「そういえば今日はハロウィンだなー」


今年はどんなお菓子が食べられるのかなーとルークが笑顔で言うと、目の前で話を聞いていたシロは目をパチクリとさせた。


「はろうぃんってなんだ?」
「……はあ?!あんたしらねーの?」


ルークがびっくりするとシロは悪かったなとふてくされてしまった。おい未来の俺。内心でルークはため息をつく。そして、自分はクロに教えてもらったこと、シロには教えてくれる人がいなかった事(ガイは色々あって教える余裕が無かったのだろう)を思い出して、少しばつが悪くなった。知らなかったことは仕方が無い、これから知っていけばいいのだ。誰かが言っていた(十中八九クロだろう)言葉を思ってルークはよしと意気込んだ。


「あのな、ハロウィンっていうのは、仮装してトリックオアトリート!って叫びながらお菓子を貰いに練り歩く行事なんだぞ」


本当はそれだけじゃないがルークの覚えているハロウィンとはそういうものである。


「とり……?それどういう意味の言葉なんだ?」
「お菓子をくれなきゃいたずらするぞ!って意味らしいぞ」
「え?!タダでお菓子が貰える上に貰えなかったらいたずらしてもいいなんてすごい便利な言葉だな!」


シロが変な解釈をしてしまったがつっこめる人物はこの場にいなかった。唯一つっこめる立場のルークも「だろ?」と満足そうに頷くだけだ。同一人物なのだから解釈の仕方が同じなのは仕方が無い。


「ところで、そのはろうぃんはいつになるんだ?」
「言っただろ、今日って」
「今日?!仮装しなきゃいけないんだろ?何も準備してねーのにどうしようー!」


慌てだすシロを眺めながら、別に仮装してなくても貰えるものは貰えるのになあと心の中でルークは思っていた。それを実際に口に出そうとすると、タイミングがいいのか悪いのかそこに第三者の声が割り込んでくる。やけに嬉々とした様子で。


「ふふふ……それなら私に任せてちょうだい」
「ティア?!」


物陰から颯爽と現れたのはティアだった。その手には何着かの服が握られている。二人の前に歩いてきたティアは、熱の篭った瞳を向けてきた。


「私ちょうど偶然2人分の衣装を用意していた所だったの。これを着ればいいわ」
「まるでこの時のために用意してたような準備のよさだなすごいやティア!」
「偶然だよな、本当に偶然だったって信じていいんだよな?」
「もちろんよ」


何だかんだ言いながらルークもシロもティアからその衣装を受け取った。ティアは一瞬よっしゃとガッツポーズしたように見えたが、すぐにそんなものは幻だったと思わせるような素早さで向き直ってくる。


「あ、1つだけ、お願いがあるんだけど……」
「お願い?」
「そう……写真、とらせてくれるだけでいいの」


写真?2人が首をかしげると、いつの間にかその手にデジカメを持ったティアは(どこで手に入れたんだ)目を輝かせながら頷いた。その光はキラキラ、というよりギラギラとしたものだった。


「大丈夫、ほんの少しの間だけよ。それだけで私のコレクションが増え……いえ何でもないわ」
「い、いつものティアじゃないー」
「なあティアお前2週目?2週目ティア?」
「何の事かしら2週目なんてさっぱり。さあ早くそれを着て並んでちょうだい」


どこか恐ろしい勢いのティアに逆らえるはずも無く、ルークとシロは顔を見合わせてがっくりと肩を落とした。お菓子を貰いに行くのは、少し先になりそうだった。





「アッシュー!」


いきなり背後から声を掛けられて、アッシュは何の心構えも無しに振り返った。声の主がルークだと分かっていたし、今日が何の日かまったく気にもしていなかったのだ。数秒後、この事をアッシュは心の底から後悔する事になる。


