家に帰りついた頃には、すでにあたりが暗くなり始めていた。急いで帰ってきたために若干息切れ気味なルークは慌てて玄関のカギを開け、薄暗い部屋の中へと飛び込んだ。

「やばいやばい、洗濯物!」

今日の洗濯物取り込み当番はルークで、本当ならばもうちょっと早く帰って来る予定であったのだが、帰り道にたまたま顔を合わせたガイとつい話し込んで遅くなってしまった。この時期少しでも遅い時間になると空気がとても冷え、洗濯物もすぐに冷たくなってしまう。せっかく干しておいた洗濯物がそうなってしまう事をアッシュがひどく気に入らなく思っている事を知っているから、ルークはとても急いでいたのだった。
しかも今日は一日晴れたり曇ったりを繰り返す変な天気で、洗濯物が乾いているかも定かではない。カバンを放り出しルークは真っ先に窓の先の洗濯物に飛びついた。

「うっわ、やっぱりすでに冷たいし……」

ちょうど手前にあったアッシュのシャツを手に取って、顔をしかめる。これはアッシュに睨まれる事必至だろう。あーあと呟きながら、ルークはさらに両手でアッシュのシャツをぺたぺたと触る。外から帰ってきたばかりの己の手はかじかんでいて、そのせいかシャツが乾いているのか乾いていないのかさえ分からない。これはただ忍び寄る夜の空気に冷やされただけなのか、そもそも乾いていなくて湿っているが故の冷たさなのか。冷たい指先では判別がつかない。もしも乾いていなければ家の中で干し直すか、急ぎのものは乾燥機にでも持っていかなければならないのだが。

「んー……良く分かんねえなあ……」

独り言を呟きながらシャツを持ち上げて、ためしに頬に押し付けてみる。しかし頬も同様に冷えていたのでやっぱりよく分からない。首をひねりながら、今度はあんまり冷えていないと踏んでおでこにくっつけてみる。シャツの冷たさは感じるが、やっぱり湿っているのかいないのかまでははっきりしない。困ったなーと思いながら、そのまま顔全体に押し付けてもみる。冷たい夕方の空気の中を走ってきた顔もやはり冷たくて、シャツの温度を上手く感じ取る事は出来なかったが。

「……あ、アッシュの匂い」

くんくんと嗅いで、これがアッシュのシャツであった事を改めて思い出す。慣れ親しんだ落ち着く匂いに、思わず今自分が何をしていたのかぽんと忘れる。しかしちゃんとこうやって洗濯しているというのに、どうして洗剤の匂いと共にちゃんとアッシュの匂いが分かってしまうのだろう。この、ルークの全身を包み込んでくれる安心の匂いはそれほど強力な匂いなのか、それとも嗅ぎ分けてしまう自分の鼻が異常なのか……。

「……おい」

その時、背後から声を掛けられてハッとルークは振り返った。パチりと部屋の電気をつけたアッシュが、呆れたような目でルークを見ている。しまった洗濯物をまだ取り込んでいないことがバレた、と内心慌てたが、アッシュはどうやら別な何かに呆れているようである。一体何なんだろうとルークは瞬きした。

「ん?どした?」
「それ。一体何をやっていたんだお前は」
「何って……」

アッシュが指差したのは、今ルークが手に持っているもの。ちょうど湿っているかどうか確かめていた、アッシュのシャツである。両手で持って、自らの顔に押し付けていた、アッシュのシャツ……。
そこでルークはようやく、先ほどの自分を客観的に見てみた姿を思い浮かべた。そしてみるみる内に顔を赤らめる。
完全に、変態だ!

「ち、ちちち違う!おっ俺は別にアッシュのシャツだからこうしていたんじゃなくてたまたま手前にあったのがこれだったからで!いや確かに今アッシュの匂いがするなーってちょうど思っていた所だけど違うから!別に匂いを嗅ぐためにこうしてた訳じゃなくて本当にたまたま……おい何笑ってんだよアッシュ!本当に他意はないんだからな、マジでっ!」

ルークがあまりにも慌てた様子で捲くし立てるので、嫌味を言う事もからかう事も言えずにアッシュは吹き出していた。顔をそむけてまだアッシュのシャツを握りしめるルークから目を逸らす事で、必死に笑いを耐える。
それに今、ルークにこの顔は見せられそうにない。家に帰ってきて早々、目の前で自分のシャツに顔をうずめるルークを見て、思わず心臓を跳ねさせて同じように真っ赤になった顔など。
何とか立て直して「紛らわしい事すんな!」とアッシュのごまかしのげんこつが落ちるまで、後数秒。





   洗濯物


14/02/04