カラ松の最高に散々な一日
その日のカラ松は控えめに言って、散々だった。
まず起き抜けに夢見の悪かったらしい超絶不機嫌な一松に睨まれ、蹴られ、罵られた。わりとよくある事だと思われがちだが、いくら一松だってこれらの事を一度にぶつけてくる事は稀である。だから殺さんばかりに鋭い目つきで睨まれながら脛を思いっきり蹴られ、倒れた所に死ねだの何だの厳しい言葉を叩きつけられたのは正直へこんだ。布団の上で蹲ってちょっと泣いた。
何とか立ち直った午前中は家にいたのだが、その際トド松に激しく怒られた。どうやら自分のプリンをカラ松に食べられたと思い込んでいるようで、いくら違う誤解だと伝えても信じてもらえなかった。カラ松兄さんの馬鹿!もう帰ってくんな!ボケ!と怒り心頭でぽかぽか叩かれ、たまらず家を飛び出す羽目になった。怒りが収まるまで誤解は解けないだろう。辛い。とぼとぼ歩きながらちょっと泣いた。
町の中をあてもなくぶらぶら歩いていたらチョロ松に捕まった。どうやらアイドルの限定グッズが一人一個しか買えないらしく、カラ松も買ってと強引に並ばされた。ひとまず自腹で払った何とかってアイドルのグッズはすぐに奪われ、オタク仲間と話し込み始めたチョロ松にお金を請求しようと待ってみたが、話は一向に終わらなかった。こうなったら後で請求する事にして諦めて立ち去るしかない。いくら声をかけても最後まで無視されてちょっと泣いた。
懐が寂しくなったまま歩いていれば、十四松を見かけた。どうやらガラの悪い連中に絡まれてしまっているらしい。すぐに助けに入り、背中に十四松を庇ったまま、一生に一度言ってみたかった台詞「俺の事は構わず逃げるんだ!」を叫んでみた。「兄さんを置いて行けない!」とか返ってくる事を期待していたら、想像以上に素直だった弟は「うん分かった!!」と元気に返事してすぐにいなくなってしまう。それから十四松が戻ってくる事は無かった。追いかけてくるガラの悪い連中から必死に逃げながらちょっと泣いた。
追いかけっこをしていたらいつの間にか夕飯時になっていた。コワイ人たちから逃げ切った所がちょうどチビ太のおでん屋の近くだったので、そこで一人夕飯を食べようと立ち寄る。チビ太と色々話をしていたら今日お金を持っていない事がバレて、ろくに飲み食い出来ないまま叩き出されてしまった。星の瞬く寒々しい空を見上げながら、腹ペコなお腹を抱えてちょっと泣いた。
家に帰ろうと歩いていたらまたしてもガラの悪い連中と鉢合わせてしまった。しかも人数が増えている上に「こいつ前にパチ屋の横でボコボコにされた奴じゃん!復讐だ!」と身に覚えのない事で襲い掛かられた。十中八九あのどうしようもない長男のとばっちりである。このまま逃げたら他の兄弟が襲われるかも、と考えたら逃げる事が出来ず、結局乱闘になった。多分勝ったと思う。覚えてろ〜と三流雑魚が吐くような捨て台詞を、腹が減りすぎて力尽きて倒れる寸前に聞いたので。
次に目を覚ました場所は、薄暗い路地裏だった。空は変わらず冬の星空。よく凍死しなかったな、と思えば、自分の身体に沢山の猫たちがくっついて眠っていた。思った以上にあったかくて感動した。今何時だろうとスマホを取り出してみればメールが数件。全部兄弟。こんな時間までどこいんの、と呆れた内容。時計を見れば日を跨いでいた。むしろ朝方に近かった。夕飯はすき焼きだったらしい。泣いた。
ふらふらになりながら帰路につく。考えれば考えるほどひどい一日だった。一体俺が何をしたって言うんだゴッド。天を仰いで溜息を吐き、そしてすぐに考える。脳裏に浮かぶのは兄弟の事だ。
一松はいつもより大分厳しかったけど、悪い夢を見ていたのなら機嫌が悪いのも仕方がない。どついた事で少しでも気分が晴れてくれればそれでいい。
トド松は楽しみにしていたプリンを食べられた怒りで我を忘れていたのだから仕方がない。何もかもを疑いたい気分だったんだ、きっと。今度プリンを買ってやろう。
チョロ松は大好きなアイドルの事で夢中になっていたのだから仕方がない。たまたま通りかかって協力してやれてよかった。お金は本当に返してほしいけど。
十四松は自分の言い方が悪かったのだ、仕方がない。むしろ十四松本人は言われた事を忠実に守っただけなのだからむしろ帰ったら褒めてあげなくては。
おそ松は、もしかしたらおそ松のせいじゃないかもしれないし仕方がない。多分絶対あいつのとばっちりだけど。名前ははっきり聞かなかったし。確証ないし。一応。
うん、仕方ない、仕方ない。何て事はない、カラ松がただ単についていなかった一日だったというだけだ。