「何だルぐぼぁ!」
「な、何だよいきなり吹き出したりして」


アッシュの目の前に駆けてきたルークはアッシュが顔を合わせた途端に吹き出して見せたのでかなり驚いた。そのまま固まってしまったアッシュの目の前でひらひらと手を振ってみせる。はっと意識を取り戻したアッシュは、目を泳がせながらルークへと詰め寄った。


「おっお前はああー!一体何だその格好は!」
「何って」


ビシリと指を差されて、ルークは一度自分の体を見下ろして一回転してみせた。その後何がおかしいんだ?というかのように首を傾げてみせる。


「仮装だけど」
「んなこたぁ一目見て分かってんだよ!俺が聞いてるのは、何でその……チビの衣装をお前が着てるんだって事だ!」
「『ハロウィンにはこれしかないわ!』ってティアが」
「あの女か!」


ルークが身にまとっていたのは、本来ならチビことアニスが着ているはずのリトルデビっ子だった(アッシュは正式名称を知らない)。ドクロのゴムでその長くて赤い髪は嬉々としてツインテールにされているし、いつも惜しげもなく出しているのに何故かワンポイント出されたへそに目が行く。何でこいつ、こんな格好で少しの恥じらいもないんだ!アッシュは心の中で絶叫した。


「あっそうだアッシュアッシュ、別に格好はどうでもいいんだ」
「どうでもよくぬぇーっ!」
「トリックオアトリート!」


アッシュの叫びを無視してルークは笑顔で言った。アッシュは思わず面食らう。そういえば、ハロウィンとか何とか言ってたな。今日はハロウィンだったのか。


「アッシュ、トリックオアトリート!お菓子くれよ!」
「は?!今まで忘れてたんだから、持ってる訳ねえだろ」
「……ふーん持ってないんだ」


きらーん。ルークの目が光ったように見えた。アッシュはしまったと思う。ルークはおそらく、アッシュがハロウィンをすっかり忘れていてお菓子を準備していない事を予測していたのだ。つまり……こいついたずらする気満々だ!


「それならいたずらするぞー!食らえアッシュ!」


ルークは唐突に何かを振りかぶって、投げつけてきた。アッシュは身構える隙もなく、そのままその何かを顔面で受け止めてしまった。

べしょっ。


「っぎゃああああ!!ななな何だこの柔らかいぬめったものはー!」
「やったータコいたずら作戦大成功ー!」
「タコかこの野郎!いだだだ」


吸盤にてこずりながらアッシュは何とかタコを顔から引き離した。そこには満面の笑みでニヤニヤしているルークが立っている。
そういえば、可愛さ余って憎さ百倍って言葉がどこかにあったな……。


「お望みの菓子だ受け取れーっ!」
「た、タコはお菓子に入らないだろーぐはっ!」


アッシュはそのままタコをルークへとたたきつけた。タコの直撃に倒れこんだルークは、すぐに別のタコを投げてくる(まだ持ってたのか!)。その場ではしばらく、無数のタコが空中を舞っていたという。
この時からアッシュは、常時からこっそりポッケに飴を忍ばせているとかいないとか。




一方その頃、1人静かに剣の手入れをしていたクロは、非常に見知った気配が己に近づいてくるのに気付いた。ほどなくして、そっと足を忍ばせて背後に寄ってくる影が1つ。クロが何も言わないでいると、影はバッとクロの目の前に躍り出た。


「トリックオアトリートー!」
「ん」


頭からすっぽり布を被ったおばけにクロは間髪いれずに手を差し出した。思わずお行儀よく差し出されてきた手のひらに、ころりと飴を転がしてやる。しばらく自分の手のひらをじっと見つめていたおばけは、どこか恨めしそうな声を出してきた。


