「ルーク、あなたお盆だというのに一度もお墓参りに行っていないじゃないですか。一度くらい行っておきなさい、今から行けば日暮れまでには間に合うでしょうから」
そんな小言を母親から貰って、俺はしぶしぶと我が家の墓まで自転車を漕いだ。まあ、確かに夏休みだからって遊びに行きまくって墓参りとかしてなかったけどさ……ぶっちゃけ俺、ご先祖様がーとか幽霊がーとか、そういったの全然信じてないんだ。たまにいるだろ?霊感が強くて霊が見えるだの何だの言うクラスメイトとか。俺は生まれてこの方そういうの感じた事も見た事も一切無いから。テレビでたまに特集される心霊写真とかビデオとかは全部ヤラセだと思ってるし。だから、名前だけが刻まれた誰もいない石に向かって手を拝む意味が分かんねえの。
もし幽霊がこの世に存在していたとしてもさ、大昔に死んだご先祖様っつーのもさっさと成仏しろって感じじゃね?いつまでこの世に留まって見守ってるんだよ、それ見守ってるんじゃなくて呪われてるんじゃねーの?そういう事考えてると、どうしても墓参りが面倒になってしまう。今回は、行かなきゃ夕飯抜きって言われちゃったから、仕方なくだ。仕方なく。
そうして俺が墓に辿り着いたのは、空が真っ赤に燃えるように染まる頃だった。あともう少しすればすぐに真っ暗になっちまう、急げ急げ。墓場にはさすが盆時期なだけあってこんな遅い時間でもちらほらと人影があったけど、俺の墓の傍には誰もいなかった。……幽霊なんて信じてないから、平気だ。けどまあ暗くなったら色々と危ないし、早く終わらせよう。
俺は適当に線香に火をつけて供えて、手を合わせる。目を閉じて、腹減ったなどと考えながら数秒。よし、これでいいだろ。さーて、日が完全に落ちない内にさっさと……。
「おい」
その時墓に背を向けて帰ろうとした俺の背中に届いたのは、俺以外の声だった。……え?辺りに俺以外の人物はいなかったはずだし、まず後ろには墓しかないはずだけど……?
空耳かとも思ったが、
「おい、そこの屑」
再び届いた同じ声。これは空耳なんかじゃない、確実に俺の耳に聞こえている声だ……つーか、何げにひどい事言ってねえか、こいつ?
「っ誰が屑だ、誰が!」
思わずぱっと振り返って抗議の声を上げるが、目の前にはやっぱり墓しか見えない。あれ……?瞬きをする俺の頭上から、声は三度降ってきた。
「屑を屑と呼んで何が悪い、この先祖不幸者が」
上、から?はっと顔を上げる俺、その目に飛び込んできたのは……墓の上に腰掛け、こちらを睨み見下ろしてくる綺麗な翡翠色の瞳だった。思わず言葉を失う。しばらくしてから、その背中に広がる真っ赤な長い髪にも気づいた。夕焼けに色が溶け込んで見えて、しばらく気付けなかったのだ。
赤い髪と、緑の目を持つそいつは、俺と同じぐらいの年齢とみられる男だった。そいつの持つ色が俺の持つ色とほぼ同じであることには、遅れて気づいた。そいつの方が髪の色が濃いかなってぐらいだ。っつーか……顔、似てね?俺に。
「……誰?」
ぽかんと呆けながら尋ねると、そいつの眉がぴくりと不機嫌そうに動いた。おお、怖っ。怖気づきながら、ついでにもう一つ尋ねる。
「それ、うちの墓なんだけど……墓に座るとバチが当たるんじゃ……?」
「はっ」
いや別に神様とか信じちゃいないけど一応そう言えば、鼻で笑われた。むっムカつく!俺が文句を言う前に、そいつはこっちを見下した目で膝を立てる。
「こいつは俺の墓だ、自分で自分にバチを当てる馬鹿がどこにいる」
「へっ……?」
「誰だ、という質問にもこれで答えになるだろう。この墓に今、お前自身が拝んでいたんだからな。……それとは別に、明確な答えもある」
そいつは身軽な動きで墓の上から俺の目の前へと降り立った。こうして正面に立たれて、背丈までほとんど同じだとようやく気付けた。鼻が突き合わせられるほど目前にやってきたその顔は……表情と髪の長さを置いておけば、いきなり目の前に鏡が現れたと言われても疑わないほど俺にそっくりで。
俺をにらむように見つめたそいつは、にやりと笑う。
「ふん、何世代目だったかもう忘れたが。ここまで俺に似ている奴が生まれるとはな。これも先祖返りの一種か?」
「あ……え……?せ、先祖ってお前、まさか……」
よ、よく見たらこいつ……足、透けてね?愕然とする俺を見て、そいつは胸を反らし、透けた足で仁王立ちして堂々と言い放った。
「アッシュ。俺の名前だ。お前の家系図を見りゃずっと前に同じ名前が載っているだろう」
「え……えええっ?!」
「滅多に拝みにやってこねえ屑子孫め。偉大な先祖の有難さ……これからたっぷり教え込んでやろうか?」
不敵に笑う俺のご先祖様アッシュの向こう側で今、一かけらの太陽の光が、山の向こうに沈んだ。
ご先祖様と屑子孫
14/08/16
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