下駄箱から一歩外に出れば、目の前は雨のカーテンに遮られていた。

「うわ、雨だ」

隣から聞こえた驚いたような声に、アッシュは視線だけを寄越した。それなりの量の雨粒を落とす空を見上げてぽかんと口を開けていたルークはすぐにその視線に気が付き、見つめ返してくる。僅かに見つめあった後、ルークは媚を売るような笑顔を浮かべてみせた。

「なあアッシュ、俺、傘忘れてさあ」
「知るか」
「あっおい待てよー!」

さっさと自分の傘を開いて、濡れるグラウンドを横切るために歩き出したアッシュに慌てた声が追い縋る。ためらうことなく雨の中に飛び出してみせたルークは、そのままアッシュの隣に入り込んでくる。まさしく突進と呼べそうな勢いで肩にぶつかってきた朱色の頭を、アッシュは不機嫌そうに睨み付けた。

「邪魔だ」
「いいじゃん、半分貸してくれよ。何なら三分の一でもいいからさ」

傘の柄を握る腕で退かそうとしても、ルークはしぶとくくっついてくる。そうしている間にルークの反対側の肩はどんどん雨で濡れていく。それを見てアッシュは舌打ちした。

「大体、何でてめえは毎回毎回飽きもせずに傘を忘れやがる、脳みそが無いのか屑が」
「失礼な、脳みそが無いわけないだろ!……少しは」
「はっ、どうだか。少しでもあったとしたら、こう連日忘れてくるわけねえだろうが」

そう、アッシュがこうしてルークに相合傘を強要されるのは今日が初めてでは無い。昨日もだったし、その前もだった。前の前はかろうじて曇りだったが、その前はまた雨だった気がする。当たり前だ、今はちょうど、天候が崩れやすい季節なのだから。それなのに傘を持ってこないだなんて、バカとしか言いようがない。今日なんか、朝にも小雨が降っていたような記憶があるというのに。
指摘されたルークは少し言葉に詰まった後、不自然に顔を反らしてアッシュの鋭い視線から逃げようとする。

「し、仕方ないだろ、朝はバタバタしててつい忘れちゃうんだよ。急いで玄関飛び出すとどうしてもさ」
「遅刻ギリギリまで寝ているのを改善したらどうだ」
「は、はは、おっしゃる通り。……でもさ!」

ぱっと顔を戻したルークの表情は、反省などこれっぽっちもしていない明るい顔でアッシュに笑いかけた。

「俺が忘れても、こうしてアッシュが傘貸してくれるだろ?」

ルークは気づいている。さっきからアッシュがわずかに傘を傾けて、ルークの濡れていた肩がちゃんと傘の下に入るように配慮してくれている事に。にまにまと嬉しそうに笑うルークから顔をそむけ、一つ舌打ちしてみせたアッシュはせめてもの反抗に歩く足を速めた。

「わわっ待てってばアッシュ!そんなに照れなくてもいいだろ!」
「照れてねえ!」

すぐに追いついた同じ高さの肩がうれしそうに寄り添う。そのわずかな温かさを感じながら、アッシュは心の中で再び舌打ちした。今度はルークに向けてのものではなく、素直になれない自分に向けてのものだ。
アッシュは気づいている。この男と男の相合傘という傍から見たら奇妙に映る光景を、自分が存外嫌っていない事に。そしてそれはルークも同じだろうという事に。
ルークのほうに傾けすぎて濡れてきた自分の反対側の肩を自覚しながら、アッシュはこの雨の季節に似つかわしい重い溜息を吐く。それでもアッシュはこうして狭い傘の中、寄り添ってくる隣の温度を再び感じるために、明日もまたルークに傘を半分貸すのだろう。きっとルークも、明日もまた傘を忘れてくるのだから。確信めいたその考えに胸を躍らせる自分の正直な心を悟られぬように、アッシュは眉間に力を入れる。
だからアッシュは、ルークのカバンから少しだけ見えている、折り畳み傘の先を見なかったことにした。





   雨と傘


13/05/18