ミュウは今幸せだった。何故なら大好きなご主人様と一緒にいるからだった。
たとえそのご主人様が理由は分からないが2人になっていたとしても、ミュウはご主人様が本当に大好きだからまったく構わなかった。それどころか大好きなご主人様が2人に増えてとても喜んでいた。


「みゅみゅーっ、ご主人様が2人ですのー!嬉しいですのー!」
「だあああうっぜーんだよこのブタザル!」


嬉しさのあまりミュウがぴょんぴょんと飛び跳ねていたら、頭に懐かしい衝撃が走った。ああこれはご主人様の靴の裏だ。ミュウにはすぐに分かった。ぐりぐりと地面に押し付けられるが、ミュウは柔らかいのでそれほどダメージはない。というか、渾身の力を込めてぐりぐりしているように見えるが、ちゃんとご主人様はそれなりに手加減をしてくれているのだ。


「おらおらおらっ」
「みゅうううう〜」


情けない声が出るが、内心ミュウは嬉しかった。これが、ご主人様なりの構い方だとちゃんと分かっているからだった。この時のご主人様は、優しさを表に出す方法を知らなかっただけだ。ご主人様は最初から優しかった。あんなにウザイと言っていたのに、ただ道案内と、通訳をするためだけについてきた小さなミュウを、とっさにかばってくれるぐらい優しかったのだ。
だからミュウはどんな些細な事でさえ、ご主人様と触れ合えるのならばそれだけで嬉しかった。


「おっおい、やめろよ!さすがに踏みつけるのはやりすぎだろ!」


しかしそんな2人に待ったの声がかかった。それもご主人様だった。ミュウを踏みつけるのは長髪ご主人様。ミュウを助け出したのは短髪ご主人様だった。


「こいつ、確かにウザイけどいつも頑張ってんじゃんか、せめて踏むのはよせよ」
「だってこいつウゼえだろ」
「いや確かに時々仕方が無いぐらいウザイけど」


言いよどむ短髪ご主人様。それを見てミュウは嬉しいと同時に悲しくなった。
優しさを表に出す事を(半強制的に)学んだご主人様は、それしか出せなくなってしまった。それがミュウはとても悲しかったのだ。自分を奥底の方に押し込めて笑うご主人様に、いつもミュウは胸が痛くなる。
今だって。


「ミュウはいつも、俺と一緒にいてくれたもんな」


そうやって笑うので、ミュウは必死になって言った。


「ボクは、これからもずっとずっとご主人様と一緒にいるですの!」
「えっ……?」
「ボクはご主人様が優しい人だって知ってるですの!だから大丈夫ですの!だから」


だから、そんな顔しないで。



「……だとよ。だからんな情けねえ顔すんなよ、それでも俺か?」


ミュウの代わりにそうやって言ったのは、ご主人様だった。ミュウが見上げる目の前で、ご主人様とご主人様が向き合う。それはどんな出来た鏡よりも、美しかった。


「こいつがこう言ってんだから、素直に踏んづけときゃいーんだよ」
「そ、それは何かずれてる気がすんだけど」
「……だから、俺がいいって言ってやるから、お前は笑っとけ」


長髪ご主人様の言葉に一瞬きょとんとした短髪ご主人様は、次の瞬間、まるで涙がこぼれる寸前のようにくしゃりと顔をゆがめて、それでも笑った。何言ってるんだよ、何で笑うのにお前の許しを得なきゃいけないんだよ、と零しながら、それでも笑った。そしてそれにつられるように、目の前の顔も笑う。花がほころぶような、優しい笑顔だった。
それを下から見ていたミュウは、大きい目をさらに大きく見開いた。

ご主人様が、笑った!


「みゅっミュウウウウ!」
「うわっ!ど、どうしたミュウ?」
「ご主人様!ボクは今嬉しいですの!とてもとても嬉しいですの!」
「はあ?」
「ありがとうですのご主人様!よかったですのご主人様!」


誰にも見えない奥底に押し込められて、そして捨てられたご主人様。
過去を捨てる事を余儀なくされ、笑顔まで捨ててしまったご主人様。

ミュウは幸せだった。

主は今、ようやく笑う事を許されたのだ。





   許された日

06/07/11