ホドには「節分」という行事があるらしい。ガイが教えてくれた。


「豆？豆をまくのか？」
「ああそうだ。悪い鬼に豆をぶつけて邪気を追い払い、これから一年の無病息災を願う意味があるんだ」
「むびょ……」
「つまり病気もしない元気な年になりますようにって、豆をまくんだよ」


首をかしげながらもガイの話を熱心に聞いてくれるルークとは対照的に、アッシュは興味無さそうな表情でソファに座り本を読んでいる。アッシュは節分を知っているのかもしれない。しかしルークは全く知らなかったようで、新しく知った行事に目を輝かせていた。


「おれも豆まきしたい！」
「そう言うだろうと思って、準備してあるぞ」
「ほんと？！ガイ大好きっ！」


ぱっと笑顔になったルークは思いっきりガイに飛びついてくる。デレっと笑って見せたガイがそっとルークの後ろに視線をやると、鋭い視線でこちらを睨みつけてくるアッシュの姿があった。やっぱり怒ってる怒ってる。ルークがガイにスキンシップをはかるたびに不機嫌になるアッシュの姿は最早見慣れたものなので、ガイはその視線から逃れながら準備のために部屋を出て行く。ルークはウキウキとした足取りでアッシュの傍まで寄ってくると、ひょいとソファに飛び乗った。


「豆まきってどんなんだろうなー、食えるのかなー」
「さあな」
「アッシュは楽しみじゃないのか？」


そっけなく顔を逸らすアッシュにルークは首をかしげる。アッシュは普段から不機嫌そうな表情だったりそっけなかったりするが、本当に機嫌が悪い訳ではなかったりする。しかし今のアッシュは確実に不機嫌だった。生まれた頃からずっと一緒にいるルークだからこそ分かる。


「別に。興味ない」
「じゃあアッシュは豆まきしないのか？」


途端にルークがしょぼんと俯くのを、アッシュは目の端に捕らえていた。少し、いやかなり心が揺さぶられたが、必死に顔を逸らす。アッシュの事を放っておいてガイと共に豆まきで盛り上がるほうが悪いのだ、そんなに簡単に絆されては思い知らせる事が出来ない。
そんな時に、ガイは戻ってきた。


「ほら、これが豆だ。これを投げるんだぞ」


沢山の豆が詰まった袋（マスだと落としたりした時角にぶつけて怪我してしまうので）（ガイの考えすぎな余分な配慮）を手渡されたルークは、今にも被り付いてしまいそうなぐらい輝いた瞳でそれを見つめた。まだ食べちゃ駄目だぞと念を押しながら、ガイはアッシュにも袋を差し出す。


「アッシュもこれ」
「……俺はやらない」
「一人だとルークが寂しいじゃないか。な？」


アッシュは差し出された袋を見て、優しく笑うガイを見て、一人袋を持ってじっとアッシュを待っているルークを見た。しばらく迷うように視線を彷徨わせたが、結局ルークの無言の視線に押されるように袋を手に取る。ルークが嬉しそうに笑ってアッシュに飛びつくのを、ガイはほっと息をついて見守る。
単純真っ直ぐなルークと比べて、アッシュは何かと気難しい。しかしそれでもガイにとっては、どちらも変わりなく可愛いご主人様だ。最近ちょっと敵認定されかけてて寂しいが、それでもルークにもアッシュにも、毎日笑っていて欲しいのだ。そのために苦心する日々であるが、悔いなどは全く無い。


「なーガイ！どうやって豆まけばいいんだ？」
「ああ。まずは外に出るぞ。そこから部屋の中に向かって、「福は内」って言いながら豆を投げるんだ」
「へやの中に投げてもいいのか！」
「あんまり沢山投げるなよ？後で掃除が大変だからな」


跳ねるように部屋の外へ飛び出したルークに続いてガイもアッシュも小走りで部屋から出た。早く出ないと待ちきれなくなったルークに豆を投げつけられてしまうかもしれないからだ。改めて部屋の前に並んだ3人は、開け放たれた入口に向かって、豆を構える。


