正直リィンは水族館を舐めていた。そもそも「スイゾクカン」という言葉を聞いたのも、クロウからチケットを渡されて誘われた時が初めての事だった。何でも海や川や湖や、とにかく水の中に住む生物が沢山集まっている動物園のようなものらしい。説明されてへえ、と気のない返事をしたのは水族館とやらがどんなものかさっぱり想像つかなかったせいであり、一緒に行こうと誘われた事は純粋に嬉しかった。と、あんまり興味なさそうな顔のリィンにしょんぼり肩を落とすクロウに説明して懸命に誤解をといたのが先日の事。リィンは今、件の水族館の入り口に立っていた。

「よっ、待たせたな。さっそく入ろうぜ」

受付にてチケットを入場券に交換してきたクロウが片手を上げて歩み寄ってくる。可愛らしい魚の絵が描いていある目の前の大きな建物の中で何が待ち受けているのか、未だ分かっていないリィンが少しそわそわしながらクロウを見上げた。

「えっと、クロウは入るのは初めてじゃないんだよな?」
「まあな。と言ってもお試しで中覗かせてもらっただけだし、じっくり眺めるのはこれが初めてになるが」

だからお前と同じだ、とウインクしてくれるクロウはリィンの若干の緊張を的確にほぐしてくれる。リィンはほっと息をついてから、感謝を込めて頷いた。
お試しで、というのは、この水族館がジュライ市国の代表的な観光名所だからだ。彼の祖父の伝手で一度見学させてもらう機会があったらしく、今回のチケットもそれ経由で手に入れたんだとか。まだどんなものか分からない段階だが、さすがは海洋都市ならではの名所だと思った。
まごつくリィンの背中を押して、クロウが入口へと向かう。建物内に入り、海の底を思わせる深い青色のトンネルを潜り抜けた先に、初めて見る巨大な水槽がリィンを待っていた。

「う、わ……!」

思わず一度立ち止まり、口を開けて絶句する。高さは5アージュ、長さは10アージュ以上もの大きさの水槽。分厚いガラスの向こう側には、リィンの知らない世界が広がっていた。水で満たされた空間に、大小さまざまな魚が色とりどり、自由に泳ぎ回っている。水の中で暮らす生き物が見れる施設とは、なるほどこのような事だったのか。納得すると同時に、初めて見る水の中の想像以上の美しさに息を飲む。
とん、と背中を押されたような気がして、恐る恐る水槽へと近づいた。同じように覗き込む人々の間を縫って水槽の目の前に立ってみれば、視界はもう青一色に染まる。目の前を数匹の小魚が横切っていく。リィンの身長ほどもありそうな大きな魚が向こう側で悠々と泳いでいる。そんなはずはないのに、水中の音が聞こえるような気がした。地上で人として生きていく過程では決して見る事の出来なかったはずの世界が、ここにあった。
はあ、と無意識に溜息をついて、息を止めていた己に気付く。水の中に潜り込んだ心地でいたらしい。届かないと分かっていてそっと指を伸ばし、やはりガラスに阻まれて水の中には踏み込めない。それでもリィンはしばらくじっと、近くて遠い目の前の水の世界に魅了されていた。周りにたむろう人々が入れ替わるのにも気付かず、ただ立ち尽くして圧倒されていた。
やがてハッと我に返ったのは、ここに足を踏み入れてから何分経った後だったか。ぱちぱちと瞬きをした後、慌ててリィンは隣に立っていたクロウを見上げた。

「ご、ごめんクロウ、想像以上に水槽の中が綺麗で、つい夢中になっ」
「はああー……!よっし、この賭け、無事オレ様の勝ちかあ」
「うわっ?!は、はあ?」

言葉の途中で急に圧し掛かってきた体に混乱する。リィンの肩に顎を乗せたまま、クロウはにやりと笑ってみせた。

「いやな、お魚に夢中なリィン君が我に返った後、まず一番最初に何を思い出してくれるか密かに一人で賭けてた訳よ。無事この先輩様を一番に探してくれてホッとしたぜ、マジで」
「ええっ?!そ、そんな不毛な賭けをするぐらい暇だったのなら、声を掛けてくれれば良かったじゃないかっ」