仕方がない。
そうやって己の頭の中で言い聞かせていたら、足がつんのめる。こけそうになって、慌てて踏みとどまって、足元を見れば靴ひもが解けていた。こんな所にまで不運が。いいや、完全に転ばなかっただけついていたのかもしれない。今日一番の幸運だな、とか無理矢理笑って考えながら、しゃがんで靴ひもを結び直した。ぱぱっと一人で結んだ蝶々結びは、ちょっとななめになった。ああ、もうこれでいいや。
スンと鼻をすすって立ち上がり、家路をとぼとぼ歩いた。やがてようやく辿り着いた我が家の玄関に手を掛けたカラ松の、日付が変わってはいたがその日最後の不幸がやってくる。
カラ松が開ける前にがらりと開かれる扉。驚きに固まる目の前には、楽しそうに笑う同じ顔がつきつけられる。名前を呼ぼうとあけられた口に、問答無用でつっこまれる馬鹿でかい何か。
「やーっと帰ってきたなカラ松ぅ!ちょっくらお兄ちゃんに付き合え!」
返事も何も聞かずに、哀れな弟の手を引いて強引に駆け出したおそ松。傍若無人な兄に振り回される、それがカラ松の散々な一日の終わりで、そして始まりだった。
カラ松の最高に散々な一日
「ま、待ってくれ、兄さん!一体どこに行くんだ!」
無理矢理口の中に突っ込まれた何かを何とか取り出して、カラ松は自分の腕を掴んで離さぬままずんずんと前を駆け足で進むおそ松に声をかけた。普段はバッグどころか財布さえ碌に持ち歩かない兄のその背中には、何故だかリュックサックが背負われている。とても珍しい事だ。それ故に何だか嫌な予感もする。そんな荷物を持って、どこへ向かっているというのだろう。
忙しなく息を継ぐ口から洩れる白い息で、振り返ってきた笑顔が少々けぶって見えた。
「いいからいいから、気にせずついてこいって!」
「そんな、こんな夜中に、どこへ!」
「もうすぐ朝じゃん?ああほら、早くしないと間に合わないだろ!」
どうやらおそ松は急いでいるらしい。先ほどから駆ける足がスピードを落とす事は一時も無かった。静まり返った住宅街に、二人分の足音がバタバタと響き渡る。ほとんどの家の明かりが消えた闇夜を眺めていれば、大きな道路に出た。おそ松の足は町の外れへ向かっているらしい。角を曲がるたびに引っ張られた腕に振り回されながら、カラ松は何とか転ぶ事無くついていく。握りしめられた手の平は汗ばんで、燃えるように熱かった。
どうやらいくら尋ねてもおそ松が質問に答える事はなさそうだ、とようやく理解したカラ松は、次に疑問だったものを解き明かすことにした。まだまだ夜の気配を色濃く漂わせる街並みに、ぽつぽつと必要最低限の街灯が浮かび上がっている。その下を潜り抜ける際に、カラ松は手元を見下ろした。先ほど兄の手ずから口の中に押し込められた何かの正体だった。
「……、おにぎり?」
間違いなかった、おにぎりだ。カラ松の口にギリギリ入るぐらいの大きな丸い丸い爆弾おにぎりがそこにあった。道理で一番最初、口に突っ込まれた時とっさに吐き出さなかったのだ。カラ松は昼からほとんど何も食べていなくて、腹ペコのせいで気を失うほどだったのだから。口の中に入ったものが本能的に食べ物であると理解したのだろう。カラ松の疑問の声を耳にしたおそ松が、振り返りもせずに明るい声を上げた。
「それ、お前にやるよ。どーせ腹ペコで死にそうになってたんだろ?俺も帰りがけにチビ太に会ったんだけどさあ、お前を追い出しちまったってちょっと後悔してやんの。金持ってなかったのはカラ松の方だったのになあ、あいつもお人よしだよホント」
「そうだったのか……」
まあ確かに、ぎゅうすじを食べる寸前で追い出されたので余計に腹が減っていた訳だが。今度チビ太にはお礼言っとこうと考えながら、おにぎりにかぶりつく。でかい。おまけに中がぎゅうぎゅうに詰まっている。強い握力で、これでもかと力を込めて握られたものだ。ついでにいうと塩が圧倒的に足りなくて、もはや米の味しかしなかった。それでも今のカラ松にとってはごちそうだった。
引っ張られながら夢中でおにぎりを食べていれば、手の中の質量はあっという間に消えて無くなった。走りながら腹に詰め込むという作業はなかなかに大変だ。手についた米粒をひとつ残らず食べ終わった時点で、ひたすら駆けていた足が止まった。
「ちょっくら休憩するかあ、カラ松、喉乾いてる?」
「ああ、正直」
ようやく止まった足に、出来ればもうちょっと早く休憩をはさんでほしかったと思っていたカラ松の目の前で、おそ松が背負っていたリュックに手を伸ばした。何やら詰まっているらしい中身をごそごそ探って、目的のものを外に出す。水筒だった。話の流れから飲み物が出てくるのではないかと期待していたが、市販のペットボトルあたりだろうと思っていたカラ松は思わず目を丸くした。
