ミュウは夢を見ていた。安い宿屋、でもミュウにとってはふかふかのベッドの上で、何よりも大好きなご主人様と一緒に先ほど眠ったのを覚えているので、多分確実に今ミュウは夢を見ていた。いくら聖獣と呼ばれるチーグルでも、眠っていた場所から一瞬にして異次元に飛べる能力は持ってはいない。もちろん、翻訳機その他に使われる腰の所のソーサラーリングでさえ、そんな機能は持っていない。ではやはりこれは夢なのだろう。ミュウはそう理解した。
理解したうえで、今目の前にいるご主人様を見つめた。二人分。

……あれ?


「あれ、ミュウじゃんか、どうしてお前こんな所にいるんだ?」
「何だブタザルかよ、うぜえな」


上も下も右も左も分からない真っ白な空間。そこにいるのは確かにミュウのご主人様だった。美しい夕焼けを写し取ったような朱色の髪。新緑の葉に太陽の光を当てたらこんな色をするのだろう翡翠の瞳。いつもその身に纏っている、背中のマスコットが愛らしい隙のありまくる白い服。どこからどう見たってご主人様以外の何者でもなかった。しかしミュウは小さな手を精一杯に伸ばして、零れ落ちそうな大きな目をごしごしとこすった。そうやってしてみても、目の前の光景は変わる事は無かった。


「ご、ご主人様」
「ん?どうした?」


話しかければ、後ろ髪がひよこのようにひょっこり立ってしまっているご主人様が、目を合わせるかのようにミュウに顔を近づけた。髪が長く先にいくにつれて色が抜けているご主人様も返事はしなかったが、ちらりとこちらを見下ろして話を聞く体勢に入っている。

そう、ご主人様は、2人いた。


「ミュウには今、ご主人様が2人いるように見えるですの……」
「そりゃあ、俺の目の前に俺がいるもんなー」


当たり前だろあははと短髪ご主人様は、笑いながら再び手を動かし始めた。その手にはこの異次元のどこから持ってきたのか、一本のブラシが握られている。ブラシは柔らかく長いその髪を何度も何度も梳いていた。


「お前って猫っ毛だよなー」
「てめえに言われたくねえよ。俺だって切りてえのに」
「切るなって言われてたもんな」


悪態をつきながらしかし、長髪ご主人様は気持ち良さそうに目を細めている。それが何だか猫のような仕草に見えて、微笑ましい気持ちになったミュウは思わず笑いそうになった。しかし笑ってる場合じゃない。短髪ご主人様が長髪ご主人様の髪を梳かしてやっている。しかも仲良さげに。これは、異常事態ではないか。


「みゅ、ミュミュミュミュ〜?!」
「うるっせえこのブタザル!」


パンクした小さな頭を座った姿勢のまま長髪ご主人様が蹴りつける。が、すっかりそれに慣れていたミュウはころりと転がった後すぐに起き上がり、ご主人様たちの元へ駆けた。

目の前にご主人様が2人いる。
1人は、かつて大好きだった長髪ご主人様。命を助けてもらった。真っ直ぐなその態度は傍にいるだけで安心できた。投げつけられる暴言や暴力が、優しさというものの表現の仕方を知らなかったが故の不器用な照れ隠しだと分かっていた。裏も表も無かったから、裏切られることも無かった。ご主人様はいつも等身大でミュウと向き合ってくれた。
1人は、今も大好きな短髪ご主人様。呼びかければ優しい瞳で振り返ってくれる。時々笑顔が翳るのが何より悲しかった。ああ彼は最初からあんなにも優しかったのに、自分はその優しさを持ってはいないのだと1人嘆く。ミュウは傍に寄り添う事しかできないけれど、それが少しでも救いになるのなら。何よりミュウがこれからずっと、一緒にいたいと思う。

大好きな大好きなミュウのご主人様。それが、2人いる!


「ミュウは幸せですのー!」
「うわっ!いきなり飛び込んでくるなよ!」
「うぜえっつってんだろうが!」


2人の間にもぐりこんだミュウは幸せに笑った。





   幸せのカタチ

06/07/05