どうやら結構な時間待たせてしまっていたようで、頬を赤らめながらもリィンが抗議すれば、予想外に柔らかい笑みを返された。

「別に?全然暇してなかったけどな」
「……えっ?」
「さ、この水槽に満足したなら行こうぜ。先にはまだまだ別な水槽がわんさかあるんだ、一つにこれだけ時間かけてたら日が暮れちまうぞー」

自然な流れで腕を取られ、順路と矢印が書かれた通路へ引っ張られる。引き摺られないように慌てて足を動かしながら、リィンの胸は高鳴っていた。まだ別な水の世界が広がる水槽が、これから沢山待ち受けている。掴んで引っ張って先導してくれる手が連れて行ってくれる。どちらの事を考えても胸が躍って、楽しみで仕方がない。嬉しくて笑うと、繋いだ手を介して伝わったのかクロウも肩を震わせて笑ったようだった。
そうして初めて体験する水族館と、クロウの温度に夢中になっていたリィンは気づいていなかった。休日で人も多めな館内で、仲良さげに手を繋ぐ男同士をぽかんと注目していた周りの人々がいた事を。

「……まあ、仲が良い事はいいことよね、とても」

ぽつりと呟いたお姉さんの言葉にその場にいた全員が思わず頷き。とても温かい眼差しで二人の後ろ姿を見守るのだった。




水族館はことごとくリィンの予想を上回る施設だった。数えきれないほどの海洋生物が無数に生きる建物内はびっくりするほど広い。一人で回っていれば迷子になってしまいそうな薄暗い通路を、確かな温もりが導いてくれる。そうしてリィンはクロウと共に、様々なコーナーに顔を出して初水族館を堪能した。


「このオレンジ色の魚は……クマノミ?っていうのか、合ってるか?」
「ああ、そうだな、間違いないだろ」
「えっと、それで……こっちの青い魚がハギ、って言うんだな!」
「だな」
「あ、クロウあれ、一緒の水槽にサメみたいなやつが泳いでるぞ、大丈夫なのか……?」
「ん?あー、あれは魚は食べないタイプの奴だな、そこにも書いてある」
「そうなのか、よかった……。あっ見てくれクロウ!あの魚は……」

泳いでいる魚の名前が書いてある説明書きと水槽を見比べては、いちいち振り返って確認や報告をしてくる珍しく興奮しているらしいリィンの姿を、律義に頷き返してやりながらほのぼのとクロウが眺めていたり。


「え、ここのコーナーでは水辺の生物が触る事が出来ますって……大丈夫なのか?」
「触れ合って下さいって書いてあるんだから触っていいんだろ。おっほら、お前初めて見るんじゃねえの?なまこ」
「ん?どれだ……う、うわっ」
「ックク、浜辺じゃ珍しくもねえ生き物だけど、初見じゃさすがにこのぬめぬめ姿にドン引きするよなあ……って、おい?!」
「わ、見た目通りすごくぬめっているし柔らかいな。これでも生物なんだから、すごいよな……」
「り、リィンさん?いきなりわし掴んじゃって大丈夫な訳?」
「え、何でだ?確かにちょっとびっくりしたけど、オオザンショとか同じぐらいぬめってるしこういう奴を掴むのは慣れてるぞ」
「あー……そういやこいつ白金釣師だったわ」

くたっと横たわるなまこを男らしく躊躇いもせず掴みあげたリィンに、気持ち悪がって怯える姿を少しだけ期待していたクロウががっくりと肩を落としたり。


「あ、この辺は川魚のコーナーなんだな。釣った事のある魚がたくさんいる!」
「お前、釣り出来そうなポイントに立ち寄ると必ず釣り糸垂らしてたもんなあ」
「こっちにはカサギン、シュラプ、トラードに、サモーナもいるぞ!どれもよく育ってて美味しそうだな」
「ハハ、そうだな」
「この水槽には、イールもいるのか。老師がカバヤキ?にすると美味しいって前に言っていたけど試した事は無いんだ。一度食べてみたいんだが」
「へえー」
「おお、やっぱりノーブルカルプはこうして見ていると模様が綺麗だな。でも、観賞するのもいいけど、やっぱり味が気になるな……」
「………」
「あ、ゴルドサモーナだ!クロウは食べた事あるか?こいつがまた美味いんだ、煮つけにしてもいいし、ただ焼くだけでも……」
「なあ、食用から一旦離れね?」

