大体アッシュは最初から嫌な予感がしていたのだ。女性の中に混じってルークが目を輝かせながらなにやら熱心に話し込んでいるのを見た時から、だ。何で普通に女性陣に混じってるんだというつっこみはこの際どこかに置いておく事にして、その内容が果てしなく気になる。何をあんなにイキイキと語り合っているのだろう。気になり始めたアッシュは嫌な予感しか浮かばない。こういう時こそ予感というものは当たってしまうのだから、嫌になる。


「アッシュアッシュ!俺いいこと思いついたんだ!」


瞳を輝かせながら駆け寄ってきたルークの話を聞いたアッシュは、やっぱりと肩をがっくり落とすのだった。
予感が見事に的中したのである。





「シロ!今暇か?ちょっと来てくれよ!」
「へ?」


中庭で花壇の手入れをしていたシロの元に唐突にルークが訪れた。暇かと尋ねておきながらすでに腕を引っ張り始めている。こういう所に以前の自分の親善大使の面影がちらちらするのでああやっぱりあれも自分の素の姿だったんだろうなあとシロは遠い目で思った。自覚しただけマシだろうか。そうこうしている間にもシロは強制的に立ち上がらされていた。


「ちょ、ちょっと待てよ、一体いきなりどうしたんだ?」
「いいから!」


ルークは笑顔で手を離そうとはしない。シロがひとまず手が汚れているのでせめて洗わせてくれと訴えてようやく離された。シロが水で手についた土を洗い流している間もルークはそわそわと落ち着かない様子だった。一体本当にどうしたのだろう。


「これから何かあるのか?」
「そう、あるんだ!だから急げよ!」
「だから何なんだよー」


結局シロは何も聞き出す事も出来ずに引き摺られるようにルークにどこかへと連れて行かれたのだった。





「おい、ちょっと一緒に来い」
「ああ?」


剣の手入れをしている所にいきなりそうやって声をかけられ、クロは思わず柄悪く返事を返してしまった。内容が理不尽なものだった事も、相手がアッシュだった事もあるかもしれない。クロにギロリと睨まれて一瞬怯んだアッシュだったが、負けてたまるかとぐっと踏ん張る。アッシュが内心「呼びにいく役は逆だった方がよかった」と思っていることなんて知る由も無いクロはアッシュを怪訝そうに見た。


「何だ」
「だからつべこべ言わずに来いって言ってんだよ」
「お前に従う義理は無い」


そっけなく返して再び剣の手入れを始めるクロにアッシュはふつふつと怒りが込み上げてくるのを自覚したが、それを抑えてにやりと笑ってみせた。


「残念ながらお前に拒否権は無い」
「何だと?」
「これはルークの命令だ」


アッシュの言葉にクロは押し黙ってしまった。この隠れ親馬鹿はルークの事となると途端に甘いのだ(シロ相手だとツンデレも手伝ってそんなに無いのに)。クロは悔しそうにアッシュを睨んでくるがもう怖くない。観念しろとでもいうように笑ってみせるだけだ。


「さあ来い」
「ちっ……」


舌打ちしたクロは剣を置いた。アッシュが勝利した瞬間であった。





約一時間後、クロは青筋を浮かべさせながら超不機嫌に立っていた。それを遠巻きに見ながらアッシュはしかしクロの気持ちがよく分かった。いきなり何も知らされずにとある部屋に放り込まれそこにいた何人ものメイドたちに群がられ理由も分からぬ正装をさせられ尚も訳の分からぬまま立ち尽くしていたのだから。
アッシュはいくらその不機嫌の的にされようともルークの命令で理由は話せないので、とばっちりを受けないよう少しはなれたところに待機しているという訳だ。


「おい」
「な、何だ」
「俺はいつまで放置されていなければならないんだ?」
「……まだしばらくはかかる」


その言葉にひっかかるものがあったのでクロは眉を寄せた。「しばらくはかかる」とアッシュは言った。つまり今何かが準備されているという事だ。一体何が?
それを尋ねようとしたクロの耳にその時、悲痛な叫び声がかすかに届いてきた。