「それ、福は内ー！」
「ふくはうちー！」


ガイとルークの声が重なる中、アッシュは無言で豆を投げた。何となく気恥ずかしかった。ちらりとルークが若干不満そうな目で見てきたが、それも無視する。部屋の中に招き入れた福を逃がさないようにさりげなくドアを閉めたガイは、そんな二人の様子に笑いをかみ殺すと、どこかへ行こうとする。


「あれ、ガイどこいくんだ？」
「ちょっと次の準備をしてくるよ。すぐ戻るから待っててくれ」


爽やかに笑いながらガイは姿を消した。思わずルークとアッシュで顔を見合わせる。ここに豆まきに必要な豆はすでにあるのに、これ以上どんな準備がいるのだろうか。疑問を口に出す前に、宣言していた通りガイはすぐに帰って来た。しかしガイは、さっきまでのガイではなかった。


「ガオーッ！シグムント流黄鬼華麗に参上！悪い子はいないかー！」


現れたのは鬼のお面を被ったガイだった。何か別なのも混ざってる。あまりにもあからさまなそれに、アッシュはあっけに取られると共に呆れ返った。いくら何でも、子供だましにも程がある。呆れを通り越して怒りさえ湧き上がってきそうなほどだった。なるほど、この想いを豆に込めてぶつければいいのか。
先ほどよりも俄然やる気になったアッシュが隣を見れば、反対に体を震わせて後ずさりするルークの姿があった。何故かほんのり涙目だ。


「あ、アッシュううう！おにがっおにが出たあああ！」
「………」
「これこれ、これだよ……これが真っ当な子どもの反応だぞ、アッシュ」


アッシュに必死にしがみつくルークを見て、思わずガイが素で呟く。それでもルークはひたすら鬼ガイを怖がっている。一体あれのどこに怖がる様子があるのかアッシュには全く見当もつかなかったが、とりあえず怯える姿の相方が可愛……じゃなくて気の毒だったので、励ますように頭を撫でてやった。


「ルーク、よく見ろあの鬼を。全然怖くないぞ」
「ほ、ほんと……？」
「ああ。だってガイにそっくりだ」


ガイはアッシュの言葉に深く傷ついた。それではまるで、ガイが鬼の怖さを打ち消すぐらいまったく怖くないと言っているようなものではないか。いや可愛い赤毛たちから怖いと思われるのもそれはそれで悲しい事だが、怖がらせている今ぐらいは悲鳴を一つぐらい上げて欲しいものなのだ。
挙句の果てにアッシュの言葉を聞いたルークは、なるほどと頷いてにっこり笑ってみせたのだ。


「本当だ、ガイにそっくりだ！それならおれ、こわくない！」
「よし、偉いぞルーク」
「えへへ」


赤毛双子揃ってほのぼのしている姿は最高に和むのだがガイは素直に喜べなかった。怖がらないほど懐いてくれている証ではあるが、やっぱり複雑だった。そうやってガイが肩を落として落ち込んでいる間に、ルークとアッシュの二人の間で、戦いの火蓋は切って落とされた。勝手に。


「それーっおにはそとー！」
「鬼は外ーっ！！」
「いたっいたたっいきなり？！いきなり始めるのか二人とも！」


慌てて気を取り直すガイだったが、豆の勢いは衰えなかった。本気で鬼だと思いこんでいるルークも、これ幸いと手加減などしないアッシュも、全力でぶつけてくるのだ。いくら子どもの力とはいえ、豆とはいえ、痛い。


「おにはそとおにはそとおにはそとー！」
「鬼は外！鬼は外！タコ無理矢理食わせやがって鬼は外！」
「お、おーい、何か別な恨み言も入っているような気がするんだけどなー！」


頭を抱えながら逃げ惑う黄色い鬼は、しかしそれでもどこか嬉しそうだったという。





　　　赤毛の子どもと笑う黄鬼