「ユーリ!町中で幼児誘拐を行ったというのは本当なのか?!」
「一体どこから仕入れてきてそしてどうして信じようと思ったんだよ、そんな話」


いきなり人んちの扉をブチ破る勢いで飛び込んできたと思ったら、これだ。まさか本気で俺が子どもを誘拐したとでも思ったのだろうか、この堅物幼馴染は。というか迷子の子どもを拾った現場を見られていたのか。気がつかなかった。まああの時は、どうやって怯える子どもを連れ帰るか、それだけを考えていたからな。その問題の子ども、ルークは今俺のベッドの上で丸くなって眠っている所だ。それを見つけた幼馴染、フレンは慌てて音を立てないように扉を閉めた。遅いっつーの。ルークは起きなかったけど。


「もちろん信じていないさ。だが君が何らかの事件に巻き込まれた可能性があるだろう」
「何だよそれ。この通り俺は無事だし元気だし、こいつだって誘拐じゃなくちゃんと合意を得てここに連れてきたんだぜ」


真っ赤な頭を小突いてやればむむむとか何とか唸りながらころんと転がり、また健やかに眠りだす。疲れていたんだろう。フレンがその様子を微笑ましそうに見つめてから、再び俺へと顔を戻す。


「この子どもは?」
「拾ったんだよ。ラピードがな」


ラピードは自分の仕事は終わったと言わんばかりにだんまりのまま寝床に収まっている。ま、ずっと首にしがみつかれていたんだ、お疲れさんって事で俺も無理に起こそうとはしない。少し目を細めながらルークを眺めるフレンは、おそらく見覚えがあるかどうかを見極めているのだろう。貴族や城の中の住民ともなるとさすがに俺は知らないから、もしかしたらと淡い希望を持ってフレンを見るが、残念そうに首を振ってみせる。


「見かけない子どもだね、迷子かい?」
「……まあ、そんなもんだ」


家は無い、と言ったルークを思い出しながら、とりあえず頷いておく。帰る場所があろうとなかろうと、迷子には違いない。するとフレンがベッドの端に腰掛ける俺の傍へと寄ってきた。


「それじゃあ、この子どもは騎士団で預かろうか」
「ああ……それがいいかもしれないが、返す場所の問題もあるし、第一こいつが素直についてくるかどうか」
「何か、問題が?」
「どうもこの坊ちゃんは人見知り激しいようで」


あんなに時間をかけてようやくここまで連れてきたんだ、また別の場所に連れて行こうとすると抵抗するかもしれないな。それに騎士団に預けて、その先はどうなる?家が無いという子どもを騎士団がどうするのか、不安もある。まあ預けるのはフレンだから心配は無いだろうが。
悩ませてくれやがる腹いせにそのふくふくした頬を突いてやれば、ルークが眉を潜めながら瞳を開けた。さすがにやりすぎたか。


「んー……ゆーり……?」
「おう、おはようさん」
「おはよ……。……!」


目をこすりながら起き上がったルークは、ようやく傍に先程までいなかった人物が立っている事に気がついたようだ。驚愕の表情でフレンを見つめたまま固まる。そんなに驚かれるとは思っていなかったフレンは戸惑うように俺を見た。俺に助けを求められてもな。とにかくルークにこいつは害ある人間ではない事を伝えようと口を開いたところで、俺にも予想つかなかった出来事が起こった。
ルークがいきなり、目の前のフレンに勢い良く突撃したのだ。


「なっ?!」
「がいーっ!」


何だ何だ、俺と会った時と随分違う反応だな、おい。ルークはラピードの首にしがみついていた時と同じように、ぎゅうぎゅうと力を込めてフレンの腰に抱きついている。やっぱり雰囲気か、雰囲気が悪かったのか、俺は?さっきの俺の苦労はなんだったんだ。やっぱり最初からこの甘いマスクのお人よしを連れてきていればよかった。
しかし、聞きなれない言葉を口走りながらルークはフレンに抱きついていたな。誰かの名前か?


「ゆ、ユーリ、これは一体?」
「俺に聞くなよ」
「がいっ!……?」


しばらく強く抱きついていたルークも、何かがおかしい事に気付いたようだ。フレンの顔をジッと見つめて、首を傾げる。大いに戸惑うフレンの図ってのも愉快なもんだな。俺がそうやって思っている事が筒抜けだったのか、若干恨みがましい視線が送られてきたが、無視だ。頑張れよ、フレン。


「がい、じゃない……?」


どうやら結論が出たようだ。その「がい」ってのは、そんなにフレンに似てるのか?まだどこか名残惜しい目でフレンを見ている。フレンはといえば、子ども相手にも生真面目に自己紹介をし始めた。


「そう、僕は君の言う「がい」ではなく、フレンだ。そこのユーリと親友で、騎士団に入っている」
「ふれん?」
「ああ。君は?」
「る、るーく」
「ルークか、良い名前だな。よろしく」


