魔法少女まじかる★アリサ
「皇子と騎士やリィンとクロウ先輩がいちゃついてるのムカつく!」の巻き



「いっけなーい!遅刻遅刻ーっ!」

私の名前はアリサ。都緒流厨(とおるず)学園に通うごく普通の女子高生よ。早起きがほんのちょっぴり苦手で、今日も自分で目覚まし時計を止めてしまっていたせいで、今ちょっと遅刻の大ピンチに見舞われている所だった。仕事で忙しい母親はもう出かけていて、いつも来てくれる家政婦さんが今日はたまたまお休みしていたのがいけなかったわ。もう、私ってどうしていつもこうなのかしら!
ようやく目を覚まして慌てて飛び起きた後、もがくように制服を着て必要最低限の身だしなみを整えつつ鞄を掴み、用意されていた朝食のパンを咥えて私は家を飛び出した。全力で走ればまだ間に合う時間のはず。お行儀悪くもぐもぐ咀嚼しながら、朝日に照らされた通いなれた道をまっすぐ学園目指して駆けている最中だった。

「アリサ、また遅刻なの?何度先生に怒られても懲りない子なのー」
「うるさいわね、モナ!あなたが起こしてくれたらよかったんじゃない!」

腕を振る私の肩の上から、呆れたような声が掛けられた。黄色く丸い体に長い二本の耳が生えている奇妙な生き物が、私の肩の上でやれやれとため息をついている。この子はモナ、これでも私を導く使命を帯びているらしい、不思議な妖精だ。

「一応声を掛けたの。でもアリサがあと五分〜とか何とか言いながら全然起きなかっただけなの」
「だ、だって仕方ないじゃない!昨日は魔界皇子との戦闘で寝るのも遅かったし、疲れてたんだからっ!」

思わず言い訳みたいな事を叫ぶ私。言い訳なのーとばっさり切り捨てるモナ。ええそうよ分かってます言い訳です、でも実際に本当の事なんだから言い訳ぐらい叫ばせてくれたって、いいじゃない。それもこれもみーんな、元はといえばこのモナが原因なんだから。
そう。ある日私の目の前にいきなり現れたモナが、魔法少女まじかる★アリサに変身する力をくれたあの日から、全ては始まったんだもの。

昨日も私は、魔法少女に変身して町の平和を脅かす敵と激闘を繰り広げた。相手は私の宿敵、恥ずかしい恰好で恥ずかしいセリフを臆面も無く堂々と口にする、魔界からの刺客「魔界皇子リィン」。今までも幾度となく戦ってきた私たちは、昨日の晩一際激しくぶつかり合った。だって、世界中の人にあの恥ずかしいミッドナイト何とかっていうゴーグルをつけさせるなんて恥ずかしすぎる野望、絶対に食い止めなきゃいけないじゃない!偉大なる使命を持って、私は全力で魔界皇子に立ち向かった。
魔界皇子とは本当に何度も戦ってきたけれど、まだまだあいつの考えている事は分からない事だらけだ。昨日もそう。私たちは確かに、互いの信念を胸に決して手加減する事無く武器を振っていたつもりだった。けど、あいつったら漁夫の利を狙った第三者からの攻撃を、私の代わりにその体で受け止めたりしたの。私たちは敵同士のはずなのに、こういう時どうして庇ったりなんかするのか、私にはさっぱり分からない。モナが必死に「チャンスなの!」って私をけしかけてきたけど、右腕を負傷してふらつく魔界皇子に、私はとどめを刺す事を躊躇してしまった。だって仕方ないじゃない、自分をかばってくれた相手を、そんな簡単に倒せる訳ないでしょう?
けれど、このままじゃ世界はあの装飾過多なゴーグルとヘッドホンと露出の高い黒い服の人だらけになってしまう。私は心を鬼にして杖を振り上げた。

