サンタクロースがやってくる



「なあクロウ。サンタクロースにはどんなプレゼントを頼むんだ?」
「えっ?」
「えっ?」

ほぼ似たような驚いた顔が見合わされる。尋ねられたクロウも尋ねたリィンも、こいつはどうして驚いているんだと同じことを考えながら見つめ合う事数秒。先に我に返ったのはクロウだった。

「……お、おお!そういやそんな季節か、何も考えて無かったわ」
「ああそうか、ユミルに来てバタバタしてたから、考える余裕が無かったんだな」
「そうそう。いやー、楽しみだなーサンタクロース」
「うん!」

満面の笑みで頷くリィンに、クロウは自分の選択が間違っていなかったことを悟った。よかった。もしあそこで別な言葉を選んでいれば、最終的にテオに土下座で謝らなければならない事態になっていたかもしれない。
サンタクロース。それは、帝国を中心に広く知れ渡っているおとぎ話である。そう、おとぎ話だ。一年良い子にしていた子供の元に、冬のある日サンタクロースという赤い服と白い髭の老人が現れ、枕元にプレゼントを置いていってくれるというとてもハートフルなお話だ。帝国出身ではないクロウでさえ知っている有名な話だ。
親を持つ幼子は一定年齢まで大体この摩訶不思議な老人の存在を信じて育つのが一般的である。もちろん無償でプレゼントを贈ってくれる優しいサンタクロースの代わりを、その親が担うためだ。時期や年齢は個々の事情により様々だが、サンタクロースの本当の正体を知った時が子供から一歩大人に近づく時と言われている。
ちなみにクロウは割と早い段階でサンタクロースは存在しない生き物だと気付いた子供だった。冬のこの時期と言えば、店の前に立つ客寄せサンタの帽子を取ってやろうと友人達と計画したり、プレゼントを巡って祖父とギャンブルで勝負しまくったりしたろくでもない楽しい記憶ばかりが思い起こされる。閑話休題。

「おれまだサンタクロースに会った事がないんだ。一度でいいから会って握手してみたいな」

暖炉のぬくもりが満ちるリビングから雪が降りしきる窓の外を眺めながら瞳を輝かせるリィンは、どうやらサンタクロースが実在するとまだ信じて疑わないらしい。絵本にもよく描かれる恰幅の良いおじいさんの姿を思い浮かべて、ほうと憧れの息を吐いている。お前のサンタクロースはもうちょっと若くてがたいが良くて狩りが趣味の子煩悩な男の人だと思うぞ、とは、懸命にも伝えなかった。クロウは空気の読める男だった。

「まあ寝てる間に来るからな、あのおっさんは。夜更かしする子供の所には来ねえって話もあるし、会うのは諦めた方がいいだろ」
「そうだな……残念だけど」
「……ん?」

さりげなくフォローしながらほのぼのと会話していると、玄関口がにわかに騒がしくなった。その中から一際か細く聞こえる声がエリゼの泣き声だとクロウが悟った時には、隣にいたリィンはすでに駆け出していた。

「エリゼ?!どうしたんだ!」
「お前の反応早っ!」
「うっううっにいさまあ」

部屋から飛び出してきたリィンに、ぐすぐす泣いていたエリゼが抱き着く。その後ろには気まずそうなメイプルと、怒ったようにそんなメイプルを見つめるパープルが立っていた。今日は確かエリゼはこの姉妹と遊んでいたはずだが。震える体を抱きしめてやりながら、リィンが困惑した顔でエリゼを見下ろす。

「エリゼ?何かあったのか?」
「ごめんなさい、エリゼお嬢さんが泣いてしまったのは全部このメイプルが悪いんです。ほらメイプル、謝って」
「もーだから悪かったってばー」

子供同士なのにどこまでも礼儀正しい姉のパープルがメイプルを促す。何か余計な事を言ったりしたんだろうなと横から眺めながらクロウは思った。その予想は間違っていなかった。顔を上げたエリゼが、涙を湛えた瞳でリィンを必死に見つめた。

「にいさま……サンタクロースさんは、ほんとうにいますよね!おはなしの中だけのおじいさんじゃ、ないですよねっ!」
「えっ?!」

あーあ。その言葉でメイプルが一体どんな事を言ったのか大体察した。クロウが呆れたように見れば、仕方ないじゃんうっかりしてたんだからと身振り手振りでメイプルが弁解する。その頭をパープルが軽くたたいた。
さて、尋ねられたリィンはといえば。エリゼの肩をしっかり持ち、力強い声で涙を流す妹を励ましていた。

