夜、寝る前に訪れる若干の暇な時間。さっさと寝床に入ればいいのに、明日は嫌な眼鏡の授業があると思うと何だが寝るのがもったいなくて、アッシュもルークも顔を突き合わせてぼーっとテレビを眺めていた。弱と中の間に設定されたこたつの温度が心地よくてなかなか抜け出せないというのも、冷えた布団に戻りたくない要因の一つ。大して興味が無いのになんとなく見ている番組では、芸能人の恋愛事情という心底どうでもいい特集が流れている。チャンネル変えるかな、と片肘をつきながらぼんやり考えていたアッシュに、テーブルの上に顎を乗せたルークが同じくぼんやりしたままおもむろに話しかけてきた。

「好みのタイプってさあ」
「あ?」
「よく聞かれるじゃん?わりと世間話的な感じで」

一瞬だけ考えて、今の問いがテレビの中で交わされている話題に沿ったものである事に気付く。ルークはアッシュよりいささか真面目にテレビを見ていたらしい。無感動に画面を眺めたまま無言で先を促せば、ルークも視線を向けてくる事無くそのまま話し続ける。

「あれって、聞かれても俺どう答えていいか分かんないんだよなー」
「はっきりとした好みがねえって事か」
「違う違う。何かさあ、どう答えてもナルシストっぽくなっちゃうだろ?」
「はあ?」

好みのタイプを聞かれて、いったい何をどう答えたらナルシストに?意味が分からなくてルークを見れば、向かいの瞳もこちらを見つめていた。アッシュにじいっと目線を合わせたまま、どこか不満そうに唇をとがらせている。

「同じ顔って、こういう時地味に不便だな」

俺としては言うほど瓜二つには思えないんだけどな、とブツブツ呟くルークが言いたい事を、アッシュはようやく理解した。思わず呆れた目で朱色の頭を眺めてしまう。

「屑が、それなら外見ではなく適当に内面でも答えときゃいいだろうが」
「え、でもそれでも俺、ドMみたいになるんじゃ?」
「ど・う・い・う・意・味・だ!」
「いっででで!そっそういう意味だよっ!」

今まで無造作にこたつの中へ投げ出していた足をすかさずルークの足に絡めて思いっ切り力を込めて押さえつければ、たまらず両手を出してギブギブとテーブルを叩く。仕方なく開放してやれば、大きなため息をついてルークは項垂れた。ざまあみろ、と少しだけ気が晴れる。

「大体、そんな質問にクソ真面目に答えてやる義理なんてねえだろうが。当たり障りのないぼんやりとした言葉で誤魔化しておけばいいんだよ」
「えー。例えばどんな?」
「……可愛い奴か綺麗な奴かで言えば可愛い奴が良い、とか」

今、言いながら脳内で誰を想像していたかは秘密だ。なるほどと頷いたルークは、腕を組んで少しだけ考え込んで、至極真面目な表情で顔を上げた。

「かっこいい系、って言っても、それはそれで男が公言するには問題ある気がするんだけど」
「………」

思わず、立てた肘で支えていた頭がずり落ちる。どうやら先ほどアドバイスしてやった言葉を、ルークは良く分かっていないらしい。

「……だから、問題にならないような言葉で誤魔化せ、と言っているんだ」
「あー、うーんそうかー、じゃあ綺麗って言っとくかー」
「そもそも、だ」

いつつっこもうかタイミングを見ていた言葉を、とうとうアッシュはルークにぶつける事にした。少しだけ座り直して、少々睨みつけながらびしっと指を突き付ける。

「何故、全部俺基準なんだ」

するとルークはきょとん、を通り越して驚いたように目を瞬かせた。どうしてそんな質問が飛び出すのか、まったくもって理解出来ないとでも言いたげな表情だった。

「え、だって、俺はアッシュが好きだもん」
「……俺の事はとりあえず置いておいて、お前には他人の事で特に好きになる要素というものが無いのか。いいや、何かあるはずだ!何でもいいから考えてみろ!」
「ええーっそんな事言われても!」
「絶望的な顔をするな!何かあるはずだろうが屑が!じゃあてめえは一体俺のどこを好いているんだ!言ってみろ!」

何かすごい台詞を自分で吐く羽目になっているが、今は気にしている暇がない。何故かムキになっているアッシュにルークは心底困ったように訴えた。

「だって、俺がアッシュを好きなのはアッシュがアッシュだからであって、でも好みのタイプはって聞かれて正直にアッシュですって答える訳にもいかないじゃねーかっ!」
「な……?!」
「だからって嘘とか心にもない事を答えたくなんてねーし!どうやってアッシュの事をぼかして答えるか、それが分かんないって話をしてるんだっつーの!」

言い切って、どうだと言わんばかりに胸を反らすルーク。アッシュは逆に項垂れて、自分の頭を抱えていた。そうでもして自分を抑えなければ、この暖かく包み込んでくれるこたつでさえもちゃぶ台返しで放り投げてしまいそうなほどの衝撃をやり過ごせなかったからだ。アッシュいきなりどうしたー?と飛んでくる呑気な声に、据わった目で体を起こしかけたアッシュは、

「なーなー、それで、好みのタイプを聞かれたらアッシュは何て答えるんだ?」
「………」

そんな無邪気で、どこか期待するようなルークからの質問に、何も答えられずに再びアッシュは頭を抱えるしかなかった。
今しがた心を振り回されたすぐに、期待に応えるようなこの言葉を与えるのは、さすがに癪なのである。

寝るはずだった時間は、とっくの昔に越していた。





   こたつと好み


14/03/06