「ほらこれ、あったかいけど飲めよ」
「あ、ああ、ありがとう……」
走り続けていた喉には冷たいものでも良かったが、さっきまで地べたで眠っていたため体は冷えていた。そこに温かい飲み物はありがたい。蓋に注がれた液体はほわりと湯気を立てる乳白色だった。息を吹きかけて飲んでみると、予想以上に味が薄い。でも確かにホットミルクだった。蓋の中身を一気に飲み干して、唇を舐めながらカラ松は素直な感想を述べた。
「おにぎりには合わない」
「だよなー!でもま、給食とか思い出さねえ?ご飯でもパンでも変わらず牛乳だったよなー、それしかないから我慢しろよ」
ケラケラと笑ったおそ松が、自分の分を注いで飲む。うわ薄っ!とすかさず文句を言っている所を見ると、やっぱりこれはズボラな兄が作ったものではないらしい。
「俺は好きだけどな、この薄味も。まるで包み込まれるような優しいこの素朴な味が、俺をエデンへと誘っ」
「マジで?お前猫だったの?」
「……は?猫?」
「元は猫に飲ませる用に作ったらしいぜ。俺は人間様だからもっと濃い方がいいや」
笑いながら何でもない事のようにのたまうおそ松の言葉に、カラ松はひくりと頬を引きつらせた。猫用。猫といえば、兄弟の中から思い浮かぶ人物は一人しかいない。自分が猫用に作られたミルクを飲まされた事そのものよりも、このミルクがどんな経緯でここにあるのかが非常に気になった。主に自分の生命的な心配のために。
「な、なあ兄貴、このミルク、まさかとは思うが、内緒でこっそり持ってきたなんてことは、」
「さーて休憩おわりー!カラ松、行くぞー!」
「聞け!頼む!話を、聞いて!一松に殺されるのは確実に俺なんだから!」
必死に言い募るカラ松の声は聞き届けられなかった。今度は手を繋がずに身軽に駆け出すおそ松の背中を、ここまで来たらついていくしかないと慌てて追いかける。何度声を掛けてもおそ松は楽しそうに笑うだけで、そのうちカラ松も問い詰める事は諦めた。勝手にミルクを持ち出された一松の怒りは怖いが、飲んでしまったものは仕方ない。必死に「こいつが悪いんです」とおそ松を差し出すしかないだろう。実際そうだし。俺は悪くない。一松がそれを聞いてくれるかは定かでは無い。
恐怖と戦いながら走っていたカラ松だったが、じきにそれほど気にならなくなってきた。少しでも油断すれば置いていかれそうな背中を見張っていなければならなかったのが理由の半分。もう半分は、ずっと恐怖を覚えていられるような高度な脳みそと神経をカラ松が持っていなかったためだ。
「お、おそ松、今、一体、どこを、走ってるんだ、?!」
「っはは!知らねー!」
息も絶え絶えに尋ねれば、あっけらかんと返される。知らないと言いながら、おそ松の足は分かれ道の方向を決める時でさえ迷いが無かった。だからだろうか、今自分がどこを走っているのかさっぱり分からない状況でも、カラ松に困惑はあっても不安は全くと言っていいほど無い。昔からそうだった。誰よりも一番に飛び出して、弟たちを巻き込んで無理矢理引き摺り回してはまた気ままに駆け出すこの背中は、いつだってカラ松の前を走って導いてくれた。根拠も何もないのに、こいつについていけば大丈夫だと思わせられる不思議な存在。それが、六つ子の長男だからなのか、それともおそ松という人間だからなのかは、よく分からないが。たまに振り返って、にっと笑うおんなじ顔に笑い返しながら、カラ松は息を吐いた。白い息はすぐに後方へと流れて消えた。
やがて辺りの景色は住宅街を抜けて、家もまばらになっていく。街灯の数も明らかに減った。緑の多くなった細い道路は、大人であってもじわじわと恐怖が這い上がってきそうな暗さだった。それでも前を走る兄の背中がはっきりと見る事が出来る事に思い当たったカラ松は、空を見上げてようやく気付いた。浮かんでいた星々がいくつか闇夜に溶け込んで、空の色を淡く染め上げ始めていた。
夜が、終わろうとしている。
「見えた!」
その時、うっすらと藍色に染まってきた空の下で、場違いなほど明るい声が前方を指差す。黒々とした大きなシルエットが目の前にそびえていた。きっと向かう先が朝日の昇る方向なのだろう、一際色の薄まった空が、影になった小高い丘をはっきりと浮かび上がらせていた。カラ松はその形に見覚えがあった。知っている場所だ。家から少し離れた場所に建っている神社が頭の中に思い出させられる。正解を示すように影の中に鳥居が見えた。
