明星4

08/12/10