『……っ!あなたにお届け、愛と希望の流れ星!まじかる★アリサ――ラブ・シューティングスターッ!』

思い切って放った私の必殺技「ラブ・シューティングスター」は、まっすぐ魔界皇子へと飛んで行って、彼は避けようともしなくて、そして。

『おーっと、そこまでだ。うちの大事な魔界皇子にこれ以上傷をつけないでもらえるか?』

避けないあいつの代わりにいともたやすく「ラブ・シューティングスター」を相殺して消してみせたのは、魔界皇子の次に見慣れた敵の姿。すかした顔といつも現れるタイミングがむかつくせいで、ある意味魔界皇子よりもたちが悪いと私の中で絶賛不評中の銀髪男だ。確か、そう、蒼の騎士とか無駄にかっこいい呼び名だったっけ。魔界皇子の肩を抱き寄せて庇った蒼の騎士は、私に不敵な笑みを浮かべてみせた。

『ま、また現れたわね、お邪魔虫!』
『まあこうやって皇子をお守りするのがオレ様のお仕事だからな』

私が憤慨するのも当たり前じゃない?だっていつもいつもいつも、魔界皇子と決着がつきそうな所であの蒼の騎士ときたら邪魔ばっかりしてくるんですもの。ぷりぷり怒る私を尻目に、蒼の騎士は気遣わしげな視線を荒い息をつく魔界皇子に向けている。

『大丈夫ですか、皇子。すみません、助けに入るのが遅れちまって』
『……いいんだ、来てくれて助かった……ありがとう、―――』

魔界皇子の口から小さく零れた蒼の騎士の名は私の耳まで届かない。至近距離の蒼の騎士にはもちろん聞こえていたようで、嬉しそうに笑った後さらに魔界皇子を大事そうに抱き寄せている。魔界皇子も蒼の騎士が傍にいる事で安心しているのか、暗黒色のゴーグルの下でほっと表情を緩めているようだった。寄り添い合うその光景は、二人の関係を良く知らない私にでも、互いに信頼し合っているのがよく分かる姿で。
……そう、これよ、これ。私が蒼の騎士が現れる事が気に食わない理由ナンバーワンは、間違いなくこの光景のせい。いくら忠誠を誓った主従関係にあったとしても、あんたたち仲良すぎじゃない?ってつっこみたくなるぐらいべたべたいちゃいちゃしてくれるのよ毎回、目の前で!それを見せつけられるこちらの身にもなってほしいわ!

『てな訳で、だ。今日の所は帰らせてもらうぜ。ほら皇子、捨て台詞捨て台詞』
『……次こそ我が封印されし闇の力でこの世を魔界に染めてやる。魔法少女まじかるアリサ、それまで震えて待つがいい……』
『はいよくできました。そんじゃーな』
『あ!ちょ、ちょっと!待ちなさいよあんたたち……!』

人の前でいちゃつく姿に呆れていた私が我に返った時、すでに蒼の騎士は魔界皇子と共に踵を返していて、そのまま闇の中へと消え去ってしまった。あとには立ち尽くす私と肩の上のモナがぽつんと残される。モナから送られる気の毒そうな視線を感じながら、私は体を震わせて、そしてありったけの力で叫んだのだった。

『あーもう!!魔法少女差し置いて男同士でいちゃついてんじゃないわよーっ!』

……そうして不完全燃焼のまま昨日の戦いは幕を閉じ、寝不足で目をしょぼしょぼさせる私がここにいる、という訳。いくらこの世界の平和のために戦う正義の魔法少女だからって、こんな試練を与えるなんて神様はいじわるだと思わない?私がなにしたっていうのよ。

「はあ……あの騎士が登場するたびにいちゃつき度が増してる気がするし、ほんといい加減にしてほしいわ……」
「確かになの」

私のうんざりとした呟きにモナも同意してくれた。戦う前から私の気力をこんなにも削いでくるなんて、魔界皇子、おそるべしね。
……それにしても、魔界皇子の怪我は大丈夫だったかしら。昨日の事を思い出していたら急に気になってしまった。私が戦いの中で与えたダメージなんかはこんなに気にしたことはなかったけど、私を庇って負ってしまった傷の事はさすがに気になる。敵に借りを作ってしまうなんて……私もまだまだね。次に戦う時はせめて万全の体調で向き合いたい所だわ。