「っこ、ここが、目的地、か?」
「おお!お前も覚えてるだろ?この神社、昔たまに来てたよなあ、中途半端に離れてて最近はさっぱりだったけどさ」
鳥居の目の前、丘の上の神社に続く階段の手前で、おそ松は一旦足を止めた。その横にすぐに追いつき、ぜえぜえと肩で息をしながらカラ松も見上げる。キンキンに冷えた空気が喉に刺さった。まるで見計らったように水筒が再び取り出され、あのミルクが差し出された。こうなったら後で怒られるのは一緒だからと、カラ松はミルクを拒まずに飲み下した。うん、やっぱり美味い。こうやって少しでも褒めれば許してくれるだろうか。
温かいものを飲んで息も落ち着いてきた。カラ松は改めて、急な石造りの階段と塗装があちこち剥げた鳥居、そしておそ松の横顔を見つめた。
「……なあ、もしかしてこれから、この階段を?」
「ぴんぽーん!もちろん登るに決まってんじゃん。んだよーもうへばったとか言うんじゃねえぞー?」
バシバシと背中を叩かれ、よーいどん!と呑気な声が勝手に一人でスタートする。普段は家から出るのさえ億劫がる事もあるほどの面倒くさがりな癖に、一回スイッチが入ってしまうとどこからそんな元気がと呆れてしまうほど大暴走するのが我らが長男だ。共に生きてきて何度思ったか分からない言葉が脳裏に浮かぶ。まるで、小学生だ。ダカダカと走っていく負けず嫌いに思わず笑いながら、カラ松も遅れてスタートした。何だかんだ楽しくなってきた己の心もまた、似たり寄ったりな精神年齢なのだろうと思う。
しかし心はいくら若かろうと、身体は立派な大人のもの。昔は六つ子みんなで一気に駆け上がっていたような気がする階段も、何十段か数えるのを止めた辺りで息が上がる。キッツーと文句を言いながらも前を行くおそ松もだいぶ辛そうだ。二人でひーひー言いながらひたすら石段を踏みしめていけば、ようやく頂上が見えてきた。確か小さなお社と、一際でっかい大木が脇に生えているだけの、簡素な神社だったはずだ。人があまり訪れないその狭い空間は、幼い頃自分たちだけの秘密の空間のように思えたものだ。訪れなくなったのはいつだろう。カラ松が懐かしんでいる間に、おそ松はぐんとスピードを上げた。
「っしゃー!ラストスパート!」
「あ、ずるいぞ!」
慌てたカラ松も足に力を入れた。喧嘩ではいつまで経っても勝てないが、体力だけならこのぐーたら兄貴に負ける気がしない。この辺で一つぐらい白星を取っておきたかった。だがしかし、彼はカラ松。カラカラ空っぽなどと名乗っていたのはいつのことだったか。最近はそれに加えて空回りすることも多いときている。今回もまた例に漏れなかった。階段の頂きに辿り着く直前、おそ松に追い付いた足は横並びとなった歓喜に舞い上がり、思いっきり踏み込んだ結果、ずるりと滑った。
「っぐふぅっ!」
あ、やばい、と思った時には、顔から地面に突っ伏していた。
「かっカカカカラ松ぅー!大丈夫かよぉ!お前、そんな見事に、ックク、ゴール直前ですっ転んじゃってまー、カワイソーに!プククク!」
「………」
色んな衝撃でしばらくそのまま倒れていれば、1ミリも心配していない笑い声が頭上から降ってくる。弟が転んで倒れているのに手を貸そうともしないで面白おかしそうに笑うとは、やっぱりこの兄クズだ。カラ松は心の中で罵った。口から出たのは呻き声だけだった。
兄への怒りと己自身への情けなさを何とか乗り込んで、カラ松は身を起こした。もし階段途中で転んでいれば、固い石畳に顔や体を打ち付けて悲惨な事になっていただろう。不幸中の幸いか、実際にカラ松が倒れたのはちょうど階段が終わり、柔らかな土が敷き詰められた地面の上だった。おかげで特にどこも擦りむく事無く、ただただ身体や顔が土に汚れただけで済んだのだった。
「フッ……案ずるなブラザー、この俺の花道は、どれだけ闇へ飲まれようとも決して輝きが失われることは」
「あーはいはいそうだなー派手に転んで恥ずかしいなーかっこつけないとやってられないなー。ったく、ほら、土まみれじゃ何言ってもかっこ悪いっての。これで拭けよ」
歩み寄ったおそ松がリュックの中からずるずると引きだしてきたのは、何とタオルだった。まさかこのズボラが服を着て歩いているような男がタオルを持ち歩いているなんて、とカラ松は大いに驚いた。せっかくだからありがたく使わせてもらう。ごしごしと服や顔についた土を落としていると、どうやらこのタオルが新品である事に手触りで気が付いた。ますます驚いた。
「兄さんがタオルを、しかもこんな上等なやつを持ち歩くなんて珍しいな……一体何の、」