「もちろん、サンタクロースはいるに決まってるじゃないか!毎年おれたちにプレゼントをかかさず持ってきてくれるのがその証拠だ。そうだろ、クロウ!」

どこまでも真っ直ぐな薄紫の瞳に貫かれる。エリゼまでにも縋るように見つめられ、クロウは呻いた。この純真な視線を一心に受けて裏切る事が出来るような奴は人間の心を持っちゃいねえ、と割と本気で思った。つまりはクロウも、親指を立てて笑顔で頷いていた。

「当ったり前だろ!サンタクロースがいない訳がねえし!だから泣く事ねえんだぜ、エリゼちゃん」
「リィンにいさま、クロウにいさま……」

力のこもった励ましと、トドメにリィンからよしよしと頭を撫でられ、エリゼはやっと笑顔を見せた。その場にいた全員がほっと息をつく。
その後、騒ぎを聞いて駆けつけてきたルシアがとりなしてくれて小さな騒動は終了した。ぺこぺこ謝るパープルと呑気に手を振るメイプルを見送ってから、流れでクロウはリィンとエリゼと共に、サンタクロースへの手紙を書く事となる。

「こうやって欲しいものをお手紙に書いておけば、サンタクロースは必ずプレゼントを持ってきてくれますからね」

にっこり笑顔でルシアにそう言われ、便箋を手渡される。なるほどこうして子供の欲しいものをリサーチしているのかとクロウは感心した。もちろん顔には出さない。
並んでテーブルに便箋を広げ、エリゼは懸命に考えながら何事かを書き綴っていたが、リィンはとても難しい表情でぴたりと動きを止めている。あれだけ楽しみにしていたくせに手紙は一行も進んでいないようだった。

「にいさま、にいさまはなにをおねがいするんですか?」
「うーん……」
「リィン、今年は「欲しいものは特に無いです」だなんて書くのは駄目ですからね。サンタクロースも困ってしまいますよ」
「はい……」

遠慮が服着て歩いているようなこの子供は、どうやらサンタクロース相手でも例外ではないらしい。しょうがない奴だなと笑うが、クロウとてお願いしたいようなプレゼントなどさっぱりと思い浮かばない。シュバルツァー家のサンタクロースの正体を察している分尚更だった。

「クロウ君も。サンタクロースに遠慮なんてする必要は無いんですからね」
「……へーい」

読まれている。ルシアに微笑まれて、クロウは内心頭を抱えた。遠慮をするなと言われても、居候の身で図々しい願い事などどうしても書けない。だからと言って何も書かなかったり極端に安いものを願ったとしても、余計に気を遣わせてしまうだろう。どうすりゃいいんだ、と天を仰いだ、その時。
ふと隣で、同じようにうんうん悩む黒髪が目に入った。今は室内だが、外ではよく寒そうに首をすくめている姿を目にしている。ふかふかのマフラーでも巻けば随分と違うだろうに。目にも暖かい赤いマフラーなんか、こいつに良く似合うだろうな。そこまで考えて、ぴんと閃いた。
さっそくさらさらと文字を綴る。初めましてユミルのサンタクロース様、今年はこの同室の友人によく似合うマフラーをお願いします。こいつがあったかそうにしていれば、俺も何となくあったかい気持ちになれるんで。概ねそんな内容を、もう少し丁寧にしたためた。これでいい。
満足して顔を上げると、視線を感じた。詳しく言えば、今まで集中していて気付かなかったこちらへ向けられる視線に、今ようやく気付いたのだった。隣を見れば、すぐさま逸らされる薄紫。

「どした?」
「ううん、何でもない」

首を振ったリィンは、先ほどまで悩んでいたのが嘘みたいに何かを書き始める。覗き込もうとしたらさっと隠された。どうせ当日何をお願いしたのか分かるのに、とも思ったが、自分の手紙だって今リィンに見られたら色々と困る内容だったので、それ以上深追いはしない。
こうして無事サンタクロースへの手紙も三人分完成し、後は実際にプレゼントが届くのを寝ながら待つ穏やかな日々が訪れるだけ、かと思われた。
その日の夕食後、おもむろに宣言してきたリィンの爆弾発言を聞くまでは。

「クロウ。おれ、サンタクロースの姿を見るためにこっそり起きていようと思う」
ブフッ!

