視界を埋め尽くす白銀の世界に、歓声が上がった。


「うおーすげーすげー!何だこれ何だこれ!」


目に入るその光景に声を上げ、ぎゅっぎゅっと靴の下から感じる感触に声を上げ、時折吹く凍るような冷たい風に声を上げる。きっと何もかもが初めてなのだろうそのはしゃぎ様に、ルークは苦笑に近い笑みを零した。まあ、目の前ではしゃぎまわっているのもルークなのだが。


「おい!何だよこれ!」
「そりゃ雪っていうんだ。冷たいぞ」
「ゆき?何だそりゃ……うぎゃーマジでつめてー!」


ぺたりと両手を地面につけたとたんに、赤くて長い髪が慌てるように靡いた。白の中の赤とは何と目立つ事だろう。どんなに遠くに離れていてもすぐにどこにいるか分かってしまうだろうなあと考えた髪の短いルークは、一瞬後に自分も同じだという事に気がついた。


「なあ、どうしてここにはゆきがたくさんあるんだ」


寒いのだろう、両手で自分を掻き抱くように腕をさすりながらこちらに歩いてきた長髪ルークの問いに、短髪ルークは困ったように頭を掻いた。


「どうしてって、空から降って来たんだよ」
「空からぁ?」
「雨とおんなじように降って来るんだよ、雪ってのは」


長髪ルークは「雪」が降ってくる様を想像するように空に目を向けた。つられて短髪ルークも空を見る。目の前の存在と同じように「雪」を知らなかった自分に空から降ってくるものだと教えてくれたのは誰だったか考えて、それは自然に覚えたものだったと気がついた。空から降ってくる冷たくて小さな白いものをしばらく見つめて、それが地面に積もって「雪」になるのだと、つまり目の前を舞っているこれは「雪」なのだと己で気がついた時の感動は、誰にも話せなかった。恥ずかしくて。
厚い雲に覆われて真っ白になっているその空は、雪に覆われる地面と区別をつけることが難しかった。曖昧な境界線を見つけようと目を凝らしてみるが、いっそ焼けるような白にしばらくして諦めた。目が少しちかちかとしたので、慌てて瞬きをする。


「おい、でもおかしいじゃねえか」


その声に視線を戻せば、どこか不機嫌そうに長髪ルークがこちらを見ていた。何がおかしいのだろうか、短髪ルークは首を傾げてみせる。


「何がだよ?」
「雨はすぐに消えちまうじゃねえか。何でゆきは消えねえでここにずっとあるんだよ」


短髪ルークはあっけにとられるのを通り越して感心した。かつての自分はこんな事を考えていただろうか。自分が始めて雪を見たときの事を思い出して、その時はこんな事を考えている場合じゃなかったなあと僅かに肩を落としてみせた。たくさんの罪にまみれて、どうすれば償う事ができるか考え、世界のために走り回っていた時だった。雪を雨に重ねて不思議がる暇なんてなかったのだ。
そうやって考えて、短髪ルークは少しだけ嬉しくなった。目の前のこの何も知らないルークには、純粋に雪を感じさせる事が出来たのが嬉しかったのだ。


「雪はすごく冷たいから、溶けないんじゃないか?」
「ふーん……。雨も十分冷たいけどな」


長髪ルークはおもむろにしゃがみ込んだ。つめてえとぼやきながら、それでもその手に雪の塊を掴む。その新鮮な感触にぎゅうぎゅうと握り締めれば、握った手の暖かさに雪は瞬く間に溶けていった。はっとしてその手を開いてみても、最早そこには僅かな水しか残されていなかった。


「消えちまった……」


その声が存外寂しそうなものだったものだから、短髪ルークはそっとその背中を包み込んだ。くせのある長い赤毛が顔に掛かる。自分と同じ体温であるはずのその体は、ひどく温かかった。


「雪はな、脆いからすぐに溶けちまうんだ」
「……でも下にはこんなにたくさんあるじゃねえか」
「地面は冷たいから。お前はあったかいから」


抱きしめるその腕にそっと冷たい手が触れてきた。その手は雪に濡れていて、少しだけ震えていた。寒さに震えているだけではないその手を、同じ手がぎゅっと握り締めた。


「大丈夫」


お前にもその手に持てるものがあるよ。


どこまでも続く真っ白な世界。2つの焔は互いを暖めあうように寄り添っていた。




   温かな雪の中で

06/07/19