「アリサにもイイ人がいれば、こんな嫉妬に塗れることはなかったの。アリサ、負けじと彼氏でも作っちゃえば万事解決なの!」
「っっっ?!なっななっ何言ってんのよっ?!」

走っている途中でモナがとんでも無い事を言い始めたので、私は口にくわえていたパンの最後の一欠片を危うく喉に詰まらせるところだった。本当は足を止めてモナを振り回してやりたかった所だけど、そんなことしてたら遅刻しちゃうし我慢して抗議の声だけ上げておく。

「そもそも別に嫉妬して文句言ってる訳じゃないんだから!独り身でもそうじゃなくてもムカつくもんなの、ああいうのは!」
「それじゃあ、アリサにはイイ人がいないって事なの?」
「そーいう意味でもなーい!か、彼氏はそりゃまだだけど、気になる人ぐらいいるんだから……って何言わせんのよ!」

ああダメ、動揺して私ったら訳分かんない事口走っちゃってる。もう、モナが変な事言い始めるせいよ!
そうして、肩の上のモナにすっかり気を取られていた私は、前方を歩いていた背中に全く気付く事が出来ずに、そのまま勢いよくぶつかってしまった。バランスを崩して盛大に尻餅をつく、前に、私の腕を誰かが引っ張っていた。

「きゃあっ!」
「!っと、大丈夫か、アリサ」
「えっ?あ……」

私は一瞬呆然としてしまった。思いっきり尻餅をつく事を覚悟していたのに、私の左腕を強く引く右手と腰に添えられた左手によって予想していた衝撃は襲い掛かってこなかったからだ。私がぶつかってしまった背中が振り向いて、とっさにそうやって救ってくれたみたいだ。至近距離から呼ばれた名に見上げた私は、その顔と目と鼻の先という距離で出会った。
少しだけしかめられたのち、まっすぐな視線が私を貫いたその瞬間、少なくとも私の内部の時計は確実に時を止めていたと思う。痛むように僅かに歪んでいた表情が気になったけど、すぐにそんな疑問は消し飛んでしまった。だって、まさか今さっき、モナに「イイ人」と言われて不覚にも思い浮かべてしまったその顔が、こんな近くに迫っているなんて。

「アリサ?」

私の名を呼ぶ声。そう、この人は私を知っているし、私もこの人を知っている。春から同じ教室で共に授業を受けているのだから当然だ。青みがかった薄紫の瞳、少しくせ毛な濡れ羽色の髪、凛とした佇まい、その身に纏う清廉とした空気、同じ歳とは思えない落ち着いた雰囲気に、だけど少し童顔なのとお人よしな性格で人当たりの良い印象を持たせる、優しいクラスメイトの男の子。私が思い描いていた通りの人物が、私の目の前にいる。
前にもこんな事があった。あれは、私たちが初めて出会った春の朝。今日みたいに私が前方不注意でぶつかってしまって、その時はみっともなく尻餅をついてしまって、慌てて助け起こしてくれたのが彼だった。……そう、その日から私は、初めて会ったこの人の事がどうしてか気になって仕方がなくって……

「……アリサー?本当に大丈夫か?もしかして体調でも悪いんじゃ……」
「ハッ!りりりりり、リィン?!どどっどうしてここにっ?!」
「いや、普通に登校していただけなんだが」

本気で心配の気持ちが滲み出てきた声に、私はようやく我に返った。そうすると握られたままの左手や腰に添えられたままの手の平を強烈に意識してしまって、余計に混乱の渦に巻き込まれてしまう。私が飛び退けば支えてくれていた彼、リィンは、すぐに手を離してくれた。