「何だ、クロははろうぃんを知ってたのか」
「お前は知らなかったのか」
「悪かったな物知らずで。あーあ残念、でも飴貰えたからいっか」


おばけは飴玉一個で満足した声を上げる。それを眺めたクロは色々聞きたいこともあったが、ひとまず1番目に付くところにつっこんでみた。


「何で布を被っているんだ」
「え……?いや、おばけだよおばけ。はろうぃんって仮装するんだろ?」
「その下はどうなってんだ」


クロの言葉にぎくりとおばけの動きが止まった。汗を流しながら、引きつった声を出してくる。


「な、何のことだよ……」
「前日にヴァンの妹から聞かされていた。ハロウィンに可愛いおばけが来るだろうとな」
「かっかわっかわいいって……うわーんティアの馬鹿ー!」


おばけはしくしく泣き出してしまった。よほど恥ずかしい格好でもさせられたのだろうか。クロはおばけが逃げ出さないようにゆっくりと近づくと、大きな布に優しく手をかけた。優しい手つきなくせに、言葉は容赦ない一言。


「見せろ」
「うっ……」
「……剥ぐぞ」
「わーっ待て待てやめろー!」


わたわた暴れるおばけを押さえ込んでクロは遠慮なく布をむしりとった。途端に1番最初に目に入ったのは、黒い尖った、耳。


「……なるほど……」


クロは同じ男として布の下から現れたモンコレシロに同情した。シロは真っ赤な顔をしてどこか涙目で睨みつけてくる。昔と違って身長差があるので上目遣いだ。無自覚ってこの世で1番恐ろしいなとクロはどこか遠いところで思った。


「嫌だって言ってんのにティアがこれしか許してくれなかったんだよ悪いか!」
「誰も悪いなんて言ってねえだろう」
「ううーっお前ルークをどんな風に育てやがったんだよ、リトルデビっ子躊躇無く着こなして行っちまったんだぞ!それを見た時の俺の複雑な気持ちが分かるか?!しかも自分はモンコレ!」
「あれは元からだ俺じゃない」


素直なルークは勧められたものはすんなり受け入れてしまう。一回捻じ曲がってしまったシロには無理なようだった。めそめそしていたシロが若干落ち着いてきた頃を見計らって、クロは一言言った。


「トリックオアトリート」
「え?」
「今日はハロウィンだろうが。だから俺も言う権利がある」


トリックオアトリート。もう一度クロが言うと、ぽかんとしていたシロは慌てて自分の体のあちこちを探り始めた。やがて1個、さっきクロが上げた飴玉を差し出してくる。


「それは俺がやったやつだろう。駄目だ」
「え、ええー?!だって俺他にお菓子持ってねえよー!」
「ふん。それじゃあどうなるか、分かってるよな?」


クロが心底楽しそうににやりと笑うと、シロは泣きそうな表情で顔をしかめて見せた。トリックオアトリート。お菓子かいたずらか。お菓子が無ければ、後は……いたずらしかないのだ。


「お、俺タコ作戦は嫌だーっ!」
「……何の事言ってるのか知らねえが、俺のいたずらはそんなもんじゃねえよ」
「へ?じゃあどんないたずら……ぎゃあ!」


シロは急に浮遊感を味わった。気がつけば自分の体は宙で揺れていて、クロの顔がさっきより近くにある。ああ俺抱え上げられたんだーと脳みそのどこかで呑気に思った。……いや、そんな事思ってる場合じゃない。


「な、な、な、何だよ!どこいくんだよ!」
「いたずらしにいくんだよ」
「何?!それどこでするの?!俺何されるの?!」
「いたずらといえば……決まってるだろ」
「き、決まってぬぇーよー!離せ降ろせ卑怯者ー!」


いくら暴れようが喚こうがもう遅い。猫耳おばけはもっと怖い人食いおばけに捕まって、人に言えないようないたずらをたくさんされてぺろりと食べられてしまいましたとさ。


「アッシュー、クロにもいたずらしようと思ったのにいないんだけどどこ行ったかしらねえ?」
「……とりあえずルーク、探すんじゃねえ(何となく検討はついてる)」





   人食いおばけとタコのいたずら

06/10/30