アッシュは、今しがた伝えられた言葉に多大なる衝撃を受けた。雷に打たれたようなショックというのは、きっとこの事を言うのだろう。思わずその場に膝をつき、地面に手をついて己を支えなければそのまま崩れ落ちていたかもしれない。見下ろした自分の指は、細かく震えていた。


「う……嘘だ……!」


襲い来る驚愕の感情がそのまま口をついて出る。今アッシュの頭の中では、信じたくないという強い思いと、認めざるを得ないだろうという諦めにも似た気持ちがないまぜとなって嵐のように荒れ狂っていた。あまりの激情に手も声も震えて止まらない。そんなアッシュの姿を、衝撃の真実を告げた張本人、クロが立ったまま子供の背丈ながら見下ろしている。いつもは何かとアッシュに反抗的な態度をとっているクロであるが、今だけは長年信じていたものが崩されたアッシュを憐れむような、気遣うような表情でその姿を見守っていた。
やがて顔を上げたアッシュの瞳には、打ちのめされたままの情けない表情ながら、全てを受け入れ悟ったかのような力強い光も取り戻し始める。


「……いや、俺も心のどこかで、薄々と気づいていたのかもしれねえ。頭はまだ信じられていないが、心はお前の言葉を認めてきているようだ……」
「………」
「そうだ、認めなければならない……。ルークと、シロ、そしてクロ、お前たちを守る者として俺は、この現実を受け入れる……!」


アッシュはゆっくりと立ち上がった。一度よろけたが、何の支えも必要とせずにしっかりと大地を踏みしめる。静かにクロが見つめる中、アッシュは無情な空を見上げ、高らかに宣言する。


「そうだ……!この世に、サンタクロースは存在しないっ!」


拳を振り上げ、失った子供の頃からの夢の存在を心で泣きながら、アッシュは今、現実を受け入れた。全てを見守ったクロは、呆れるように大きな大きなため息を吐くのだった。





「サンタクロースはいない」先ほどそうやって告げたクロは、アッシュを大事な話があるからと屋敷の隅っこ、誰も訪れそうにない死角へと誘った。入念に人払いを、特にルークとシロには見つからないように慎重に移動するクロにアッシュは疑問を覚えたが、今ならその訳が嫌と言うほどわかる。少なくともルークは今までのアッシュと同じように、サンタクロースの存在を信じきっている事は明らかなのだ。


「……シロは、この悲しい現実を知っていたのか?」
「以前は知っていた、ような覚えがある。だがさっき尋ねたら今はサンタクロースを信じている様子だった。都合良く忘れてくれているようだな」


最近こいつは全部記憶が戻っているんじゃないか?と思わずにいられない大人びた表情の幼いクロが答える。これでクロまでもが全てを忘れてしまっている状態だったとしたら、今年のファブレ家のクリスマスイブにはサンタクロースが来なかったのかもしれない。と考えると、アッシュはぞっとした。サンタクロースを信じる純粋な心は大切だ。大切だが、いつまでも盲目的に信じきるというのも考え物である。
子供の姿で偉そうなその態度がちょっぴりムカつくが、それでもアッシュはクロに感謝の気持ちで頭を下げた。


「助かった。お前が教えてくれなければ、今年のクリスマスは大変な事態になる所だった」
「ふん。さすがに今の俺一人では、荷が重いからな。仕方がなかった」


生意気に鼻を鳴らすクロは不本意といった様子で頷く。可能であればアッシュにも真実を告げる事無くイブの極秘の任務に一人赴こうと思っていたのだろう。今まで通りに。
クロの強い視線でじっと見つめられ、知らずアッシュは拳を握りしめた。


「いいか、分かっていると思うが、これは非常に重要な任務だ。しくじる事は許されない」
「……ああ」
「今年は全て、お前に託そう。……任せたぞ」
「分かった。安心しろ……お前の意志は、俺が引き継いだ」