バサッと広げてみて、カラ松は固まった。目の前に広がったタオルの柄に、見覚えがありすぎた。土で汚れた向こう側には、にっこりとこちらに向かって笑いかけてくる可愛らしい女の子の姿。カラ松自身は興味対象外であったが、兄弟の一人があれほどまで入れ込んでいれば嫌でも覚えるというもの。この、特徴的な猫の耳とピンクの髪のアイドルは。これは。
「こここ、このタオルは、この子は……!」
「あ、お前もレイカ知ってんの?チョロ松もよく飽きないよなー」
あれ、レイカって名前だったっけ?もっとこう、動物の鳴き声みたいな名前じゃなかったっけ?困惑しながらもカラ松の頭の中には、烈火のごとく怒り狂う恐ろしい三男の姿が思い浮かんでいた。
「これは明らかにチョロ松の!しかも新品!どうしてくれるんだ兄さんんんん!」
「それお前のだよ」
「そんな訳あるかっ!見てくれこれ、こんなに土まみれになって……!これぞまさにエイトシャッターアウツッッ!」
「えーまた洗えばいいじゃん?それよりカラ松、こっち!早く来いよ!」
「そういう問題じゃない!って、どこに行くんだ!」
たったか走っていくおそ松はまったく事の重大さが分かっていない。兄の背中を見て、タオルを見て、また顔を上げたカラ松は、全てを諦めて空を仰いだ。帰ったら二回死ぬ覚悟をしておかなければ。ひとまずアイドル柄のタオルを肩にかけ、どんよりとした足取りのまま境内を進む。
おそ松の後を追おうとして改めて視線を巡らせたカラ松は、一瞬動きを止めていた。ギクリと反応して目を見開いたのは、思い出通りの光景が、思い出よりも随分と小さく狭く見えたからだ。人っ子一人いない寂れた風景は変わりないが、だからこそ思う存分駆け回れるほどの空間があったはずだ。入口からでも全体が見渡せるほどの小さな丘の上。くたびれた建物と一円も入っていないだろう賽銭箱、あちこち剥げた細い石畳に、整える者もいない荒れた地面。そしてそんな寂れた景色には似つかわしくない高くて太い木が、葉を全て散らした姿で一本。おそ松はその根元に立って頭上を見上げていた。
「……兄さん」
「おーし、いくかぁ」
「え、あ、ちょっ」
止める間もなかった。腕をぐるぐる回し、頑丈そうな太い幹に両手と片足を引っかけたおそ松は、そのまま信じられないほどのスムーズな動きで木登りを始めた。確かにまあ、デコボコと凹凸のある表面も何人か一度に登っても折れる事は無さそうな幹の太さも高い位置に沢山生える太めの枝も、都合よくよじ登りやすそうではあるけれども。ニート暮らししてる奴が何でこんな器用に登れるんだ、サルかこの人は。とっさに思い浮かんだ呆れを含むツッコミは、途端に心配で塗りつぶされた。
「お、おそ松っ!危ないだろう!」
「うひょーさっむ!でもやっぱすげー!おいカラ松、お前も早く来いよ!」
気付けば空はすでに夜の闇を脱ぎ去って、未だ登らぬ日の光を今か今かと待ち望んでいた。眩い朝日が今にも顔を出しそうな冷たい朝の中、夜でも翳る事の無い太陽のような笑顔が頭上で輝いている。拒むことも突き放す事も無い腕が、差し伸ばされたままカラ松を待っている。その手の平を拒むことは、カラ松には出来ない。
まったく、つくづく何という日だ。大きくため息を吐いた後、どうか途中で落ちませんようにと祈ってから、カラ松は一思いに木の幹へとしがみついた。
「これは……すごいな……」
「だろぉ?」
どうにか人が一人座れそうな丈夫そうな枝に腰を下ろして一息ついた後。必死に登ってきたおかげで体力と緊張故に乱れた息を整えながら眺めた景色は、言葉を失わせるのに十分な絶景であった。階段をひーこら言いながら何段も登ってきた丘の上、そしてそんな丘の天辺に生える木の上からの景色というものは、想像以上に高い場所にあった。町の中心地から外れているこの場所からは、周囲にそれほど高い建物が存在しないおかげで、辺りの全てを見渡せる。背後を振り返れば今しがた駆けて来た道や、もしかしたら我が家でさえも見つける事が出来たのかもしれない。しかしカラ松は兄に従って反対側を向いていた。今まで必死に目指していた、朝日の昇る方へ。
吐く息が光に溶ける。身を切るように冷たい夜の残滓が、それよりも鋭く柔らかな日差しに裂かれた。ようやく拝めた朝日に照らされる眼下の町並みは、朝早い清廉な空気と相まってこの世のものとは思えないほど美しい。カラ松は思わず感嘆の息を吐いた。ニートなために朝日を肉眼で目にする機会は減っているが、まさかこれほどのものだったとは思っていなかった。