ルシアとエリゼがキッチンへ立っている間、男三人でのんびり食後のお茶を楽しんでいた時だった。リィンの言葉に反応したのはクロウではない。たまたまカップを口につけていたテオが、思わず口に含んでいた紅茶を動揺で吹き出していたのだった。

「父さん?!」
「ゴホッゴホ!き、気にするな、少しむせてしまっただけだ。それよりリィン、どうしていきなりそんな事をしようと思ったんだ」
「はい。俺が実際にサンタクロースの姿をこの目で見て、エリゼを安心させてやりたいと思ったんです。きっとまだ、どこか不安を抱えていると思うので」

決意をみなぎらせた瞳で、リィンはぎゅっとこぶしを握り締めている。なるほどサンタクロースの存在を疑っている訳では無く、エリゼのために確認を取ろうと考えたらしい。その兄としての志は立派であるが、大人にとってはたまったものじゃないだろう。まだ動揺でカタカタとカップを持つ手が震えているテオを見て、クロウは慌ててリィンを説得に掛かる。

「おい、今日言っただろうが、夜更かしする子供の所にサンタクロースは来てくれねえぞって。お前プレゼントを貰えなくていいのか?」
「それは……少し困るけど。でも、いつもはちゃんと早く寝ているし、サンタクロースは子供の味方だから一日ぐらい許してくれると思うんだ!」
「うっ。そ、そう、お前基本的に早寝早起きじゃん、サンタクロースが来るのは夜中なんだ、絶対起きてられねえぞ」
「大丈夫、寝ないように頑張る!エリゼの安心のためだ」

リィンの意志は固い。ああこれは滅多な事じゃ崩れないなとクロウは悟る。こうなったリィンは頑として他者の説得を受け入れない頑固者と化してしまう。まだまだ短い付き合いのクロウでもよく分かっていた。
視界の端で途方に暮れるように肩を落とすテオの姿を認めて、クロウも心の中で決意した。リィンが兄貴の意地としてどうしても起きていると言うならば、己の役目はその意地を鎮めて寝かしつける事だと。子供の夢と、大人の責任、同時に守るためにも。それが、世話になっているシュバルツァー家への、せめてもの恩返しとなる事を願って。




しかしそんなかすかな決意も、より大きな決意の前では無残にも打ち砕かれる事となる。
リィンの熱意が日をいくつか跨いでもまったく薄れることなく迎えた、12月24日。サンタクロースが襲来するのはこの日の夜と定められている、運命の時間がやってきた。

「なあ、マジでこのまま起きてるつもりか?」
「もちろん。お昼寝もたくさんしたから、絶対大丈夫だ」

既に明かりは消された二人部屋。それぞれのベッドの中でリィンもクロウも目を開けたまま横たわっていた。昼間降り続いていた雪は珍しく晴れていて、カーテンの隙間から月明かりが白々と室内を照らしだしている。こんな明るい夜では、百戦錬磨のサンタクロースもさぞかし仕事がやりにくい事だろう。お蔭で明かりの類がなくとも、ベッドの上で眠る気配のないリィンの瞳が爛々と輝いているのがよく分かった。

「クロウも、別におれに付き合って起きてなくてもいいんだぞ?」
「こんな状況で呑気に眠れるかっての……」
「ん?」
「何でもねえー」

本人の言う通り昼寝もしていたしろくに飲めないコーヒーも頑張って飲んでたし、準備は万端のようだ。クロウとて昼寝の邪魔をしてみたり大目にミルクを入れてやったりと地味に妨害してみたのだが、大した障害にはなっていない気がする。特に昼寝なんていつの間にか一緒になって眠ってしまっていたのはここだけの秘密だ。
事前の邪魔は出来なかったが勝負はこれからだ。よし、と気合を入れたクロウは、ごろりとリィンへ体を向けてまずは口で勝負を挑んでみる事とした。