見知った魚たちに瞳を輝かせたリィンが涎を垂らさんばかりに水槽を覗き込む様に、思わずクロウが肩を叩いて落ち着かせてやったり。


「な、何だこれ……魚、なのか?」
「そいつはクラゲだ。一応これでも生きてるんだぜ、ちゃんと」
「そ、そうなのか」
「実はこいつは海に打ち捨てられたゴミの成れの果てでな……」
「え?!あ、でも、言われてみればビニール袋に似ていなくもない……?」
「ジュライの海周辺で生息するプランクトンがそのゴミに引っ付いて、最終的にこうして一つの生き物になっちまうらしい。まさに、生命の神秘って奴だな」
「そんな生命の誕生の仕方があったなんて……俺、初めて知ったよ」
「ああ、俺も今初めて知った。今のはとっさに作った作り話だし」
「〜〜っ?!クロウっ!」

一瞬本気で信じ込んだリィンが顔を真っ赤にして怒り出すのを、からかったクロウが腹を抱えて笑い転げて弁慶の泣き所あたりを思いっきり蹴り飛ばされたり。


「………」
「どうした?そんな熱心に見つめて」
「うん……ユミルの近所に生息してる似たようなあいつも、こうやって飼い慣らすことが出来ないかなって思って……」
「……まあ、似てはいるけどよ……渓谷に住んでるペングーはあくまで魔物だからな……」
「やっぱり、駄目か……」

ちょこちょこ歩く姿が可愛らしいと気に入ったらしいリィンが、地元のアイシクルペングーと目の前で愛くるしい姿をしているペンギンを比べて羨ましがっている頭をぽんと叩いて、クロウが慰めてやったり。

とにかく水族館のあちこちを巡り巡って堪能したリィンは、やがて見ていない場所も少なくなってきた終わりに差し掛かった段階でようやくその違和感に気付いた。
気付いた最初はさすがに気のせいだと思ったが、こうも毎回続くとさすがに気のせいではないかもしれないと思い直す。小さめの水槽の中で水草の間を泳ぎ回るカラフルな小魚に心を奪われながら、リィンは確かめるようにちらと隣を見た。

「ん?」

途端に目の合ったクロウが小首を傾げてくる。何でもないと慌てて視線を戻したリィンの、心の中に沸いて出た疑問ははっきりとした形で浮かび上がる。
やっぱり。やっぱり、そうだ。

クロウを振り返るたびに、毎回必ず視線が合うのは、一体何故だ?

「お、ちょうどいい時間に来たな。これからイルカのショーがあるらしいぜ」
「……えっイルカ?」

ハッキリと浮かび上がった疑問が気にはなりながらも、イルカのショーには心惹かれる。絵本などでイルカの姿は見た事あるし、あの愛らしい生き物が賢く芸をすることも知っているが、実際に見るのはこれが初めてだ。わくわくと胸を高鳴らせながら、人の流れる波に乗ってクロウと共に会場へ向かう。休日なだけあって人が多く、ともすれば引き離されそうになるが、しっかり掴んだ手の平がある限り離れる事は無い。そう分かっているくせにたまに振り返ってくる赤の瞳が、リィンは好きだなあと思った。言葉には、出せないが。
辿り着いたイルカショーの会場にはすでに人が集まっていた。座る場所はほぼ無く、あっても子ども連れやお年寄りに譲るべきだろうと無言で判断した二人は、自然と後ろで立ち見の姿勢を取っていた。時間ぎりぎりだったようで、落ち着いたすぐ後に元気な音楽が大音量で流れ始める。

