今日からだいぶ寒くなるらしいのでこたつを出した。エアコンもあるから別にいいかと思っていたのだが、やはり足元をぽかぽかに温めてくれるこたつの存在は意外と大きい。あまりにも気持ちよすぎて動きたくなくなったりそのまま眠ってしまうというリスクも負ってしまうが、そこはまあ気を付ければいいだけだ。それに何より、同居中の相方がそわそわとこたつを出して欲しそうなそぶりを見せていたので、もうこたつを出す以外の選択肢が無くなってしまったのが大きい理由だった。
という訳で、リィンが外に出かけている隙を見計らってこっそりこたつを設置し満足していたクロウだったのだが。彼は正直こたつの魔力を侮っていた。こたつを出したのならこれも必要だろうと、袋いっぱいのミカンを買いに外に出て帰ってきた時に思い知った。ちょうど入れ違いになっていたらしいリィンが先に部屋に帰ってきている事に気づき、どんな嬉しそうな顔を見せてくれるだろうとご機嫌に銀の尻尾を振りながらこたつの部屋へ足を踏み入れたクロウは、それを見た。
尻だ。こたつから生えている尻と足と黒くて長い尻尾がそこにあった。つやのある綺麗で真っ直ぐな尻尾が、ふわふわとどこかご機嫌そうに揺れている。周りには放り投げられたままの鞄や上着がそのまま落ちていて、帰ってきた後どれほどの勢いで突撃していったのか窺い知れた。どうやらうつ伏せで上半身をすっぽりとこたつへ潜り込ませているらしい見覚えのある尻は、目の前のぬくもりに夢中でこちらに気付いていないようだ。特に気配も消していないのに珍しい。普段は警戒心の塊みたいな奴なのに、とか思いながら、滅多に見られない油断しきった姿に顔がニヤつく。そんな笑顔のまま、クロウはゆらゆら振られる尻尾へと声を掛けた。

「どうよ?今冬初めてのこたつの感想は」
「?!?!?!っつう!!!」

ゴンッという鈍い音と共にこたつが大きく揺れる。ぴんと毛を逆立てた尻尾がぱたりと倒れる。中で盛大に頭を打ったらしい。耐え切れなくて吹き出していたら、のろのろと後ずさった体がゆっくりこたつから這い出てきた。最後に姿を見せたうつ伏せの頭は、黒い耳を限界までぺたりと伏せたまま、涙目の薄紫でチラっとこちらを見上げてくる。その顔はりんごのように真っ赤だった。

「……み、見たな……っ!」
「いや、お前が自ら尻を見せたままだったんじゃねーか」
「うっ……」

恨みがましそうな目が、それでも突きつけられた正論に口ごもる。腹這いのまま恥ずかしさに動けなくなっている黒猫の傍にしゃがみ込んで、クロウはその頭をぽんぽんと慰めるように撫でてやった。

「まあ前後不覚に陥るぐらい喜んでもらえたのは嬉しかったけどよ。何で頭から突っ込んだ?」
「……だ、だって……こたつが嬉しかったし、あったかそうだったから……」

ぼそぼそと、言い訳のように口にするリィンは自分でも言い訳になっていない事など分かっているに違いない。つまりはまあ、嬉しさのあまり思わず頭からこたつに潜り込んでしまったという訳だ。おそらくこたつがもっと大きくて広いものだったら、すっぽりと足の先まで中に入り込んでいたのだろう。二人用のテーブルではちょっと狭すぎたのだ。

「お前そんなにこたつが好きだったのかよ」

身体に巻き付いて震える尻尾をうりうりと伸ばしてやれば、べしっと払われる。キッと顔を上げたリィンは羞恥と頭への衝撃に未だ薄く涙を湛えながら、紅潮した頬でクロウを見上げ、恥ずかしさとやけっぱちの真ん中の表情で口を開いた。

「……っす、好きだよ、悪いかっ……!」
「………」

猫はこたつで丸くなる、とはかの有名な歌の一節であるが。リィンも例にもれずこたつが大好きなようだ。それを知れたクロウはしかし、さっきまでの面白おかしそうな表情をすっと収めていた。突然の変わりようにリィンも首をかしげる。
すると脈絡も無くいきなり、屈みこんでいた身体が動いた。リィンの寝そべっている両脇に手を差し入れると、遠慮のない力で上へと持ち上げたのだ。

「うわあっ?!く、クロウ?」

そのまますとんとリィンが収まったのは、床に胡坐をかいて座るクロウの膝の上。びっくりして逃げ出そうとするが、背後から抱き締めてくる力は強くてとても抜け出せそうにない。尻尾でぺちぺちと頬を叩きながら、リィンは必死に背後を振り返った。

「クロウ!いきなり何なんだよ!」
「これ罰ゲームな。もうこたつには入れてやんねー」
「は、はあ?罰ゲームって、何の罰だよ」

背後を振り返ったリィンが見たのは、銀色の耳をちょっといじけたように伏せ、元気なさげに尻尾をだらりと垂れさせたまま、むくれてそっぽを向く赤目の大型犬の姿だった。密着した体のせいか、それとも長い事一緒にいるための以心伝心か、ふてくされたわんこの心を正確に読み取ったリィンは思わず呆れた声を上げていた。

「何でクロウが嫉妬してるんだよ?!まさか、こたつ?こたつに?!」
「だってよー、あーんな顔して好きだよなんつってよー、俺にも滅多に言わねえのにずるくねえ?」
「な、なな何がずるいだよ!」
「だから罰。今日一日クロウ様こたつの刑」
「ひえっ?!ひ、人を舐めてくるこたつがどこにあるんだー!」

いくらじたばたもがいても、自称犬型こたつは離してくれない。しばらく悪あがきを繰り返す黒猫が、次第に「このこたつも気持ちが良い」ことを学習して落ち着きを取り戻し、そっと頭を預けてくるまであと数分。
せっかく買ってきたみかんをせっかく出したこたつで二人仲良く食べ始めるのは、さらにあと数時間後。




わんこ先輩と猫後輩2





14/12/04


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