「しつこいようだが、本当に起きとくつもりなんだな?プレゼントを貰えない事を覚悟で?」
「うん、おれはもう決めたんだ。貰えなかったら、その時はその時だ」
「そうか。ところでこんな話は聞いた事ねえか?夜なかなか寝ない子供の所にはおばけがやってきて、無理矢理仲間としておばけの世界に連れていっちまうって話」
「?!そ、それがどうしたっ、ここ怖くなんかないぞ?!」
「本当か?目玉はこんだけ大きくて、真っ赤な口も人間を丸呑みできるぐらい広がってて、鋭い爪や牙も生えててすげえ怖いおばけでもか?」
「ひっ……こ、怖くなんか、ないし……」
「他にも角が四本生えてたり、手が六本に足が十本あったり、尻尾が百本生えてたり、鳴き声がみししっだったり」
「そこまでいくと怖いというより気持ち悪いよ……!最後なんか混ざってるし!」
「チッ盛りすぎたか。それじゃあ仕方ねえ、眠くならないようなおまじないを教えてやる。いいか?」
「うん」
「ヒツジンっているだろ?あいつを頭の中で一匹ずつ数えていれば、夢中になってずっと起きてられるって訳だ。さっそくやってみ」
「そうなんだ。えーと、ヒツジンが一匹、ヒツジンが二匹、ヒツジンが三匹、ヒツジンが、四匹、ヒツジン、が、五匹、ヒツジンが……はっ!クロウ、今おれものすごく眠くなったぞ!おまじない効いてない!」
「チッ気付かれたか」

などと、あの手この手で夢の中へ誘導しようとするクロウだったが。リィンは思っていたよりも大分持ちこたえていた。そもそもこうして話している間に自然と眠くなるだろうと踏んでいたのだが、そんな気配もない。
仕方がない、と、クロウはベッドから起き上がった。こうなったら最終手段に出るしかない。こうしている間にもサンタクロースがやってくる時間が迫ってきているのだ。

「クロウ?」

自分のベッドから抜け出しおもむろに歩み寄ってきたクロウの姿に、リィンが目を丸くする。手だけでそっちに寄れと指示すれば、訳が分からないままでも反射的に寝転がる位置をずらしてスペースをあけてくれた。そのリィンのベッドに出来た隙間に、何か言われる前にとっとと潜り込む。

「……えっ!なな、何で?!」
「別にー。おばけに怯えるリィン君のために添い寝してやろうと思っただけでーす」
「こっ怖がってなんかなかっただろ!」
「いいから、いいから」

半ば強引に言い含めてから、出来るだけ柔らかくぽんぽんと毛布の上からリズムよく体を叩いてやる。これぞ必殺、直接寝かしつけちゃえ作戦だった。難点はこうやってかなり無理矢理添い寝の形に持っていかねばならない点であるが、懐に潜り込んでしまえばこっちのものだ。
突然やってきたクロウに体を固くして緊張している様子だったリィンも、次第に力を抜いていった。優しく響く一定のリズムと、あたたかな人の体温に、張っていた気がどんどんと解されていっているのが横から見ていてもよく分かる。見開かれていたリィンの瞳が、いつの間にか半分落ちてきていた。

「クロウ……今、とても気持ちがいいんだけど……」
「結構な事じゃねえか」
「だめなんだ……このままじゃ、ねむっちゃいそうで……」
「眠い時は眠っちまえばいいんじゃねえの」

リィンの言葉がむにゃむにゃとおぼつかないものになる。ふらふらと微かな抵抗を続ける瞼は陥落寸前だ。しめしめ、とクロウは笑った。リィンが眠ってしまうまで、あともう一息だった。
あともう一息、だったのに。静かに、とても静かにガチャリと部屋のドアが開かれた音に、クロウとリィンは一気に目を見開いていた。一瞬だけ顔を見合わせ、揃ってとっさに眠ったふりをする。リィンはおそらく喜びにドキドキしているだろうが、クロウは絶望的な意味でドキドキしていた。早い、ちょっと早かったよテオさん、あともう少しの所だったのに!
コツ、コツ、とブーツが床を蹴る重い音。一度部屋の中央で立ち止まった足音は、くすりと笑ったようだった。片方のベッドが抜け殻で、もう片方のベッドに二人分の山が出来ている事に微笑ましく思ったのかもしれない。笑ってる場合じゃねえから、と内心クロウはつっこんだ。こちらがまだ起きている事を察して、姿を見られる前に一回部屋から出ていってくれればいいのだが。そんな僅かに抱いていた希望も、再び響いてきた近づいてくる音に打ち捨てられる。
ごめんなさい、とクロウは胸の中で謝った。リィンの淡いサンタクロースへの夢を守れなかった事、テオとルシアが子供たちのためにサンタクロースを頑張る時間を壊してしまった事、両方に謝った。せめて翌朝エリゼにだけは、サンタクロースは実在したと上手い嘘を付けるようにしておかなければ……。
かくして二人が横たわるベッドの脇に立った人影。クロウが止める間もなくぱっと目を開き、リィンはその正体を仰ぎ見ていた。