こうして屋敷の片隅で行われた二人きりの会議は、無事に終了した。長年子供の夢を守り続けてきた神聖なる任務が今、新たな代に引き継がれた瞬間であった。





「最近アッシュが、何かこそこそしてるんだよなあ」


どこか不満げに頬を膨らませたまま、ルークがブツブツと独りごちる。場所は自室。部屋の中を目前に迫るクリスマスのために飾り付けをしている最中だった。クリスマスツリーに飾る雪に見立てた綿を美味しそうだと見つめていたシロが、その声にくるりと振り返る。


「アッシュ、こそこそしてんの?」
「してるしてる。仕事でもないのに町に出る事多くなったし、それとなくついていこうとすると何か必死に拒否るし。めちゃくちゃ怪しいだろ?」
「たしかに、あやしい!」


同意を求めるルークに真っ直ぐ手を挙げて答えるシロ。隣で今からツリーに吊るすサンタやクマの人形を並べていたクロは、とりあえず沈黙しておく。こういう時は余計な事を言わない方が良い。


「でも一体何をしているんだろうな。最近やたらと、今欲しいものは何かないかとか聞き出そうとしてくるし」
「下手くそが……」
「ん?何か言ったかクロ?」
「……何でもない」


いくつかの星の飾りを手に持ったままうんうん考え込んでいたルークは、やがて一つの考えに辿り着いたのかハッと顔を上げた。


「こそこそ一人で出かけて、ごまかすように、もしくはご機嫌取りみたいに欲しいものを聞いてくる……はっ!これってまさか、浮……?!」


何かを言いかけて、そのまま静止したルークをシロとクロが不思議そうに見上げる。口を開けたまま固まったルークは、見る見るうちに何故か頬を赤らめていった。ようやく硬直を解き、ぎこちなく身を縮こまらせると、ぼそぼそと小声で何かを呟く。


「い、いや、今の想像はさすがにないな、うん。つーか誰が夫に浮気された妻だよ、俺は男だっつーの」


どうやら良くあるコッテコテの浮気現場みたいなものを具体的に想像して、そこに自分たちを当てはめて恥ずかしくなったらしい。パタパタと熱くなった顔を手で扇いで冷ました後、気を取り直すようにパチンと頬を叩き、前を見据えるルーク。


「よし!うだうだ悩んでいても仕方ないし、アッシュを尾行して何してやがるのかはっきりさせるか!」
「!それは……」


ルークの決意に、クロが心の中でひっそりと焦る。アッシュが何のために動いているのか知っている者としては、このまま見過ごす訳にはいかない。別にアッシュのためではなく、サンタクロースを信じるルークとシロのためなのである。何と声をかけて止めさせるか考えあぐねている間に、さっそく行動に移そうとする活発なルークを止めたのは、クロとは別の子供の声だった。


「ルーク!びこーなんてやっちゃ、ダメだぞっ!」
「え、シロ?」


舌足らずな声でルークに駆け寄り、ぎゅっとしがみつく。シロの必死の妨害にルークも足を止めるしかなかった。


「ルークはアッシュのことがすきなんだろ!ならっアッシュをしんじてあげなきゃ、ダメだぞ!」
「えっ?!」
「アッシュはびこーなんてしなくても、へんなことはしない!そうやってしんじてあげなきゃ、アッシュがかわいそうだろ!」
「し、シロっ……!」


必死に言い募るシロに、ルークはショックを受けたように少しだけ固まった後、ガバッとシロを抱きしめた。


「ごめんっシロの言う通りだ……俺はアッシュの事を疑ってばかりで、信じていなかったんだな……!誰よりもまず俺が信じてあげなきゃいけないのに……」
「ルークっ」
「ありがとうシロ、おかげで目が覚めた……アッシュが何か言ってくれるまで、俺待つよ!アッシュの事を信じて!」
「えへへ、それでこそルークだ!」
「シローっ!」


