「迷信は当てにならないものだと俺はここ数年で確信出来た。例えば……何とかは風邪を引かない、とかな」
「うるへー……」

へろへろの鼻声で布団の中からじっとりと睨み付けられても痛くもかゆくもない。アッシュが絞ったタオルでベシッと熱い額を叩いてやれば、床に臥せるルークから不明瞭なうめき声がううーっと漏れ聞こえてきた。
こうして風邪を引いたルークの看病をするのはこれで二度目だ。昨晩から咳をし始めたルークを見て、明日には寝込むだろうと見当をつけていれば案の定だった。最早アッシュは慣れたもので、さっさとルークを布団に押し込めせっせと看病に努めている所である。学校が休みの日にぶっ倒れたのが不幸中の幸いだった。

「だから俺があれほど、どんなに暑くとも風呂上がりには服を着ろと言っただろうが。寝る時も布団を蹴っ飛ばしやがるし」
「それは不可抗力だから……無意識だから……」
「よし、今度腹巻買ってやる」
「ええー、ダサいだろそんなの……」

アッシュの小言にいちいち文句を言うルークの声に覇気は無い。まだ熱が下がらないのだろう。今しがた粥を食べ薬を飲んだ所なので、じきに下がって来るとは思うが。
もし明日まで熱が続くようなら学校に電話して午前中に病院へ連れて行って……と脳内シミュレートしていたアッシュの袖が、その時ふと引かれる。見下ろせば、布団から伸びた腕が控えめに摘まんでいた。視線をあげれば、じっとこちらを見つめる熱に浮かされた瞳と出会う。

「何だ」
「……何でもない」

以前も、似たようなやりとりをした。何でもないと口では言うルークが視線で訴えてくる欲求を正確に読み取ったアッシュは、仕方がない奴だと小さく微笑む。そして袖を握られていない手に持っていたものをひらひらとかざしてみせた。

「これは何だ」
「え……プリント?」
「そう、宿題のプリントだ。こっちにはそれが終わった時用に本がある」

アッシュの脇には、言った通りの本が数冊積み重なっている。それらがどういう意味を持っているのか分からなくて目をぱちくりさせるルーク。アッシュはさっそく宿題に取り掛かりながら、教えてやった。

「これでしばらくは、ここから動く事はねえからな」

ルークの目が見開かれる。握った袖は片時も離れることは無い。熱でボーっとする頭で思い出すのは、前回風邪を引いた際アッシュに看病をしてもらった冬の日の事。あの時、眠るまで傍にいてくれたぬくもりは、朝起きた時にはもう無かった。
だが、今は。

「……ずっとここにいてくれんの?」
「でないとお前がうるさいだろうが」

言われなくても準備万端で傍にいてくれるアッシュに、ルークは少しだけぽかんとした後、嬉しそうに目を細めて笑った。
今隣にあるぬくもりは、きっと明日の朝になっても離れることなく傍にあるのだろうと分かったからだ。





   きみとぼくと夏風邪


14/06/26