「あなたが……あなたが、サンタクロース?」

クロウも見た。二人分のプレゼントを手に持つ、サンタクロースの姿を。

「……はっ?!」

それはまさしく、「サンタクロース」だった。明かりのない夜の部屋でもはっきりと分かるあのおなじみの赤い服と帽子、たっぷり蓄えられた白いもじゃもじゃの髭に、目が隠れるぐらい盛られた白い眉毛、帽子から出ている髪ももちろん白い。雪の中を歩いてきたと思われる黒いブーツも、子供たちへ配るためにたっぷりプレゼントが入っているであろう大きな白い袋も、恰幅の良いずんぐりむっくりなシルエットも、素晴らしいほどの「サンタクロース」だった。まるで絵本の中からそのまま飛び出してきたような、理想的な人物がそこにいた。
「サンタクロース」はそれぞれ別な意味で固まるリィンとクロウに唯一わずかに見える瞳でにこりと笑い、肯定するように黒い頭を撫でた。リィンの頬が喜びに染まる。ぽかんと固まるクロウの頭も撫でてくれたが、反応する余裕も無かった。横になる二人に毛布を掛け直してやり、ちゃんと早く寝ないとだめだぞと伝えるようにぽんぽん叩き、そしてその枕元に二つのプレゼントを置いた。人差し指を口元、というか髭元で立て、ぱちりとウインクしてみせたのはきっと、プレゼントは明日の朝改めて開けなさいという意味だろう。何となくだがそう思った。
そうしてコツコツと来た時と同じようにブーツの音を響かせた「サンタクロース」は、白い袋を抱え直して二人の元から立ち去った。パタンとドアが閉められ、静寂が訪れる部屋の中。呆然としていたリィンがやがてクロウに向き直って、興奮するように捲し立てる。

「クロウ、見たか?!サンタクロース!本当にサンタクロースが来てくれた!すごいな、絵本の通りだった!とても優しそうなおじいさんだった!やっぱりサンタクロースは本当にいたんだ!」
「あ、ああ」
「握手をしてもらうのは忘れていたけど、頭も撫でてもらったし……すごく、優しい人だったな!まるで父さんに撫でてもらった時のように安心できた……!」
「は、はは、そうだな」

瞳をきらきらと輝かせて語るリィンの話を、クロウは半分しか聞いていなかった。全部聞いて一緒に喜んでやれる余裕がなかった。ただただ、先ほどの完璧な「サンタクロース」に圧倒されるばかりだったのだ。

(テオさん……本気度、半端ねえ……!)

自分の出る幕は無かった。子供の夢を守る父親の全力の姿を、クロウは心の中で称賛する。どこで衣装一式買い揃えたんだろうルシアさんが縫ったのかなとか、お腹にどれぐらい詰めてたんだろうとか、あのサンタクロースっぽい動きはこっそり練習していたんだろうなとか、リィンの話を聞きながらつらつらと考えていれば、いつの間にか揃って眠りに落ちていた。
こうしてシュバルツァー家のサンタクロース像は無事、今年も崩されることなく守り通されたのだった。




「……あ?お前のプレゼントもマフラーなのか?」
「え、あれ、クロウも?あっ本当だ、赤いマフラー……手紙に書いたのか?」
「まあな。しかしお前のは青いマフラーね、お前がその色選ぶのは何つーか、意外だな」
「えっと、その……おれじゃなくて、クロウにはこの色が似合うんじゃないかなって、思って」
「えっ」
「自分が欲しいものがどうしても思い浮かばなくて、外に出た時たまに寒そうにクロウが首をすくめていたのを思い出して思わず手紙に書いていたんだ。クロウがあったかくなってくれればおれも嬉しいし……だからこれはクロウにあげるつもりだったんだけどまさか被っちゃうなんてな、どうしよ……ってどうしたんだクロウ?!突然頭を抱えて」
「はああー……考える事まで同じとか、何なんだよこれは……」
「??」

昨晩夜更かししたためにいつもよりちょっとだけ寝坊してしまった日。その日からクロウの首には青いマフラーが、リィンの首には赤いマフラーが仲良くお揃いで巻かれる事となった。
「にいさまたちだけ、おそろいずるいです!」とエリゼにへそを曲げられてしまったのは言うまでもない。



14/12/24



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