ルークとシロ、両方ともぎゅうぎゅうに抱き締めあって何だか感動の場面になっているのを、クロは横から見ていた。さっきシロもアッシュの事を怪しんでいたはずだが。いや、何はともあれルークが思い直してくれてよかった。しかしアッシュの奴あっさり怪しまれやがって。この光景は眼福だ。そんな事をとりとめなく考えながら。





そして運命の日は割とあっさりやってきた。日中は屋敷内で盛大にクリスマスパーティを行い、楽しい時があっという間に過ぎればもうじきサンタクロースの時間である。


「シロもクロも、ちゃんと欲しいもの書いた手紙は持ってるか?」
「はーい!」
「忘れるなよ、置き忘れた奴にはサンタは来ねえぞ」
「ふん……」


この日ばかりは、本をもっと読んでとぐずる子供もいない。シロとクロだけでなく、ルークもアッシュも早めに寝る準備をする。二人ともまだ未成年だから、サンタは平等にやってくる、はずなのである。


「ルーク、お前も忘れるなよ、絶対だ」
「わかってるって、アッシュは心配性だなあ、何回聞いてくるんだよ。まるで昔まだ屋敷にいた頃のクロみたいだぞ」
「………」
「………」


アッシュとクロ、二人で複雑そうに黙り込む。心配性な鮮血のサンタクロースは、どうあがいても同一人物の宿命から逃れられそうにない。
そうして訪れた深夜。寝静まる屋敷の陰に、人知れず立ち上がる赤毛のサンタクロースが二人……。


「っておい、クロ。お前は俺に全てを託したんだろうが。何で平然とここにいやがる!」


アッシュは思わず隣に立つ子供につっこんだ。誰も起こしてはいけないので小声ではある。クロはそんなアッシュを一瞥し、ふんと胸を張ってみせた。


「ガキから簡単に怪しまれる未熟者にまだ全てを任せるのは不安だ。これが初めてだし、今年は俺がついていってやる。有難く思え」
「くっ、自分がガキのくせに生意気な」
「ガキ言うな」


悔しそうなアッシュだったが、怪しまれていたのは事実なのでそれ以上何も言えずにクロを受け入れる。今はもめている場合ではない。こうして会話している間にも深夜の時間は刻一刻と過ぎ去っている。それに隠していたプレゼントを取りに行って外に待機している今、真冬の空気がとても寒い。例え体をあのサンタクロースの赤いもこもこ衣装で覆っているとはいえ、寒いものは寒いのだ。
そんな全身サンタアッシュの姿を、普通に厚着しているクロが無言で見つめる。


「何だ」
「いや……。その衣装、どこで用意した」
「とある伝手を辿ってな。サンタクロースというからにはこの衣装しか無いだろ。少し抵抗はあったがまあ、あいつらの夢を壊さないでいるためには仕方がねえ、腹をくくった。俺は今宵だけ、身も心もサンタクロースだ」


立派に胸を張る、サンタクロースの赤い服と赤い帽子を身に着け背中に白い大きな袋を担ぐアッシュ。過去、さすがにサンタの服は着れなかったクロがちょっぴり負けたような気分に陥って舌打ちしたのは、幸い聞こえていなかったようだ。


「さあ、さっさと行って仕事を終えるぞクロ。もたもたして途中で起きられたら困る」
「おい、ちゃんと気配を消せよ。足音も確実に殺せ。油断しているとすぐに気付かれる」
「ちっ分かっている、お前こそ子供なんだから気を付けてついてこいよ」
「だから、子供扱いするな」


細々と言い合っていた二人も、部屋の前までくればぴたりと黙る。前に立ったアッシュが音を立てる事無く扉を開き、わずかな隙間から中へと忍び込む。後ろから同じように音を立てずにクロが続いた。窓からのわずかな夜の光だけに照らされる暗い部屋の中、規則正しく並ぶ四つのベッドがすぐに目に飛び込んでくる。どうやらシロもルークもぐっすりと眠っているようだ。
視線を交わし声を出さずに頷き合い、アッシュとクロはベッドに気配を殺したまま歩み寄った。覗き込む枕元には、毎回恒例のサンタさんへの手紙が置かれている。まずは緊張した面持ちで、アッシュがルークの手紙を拾い上げた。内容を読んで、ぐっと顔をしかめる。


(しまった、フライパンの方だったか!)