「いやだあああーっ!もうやめろーっ!」


その声がすごく聞き覚えがあったので、クロは振り返った。アッシュはさりげなくかつ不自然に目を逸らす。


「おい、今のは」
「……見れば分かる」


声の聞こえた方向にアッシュが合掌し始めたのでいよいよクロは不安になってきた。シロの身に一体何が起こっているのだろうか。ここにアッシュがいるという事はシロの元にルークもいるはずだが、何をやっているのか。
落ち着かなくなったクロがしばらくした後動き出そうとした時、元気良くばたんと扉を開けて部屋の中に入ってきたのはルークだった。とても満足したようないい笑顔だった。


「お待たせ!あっクロかっこいー!さすがだな!」
「ルーク……これは一体何なんだ」
「いいからちょっと来てくれよ、見れば分かるから!」


戸惑うクロにもお構い無しにルークは腕を引っ張る。どうにかしてくれと思いながらクロがアッシュに振り返ると、アッシュは何故だか撃沈していた。床に倒れてぴくぴくしている。見ていないうちに敵の襲撃か何かがあったのだろうか。


「ルーク、ライフボトルは持っているか」
「別に見えない魔物に倒されたわけじゃねえよ!てめっルーク何て格好してやがるんだ!」


アッシュがガバリと復活してルークを指差した。心なしか顔が真っ赤だ。言われて改めてルークを見たクロは驚いた。白い服を着ているのはいつもの事だが、それがワンピースに近いドレスともなると話は別だ。ルークだけがけろりとした表情をしている。


「え、アッシュ、これ変か?」
「いやもう似合いすぎてて怖いぐらいだ……って何言わせやがる!てめえも何でこれに気がつかねえんだよ!」
「似合いすぎて気付かなかったな。ルーク、本格的にどうしたんだ」
「だーかーらー、見れば分かるって。ほら早く早く!」


ルークはスカートをひらひらさせながらクロの周りを動き回った。アッシュが慌てて止めに入ったのは言うまでも無い。そこでクロはようやくアッシュもそれなりに正装していることに気がついた。興味が無いにもほどがある。
とりあえず急かされたクロはルークに促されて部屋を出た。一体これからどこに連れて行かれるというのだろう。


「アッシュ、服はいいからせめてリボンとかつけとけよ。普通女の子がやるもんだって言ってたし」
「ちょっばっやめろーっ!」
「………」


本当に、これから何が始まるのか。





多大なる不安を抱えたままクロがたどり着いたのは、中庭だった。しかしいつも巡回しているはずの白光騎士団の姿も忙しく働いているはずのメイドの姿も何一つ見当たらない。嫌な予感がする。


「……おい」
「何も言わずに入れって」


ルークが笑顔で背中を押した。その隣にいた短い髪に無理矢理可愛いリボンをつけられ遠い目をしているアッシュをあえて無視し、クロは覚悟を決めて中庭へと足を踏み入れた。綺麗に花が咲き乱れる美しい花壇が目に眩しい。
そこに、もうひとつ眩しい人影がいる事にクロは気がついた。眩しいぐらいの輝く白がそこにあった。ふうわりと柔らかい、清らかな純白のドレスだった。その美しい白に、レースの間から覗く明るい緋色の髪が映える。こんなに美しい色彩を見たのは生まれて初めてだった。クロは思わず呼吸をする事も忘れて目の前の光景に見入った。
やがて、俯いていた横顔がこちらを向いた。真っ直ぐの翡翠色の瞳に射抜かれ息を呑んだクロはようやくここがどこだか思い出した。そして、目の前に立つ人物も。


「お前……」
「……クロ」


こちらに気がついたどこをどう見てもウエディングドレス姿のシロはみるみるうちに顔を赤らめて(その光景も綺麗だと思ったのはクロだけの秘密だ)ぎゃあっと叫びながら思わずしゃがみ込んでしまった。本当は逃げ出したかったに違いないが、あの姿では走れないのだろう。顔には出さぬまま激しく動揺しているクロは動き出せない。


「嫌だ見るな見るな恥ずかしいー!うううなんで俺がこんな格好しなきゃいけないんだよーっ!」
「大丈夫だってシロ、すっげー綺麗だし似合ってるって!なっアッシュ!」
「おっおおおお俺に同意を求めんな!……に、似合ってるけど」
「全っ然嬉しくねえよ!」