「ご、ごめんなさい、前をよく見ていなかったの」
「いや、俺の方こそごめん。ちょっと寝不足気味でさ、少々ぼーっとしていたようだ」

互いに頭を下げて、顔を見合わせて、私たちは笑った。さっき思い出していた初めて会った日の事が頭の中にチラつく。リィンも私と同じ事を考えていたみたいで、くすくす笑いながら目くばせをしてきた。

「今度はちゃんとアリサに尻餅つかせる事無く助けられて、よかったよ」
「あ……そうね、フフッ」

リィンも覚えていてくれたんだ、あの日の事。私は何だか嬉しくなって、とびきりの笑顔を返していた。ああ、昨日の夜は最悪だったけれど、今日はなんて最高の朝なのかしら。
舞い上がっていた私の耳に、その時冷水を浴びせるかのような小さな声がひそひそと囁きかけてきた。モナだった。どういう仕組みだか分からないけど、モナはその不思議パワーで一般人には何の変哲もないぬいぐるみに見えるようになっているみたい。今もリィンに気付かれないようにこっそりと私の耳に話しかけてきた。まあそのせいで最近の私は、ヘンテコなぬいぐるみを毎日腕につけている変な女子高生に見られてしまっているのだけれど。
それはもうどうでもいい、慣れた事でもあるし。どうでもよくないのは、モナが教えてくれた言葉の内容の方だ。

「アリサ、乙女チックな顔で笑ってる場合じゃないの。時間は大丈夫なの?」
「……あっ!遅刻っ!」

私が今の今まで急いでいた理由を思い出して声を上げれば、リィンもハッと目を見開いた。

「そうだ、時間が無かったんだったな……」
「それで急いでいたんだったわ、忘れる所だった!……そういえばあなたがこんなギリギリの時間に登校なんて珍しいわね」
「ああ、ちょっと寝坊してしまって。急ごう、アリサ!」
「ええ!」

へえ、真面目なリィンが寝坊だなんて珍しいわね。そうやって頭の片隅で思いながら、私たちは同時に駆け出す。多分、全力で走ったら私は運動神経の良いリィンにあっという間に置いていかれてしまっていただろうけれど、リィンは私の走る速度に合わせてくれているようだった。ああもう、こういう所がニクイのよね!
並んで走ったおかげで、私たちは無事に校門が閉まる前に中へと滑り込む事が出来た。はあ、危なかった。大きく深呼吸をしてから、隣のリィンと顔を見合わせて笑い合う。

「間に合って、よかったな……!」
「ほんと……!またあのうるさい教頭に、小言を言われる所だったわ……!」
「アリサは遅刻ギリギリ常習犯なの。自業自得なの」
「モナ、うるさい」

ひそひそと生意気な事を言うモナに小声で言い返してから、私はリィンに向き直った。さあ教室に向かいましょう、と声を掛けようとして、第三者からの声に邪魔をされてしまう。この、聞き覚えのある声は……。

「よお、親愛なる後輩君に後輩ちゃん、ぐっもーにん」
「あっ、クロウ先輩」
「げっ、クロウ先輩」
「おいコラそこ、今「げっ」とか言わなかったか、女子のくせに」

リィンが普通に、私が苦々しく名を呼んだのは一学年上の先輩だった。私たちが駆け込んだ校門を信じられないぐらいのんびりとした歩みで入ってきた彼は、銀色の髪を掻いて気だるそうに挨拶してくる。学年は違えど何かとこうして顔を合わせる事があって、何だかんだと出会えば挨拶するような相手ではあった。……その、何かと顔を合わせる機会というのが、私的に大変不本意ではあるのだけれど。

「今日は遅刻せずに登校出来たんですね」
「おおよ、今週これ以上遅刻すると一ヶ月毎朝トイレ掃除の刑に処すとか担任に脅されてな。教師が生徒を脅すなんて許されざる事だと思わねえか?」
「毎日遅刻してくる方が学生的に許されざる事だと俺は思いますけど」
「言ったなこいつ」