「何という美しき日の光……ライトオブサン!これほどまでに清らかな光を浴びたのはいつ頃ぶりの事だろうか!孤独と共にある闇の使者でさえも浄化しようというのかっ……!」
「イテテテハハハ!だなー、俺もこーんな朝早くに外いんのは久しぶりだわ」
幹を挟んで反対側、ほんの少し上に生える枝からおそ松に腹を抱えて笑われる。覗いてみれば、笑い声通りの笑顔が産まれたばかりの太陽を眺めていた。穏やかな気持ちで、カラ松も正面へ視線を戻す。
兄はこれが見たくてここまで来たのだろうか。確かにそれだけの価値がある光景だが、何となくそれだけでは無いような気がする。少し尋ねてみようかな、とカラ松が考えていれば、まるで心を読んだようなタイミングでくすくす笑う気配がする。どうしたんだ、と声を掛ける前に、おそ松が大きく息を吸い込んだ音が聞こえた。
「太陽のおおおおおお!ばっかやろおおおおおおお!!」
「っ?!」
耳にビリビリくるような大声だった。何故突然、こんな素晴らしい太陽に罵声を浴びせたのだとカラ松が混乱している間に、おそ松は再び声を張り上げる。
「チョロ松のあほおおおおおお!俺がちょーっとレイカのCD借りただけで殴ってきやがってええええええ!!」
「は?!」
今度はここにいない弟へ向けた罵倒だった。あれだけ大声で名前を呼んで、近所迷惑じゃないかととっさに思ったが、この空の上には近所なんてものが存在しない事にすぐ思い当たった。それでも馬鹿でかい声にはびっくりしてしまうので、カラ松は何とかおそ松へ話しかけようとする。立て続けに叫ばれた一方的な罵倒は、しかし止まることは無かった。
「猫ばっかり構ってないでたまには俺にも構えよ一松うううううう!弟には兄の退屈を解消する義務があるんだぞばあああああああか!!」
「ちょ、兄貴、」
「お前の体力底なしかよ十四松うううううううう!この間野球に付き合ったら死ぬかと思ったわボケえええええええ!!」
「おい、兄さ、」
「トド松あいつ一回締める絶対締めるうううううううう!昨日も町ん中で俺の事無視しやがって許さねえからなああああああああああ!!」
「おそ松、おそ松っ!」
何度呼んでも止まらないおそ松の声は、朝の光に乗って澄んだ空をどこまでも駆けてゆくかのようだった。一度カラ松を振り返ってにやりと笑ったかと思えば、大きな口は再び大音量を撒き散らす。
「カラ松はあああああ!たまにどうしようもなく顔がうるせえ!!!」
「ええっ?!」
「あとはー、夕飯のとき肉ばっか取るんじゃねえええええええ!コーヒー牛乳回し飲みの時お前の一口多いんだよおおおおおおおお!お前の自作した歌9割9分がくっそ痛い歌詞で堪えらんねええええええええ!俺のアバラ何本折る気だあああああああああ!!」
理不尽な言いがかりから、あっごめんって謝りたくなるものまで、おそ松は次々とカラ松への文句を太陽に向かって叫び続けた。ただひたすら戸惑っていただけのカラ松も、一方的にそこまで言われてしまえばムカつくというもの。冷たい空気を肺いっぱいに吸い込んで、爽やかな朝焼けへ爽やかでない買い言葉を吐き出した。
「お前だって昨日の朝食で俺の分の目玉焼き取っただろおおおおおおお!」
「あれは一昨日お前がからあげ余分に多く食った分だってのおおおお!イーブンイーブン!!」
「人の皿に毎回ピーマン勝手に乗せてきて処理させる奴が何がイーブンだああああああああああ!!」
元演劇部を舐めてはいけない。自分でも予想以上に大きな声で、胸の内でふつふつと煮えていたものをぶちまけた。冷たい空に解き放った言葉は、カラ松の内側の熱と何かを伴って高く遠く響いて消える。それを受け止めた空もおそ松も何も変わらなかった。おそ松だけ声を上げて笑った。
一度吐き出してしまうと、ずるずると同じような憤りが共に引きずり出されてくる。一瞬目が合った同じ顔が、言っちゃえ言っちゃえと笑っていた。まるで背中を押されたように、カラ松は完全に全身を現した太陽に向かって思いの丈を叫んだ。
「チョロ松うううううう!一緒に並ぶのは別にいいんだけど金は返してくれええええええええ!!」
「たはー切実かよ!」
「いくら夢見が悪くとも死ねはひどいじゃないかああああああ一松ううううううう!!」
「だはは!確かにそいつはひどい!」
「お前が無事で良かったぞ十四松うううううううう!でもせめて誰か助けは呼んでほしかったなあああああああああああ!!」
「あいつはまー仕方ねえよ十四松だし」
「トド松信じてくれえええええええええええ!プリンを食べたのは俺じゃないんだああああああああああああ!!」
「あ、トド松のプリン?それ俺だわ」