「大丈夫か、見えるか?」
「み、見えるに決まってるだろ」

立って見物する人間も多く、一応前の方に陣取ることは出来たがリィンは若干人ごみに埋もれ気味となった。確かにちょっと見えづらい、が、認めるのが癪で気付かれないように背伸びをする。少しだけ高くなった視線に、しかし隣の相手に気付かれない訳がない。おかしそうに笑った気配が、リィンの腰を引き寄せた。

「おら、ここからならよく見えるだろ」
「うっ……」

クロウにぎゅっとくっついている気恥ずかしい状況だが、確かによく見えた。何事か文句を言いたい気分だったがその瞬間、目の前でイルカが大きなジャンプを披露してみせて全てを忘れる。

「わ……!」
「ほー、やるもんだなー」

大きくてとても深いプールの中を泳ぎ回り、傍に立つ飼育員のお兄さんお姉さんから指示を受けてありとあらゆるジャンプを見せるイルカ達。三匹ほど揃って飛び上がったり、一回転したり、大きな水しぶきを上げてみたり。可愛らしく勇ましいイルカたちに、歓声を上げる見物客と同じように手を叩いて感動していたリィンだったが。
キュイキュイと鳴き声を上げて歌を歌うイルカ達から目を逸らし、ふと、己の隣を見上げると。

「どうした?」

せっかくのショーを見ていなくてもいいのかと、目が合ったクロウに間髪入れずに尋ねられた。その瞬間、リィンの頭の中からイルカの事がぽんと飛び出していた。疑問が限界を超え、本人に確かめてみないと気が済まなくなってしまったのだった。

「クロウ、こっち!」
「あ、おい?!」

突如クロウの腕を掴み、人ごみをかき分けてぐいぐい歩き出したリィン。とにかく人がいない場所へ、と施設内の構図も分からずに傍にあった階段を下りた。少々薄暗く狭い通路を下へ進めば、辿り着いたのはひたすら横長の水槽が右の壁一面を覆うとある部屋だった。今この部屋にはクロウとリィン以外誰もいない。水槽の向こうをたまに物凄い速さで横切っていく光沢のある影を見て、ここがあのイルカショーの会場の真下にあたる部屋なのだと気づく。普段はここでイルカの姿をのんびりと眺める事が出来るのだろうが、今はショーの最中だから人気も無いのだろう。
巨大な水槽のお蔭でまるで水中にいるかのような波模様が部屋一面に広がる中央で、ようやくリィンはクロウの腕を離した。

「おいおい、いきなりどうした?まだショーの途中だったろうがよ」

引っ張られた腕をぱたぱたとこれ見よがしに振ってみせる笑い顔を、リィンはじと目で睨み付ける。

「確かにちょっと気になるけど、今はもっと気になる奴がいるから」
「ん、もしかしなくとも俺?何だ何だ、絶好のシチュエーションでとうとう告白か?」
「そ、そうだけど、そうじゃない!」

前半を肯定して、後半を否定する。向こうのペースに飲み込まれないように首を振って、にやにやと笑う赤目めがけてびしっと指を突き付けた。

「クロウ!答えてもらうぞ!」
「おう、何だ?」
「どうして今日一日、ずっと俺を見ていたんだ!」

ぱち、と。クロウが瞬きをする。何か言われる前に、リィンは間髪入れずに言葉を叩きつける。

「ずっとだぞ、ずっと!気のせいだとは言わせないからな、俺がクロウを見る度にかならず目が合ったって事は、つまりそういう事だろ!一体どうしてだよ!」
「それは……あー……」

何か誤魔化すような言葉を言いかけて、結局クロウは無言で両手を軽く上げた。降参のポーズだ。リィンの指摘を受け入れた証だった。

「いやなリィン、それは、」
「そんなに……そんなに退屈なんだったら、早く言えよっ!」
「……は?」

クロウの言葉をさえぎって、リィンはとうとう言った。言ってやった。クロウがこっちばかりを見ている事に気付いた時からずっと胸の内に溜めていたもやもやを、思い切ってぶちまけてやった。あっけにとられた声が聞こえるが、その顔を見ていられずに俯いて拳を握る。
知らない振りをしていれば済んだ事だったのに、耐え切れなかった。クロウが……優しすぎて。