尚も叫び続けるシロから目を離すこともできずにクロはルークの肩を叩いた。クロが何を言いたいのか正確に理解したルークはにっこりと笑う。


「この前ティアとアニスとナタリアに聞いたんだ、大人の好きな者同士ってケッコンするんだろ?だから、クロとシロのケッコンシキ!」


まだやった事ないって聞いたからーと笑うルークに、そりゃやった事ないに決まってるだろとつっこめる人物はここにはいなかった。おそらく女性陣もあえてつっこまずに面白半分で教えたのだろう。ルークの勢いをとめられなかったアッシュは2人に思わず無言で頭を下げた。シロは「大人の好きな者同士」と「ケッコン」という言葉にさらに顔を赤くしている。クロはまだ固まっている。ショックが強すぎたようだ。
ルークはどこからともなく聖書的な本を取り出して、未だ動かないクロとシロに話しかけた。


「ほら!次は愛を誓い合うんだろ?早く立てよ」
「あいぃぃー?!」


シロがすっとんきょうな声を上げる。そこにようやく我に返ったクロが、ため息をつきつつシロへ手を差し出した。


「クロ……?」
「観念しろ。こうなったら止まらないのはお前も同じだろう」


シロはしゃがんだままクロとアッシュとルークの顔を順に見回して、諦めたようにクロの手をとった。ここにいるのが4人だけでよかったとせめて思うことにする。おそらく人払いをしたのはアッシュだろうから、感謝を込めた視線を送っておいた。1人張り切るルークが2人の目の前に立つ。


「えーっと……それでは誓いの言葉をどうぞ!」
「セルフなのか?!」


アッシュがつっこむが、ルークはにこにこしたまま誓いの言葉を待っている。まあ結婚式の基本的な知識がないのだから仕方が無い。一体どうなるんだとそわそわしていたシロは、クロに両肩を掴まれその顔を見上げた。そこに思いがけず真剣な瞳があったので、シロは息を呑む。


「今まで、言葉らしい言葉をかけてやる事は出来てなかったからな……」
「え……?」
「……昔は、この手で殺してやろうと思っていたぐらい憎んでいた。憎むべき相手が違う事を頭の中で分かっていながら、お前を憎む事でしか俺は生きていけなかった。……思えば俺は、お前に生かされていたのかもしれない。お前に守られていたのかもしれない」
「クロ……」
「だから今度こそ、俺がお前を守ってみせる。お前がここに存在してくれている事が、こんなにも嬉しく感じる事が出来るようになったから。……奪う事しか知らなかったこの手で、今の俺の全てを与えてくれたお前を守りたい。だから俺と共にこれからも、歩んでくれないか……ルーク」


クロが想いをこめて額に口付ければ、シロの瞳から雫がほろりとこぼれた。悲しみの涙とは程遠い、幸せでどうにかなってしまいそうなほどの嬉し涙だった。シロは思わず目の前の体にしがみつく。


「俺だって……俺だって守られてた!お前にも、他の皆にも甘えて守られてたんだ……だから俺も守りたい!守られるだけなんて嫌だ!俺だってアッシュを守りたい!アッシュと一緒に生きたい……!」
「ルーク……」
「……本当に、俺でいいのか……?」
「お前以外に誰が俺の横を歩けるというんだ」
「アッシュ……!」


純白のドレスに皺がよろうが構わずシロは力いっぱい抱きついた。それを抱きとめたクロも負けじと抱きしめ返す。目と目が合った2人は、次に何をすればいいのか、言葉にしなくとも理解していた。
誓いの言葉の後は、誓いのキスだ。




「ほら見ろこうなる事は分かってたんだというかあいつらも周りのこと少しは考えやがれ屑がっ」
「アッシュー?目隠ししてちゃ俺見えねえよー」
「お前にはまだ早い!」


2人だけの結婚式の真っ只中、お子様?2人は邪魔にならぬように隅っこの方で息を潜めていたのだった。





   もうひとつの結婚式






「はいアッシュ」
「?何だこれは」
「何って、ブーケ。次はお前らだからな、頑張れよ!」
「!!!??」


にやりと笑うシロとクロに手渡された花束にアッシュは顔面をその髪の色より真っ赤に染め上げた。
さて、次のファブレ邸での結婚式は、いつになるのだろうか。





07/02/25





 

キリ番「250000」理堂さんから、「クロシロ結婚式」リクエストでした。
…こんな未来もあったかもしれないということで。もしくはパラレルで。