「たりい……」


ぼんやりと見上げた空には差すような光を地上に落とす憎き太陽が真上に浮かんでいた。真っ直ぐ太陽の光に焼かれた地面はじりじりと音を立てているようだ。上と下から容赦なく当てられる熱気にルカはぐったりと壁に寄りかかっていた。壁ももちろん熱くて仕方が無いのだが、何かに寄りかかっていなければもっと熱い地面に倒れてしまいそうなのだから我慢するしかない。ルカはもう一度睨み殺すかのように太陽へ視線を送り、自分の長い髪を苛立たしげに払ってみせた。いくら払っても首元に絡みついてくる赤く熱い髪をいっその事ばっさり切ってしまいたくなる。それは絶対に出来ない事なのだが。


「あの、ルカ君なにやってるの?」


ふと女子の声が聞こえて、ルカは視線を地上へ戻した。そこには制服姿の女子が数名、ルカの目の前で立ち止まっている。声をかけた1人は同じクラスの奴で、後ろで頬を赤らめてちらちらとこちらを見つめてくる数名は別のクラスのようだった。基本的に他人の名前を覚えようとしないルカは同じクラスである女子の名前さえ今は思い出すことが出来ない。


「んだよ、俺が何してようが俺の勝手だろ」


声をかけられたのと熱いのとで機嫌が急降下したルカは低く唸るように答えた。しかし遠まわしの威嚇も目の前の女達には通用しないらしい。どこか嬉しそうにひそひそと囁きあう女子達(それが癇に障ってまたルカの機嫌は落ちた)を代表して声をかけてきた1人が再び口を開く。


「えっと、今から帰る所なのかなって思って。私たちも帰る所なんだけど」
「だから?」


ルカがいくらイライラしていても女子達は目の前から去ろうとはしなかった。意を決したように、女子がルカを見た。熱の篭ったようなその視線がルカにとっては不快だった。


「だから、その、一緒に帰らない?帰る方向一緒でしょ?」


ウザイ。ルカは心から思った。これはルカ自身原因が分からないのだが、昔からこうしてルカは女子からお誘いを受けることが多かった。モテる男は辛いねえとかクラスの男子に羨望と嫉妬の混じった目を向けられる事も多かった。そのどれもがルカにとっていらないものだった。機嫌は最悪だった。どうして帰る方向が一緒だからって大して知りもしない女達と共に帰らなければいけないんだ。大体、どうして帰る方向が一緒だなんて知ってるんだ。目の前で小声で騒ぐ女達の声に我慢できない。ルカは男も女も関係なく怒鳴り散らしてしまいたい気分になった。このまま女達が目の前から去らなければ、本当に声を上げていただろう。しかし、そこに救世主が現れた。


「おーいルカー!おまたせー!」


その声がルカの耳に入ってきた瞬間、最低まで下がっていたルカの機嫌が瞬く間に急上昇した。女子達が気をとられている隙に、寄りかかっていた壁から離れたルカがするりと抜け出す。あ、と声を上げた女子達に、ルカは振り返る事無く言った。


「俺には先客がいるんだ。悪かったな」


全然悪く思ってない口調のルカはそれから一度も振り返る事無くその場を去っていった。しばらくその場にはあっけにとられるように立ち尽くす女達がいたとか。

一方駆け出したルカはこちらに近づいてくる人物に思いっきり飛び掛っていた。ルカに飛び掛られて傾いたその体は、体勢を立て直したルカの手によって元の位置に戻される。その肩に顎を乗っけて喉を鳴らすように息を吐き出したルカに、呆れるような声がかけられた。


「もーいきなり飛び掛ってくるなっていつも言ってるだろ?」
「ごちゃごちゃうるせえ。俺なんてお前待ってる間にうぜえ奴らに絡まれちまったんだからな、責任取れよルーク」


うぜえ奴らって、普通の女子じゃんかと返すその顔はルカに瓜二つだった。それもそのはず、ルカの双子の兄なのだ。よく兄弟逆に見られるが髪の短いルークが兄で、髪の長いルカが弟だ。だが同時に生まれてきたようなものだし、本人達はどちらが兄でどちらが弟かなど気にしたことは無い。ルカはルークからようやく離れて、両手を頭上に突き出してぐっと伸びをしてみせる。


「俺にとっちゃうぜえんだよ。こっちの都合考えもせずに一緒に帰ろうとか抜かしやがって」
「え、よかったのか?」


ルカの言葉を聞いた途端、ルークは心配そうな顔でルカを見た。女子と帰らず自分と一緒に帰ってもよかったのかと尋ねてきているのだ、この片割れは。ルカは呆れた。何のために今まで待っていたと思っているのだ。基本的に他人にあまり興味の無いルカとは対照的に、ルークは赤の他人でさえ心の底から思いやることの出来る人間だった。それが時々ルカをやきもきさせている事を、ルークはもちろん気付いていない。


「いいに決まってんだろ!おら帰るぞ!」
「あっ待てよルカ!」


ルカがさっさと歩き出せば、後ろから慌ててルークがついてくる。すぐに隣に並んだ自分と同じ背丈の赤毛を、ルカはこっそり満足げに見やる。自分の隣に並ぶものは、幼い頃から共に生きてきたこの片割れだけでいいのだ。

焼けたアスファルトの上を歩く帰り道も変わらず暑かった。これからしばらくこれが続くのだろうと考えるだけでルカは気が滅入ってくる。熱が篭る長い髪をいじくっていると、ふいにルークが手を伸ばしてきた。その手にグラデーションの掛かった髪の先っぽを握りこむ。


「いつ見ても熱そうだな。切らないのか?」
「おお切ってみてえよ心の底から。でもこれは切れないからな」
「切りたいなら切ればいいだろ?」


ルークは簡単に首を傾げてみせる。しかしルカだってルークの記憶力に期待はしていないのでまあなと曖昧に頷いておいた。
昔、色々あって同じように伸ばしていた髪をばっさりと切ってしまったルークが幼いながらも言ってくれた言葉を未だに覚えていて実践しているだなんて、死んでも言えない。


「でもルカの髪綺麗だから、俺長いほうが好きだな」


覚えてないはずなのに昔ルカに決意させた言葉をルークは簡単に口にしてみせる。だからルカは髪の短いルークの変わりにいつまでも髪を伸ばし続けるのだ。





   双子アンサンブル   髪の話

06/11/16