よく磨かれた廊下の上を軽い足音がトットットッと走っていました。その丸くて大きな緑の瞳を輝かせながら走るのは、綺麗な赤い髪をした10歳ぐらいの男の子でした。その手にはどうやらおもちゃを持っているようです。男の子の名前はルークといいました。小さなルークは好奇心の旺盛な目をきょろきょろと動かして、やがて1つの部屋に目をつけました。
閉まっていたドアをバシンと勢いよく開けると、中には人がいました。小さなルークと同じような綺麗な赤い髪でしたが、短く切られていました。首の後ろのほうで先がひょっこりと跳ねてしまっているので、一見ヒヨコのようにも見えます。だからでしょうか、小さなルークは椅子に座って机に向かうその背中にこうやって声をかけました。


「ひよにいーあそんでー!」


小さなルークが飛び掛ると、驚いたようにびくりと震えた背中はくるりと振り返ってきました。小さなルークと同じ色の瞳は、優しくにっこりと微笑みます。


「ごめんなチビ助ー、ちょっと書かなきゃいけないものがあるんだ」
「えー」
「これ終わったら遊んでやるよ」


頬を膨らます小さなルークの頭をぽんぽんと優しく撫でるその人もまたルークでした。不満そうな顔だった小さなルークも、その優しい手つきに幸せそうに目を細めます。まるで猫のような仕草に髪の短いルークも思わず微笑みました。しかしこのままでは終わるものも終われません。最後にぽんと軽く叩いてから、髪の短いルークは小さいルークを離しました。


「ほら、それならたま兄の方にいってこいよ、きっと暇してるからさ」
「うんいってくる!」


小さいルークはこっくりと頷いて元気よく駆けて行きました。その後姿を見送った髪の短いルークは、早く終わらせて遊んでやろうと気合を入れて机に向き直ったのでした。


さて、部屋から飛び出した小さなルークは真っ直ぐ中庭に向かいました。今探している人物がいつも中庭に転がっている事を、小さなルークは知っていたのでした。柔らかいお日様が照らす温かな中庭に小さなルークが出てみると、すぐに長くて赤い髪を見つけました。先に向かって金色に輝くその髪は、まるで太陽の光をそのまま髪へと染め上げたかのようでした。実は小さなルークの伸び掛けの髪も同じような美しい色合いをしているのですが、本人は少しも気付いていません。いたずらっ子のような笑顔を浮かべた小さなルークはこっそりと、しかし素早く忍び寄り、寝転がるその体に思いっきりダイブしました。


「たーまにーい!」
「ぎゃっ!!」


お腹に思いっきり乗っかられて悲鳴を上げたその人は、勢いよく起き上がりました。その拍子に転がり落ちた小さなルークを睨みつけるその人もルークなのでした。髪の長いルークは明らかに怒った顔で小さなルークに怒鳴りつけました。


「ったぁーっ何しやがるチビ!俺の昼寝タイムを邪魔すんなっつーの!」
「たまにいーあそんでー」
「なーんで俺がてめえと遊んでやらなきゃいけねえんだよ!」


小さなルークがおもちゃを見せても髪の長いルークは心底面倒くさそうにそう言うだけでした。小さなルークはふてくされたようにぷうっと頬を膨らませます。


「ひよにいが、たまにいひまだからあそんでもらえっていったー」
「あんのヒヨコめ……俺は昼寝で暇じゃねーの。1人で遊んでろっての」


ぶつぶつ言いながら髪の長いルークは再びごろりと横になってしまいました。小さなルークが一生懸命に呼びかけても何も反応しません。そのうち心細くなってきた小さなルークは、ひっくひっくとしゃくり上げはじめてしまいました。それに驚いたのは髪の長いルークです。


「おっおい?!何で泣いてんだよ!」
「だってぇだれもあそんでくれないんだもん〜ふええぇぇ」
「っだー泣くなって!俺が怒られんだろぉ?!」


ぼろぼろと涙をこぼす小さなルークの頭を髪の長いルークは慌てて乱暴にがしがしとかき混ぜました。それでも泣き止まないので、心の中で舌打ちした髪の長いルークは立ち上がって小さなルークを抱え上げました。そのまま少々乱暴な手つきで背中を叩いてやります。


「おらっ泣き止め、な?」
「ふえっううー」


小さなルークの嗚咽がおさまって来たのを見て髪の長いルークはほっと息をつきます。しばらくその状態でいると、ようやく泣き止んだ小さなルークはまだ涙の残る瞳をじっと髪の長いルークへと向けました。少々嫌な予感がしながら髪の長いルークも目を合わせます。


「……何だよ」
「いっしょに、あそんで」


突けば再び決壊しそうな瞳を見つめて、髪の長いルークは大きなため息をつきました。それは確かに面倒くさそうな動作ではありましたが、決して「嫌」だというような態度ではありませんでした。普段はぶっきらぼうな髪の長いルークでしたが、これでも小さいルークの事も大好きなのでした。


「仕方ねえなあ……今日だけだぞ!」


放り投げるように地面に降ろされた小さなルークはぱっと顔を輝かせました。いつもなかなか相手をしてはくれませんが、小さなルークだって髪の長いルークの事が大好きなのです。わーいと両手を振り上げる小さなルークに、髪の長いルークは指を突きつけました。


「た、だ、し!どうせだから特訓すんぞ特訓!」
「とっくん?」
「おうよ、体鍛えねえとお前もチビのまんまだぞ」
「がんばるー!じゃあかけっこしよー!」
「あってめっちょっと待ちやがれ!まだよーいドンしてねえぞ!」


唐突に始まったかけっこはいつの間にか鬼ごっこになっていました。2つの赤い髪が広い中庭を駆け回ります。捕まったり捕まえられたり、きゃーきゃーぎゃーぎゃーとかしましく鬼ごっこは続きました。
やがて、髪の長いルークが鬼の番、小さなルークへとタッチしようとしたとき、世界がいきなり反転しました。


「ぎゃっ?!」
「うわあっ!」


小さなルークもつまづいた髪の長いルークに巻き込まれて地面に倒れてしまいました。2人がぽかんと空を見上げると、その視界に満面の笑みの顔が現れました。ひらひらと足を上げてみせる所をみると、どうやら髪の長いルークの足を引っ掛けたようです。


「2人だけ楽しそうにしてずるいじゃんか、俺も混ぜてくれよ」


そうやって言う髪の短いルークに、小さなルークはにっこりと、髪の長いルークはにやりと笑って頷きました。断るはずがありません。2人とも髪の短いルークの事だって大好きだからです。


赤毛3人の鬼ごっこは、その髪の色のように空が染まるまで飽きる事なく続いたそうです。





   陽だまりの中で

06/09/06