欠伸をしながら歩み寄ってきたクロウ先輩に、リィンは律儀に受け答えしている。頭を小突かれてもにこやかに笑っている。対するクロウ先輩も、リィンとそうして話している間は眠気など見せる事無く元気そうだった。

「……だからいつも一緒に登校しようって言うじゃないか……わざわざクロウだけ時間を遅らせなくても……」
「いつも一緒じゃさすがに怪しまれるんですって。一応一緒に住んでない設定になってるんですから」

そうしてひそひそと、私に聞こえない声で何かを話し込んでいる。身と顔を寄せ合って意味深に目くばせする様は、知らない人が見ても二人が仲の良い間柄だって事が一発で分かると思う。……はあ、今日もまた始まった。私が思わず「げっ」とこぼした理由がこれよ、これ。
昨日の夜を否応無しに思い出させてくれるこの光景。リィンとクロウ先輩はどうやらこの学院に入学する前からの知り合いだったみたいで、しかも随分と仲が良い。顔を見ればクロウ先輩は何かとリィンにちょっかいをかけてくるし、リィンも放課後とか他の女の子からの誘いを断ってまでクロウ先輩の元へ行ってしまう。どこに住んでいるのか知らないけど朝も半分以上は一緒に登校してるみたいで、だから今日リィンが一人でいる事に喜びを感じていたっていうのに。結局今日もクロウ先輩にリィンを取られてしまった。さっき顔を合わせる機会が何かとあるって言ったのは、これが理由。リィンがいる所には十中八九、どこからともなくこの先輩も姿を現すのだ。だって私、リィンがいない所でクロウ先輩に会った事ないし。
下手に顔が良いせいで二人とも割とよくモテるんだけれど、私と同じように二人だけでくっついてる現状に歯噛みしている女子は多い。……ああ、でも、あえてリィンとクロウ先輩が二人だけでつるんでいる姿が良いっていう変わった層もいるんだったっけ、この間エマが言ってたわ。私にはちょっとよく分からない世界だけれど。

「リィン、早く教室に行きましょ。せっかく学園に辿り着いても教室に入るまでに時間が過ぎてしまえば、遅刻と一緒なんだから」
「ああ、そうだな」

少し大きい声を出して、私はリィンの注目を引いた。嘘じゃないもの、何の後ろめたさも無いわ。リィンと同じ教室に行けるのは、同じクラスである私の特権だ。こればっかりは学年が違うクロウ先輩に負ける事が無い。ふふん、勝ったわ。

「アーちょっと待て待て。その前に、」

私がリィンを引き連れて立ち去ろうとすると、クロウ先輩が追い縋ってきた。珍しいわね、ここまでしつこいのは。私とリィンがどうしたのかと顔を向ければ、クロウ先輩は手を伸ばしてリィンの右腕を掴んだ。
途端にリィンが、ビクッと肩を強張らせる。

「やっぱな。お前、朝っぱらからもう無茶しやがったか。傷が開いちまうぞ、ったく」
「え……?リィン、まさか怪我をしているの?」
「いや、その、これは……」

私が驚いて詰め寄れば、リィンはうろうろと視線を彷徨わせた。思い浮かべるのは先ほどの出来事。ぶつかって倒れ掛かる私の手を掴み取ってくれた、リィンの右腕。ああそういえば、あの時不自然に顔をゆがめていた気がする。舞い上がっていた私は今の今まで気にもしていなかったけど……。

「だっ大丈夫なの?昨日学園から帰るまでは何もなかったわよね……帰ってから怪我をしたの?」
「う、えっと……」
「そーなんだよ。昨日の夜、子猫とじゃれ合ってたらうっかり引っ掻かれちまったみたいでよ、だからあれほど油断するなっていつも言ってんのになー」

しどろもどろのリィンの代わりに何故かクロウ先輩が答えてくれる。その現場にでも居合わせたのかしら。クロウ先輩に掴まれたままのリィンの腕をじっと見てみても、制服の下についているであろう怪我を見る事は出来ない。良く見れば手首からちらと包帯が覗いていた。そんなに広範囲に引っ掻かれたのかしら……気付かなかったなんて私の馬鹿!