「お前かよおおおおおおおおおおおおおお!!」
いちいち律儀に一言返してくれるおそ松に、カラ松は一際声を張り上げて胸にたまったものを伝えた。
「昨日お前と間違われて絡まれたぞおそ松ううううううう!辛うじてぶっ倒したけど、あんまり無茶すんなあああああああ!大怪我しても知らないぞおおおおおおおおおおおお!!」
打てば響くような返答に、少々の間が空いた。次に漏れ聞こえてきたのは、柔らかな苦笑だった。
「カラ松さあ、こういう時ぐらいもっと俺達の事悪く言ってもいーんじゃないの?何だよ無茶すんなって!それがまた、お前らしいけどさ」
「はあー……はあー……えっ?」
思いっきり叫び過ぎて肩で息をしていたカラ松は、きょとんとおそ松の方を見た。不安定な枝の上で器用に足を組み、ついた肘の上に顎を乗せてこちらを見下ろすその表情は、たまに彼が浮かべる甘い甘い「兄」の顔だった。
「どーよ、少しはすっきりしただろ?」
歯を見せて鼻を擦る、いつものおそ松の笑顔。細められた瞳の温かな光を見て、ああ、と。カラ松は思い出していた。
そうだ。この人は、自分にとっての唯一の兄は、いつもこうやって教えてくれる。普段はどうしうようもない人なのに、弟たちが立ち止まって、どうすればいいのだろうと悩んでいると、そっと隣について、手を取って、ここはこうすればいいのだと教えてくれる。カラ松もたくさん、たくさん教わってきた。この笑顔は、あの時のものと同じだ。
例えば、子供の頃。靴ひもがなかなか結べなかった不器用なカラ松の隣にしゃがんで、ゆっくりと、カラカラからっぽなカラ松にも分かるように、優しい声で。
見てみなカラ松。ここをこうして、こうすれば、ほら!綺麗なちょうちょの出来上がりだ。何も難しい事はないだろ?お前は今まで方法を知らなかっただけなんだ。やり方さえ分かれば、一人でも出来るようになるさ。兄ちゃんの真似してみな。そうそう、そうやって。
ほら!お前も出来たじゃんか、カラ松。
「………、ああ」
ここに来るまで心の奥底に重く圧し掛かっていた何かは消えた。やけに晴れ晴れとした胸の内に灯った温かな感情を、そのまま伝えるのは照れくさくて、そっと朝日に顔を向ける。どうやら自分はまた一つ、兄に教えてもらったらしい。吐き出し方、もしくは解消の仕方。あるいは、別にそれぐらいぶちまけたっていいんだよという、塩梅。それらをたまに全部忘れてしまうカラ松に、おそ松は今日、呼吸の仕方を教えてくれた。
そうして教えて貰う事が、本日一つだけでは無かった事を、カラ松は今から知る事になる。
「そーいやこれ、はい!デザートな」
「……へ?デザート?」
唐突にひょいと差し出されたものを、思わず受け取ってから確認する。カラ松の手に渡されたものは、確かにデザートだった。プリンだ。市販のプリンが一つとスプーン一本、リュックに入れてきたらしいそれを渡されたのだった。え、え、と戸惑いながらおそ松を見れば、すでに蓋を開けて木の上で食べ始めていた。
「あーうめえー。やっぱプリンはプッチンできる奴にかぎるよなあ、今は出来ねーけど」
ぱくぱく美味しそうに食べるおそ松を見ていたら食べずにはいられなくなって、カラ松も蓋を剥がしてプリンを食べた。長い事冷蔵庫の外に出ていたはずのそれは、凍えるような外気のおかげでよく冷えていた。声を張り上げて酷使していた喉にはちょうどいい。ほのぼのとした甘さに顔をほころばせながら、プリンを食べられて怒っていた末弟の顔が思い浮かんだ。いい加減機嫌も治っているかなと考えて、その元凶を思い出す。
「……そういえば。トド松のプリンは兄さんが食べたって本当か?それならこのプリンは、トド松に返すべきだったんじゃ」
「あーそれなら大丈夫、そのプリン、トド松から貰った奴だから」
「は?」
訳が分からずにおそ松を見れば、あっけらかんと笑って言った。
「俺が食べたってバレたの。もーあいつ手加減なしでポカポカ殴ってくるから参った参った!んで、疑ったお詫びにカラ松兄さんにもって、昨日の夜一緒に買いに行った訳よ。家に帰ったら改めて謝られるんじゃね?」
「トド松……」
よかった、疑いはすでに晴れていたのか。それならそうとメールでも何でも送ってくれればよかったのに、直接謝りたかったのかもしれない。カラ松は自然と笑顔になった。そんなカラ松を見て、おそ松もさらに笑った。
「な、最初に食わせたあのおにぎり、美味かった?」
「……へ、」
「あれね、十四松作。お前さ、家帰ったら覚悟しとけよ?あいつ昨日はずっと、カラ松兄さんかっこよかったーってうるさかったんだから。夜も最後まで起きてたんだぜ?お前の夜食におにぎり作ってさ。だから今日は一日中引っ付かれると思うぜ。カラ松に正義の極意とやらを教えて貰う気満々だったから」