最近なんか料理に凝り始めたルークのために、アッシュが用意しておいたのは前に本屋でこれいいなーと言っていたレシピ本だった。確かに焦げ付かないフライパンも欲しいと以前耳にしてはいたので、少し迷ったのだが。自分の検討が外れてしまった事にアッシュがショックを受けていれば、脇からすっと何かが差し出される。とっさに受け取ったそれに驚いた。可愛らしいリボンがつけられた、新品のフライパンだったのだ。ハッと横を見れば、クロがやれやれと溜息をついている。


(こういう時は候補を何通りか揃えて置く事だ。何が来ても出来る限り対処出来るようにな)
(くっ、ムカつくが、助かったぞクロ……)


声を出さずに口パクで会話して、とりあえずアッシュはフライパンと、おまけにレシピ本もそっとルークの枕元へ揃える。サンタも気が利くじゃーんと喜ぶ姿が今から目に浮かぶようだ。それにしても手紙の内容も見ずに正解のプレゼントを差し出してくるとは、さすが何年もルークのサンタクロースをやっていたクロである。
さてお次はシロだ。そろそろと移動して、今度はシロの手紙を取る。非常にダイナミックに描かれた文字を、アッシュは覗き込んできたクロと一緒に読んだ。


(……うぜーけどびみょうにかわいいじょうぶなもの、だと?一体何のことだ)
(多分だが、これだろ)


そこに書かれている内容に怪訝な顔をするクロだったが、すかさずアッシュが袋から取り出したそれは、チーグルのぬいぐるみだった。もちろん滅多な事ではほつれたりしないような丈夫な設計になっていて、ほぼ原寸大の青色のチーグル人形だ。プレゼント用にリボンがつけられているそれはきっと、女子供から見れば可愛いものだろう。


(以前シロの奴もよく「イライラした時なんかどうしてもブタザル振り回したくなるんだよなー」と零していたからな、そういうストレス発散なものを欲しかったんだろう)
(……ふん、まだガキのくせにストレス発散なんて生意気なんだよ)
(お前もそのガキだろ)
(ガキじゃねえ)
(どこからどう見ても今はガキそのものだ。という訳で、ほらよ)


ルークの欲しいものは分かってもシロの欲しいものが分からなくて明らかに不機嫌そうなクロ。そんなクロの目前にも、シロの枕元にチーグル人形を置いた後アッシュはもう一体ぬいぐるみを押し付けた。もごっと一瞬だけ面食らったクロが慌ててそれを掴み、じっくりと見てから盛大に顔をしかめる。


(何だこれは……)
(お前の分のクリスマスプレゼントに決まってるだろ。そっちのチーグル人形は黄色だ、喜べ)


元々は二代目鮮血のサンタクロースとしてきっちりクロにもプレゼントを配る予定だったので、もちろん用意してあったものだ。クロは今すぐどこかへ投げ捨てたそうな顔で手渡されたチーグル人形を見つめている。実行に移さないのは単純にシロやルークに気付かれないためか、それともプレゼントされた手前一応遠慮しているか。


(こんなにまったく嬉しくないクリスマスプレゼントは人生初だが……まあ1ミリほどの感謝ぐらいはしてやる)
(本当に可愛くねえなお前は……!)
(可愛くてたまるか。……はあ、仕方ねえ、俺からもだ)
(はっ?)