フレンが手を差し出せば、おずおずとルークも手を差し出した。人違いであれ何であれ、俺がそこまで漕ぎ着けるのにどのぐらい掛かった事か。これなら、フレンに預けても差し支えはなさそうだな。騎士団という大きな組織に匿って貰えば、素性のまったく知れないルークの事も何か分かるかもしれないし。


「そんじゃま、ルークもちょうど起きた事だし、後の事は頼んでいいか?フレン」
「?」
「ああ。この子は責任持って騎士団が……いや、僕が預かるよ」


フレンの言葉にルークがものすごく驚いた顔で俺を見た。その表情がたった今捨てられた犬のような情けない顔だったので何だか罰が悪くなる。そんな目で見るなよ、まるで俺が悪い事をしてしまったような気分になるじゃないか。こんなしがない一市民の俺についているより立派な騎士様についていった方が、お前のために……。


「やだっ!」


っと説得する前にルークにしがみつかれてしまった。慣れるまであんなに警戒されていたのに、そんなに警戒もせずに握手をして見せたフレンより俺が良いってのか、何でだ。この部屋に辿り着くまでの状態と同じ格好になってしまった。


「ルーク、騎士団ってのは大きな組織で、お前の行く場所も思いの他簡単に見つかるかもしれないんだぞ」
「……!」


宥める様に頭を撫でても首を横に振るだけだった。しがみついてくる手が何かに怯えるように震えている。その必死さは、ラピードにしがみついていた時と同じものだった。こいつは怖いんだ、置いていかれるのが。捨てられちまうとでも思ったのかもしれない。……また俺は墓穴を掘っちまったらしい。
俺は俺自身の意志によってこいつを拾ったのに、身勝手に他人へ押し付けてしまうところだった。そんなつもりは無くても、確かに、俺はルークを捨ててしまう所だった。まったく……あの長い旅で少しは成長したつもりだったんだけどな俺。まだまだ、だな。


「ユーリ……」
「悪いなフレン。話持ちかけておいて何だが、やっぱりやめるわ」


こちらの様子を静かに見守ってくれていたフレンにそう言えば、仕方がないというように頷いた。そっと見上げてくるルークに、なるべく安心させられるような笑顔を浮かべる。多分、大丈夫だ。ルークも目を細めて笑ってくれたから。
おっ、もしかしてこれが初笑顔か?


「まったく君ってやつは。こんな年端も行かないような子どもまで魅了してしまうとはね」
「人聞きの悪い事言うなよ……」
「ゆーり、みりょう?」
「お前もくだらねえ事を覚えるなよ」


フレンの戯言をルークが復唱する。勘弁してくれ。しかし行く事を嫌がった割りに、やっぱりルークはフレンに若干懐いている感じだ。その事をフレンも感じたのだろう、どこか決意を灯した顔で俺に力強く頷いてみせた。


「よし、分かった。この子の世話を騎士団ではなく僕個人として、出来る限り協力させてもらおう」
「ああ、そりゃあ助かる」
「これから城に戻るついでに、誰か知っている者がいないか当たってみるよ」
「頼む。その辺は俺じゃ手が届かないからな」


それじゃあさっそく、と部屋から去る前に、こちらへ歩み寄ったフレンはお得意の王子様笑いでルークに微笑みかけた。


「大丈夫、君の帰る場所は、かならず見つけてあげるよ。だからそれまで、ユーリの言う事を良く聞いて待っていてくれ」
「……うん」
「じゃあユーリ、行ってくるよ」
「おーう」


そうして颯爽とこの場を立ち去っていったフレンの背中をどこかポカンと眺めていたルークは、部屋のドアを、フレンが去っていった方向を指差して俺を見上げてきた。


「ちちうえみたいだ」
「あー……。まあ、確かにそんな貫禄もあるかもな」


騎士団の隊長を務め出してから余計に面倒見が良くなっている気がしないでもない。そのせいでまるで一家の大黒柱みたいな父親オーラが漂って見えるのかもしれないな。結婚もしないうちに父親オーラってのもどうかと思うが。まあ、フレンだし。
ん、待てよ。今のが仮に仕事へ向かう父親のような存在だとすれば、だ。それを子ども(ルーク)と見送った俺の立場って。


「ははうえみたいだ」
「………。やめてくれ」


力いっぱい否定したい言葉も、何故だかルークが嬉しそうにのたまってくれやがったので、強く咎める事も出来ず。がっくりと項垂れる事しか出来ない俺の事を、部屋の隅で寝ているラピードにふんと鼻で笑われたような気がした。

ああ、いいよもう母親で。この訳アリっぽい気配ありまくりでも拾い上げてしまったぐらい、この小さな赤毛の子どもに絆されてしまったのだから。所謂、母性とか言う奴か?(出来れば父性がよかった)
何かの諦めと共にその柔らかな頭を撫でれば、まるでこちらを慰めてくれるかのようにぽかぽかと暖かかった。





   深淵に光る明星2

08/10/30