にやにや笑顔に突然真実を告げられる。そうか、あのおにぎりは十四松が作ったものだったのか。通りでお米がぎゅうぎゅうに詰め込まれていると思った。毎日野球ばかりの十四松の握力ならあれほど圧縮できるのも頷ける。大はしゃぎの五男を脳内で思い浮かべて、あの言葉は無駄ではなかったのだとカラ松の胸の内を熱くさせた。
と、ここまでくればさすがにはたと思い当たる。カラ松は肩にかけておいたタオルを見た。そういえばおそ松が言っていたじゃないか、「お前のだよ」と。
「……もしかして、このタオルは」
「ん。正真正銘、チョロ松がお前の分だって言ってたタオル。俺も詳しくは知らねーけど、レイカのライブで配られた非売品だとさ。お前が並んで買ったグッズの購入特典?ってやつ。チョロ松あいつな、多分そのタオルと引き換えに金はしばらく待ってって頼む気だぜ。まーあいつなら後日きちんと返してくるだろうけどさ、俺と違って。だはは」
チョロ松は真面目なやつだ、もしかしたらカラ松を放って話に夢中になってしまった罪悪感もあったのかもしれない。こんなものなくても頼まれればお金ぐらい貸しておくのにな、と思ったが、もう汚してしまったしここはありがたく受け取っておくことにした。レイカ?とやらにはさっぱり興味はないけれども。
そうくれば、最後は。いやでも、猫用とか言ってたし実際なんか味薄かったし、美味しかったけど。でもまさかな、とぐるぐる考え込むカラ松に、おそ松は面白おかしそうに吹き出した。そのままゲラゲラ笑いながら、正解だよ、と教えてくれた。
「ん、って!一松のやつ無言でこの水筒渡してくんの!なんかきまずそーに視線逸らしてさ!それだけで全部察する俺もさすが長男だと思わねえ?まあ一松の奴は分かりにくそうでたまにめちゃくちゃ分かりやすいしな。猫用とか言い訳してあいつに飲ましてやってって!素直じゃないねーあいつも。カラ松にキツめに八つ当たりした事後悔しちゃってるくせにさあ」
笑いながらも、語るその声は柔らかかった。カラ松も笑顔で顔がふぬけてしまうのを堪えるのに必死だった。普段の当たりが強いだけあって、一松からそうして少しでも優しさが伝えられると嬉しさが半端ない。これだから、普段いくら蹴られようが罵られようがバズーカぶっ放されようが、気にせずかっこよくすましていられるのだ。その態度が一松を余計にイラつかせているのだとカラ松はまだ気付かない。
「なあ、カラ松」
足をぶらぶらと揺らしながら、空の中でおそ松が笑う。この、クズで童貞でニートでパチンカスで我儘で寂しがり屋で、実は弟にでろでろに甘くて優しい六つ子の長男様は、今日も今日とて弟カラ松をこれでもかと甘やかした答えを、そのまま教えてくれるのだ。
「お前さ、愛されてるなあ」
カラ松は笑った。言葉で丁寧に教えて貰わなくても、カラ松にもちゃんと分かっていた。
「ああ、知ってる!」
だってカラ松の目の前には、弟たちの愛が詰まったリュックサックをまとめて受け取って背負い、何時に帰るかもわからない次男を寝ずにずっと待っていてくれて、この美しい景色の中に手を引いて連れてきてくれた、カラ松のたった一人の兄が、温かな笑顔でそこにいるのだから。
言葉に噛み砕いて教えて貰わなくたって、それだけでちゃんと、分かるのだ。
「なあ、おそ松」
「なに?」
「お前もちゃんと、兄弟たちに愛されてるぜっ……ありがとバーン☆」
「イッッッッッッタタタターーーー!!」
腹の底からの笑い声は、薄れていく朝焼けの中で一際大きく響いた。
「なあ、帰りに銭湯に寄らないか?乱闘した後路地裏に転がっておまけにここまで走ったから正直今すぐ汚れを洗い流したい」
「改めて聞くとお前の昨日やばくね?そのつもりで着替えも持って来てるよ。でも俺、ふぁ……さすがに眠くなってきたわ」
「ああ、確かに……家に戻ったら俺も寝直すかな……」
「カラ松はダメだって、弟たちが多分離しちゃくれないぞー?いやーモテモテだねえオニイチャン!」
「くっ、可愛い弟たちの期待には応えたいが、俺の身体は一つだけだっ……!ということで兄貴も手伝って」
「はー?お前の弟だろー!」
「お前の弟でもあるだろー!」
やいのやいのと二人で言葉を交わしながらの帰り道。肩を組んでくるおそ松の隣で笑いながら、カラ松の最高の一日がまた始まった。
16/01/08
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