お返しとばかりに何かが投げつけられて、アッシュは慌ててそれを受け取った。包装紙に包まれて中身は見えないが、その大きさその重さで、アッシュはすぐにそれが何なのか分かってしまう。以前からしきりに欲しがっていた、剣の手入れセットではないか。今まで売ってあるのを幾度となく持ち上げて、これが欲しいのだとアピールしていたが、ルークに「まだ今のが使えるからもったいない」と一蹴されて買えないままだったものだ。お前は新妻に財布のひもを握られた亭主か、と心の中でクロがつっこんでいた事などアッシュには知る由もない。


(……いや、何でクロから俺にプレゼントがありやがるんだ。今年のサンタは俺だろうがっ)
(屑が、お前のプレゼントだけ無かったら怪しまれるだろう。どうせその辺の事は考えてなかったんだろうが)
(う、うぐっ……)


確かにその通りで、アッシュは何も反論出来ない。苦し紛れに子供が屑とか言うなとつぶやき、子供じゃねえといつも通りのやり取りをクロと交わす。その間にも受け取ったクリスマスプレゼントを手放すことが出来ないぐらいは、嬉しかった。二代目サンタクロースを襲名したその時からアッシュは今年のプレゼントは無いものだと覚悟していたのだ。思いがけない形でクリスマスの喜びを手に入れ、もう少しで気配を消すのを忘れてしまう所だった。慌てて気合を入れ直し、アッシュは背中の白い袋を担ぎ直した。


(さて、気を取り直して……これでサンタクロースの仕事も終わりだ。クロ、俺は着替えてから帰ってくるから、お前は先に寝てろ。明日の朝起きられなかったらやばいからな)
(ああ、最後にヘマするなよ)
(するかっ!……、)


去りかけたアッシュはしかし、振り返って小さな声で、この世に新しい生を受けた際に名づけられたクロの本当の名前で呼ぶ。黄色いチーグル人形をベッド脇に放り投げながら、クロが振り返る。


(何だ)
(こんなに神経を使う大事な役目を……今までありがとう。来年こそはお前も安心して眠ったままプレゼントを待ちわびれるように、完璧なサンタクロースになってみせる。それと、俺へのプレゼントも正直嬉しかった……感謝する)
(……ふん)


いつになく素直に頭を下げたアッシュに、いつまでも素直じゃないクロがそっぽを向いて答える。もちろん照れているのを隠しているだけなのは丸わかりなのでアッシュはにやりと笑って踵を返した。最近おかげさまでクロの扱い方も大体わかってきた。こっちが先に素直になってしまえば、案外わかりやすい反応が返ってくるのである。こうしてクロの奴も可愛い所があると思うようになるとは、数年前の自分じゃ考えもしなかっただろう。
部屋から出ると途端に冷えた空気が襲い掛かってくる。冷え冷えとした暗黒の空を見上げ、アッシュは清々しい気持ちで深呼吸した。一仕事終えた後の空気とはこんなにも美味いものか。きっとこの空気を自分は来年も吸う事になるのだろうと、決意を新たにする。
二代目鮮血のサンタクロースの初仕事は、こうして無事終了した。





そして翌朝、待ちに待ったクリスマスの日、ファブレ邸赤毛四人の部屋からは、予想以上の驚愕が飛び出す事になる。


「おはよー……っておおっ!やっぱり今年もサンタ来たな!皆起きろよークリスマスプレゼント届いてるぞー!すげーっ頼んでたフライパンちゃんと来てるし……あっ二番目に欲しかったレシピ本まで!サンタも気が利くじゃーん!……ああっ!」
「っルーク……朝から一人でうるせえぞ……プレゼントはあるに決まってるだろ、クリスマスなんだから……」
「おいアッシュ起きろって!シロもクロも早く!今年のサンタはすごいぞ!俺のプレゼントはこのフライパンとレシピセットに、後もう一つついてきた!」
「あーそうかよ、よかったな……って後もう一つ、だと?!」


