ここ数日、珍しいぐらい雪が降った。一日学校が休みになったぐらい降り積もった。外は別の世界かと思うほどの銀世界で、雪が降る中親に外に出るのを禁止されて窓にへばりつく子どもたちが大勢いたことだろう。今日はきっと、その子ども達が喜んで外へと飛び出していく、そんな天気だった。久しぶりの快晴だった。
あまり人の通らない裏路地にも喜びに家を飛び出してきた者がいた。図体はそこら辺の子どもよりも大きかったが、その瞳は子どもと同じように輝いていた。長い朱色の髪が非常に目立つのでこそこそと、なるべく人目につかないように移動していたのはルカだった。鼻の頭を真っ赤にしながらそれでも雪の中を歩いたルカは、やがて1つの空き地の前に辿り着いた。


「へへ……やっぱりな」


嬉しそうに呟くルカの目の前には、存分に降り積もり誰の足跡も無い真っ白で真っ平らな雪の絨毯があった。ルカの目的はこれだった。雪の降る前日から目をつけていたのだ。手ごろな広場は近所の子ども達に真っ先にとられてしまうので、誰も知らないような秘密の場所を探しておいたのだ。何故なら、ルカは雪が大好きだからだ。真っ白な雪の中に飛び込んでゴロゴロして堪能したいほど大好きなのだ。


「よーし」


首に巻いたマフラーを締めなおし手袋も簡単に外れないように指を押し込み邪魔にならないように長い髪を後ろに追いやり、ついでに誰も見ていないかキョロキョロ辺りを見回して(いい歳した兄ちゃんが雪の中で1人転がっていたら驚かれるだろう)準備の整ったルカは一歩後ろへと下がった。そして1つ深呼吸をすると、そのまま真っ直ぐ駆け出し、真っ白な空き地へと躊躇いも無くダイブした。


「「ひゃっほーう!」」

ボスボスッ!


顔面から雪の中へと突っ込んだルカは、そこでおかしい事に気がついた。さっきとっさに放った歓声が何故だか二重に聞こえたし、雪の中につっこむ音だって自分のものだけではなかった気がする。慌てて顔を上げたルカは、目の前に自分と同じ顔を見た。


「……ルーク?!」
「……ルカ?!」


ルカの目の前で顔面雪塗れになりながらうつ伏せに地面に転がっていたのは、ルカの双子の兄弟ルークだった。2人の見分け方といったらその髪の長さぐらいだ、ルカが長くルークが短い。そんな同じ顔が雪の中倒れこみながら顔を合わせるなんて、誰が想像できるだろう。


「なっ何でお前こんな所にいるんだよ!俺の真似すんな!」
「まっ真似したのはルカの方だろ!ここ俺がずっと前に目つけてた場所なんだからな!」
「いいや俺のが先だっ!ルークのが後だ!」
「俺が先だ!」


俺が先だ、いいや俺がとしばらく争っていた2人は、やがて2人同時に吹き出していた。こんな歳になって雪の上を転がりたいだなんて恥ずかしくて言い出せなくて、1人でこっそりと場所も決めて時間も決めてこっそり家を抜け出してきたというのに、最終的に一緒の場所にいた。それがおかしくてたまらない。結局一緒の事を考えていて、一緒の行動をしていたのだ、知らず知らずのうちに。不思議で堪らなくて、そして何故かそれが当たり前の事だと思えた。


「何だ、最初からルカにも提案しとけばよかったな」
「どっちでも同じだろ、結局ここにいるんだからよ」
「そーだな」


くすくす笑いあった後、唐突に立ち上がったルークはなにやら雪を両手に拾い上げて、それを何となく眺めていたルカの顔面に思いっきり投げつけていた。不意をつかれたルカはたまらず転がったまま器用に飛び上がる。


「うぎゃあっ!ななな何しやがんだ!」
「雪といったら雪合戦、だろ!」
「ちくしょーやりやがったなー……くらえ!」
「ばっバカそれ固めすぎ……いたたた!」


綺麗な平らな地面から遠慮なく雪を拾い上げて大量に相手に投げつけ合う。全身雪まみれで冗談じゃないぐらい寒かったが、それが楽しくて楽しくて仕方が無かった。夢中で雪を拾い上げていたルカは、ふとルークの手に手袋が無い事に気がつく。マフラーは巻いてるくせに手袋を忘れるなんて抜けてるよなあと内心ルカは呆れた。そういうルカも濡れてもいいような靴を履くのを忘れて足元がぐちょぐちょなのだが、それはとりあえず無視だ。


「ルーク、ちょっとタンマ!こっち来い!」
「ええ?何だよー」


ルカの言葉に素直に従ったルークはすぐに傍に寄ってきた。その手は予想通り赤くなっていた。素手でずっと雪を掴んでいたのだから当然だ。見てて痛々しいほどだったので、思わずきゅっと眉を寄せていた(彼らの同居人ほどの眉間の皺では無かったが)。同時に再び呆れる。ルークはケロリとした表情でどうしたんだと首を傾げるだけだったのだ。


「おっ前なー、鈍感にもほどがあんだろ」
「ルカには言われたくねえな……」
「うるせえ、ちょっと貸せ」


ルークの両手を取ったルカは、ふかふかの手袋をした自分の手で包み込んだ。それだけでは足りないと思ったので、なるべく温かいようにはあっと息も吹きかける。白くなった息が2人の重なった両手に降り注いだ。


「ちょっルカ!」
「黙ってろっての」


ルークが逃れたいというように体を動かすがルカがそれを許さなかった。逃がさぬようしっかりと両手を握り締め、尚も息を吹きかける。それをしばらく続けた後ふとルークの顔を見ると、耳が真っ赤になっていた。どう見たって寒さだけではないそれを見て、ルカはにやりと満足そうに笑う。


「ルークちゃんは恥ずかしがり屋なんでちゅねー」
「ううっうるさい!恥ずかしい事してるのはルカだろ!」
「そっ俺が恥ずかしい事してんの、だからお前が恥ずかしがる事ねーの」
「何だよそれー……」


降参するようにルークがルカの肩に頭を乗せてきたので、ルカはようやく両手を解放してやった。これで少しは温まっただろう。霜焼けにもならないといいが。さっき上がった太陽が結構上のほうに昇ってきているのを見て、ルカがルークへと声をかけた。


「そろそろ戻るぞ。デコの野郎がうるせえからな」
「アッシュな。……そうだな、帰ろうか」


頭を上げたルークはふと自分の両手を見下ろした。ルカの手と見比べてみる。今まで温めていたから、今更寒さを感じるようになったのかもしれない。するとルークは名案を思いついたかのようにルカへ向き直った。


「なあ!手袋片方貸してくれよ!」
「ああ?片方で何すんだよ」
「片方ずつつけてさ、手袋つけてない手は繋げばいいじゃん。これで寒くないだろ?」


名案だと笑うルークにルカは気付かれないようにそっと目を逸らした。今度はこっちの耳が赤くなっているかもしれない。それは俗に恋人同士がやる事ではないのか。何でこいつは妙なところで鈍いのかねえと考えるルカだったが、ルカだって人のことは言えないのだ。それを自覚しないまま、ルカは手袋の片方を照れ隠しに乱暴に抜き取っていたのだった。


その後、ちゃんと手を繋いで帰った双子を家で待ち受けていたのは、朝起きたら何も告げずに2人ともいなくなっていて慌てふためいた所じゃなかったアッシュの怒りの姿だった。
自業自得であった。





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07/01/18