「ごめんなさいリィン、私を助ける時に痛めてしまったのよね……」
「……いいや、違うよアリサ。これは全部俺の意志でやった事だ。君が気に病む事ではないさ」

にっこりと笑顔で、けれど真剣な声色でリィンは私にそうやって言ってくれた。その姿が何故だろう、ぼんやりと誰かに被る。真っ黒で、何を考えているかさっぱりと分からないその人物は……。
……はあ、私ったら何を考えているの。確かに負傷している腕は同じだけれど、どうしてあの魔界皇子とリィンがダブって見えたりしたのかしら。あんなイイ歳して厨二病真っ盛りな男と爽やか好青年なリィンは、全然似てないじゃないの。

「これ以上無茶すんなよ。あと、痛んだらすぐに俺のとこに来い。何ならユーシスでもいいから」
「……はい」

普段の適当な言動からは信じられないほど優しい手つきでリィンの腕を取るクロウ先輩。リィンは肩を竦めてくすぐったそうに、嬉しそうに微笑む。ああきっと、この光景のせいね。この、互いに信頼してますってビシバシ伝わる空気が、昨日の魔界皇子と蒼の騎士に似ているせいでダブって見えたんだわ。きっとそう。
……何よ、最近は男同士でいちゃつくのが流行ってるの?
二日連続で見せつけられた男たちのじゃれ合いに、さすがの私もうんざりとした気持ちを隠せない。モナがさりげなく肩を叩いて慰めてくれようとしてくれるけれど、ささくれ立った私の心はそう簡単に落ち着きそうにもない。そんな不機嫌な私にいち早く気付いたのは、鈍感なリィンではなくクロウ先輩の方だった。

「クク、そこで蚊帳の外状態にふてくされてる奴もいる事だし、俺もそろそろ行くわ」
「なっ!!」
「リィン、これ以上俺の目の届かない所で無茶なんかすんなよ?今日一日大人しくしておくよーに。んじゃ、またな」

クロウ先輩は最後にわしわしとリィンの頭を撫でてから、ウインクひとつ投げてよこして上級生の下駄箱へと歩み去った。
……ねえ、気のせいじゃなければ、今踵を返す時私の方見て笑わなかった?フッて。馬鹿にするみたいに笑わなかった?ううん、あれはどちらかというと……自慢されてた。間違いないわ、私クロウ先輩に自慢されてたのよ。「どうだーリィンと一番親しくしてて羨ましいだろー」って私に自慢してたのよ、あの先輩!!
ああほら、リィンだって去っていくクロウ先輩の背中を名残惜しそうに若干うっとりとした目で見ているし!何でなのよ、何で私の周りの男は男に夢中なのよ!今まで生きてきて私の恋敵が男だとは思わなかったわよ!

「っく……!クロウ先輩、蒼の騎士ぐらいにムカつく……!」
「ん、アリサ?今なんて……」
「ハッ!な、何でもないの、何でも!あは、あはは……!」

首を傾げるリィンに、私はぎこちない笑いを返すだけで精一杯。魔法少女としての私も、普通の女子高生としての私も、どうやら目の前には邪魔くさい強大な敵が立ちふさがっているらしい。……だけど私は、負けるつもりはない。
だって私は……相手が誰であろうと負けない負けられない、魔法少女まじかる★アリサなんだから!

……この時の私は、何も知らなかった。
私の隣で笑ってくれるリィンの正体も、そんなリィンの傍にいつもついているクロウ先輩の正体も。
いつもはかっこつけてるけど実は面倒くさがりの引きこもり体質で、実家(魔界)では蒼の騎士に甘えまくってだらだら過ごしている魔界皇子の本当の姿も、そんな皇子が可愛くてしょうがなくてでれでれ甘やかしまくってる蒼の騎士の本当の姿も、まだ何も。












15/10/22


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