夏は嫌いだ。何が嫌かって、この暑さが嫌いだ。今年は例年より特に暑くなりそうだという噂も出回っていて、これから夏本番という時期の今からアッシュはうんざりしていた。太陽も沈み後は夜が更けるのを待つのみという時刻にもかかわらず、この蒸し暑さは何なんだ。窓を限界まで開け放っているが期待していたほどの風は吹いてこない。
風を送り込む音機関がある事はあるが、プラネットストームが停止した今音機関の類は徐々に動かなくなっていて、皆研究開発真っ盛りの代替品を手に入れるか我慢するかの二択を迫られている。少ない音素でも動くように開発されている代替品はまだあまり出回っていない高級品だが、このキムラスカで事実上国王の次に位の高いファブレ公爵邸に無い訳がない。しかしそれでも、預言を手放して未だ不安定な情勢の中、大勢の人がこの暑さを我慢しているのだという事を考えるとどうしても使うのは躊躇われて、結局こうやって停滞した熱気の中じっと耐え忍ぶしかないのだった。じっとしているのは、ただ単に体を動かす気力が沸き起こらないためであるが。
どうせもう後は寝るだけだ、どれだけだらけたっていいだろう。と、アッシュは知人に見られたららしくないと驚かれるような事をぼんやりと考える。ベッドに転がって読む気もしない本を枕元に置き、この暑さにかこつけて思いきりダラダラとした時間を過ごしていると、部屋のドアが音を立てて開かれた。首だけ起こして誰が入ってきたのか確認する、まえもなく正体は判明している。予想通り、アッシュよりさらに情けない顔でふらふらと部屋に入ってきたのは、隣に並んだベッドの持ち主ルークだった。
「うえーっ暑い……このままじゃ俺たち人類は蒸されて死んじまうんじゃねえ……?」
「泣き言を言うな、たかが暑いってだけでそんな情けない顔をしやがって、恥を知れ恥を」
「今のアッシュに言われたくねーし」
唇を尖らせたルークの言い分に、もっともだ、と頭の中だけで返す。最早声を上げる事さえ億劫だった。とにかく暑くてたまらない。これだから夏は嫌いなんだ。
「あー、もう何もやる気しねえー!俺も寝ようーっと」
腕を振り回し、そうしても暑さはどこにも逃げてくれない事を悟ったルークはペタペタとベッドに歩み寄ってくる。そんなルークの姿を眺めながらアッシュはぼーっと思い出していた。そうやってベッドに近寄ってきたルークがそのまま自分のベッドに入ることはあまり多くない。大抵、構ってほしいのか何なのかアッシュのベッドにダイブしてきて、何かとちょっかいをかけてくるのが常だった。疲れてるからどけと言っても、それじゃあ子守唄でも歌ってやるとかほざき、ただ単にうっとおしいと邪険にしても、素直じゃないなあと戯言をのたまう。何が何でも一回はアッシュにくっつかないと気が済まないのだ。今そんな事になったらいつもの何倍も暑いだろうな、と、アッシュはそれだけ思った。不思議と怒りは沸いてこなかった。
いつも通りアッシュのベッドに一歩近づくルーク。しかし今日はそこで足が止まった。難しい顔で突っ立ったまま考え込んでいる。そのまましばらくルークの葛藤が続いたかと思えば、苦渋の決断をしたとばかりな表情を浮かべながら、大人しく自分のベッドに収まったのだった。
アッシュが無言のままうつぶせでベッドに転がった隣に視線を送ると、死ぬほど不本意だとしかめられた翡翠色の瞳が語ってくる。
「この暑さじゃ、さすがにアッシュにくっつけねえ……あーもう、夏は嫌いじゃないけど、早く涼しくならねえかなあ。そうしたら遠慮なくアッシュにくっついていけるのに。なあアッシュ、今度休みが取れたらどっか涼しそうな場所に出かけないか?グランコクマとか、ケテルブルクとかさあ。もう暑いしアッシュに構ってもらえないし、最悪だー」
枕を抱えてつらつらと不満を述べるルークは、今日はこのまま寝入るつもりのようだ。ゴロゴロと自分のベッドで一人転がるルークの姿を見てから、アッシュは無気力に溜息を吐いた。その溜息が自分でも思いもよらぬほど寂しく聞こえたので、思わず舌打ちしそうになるのを必死にこらえる。
ああ、これだから夏は嫌いなんだ。
熱帯夜
13/07/17
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