「……ごめん、クロウがこの水族館に一回来たことがあるのを知っていたのに、俺ばかりが夢中になって楽しんでしまって……俺がはしゃいでいるのを見て、声を掛け辛かったんだろ?」
「………」
「でも俺だって、クロウと一緒に来れた初めての水族館だからこそこんなに楽しかったんだからさ……ええとつまり、クロウにも楽しんでもらっていなきゃ意味が無い訳で……だから、飽きていたのなら見ているだけじゃなくて直接言って欲しかったというか……」

最初の勢いはどんどんと尻すぼみしていき、次第に小声となる。向かいから大きなため息が聞こえた。早く言え、と言っておきながら直接聞くのがいざとなったら少し怖くなって、体を固くして身構える。その頭を。

「こんの世紀末ニブニブ野郎が!」
「いってっ?!」

ガッシと両手で掴まれて、遠慮のない力が入れられる。潰れる、頭が潰れるとあたふたしていると、力が緩められたと思ったらいつの間にかクロウの腕の中にいた。この水槽の部屋に誰もいない事は確認済みだが、それでも驚いてとっさに離れようとする。しかし頭ごと抱え込んだ腕はどんなにもがいても離してくれない。

「はあー、何言われるかと身構えてみりゃそっちで来たか。相変わらず斜め下にネガティブな事を考えなさる奴だ」
「ちょ、クロウっ?!いきなり何を……」
「いいから。ちょっとそのまま俺の音聞いてみ?」
「えっ?」

クロウの音?訳が分からないままとりあえず動きを止めてみる。ことりと頭を傾けて片耳をクロウに寄せてみれば、温もりと共に何かが伝わってきた。一定のリズムで密着するリィンへと伝わってくる、鼓動。クロウの時を刻む心臓の音だ。この音を聞いていると、リィンはいつも安堵と共にどこまでも安らいだ気持ちになる。不安だとか悲しみだとか、そういった不安定な気分はどこかに掻き消えて無くなってしまう。リィンはクロウの音が好きだ。
しかし今、いつもはすぐさま安らぐはずのリィンの心が何故だか落ち着かない。それどころかますます忙しなくなっていく気がする。何故だろうかと考えて、聞こえてくる音に自分の鼓動がつられているのだろうという結論が出た。だっていつもはリィンを安心させるように響いてくるクロウの音が、今は普段よりも早めにドキドキと聞こえてくるのだから。
顔を持ち上げて見上げると、至近距離で笑ったクロウがぱちんとウインクを送ってきた。

「どう聞こえた?」
「えっと……いつもより緊張してる?いや、これはちょっと違う気がする……多分、むしろ、」
「はしゃいでんだよ」

与えられた答えに目を見開くと同時に納得した。このリズム、覚えがありすぎた。クロウに手を引かれて歩き回った水族館の中で、胸を躍らせていたリィンのリズムとそっくりそのまま同じだった。

「そう、お前とおんなじ。今日一日退屈なんてしている暇なんてねえぐらいはしゃいでたの俺も。そもそも誘ったのは俺だしな?これで分かったか」

何かと普段誤魔化すことが上手なクロウでも、心臓の音までは嘘をつけない。リィンはゆっくりと頷いた。その後、困惑するように瞬く。

「でも、じゃあどうして俺ばっかり見てたんだ。本当にずっと目が合ってたと思うんだが」
「そりゃそうだ。ずっとお前の事見てたし」

あっさり答えられて、ますます混乱する薄紫の瞳。愉快そうに笑ったクロウは、その幸せそうな笑みのまま、目の前の額に愛しそうに口付けた。

「俺が連れてきてやった水族館で楽しそうに笑うリィンを見てるのが、俺にとって最高に楽しくて幸せな時間だったって事」
「く、ろ……」

ふいに途切れた二人の声。重なり合った影がどれほどの時間離れなかったのか、見ていたのは水槽の向こう側で悠々と泳ぐイルカ達だけであった。




笑う君が好き





14/10/23


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