最初に起きたルークのはしゃぐ声の中に覚えのない言葉を聞いてアッシュが飛び起き、自分の枕元を見る。そこには昨夜前期の赤毛サンタクロースから貰ったプレゼントと、もう一つ、覚えのない包みが置かれている。もちろん自分が置いたものではない。あっけにとられていると、目が覚めたシロの歓声が聞こえてくる。


「おーほんとだ、プレゼントだー!サンタさんちゃんときたんだなー!ブタザルぬいぐるみマジうぜーあははっ!クロもおそろいだ、おそろい!」
「……あ、ああ」


チーグル人形をぶんぶん振り回すシロを、クロもやや呆然と見つめている。視線が合って互いに問いかけるが、一人一人それぞれの枕元に置かれた見覚えのない包み四つは、やはりどちらかが置いたものではなさそうだ。では、これは一体誰が?


「おかしい、昨日寝る前は確かに無かったぞ……俺に気配を悟られないまま部屋に忍び込める奴なんて、めったにいる訳が……じゃあこれはまさか、ほ、本物が……?」
「アッシュ、何ブツブツ言ってんだよ。全部サンタが置いてくれたに決まってんだろ。クリスマスイブの夜に枕元へプレゼントを置きに来る人物なんて、サンタ以外いる訳ねーし」


包みを取ってじっと見つめるアッシュの肩をルークが叩く。起き抜けに呆然としていた頭が、その衝撃で若干動き始める。いくら考えても、頭は一つの答えしかはじき出さないが。


「……だよな、わざわざ追加でプレゼントを置くなんてお人よし、サンタクロースぐらいしか考えられねえ。何でだ……?やっぱりサンタクロースは存在する?そして今年は世界も救ってやった俺たちに褒美として持ってきてくれた、とかなのか?」


元々この歳までサンタクロースを信じていたアッシュが、もう一度あの赤い服の存在を信じ始める。まったくもって信じていないクロは首を傾げるばかりだ。何でこいつらは素直に喜ばないんだと、ルークも首を傾げる。
不思議な空気に包まれる中、無邪気な声が三人を現実に引き戻した。


「そーだよ!サンタクロースはやさしーからな、たっくさんプレゼントくれたんだ、きっと!なっアッシュ、よかったな!サンタクロース、きてくれたよ!」
「お、おお……?」


笑顔で飛びついてきたシロに、アッシュが頷く。そうか、そうなのかもしれない。やっぱりサンタクロースはどこかに、存在するのかもしれない。自分たちに幸せのプレゼントを持ってこようと思ってくれる大変なお人よしが、確かに存在するのかもしれない。この包みがその証拠だ。自分以外のサンタクロースが、確かに……。


「……サンタクロースは、複数いるんだな」
「は?何言ってんだアッシュ」
「い、いや、いるかもしれねえなと思ってだな」


怪訝な瞳を向けてくるルークに慌てるアッシュ。その横から、シロが微笑む。


「サンタクロースたくさんいるの、それいいな!きっと、きのうは二人きてくれたんだな!」
「あー、だからプレゼントがダブったのか。すげえ、大発見じゃん!」
「……そうだな、そうかもな」


納得の声を上げるルークに、頷くアッシュ。手元にある包みを見つめるその瞳は、どことなく輝いて見えた。それはまるで、純粋な子供のような煌めきだった。
未だ展開についていけておらず、ベッドの上に座り込んだままのクロに、チーグル人形を抱き締めたまま振り返ってきたシロがにっこり微笑む。その表情はいつもの底抜けに明るい笑顔より、ほんのちょっぴり優しく柔らかなもので。


「な、クロ。サンタクロースは、存在するんだよ」


その笑顔に少しだけ目を見開いたクロは。自分の分のチーグル人形と包みを握りしめたまま、昔からシロだけにこっそりとみせる笑顔で笑った。


「ああ……どうやら、そのようだ」





   鮮血のサンタと新たなサンタ

13/12/27