「最近……夢の中で、ルークに会う事があるんです」
秘め事をやっとの思いで吐き出すといった態でティアがぽつりと零した。その顔は悲壮な決意に彩られている。ずっと誰かに打ち明けるか迷っていたのだろうと、ジェイドは考えた。
「ルークに、ですか」
「……はい。別に特別な事は何も起こる事もなく、ただルークと、たまにミュウも一緒に連れてきて、会話をするだけです。話す内容もとりとめのないものばかりで……そうやってルークに会う時は決まって、この中庭なんです」
この中庭、とティアが指すのは、ファブレ邸の中央に存在する綺麗な中庭の事だ。ちょうどジェイドとティアが会話している場所でもある。それぞれ所要でバチカルにたまたま同じ日にやってきて、たまたま同じ時間帯にこの屋敷を訪れた所だった。あの旅の中で何度もこの屋敷に立ち寄ったせいか、キムラスカへの用事があるとつい病弱な奥方様への見舞いや、先日帰ってきた一人息子の顔を冷やかしに来てしまう。
一番会いたい人物がたとえこの屋敷にいないと、分かっていても。
「その夢はひどくぼんやりしていて、最初は起きた後は夢の内容を覚えていない事が多かったんですけど、最近はどんな事を話したかおぼろげに覚えている事もあります」
「そうですか。……それで、何故いきなりそのような夢の話を?」
ティアとはたまに顔を合わせているが、ジェイドがその話をティアの口から聞いたのはこれが初めてだった。おそらくただの夢であったなら、ティアもジェイドに話す事は無かっただろう。何となくそう思った。夢の中とはいえ、大事な人との邂逅をおいそれと他人に話しはしないだろうと。つまりは、誰かに打ち明けたくなるような出来事が夢の中で起こったという事だ。
ティアは中庭に向けていた視線を、ジェイドへ戻した。その瞳には困惑が浮かんでいる。
「実は、今までずっと代わり映えのしなかったその夢に……変化が出てきたので」
「変化とは?」
「その、詳しく覚えてはいないので具体的な事はお話できないんですが……色が」
「色?」
「その夢に、色がついた気がするんです……今まで夢に色がついていたかなんて、考えた事もなかったんですけど、この間の夢はぼんやりと色がついていたような……」
ティアは戸惑いながらも必死に夢の内容を思い出しているらしい。ジェイドは目を細めた。ティアの動揺は手に取るようにわかる。そしてその気持ちも何となく分かるような気がした。誰にも言ってはいないが……ジェイドも、似たような夢を先日見たばかりだからだ。
自分の内心などおくびにも出さず、ジェイドはティアに尋ねかける。
「その時のルークの様子は、どうでしたか」
「えっと……やっぱりいつもとどこか違っていた気がします。何となく、ですが……。大佐、やはりこの夢には何か、意味があるんでしょうか」
そうやって話すティアの手は若干震えていた。これ以上絶望しないようになるべく見ないようにしていた希望めいたものを、手に取っていいのか迷っているようだった。今までずっと悩んでいたのだろう。ジェイドは考え込むように中庭を見る。
ジェイドもティアほどの頻度ではないが、ルークの夢を何度か見てきた。そのどれもが先ほどティアの話した通り、特に何も起こる事が無い平和で怠惰な夢だった。人の情とやらを持たずに生まれてきたはずの己にもこうやって未練めいた夢をみるとはと、自分に呆れていた所だったのだが。確かにこの間一度見た夢は、それまでの夢とは違っていた気がする。
今まで決して感じる事のなかった……命みたいな力を感じた。まるで対話する夢の中のルークが、生きているかのように。
「……さあ、私には専門外の分野なので、何とも言えませんね」
少しだけ沈黙した後そう返されて、ティアが若干落胆したように俯く。ジェイドは対照的ににこやかに笑いながら、ティアとは反対方向へ振り向いた。
「さて専門家の方、今のティアの話、どう思いますか?」
「誰が専門家だ……」
うんざりとした声が返される。先ほどからいつもの不機嫌そうな顔をしながらも、一言も発しなかったこの屋敷の主の一人でもある青年。腕を組み、ふんと顔を逸らすその横顔を、ジェイドは見極めるように見つめる。
「何せあなたはルークの完全同位体ですから。私たち以上にあの子の事に詳しいでしょう」
「知るか!」
「ねえアッシュお願い、何でもいいの……何かルークについて、気づいた事とかないかしら」
ティアにも詰め寄られ、予告なしに押しかけてきた客人の相手を律義にしているアッシュは少しだけ気まずそうだった。彼はあまり語らない。あの戦いから約二年後、一人戻ってきてから今まで多くを語る事は無かった。今もまた、答えを返す気はなさそうだった。
「そうですねえ、何か変わった事があれば話してもらいたいものですが。少し前まで一人世界中を飛び回って何かを探し回っていたようなのに、最近は打って変わってこの屋敷内に閉じこもっているようですし。まるで、何かを見つけたように私には思えるんですが」
赤い目がじっとアッシュを見つめる。ティアもジェイドの言葉にハッとなってアッシュを見た。二人分の視線に晒されたアッシュは一瞬だけ怯んだようだったが。
「……別に、何でもねえよ」
そうして逃げ出すように中庭へと歩きはじめたアッシュが心の中で呟いた言葉は、何とか表に出すことなく飲み込むことに成功する。
(あいつの魂は、存在は、全て俺がこの手で何とかしてやる)
(他の誰にも、触れさせてやるものか)
magicaの外で
14/09/14
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